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岸井ゆきの – 目の前にあることを、ちゃんと見て、ちゃんと聴く

Nov 27, 2025
ふたりの“佐藤さん”が出会い、恋人となり、家族を築き、別れに至るまでの15年間を描いた映画『佐藤さんと佐藤さん』。
主演の岸井ゆきのと考える、人と人がともに生きる難しさとか、愛おしさとか、幸せとか。

岸井ゆきの – 目の前にあることを、ちゃんと見て、ちゃんと聴く

Nov 27, 2025 - FILM
ふたりの“佐藤さん”が出会い、恋人となり、家族を築き、別れに至るまでの15年間を描いた映画『佐藤さんと佐藤さん』。
主演の岸井ゆきのと考える、人と人がともに生きる難しさとか、愛おしさとか、幸せとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「なんでこうなってしまうんだろう」と切なかった

― 最初に脚本を読んだときの感想は?

お互いに優しく思いやりを持って接することもあるのに、本当に些細なことで爆発的に喧嘩しちゃうこともある。私は夫婦の関係性を経験していないからこそ、すごくドラマチックだなと思いました。

― 佐藤サチを演じるにあたって意識したことを教えてください。

(宮沢氷魚さん演じる佐藤タモツと)最初に出会った22歳ぐらいから、恋人、夫婦、子供がいる家族へと変化する年齢と関係性は意識しました。

― サチのキャラクターはどのように解釈しましたか?

すごくパワフルだなと思いました。なんでもできちゃう人っているじゃないですか。私はどちらかというとタモツ側の人間だから、そういう人の天真爛漫さで傷つくこともあるし、パワフルさに圧倒されてしまうこともある。

普段のお芝居では一個一個のセリフに対して、「これはどういう気持ちで言っているんだろう」とか、「これを言ったら傷つくって思わないかな」とか、そこまで考えちゃうんですけど、彼女はそうじゃないんですよね。サチがまわりの人を見ていないという意味でなく、突き進むエネルギーを持っていることを意識しながら演じました。

― 逆に、岸井さん自身がサチに似ていると感じた部分は?

サチの「トイレットペーパーないよ」という言葉を、タモツが「僕に買ってこいって命令してんの?」と受け取って喧嘩になるシーンがあるじゃないですか。そうやってポンと出ちゃった言葉で、「え?」みたいな状況になってしまうことは私にもあると思います。

― 僕はこの作品を観ていて、「ウチの話だな」と思わされました。自分自身、タモツでもありサチでもあるなと。撮影中はサチとしてどんな思いを抱えていましたか?

「なんでこうなってしまうんだろう」という思いが強かったです。脚本を読んでいると「ここでこういう言い方するからじゃん」というのはすぐわかるんですけど、カットがかかって「なんでこんな喧嘩してるんだろうね」みたいな。切なかったです。

― 好きで一緒になって、大切に思い合っていたはずなのに。

大きな喧嘩があって離れるわけじゃないんですよね。本当に些細なことの積み重ねで少しずつ離れていってしまう。平行線がちょっとでも外れると、最後にはここまで角度が広がっちゃうんだなというのは、2人の15年間を通して実感しました。

― サチとタモツはどうすれば円満なままでいられたと思いますか?

全部言葉にして話し合えば良いってもんじゃないですよね。私は話し合うことが大切だと思っていたんですけど、2人とも相手のことを考えているわけで。だけどすれ違っちゃう……誰も間違っていないはずなのに。ただ、サチが(司法試験に)受かっちゃったことが発端だとは思います。

― 結婚に対して幻滅することはありませんでしたか?

それこそ試写を観てくださったいろんな人が「ウチもあるよ」と自分の話をいっぱいしてくれて、「誰かと一緒に生活するということは、こんなにも大変なことなんだ」とは思いました。けれども、それでしか見られない景色もきっとある。その景色を見てみたいと思ったので、幻滅はしませんでした。

― 夫婦は名字が一緒で家族ではあるけれど、どこまで行っても他人でもある。難しいですよね。本作を経て、どういう関係性が理想的だと感じましたか?

今おっしゃったように、どこまで行っても他人だということを忘れないようにしていると良いのかな。親しき仲にも礼儀ありみたいな根源的なことは、つい忘れちゃうから。

家族といっても人間だから、ちょっと機嫌が悪い日もあるし、体調が悪い日もある。家族でも恋人でも夫婦でも、人間としての裏側にまでちゃんと日を当てて見られる余裕がないと、簡単にすれ違っちゃうんだろうなというのは感じました。

そういう意味では夫婦に限らず、他者との関係性を見つめ直せる映画なのかもしれません。岸井さんは普段のコミュニケーションでの距離感はどのように意識していますか?

「この距離感が正解だ」というより、近づきすぎて摩擦が生まれた瞬間に離れるみたいなことをずっと繰り返している感覚があります。だって近寄りたいじゃないですか。親友だって、家族だって、恋人だって。

車もそうですけど、走っているうちは心地良いから距離がわからなくなっちゃう。それでブレーキをかけたときに初めて「おお、こんなに近かったんだ」みたいな。安全運転でいきたいですね。

 

生活の中にあるはずのものを見逃したくない

― 本作に対して「見逃しそうな幸せをどうか見逃しませんように」とコメントを寄せられていましたが、幸せを見逃さないためにはどんなことが必要だと思いますか?

見逃しちゃうんですよ。見逃すたびに「もっと目の前のことを見よう」と思うんです。

本当に素朴なことですけど、天気が良いとか、いつもの道にいつもと違う花が咲いているとか、いい匂いがするとか、そういうことに敏感でいられたら良いなって。

― それは感受性みたいなことでしょうか?

ちゃんと聴こうとしないと街の音って聴こえないし、ちゃんと見ようとしないと普段の道って見えていないんですよね。生活の中にあるはずのものに気づけなくなっていることが、私はすごく悔しい。そこを見逃さないようにすることで、友達だったり、家族だったり、恋人だったり、大切な人の何かにも気づけたはずだったんじゃないかなって。

― でも、それって疲れますよね。自然の中でせせらぎや小鳥の声に耳をすませることは心地良さにつながるけど、都会だと雑音で脳がパンクしちゃいそう。自分を守るために、聴きたいことだけが聴こえるようになっている気もします。

確かに。だから私はそれ以外の情報を持たないようにしているのかも。音楽を聴きながら散歩するんじゃなくて、ただ歩く、ただ見る、ただ聴く。

情報が多いとすごく混乱するし、苦手なんですよね。テレビをつけながらスマホを見るだけでも疲れちゃうから。

自分に余裕がないなと思ったときは、なんでもかんでもしない。できればひとつに集中して、なんでもない生活を見つめる時間があると私は落ち着くかな。ただ部屋のカーペットに寝転んで、外の音を聴いているときもあります。

― 俳優には、そうやって身のまわりにあるものを感じ取る能力が高い方が多い気がします。感じることは演じることに近いのでしょうか?

俳優の仕事としてそうなのかはわからないですけど、その場所で何が鳴っているかは注意深く聴いているかもしれません。

先日、2026年に公開される『すべて真夜中の恋人たち』という映画が完成したんです。試写を観ると、自分(主人公の冬子)が住んでいるアパートのシーンに聴いたことのない音が入っていて。それを録音部に話したら、「よく気づきましたね」って。別のところで子供の声を録って当てていたんです。

― 本当にすごい。お芝居をするときって、状況も含めて俯瞰で臨んでいるんですか?

いえ、主観ですね。

― 主観でもちゃんとまわりの音まで捉えられる?

たとえば「ここが自分の部屋です」と言われたら、どんなものが置いてあるか、どんな空気なのか、どんな音が聞こえているのか、環境を主観で捉えていると思います。監督だったり撮影部だったり、俯瞰の目はいっぱいあるので、ここがどんな世界なのかは自分の目で確かめています。

 

Profile _ 岸井ゆきの(きしい・ゆきの)
1992年2月11日生まれ、神奈川県出身。2009年俳優デビュー。以降、映画、ドラマ、CMなどで活躍。2014年、初主演を務めた映画『おじいちゃん、死んじゃったって。』(17/森ガキ侑大監督)にて第39回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞。映画『愛がなんだ』(19/今泉力哉監督)では第43回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。映画『ケイコ 目を澄ませて』(22/三宅唱監督)では第46回日本アカデミー賞 最優秀主演女優賞をはじめ多くの映画賞を受賞。近年の出演作に映画『若き見知らぬ者たち』(24/内山拓也)、ドラマ「お別れホスピタル」「恋は闇」など。2026年には映画『すべて真夜中の恋人たち』の公開が控える。
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Information

映画『佐藤さんと佐藤さん』

2025年11月28日(金)より全国ロードショー

監督:天野千尋(「ミセス・ノイズィ」ほか)
脚本:熊谷まどか、天野千尋
出演:岸井ゆきの、宮沢氷魚 ほか
製作幹事 : メ~テレ/murmur/ポニーキャニオン
制作プロダクション:ダブ
配給:ポニーキャニオン

映画『佐藤さんと佐藤さん』公式サイト

©2025『佐藤さんと佐藤さん』製作委員会

  • Photography : Yoshitake Hamanaka
  • Styling : Akira Maruyama
  • Hair&Make-up : Misuzu Mogi
  • Text&Edit : Yusuke Takayama(QUI)

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