染谷将太 – 映画館に向かう、そこから旅が始まる
主演を務めた染谷将太に、映画館への愛を語ってもらった。
いい思い出といい縁がたくさん詰まった場所
― 今はなき吉祥寺バウスシアターを中心に、人々や街、社会の変化が独特の視点やリズムで描かれていてとてもおもしろい作品でした。甫木元空(ほきもと・そら)監督とご一緒してみていかがでしたか?
甫木元さんとは今回がはじめましてでしたが、甫木元さんが現場にいるとみんなの波長が合ってくるんですよね。自然とみんなが集まって話し合ったりしていて。本当に不思議な力を持った方だなと。すごくリラックスした雰囲気のなかで、おもしろいことをやっていた現場でした。
― とくにどんな部分がおもしろいと感じましたか?
人の記憶や夢の中を旅するような話なので、急に表現が抽象的になったりするんです。その“記憶の曖昧さ”みたいな表現を、甫木元さんは自然にさらっと仕掛けてくる。だからこちらもそれに対して身構えることなくすっと入っていけるんです。
― それは脚本からも伝わってきましたか?
ト書きで書かれているところは想像できる部分もありましたが、煙が劇場の中をふわふわと移動していたり、池の奥が光っていたり、この表現は実際にどうなるんだろう?という楽しみもありました。あとは、時代がどんどん飛んでいく話なので、現実と記憶の曖昧さをリズムやアクションで繋いでいきたいとおっしゃっていて。だから現場では、みんなでその感覚を共有したうえで、おもしろがりながら撮影していきました。
― スタッフ、キャストみんなで楽しみながら作っていった。
そうですね。スタッフにもキャストにもバウスシアターにゆかりのある人たちが多く、お互いのことを理解し合っている人たちが集まっていたので。
― 染谷さんもバウスシアターにはよく通っていたんですか?
学生のときはよく行っていましたね。大人になってからも、無くなるまでは度々。受け皿の大きな劇場で、映画上映はもちろん、ライブも演劇もやりますし、爆音映画祭もやっていて。さまざまな文化の人が集う場所だったので、すごく刺激的でした。
― かなり影響を受けた場所だったんですね。
はい。本当にいろんなジャンルの映画を上映していたんです。映画祭もいくつかのプログラムがあるんですけど、プログラムが変わると劇場が変わったかのように客層も変わる。ケミカル・ブラザーズのライブ映像を上映したら、一気にライブ会場のようになったり。バウスシアターで出会った人たちと一緒に作品を作ったこともありますし、いい思い出といい縁がたくさん詰まった場所です。
― 染谷さんがバウスシアターに惹かれたのはなぜでしょう?
ひとつきっかけになったのは、爆音映画祭の打ち上げのバーベキューです。みんなが食べ物や飲み物を持ち寄って、映画館の屋上でバーベキューをする。そんな場所ってなかなかないじゃないですか。だからその時間がすごく魅力的で。
― 素敵です。
そのバーベキューには映画を作っている人がいて、ミュージシャンがいて、評論する方がいて。本当にいろんな方が集まっていました。自分にとって、すごく濃密な思い出です。
― その濃密な空気感は映画からも伝わってくるなと、今お話を聞いていて感じました。実際に屋上のシーンも出てきますもんね。
自分はバウスシアターの長い歴史の終わりの部分しか知りませんが、これまでの100年近い歴史の中でいろんなものを許容してきたからこそ、唯一無二な劇場だったんじゃないかなって。
― そんなバウスシアターから得たものは、染谷さんが役者としてお仕事をするうえでどのように作用していると感じますか?
すごく活かされているはずです。バウスシアターには、いい意味で一癖も二癖もある変な人が多かったんですよね(笑)。あの頃のワクワク感はこれからもずっと大切にしていたいですし、自分は役者という立場でそのカルチャーのひとつのピースでいられたらうれしいです。
自分の中で吉祥寺は映画の街
― 染谷さん×吉祥寺といえば『PARKS パークス』も好きな映画のひとつなのですが、吉祥寺の街と縁があるのでしょうか?
たまたまです(笑)。幼少期に親に連れられて行った井の頭公園や、その中の動物園の記憶がありますが、自分の足で初めて吉祥寺に行ったのは映画館でした。そこから、自分の中で吉祥寺は映画の街になっちゃっているんです。
― 吉祥寺には、バウスシアターのほかにも吉祥寺オデヲンや、現在は閉館してしまいましたが吉祥寺プラザなど複数の映画館がありましたよね。ライブハウスもあって、大きな公園もあって。
いろいろあってカラフルな街というか。歩いている方々も含め、いろんな文化が溢れていて、すごくおもしろくて楽しい場所ですよね。
― 映画館と街の関係っておもしろいですよね。染谷さんにとって映画館ってどんな場所ですか?
実家から吉祥寺ってちょっと距離があるんですけど、その映画館に行かないと観られない映画があって。そこに向かうところから旅が始まるんです。
最寄り駅に着いて、その街を歩く時間も含め、映画を観るまでの道すべてがワクワクする。街が変わると景色も変わるし、街によって匂いも違う。そして映画館で映画を観て、いろんな栄養をもらって、帰り道もまた行きとは違う景色になる。自分はその時間も含めて映画体験だと思っています。
― 映画館で映画を観ることは、前後の時間も含めて記憶に残る体験ですよね。
そうですね。学生のときは散歩と映画がセットだったので、映画を観終わったら3駅分くらい歩いて帰ることもありました。観た映画のことを思い返しながら。
― 映画館の原体験について教えていただけますか?
父親の影響もあって幼少期から映画が好きで、子どもの頃は親に劇場に連れて行ってもらうことが多かったですね。
初めて1人で映画を観に行ったのは中学生のとき。映画の料金を握りしめて、いつも友達と行っていた商業施設の映画館に自転車を走らせて、1人で映画を観て帰ってきたときに快感を覚えたんです。すごく充実した時間だったな、贅沢な体験だなって。
― その感覚を中学生で得られるのはすごいです。
誰にも気を使わずに、のびのびと過ごせるのってすごく優雅だなと。そのときに、映画館で映画を観る前後の時間の楽しみも覚えましたね。
映画の明日はどうなっていくんだろう
― 本作を観て、改めて「やっぱり映画っていいものだな」としみじみ感じました。染谷さんは映画を作ることと観ることを、それぞれどのように捉えていますか?
映画を観るという行為は、自分のお金を払っているので、ものすごく無責任に楽しんでいます。ただ、作る側となると責任しかない。逆にお金をいただく側になるので、そこが自分にとってはかなり違うポイントですね。
― なるほど、責任が。
でも、その生む苦しみも楽しいんですよね。充実した時間を得られます。
― そうやって映画を作ることに向き合い続けられるのはなぜでしょう?
役者が職業なので、生活の一部であるということは大きいです。現場では大変なときもありますけど、やっぱりすごくおもしろい。作品が0から1になる場所なので、そこでたくさんの人たちと一緒に作り上げていく快感があるんです。
― 本作に出演したことで、新たな気づきはありましたか?
バウスシアターの歴史を堪能して、「じゃあ明日からどうしようか」と。
映画は誕生してからまだ100年ちょっとですけど、それでもどんどん形が変わってきて、そして今も変わり続けている。映画に携わらせてもらっている自分からしたら、映画の明日はどうなっていくんだろうということに気持ちが向きました。
― 具体的にどんな明日が来るのか、何か見えていたりしますか?
見えてはいないですね。今のところは自分のやっている仕事内容は変わっていませんし、どんなステージに行こうとも自分の心持ちは変わりません。でも、じわじわといろんな形が増えていって、環境も変わっているのは事実で。そこにどう立っていくのかということは漠然と想像はしています。
― では最後に、本作をご覧になる方へメッセージをお願いします。
この作品では、劇場でしか味わえない人の記憶の旅が描かれています。たくさんのものが失われる話でもありますが、清々しく失い、清々しく未来へ旅立っていきます。きっと劇場を出た後は気持ちいい景色が待っていると思うので、映画が好きな方もそうでない方も、ぜひご覧いただきたいです。
― ちなみに染谷さんが映画館を作るとしたら、どんな映画館を作りたいですか?
そうですね……まず、映画が観られます(笑)。
― はい(笑)。
そして、おいしい食事も少しつまめて、お酒も飲めて、サウナもあって、本も読めて。自分の好きなものを詰め込んだ空間にしたいです。そこに行けば1日楽しめるような映画館ですね。
Profile _ 染谷将太(そめたに・しょうた)
1992年9月3日生まれ、東京都出身。子役としてキャリアをスタートし、『パンドラの匣』(09)で映画初主演。2011年に主演をつとめた『ヒミズ』では、第68回ヴェネチア国際映画祭で日本人初となるマルチェロ・マストロヤンニ賞を受賞し、国内外から注目を集める。その後、日中合作映画『空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎』(18)では主人公の空海を演じた。近年の主な出演映画は『きみの鳥はうたえる』(18) 、『最初の晩餐』(19)、『初恋』(20) 、『怪物の木こり』(23) 、『陰陽師0』(24) 、『違国日記』(24) 、『劇場版ドクターX FINAL』(24) 、『はたらく細胞』(24) 、『聖☆おにいさん THE MOVIE~ホーリーメンVS悪魔軍団~』(24)など多数。『竜とそばかすの姫』(21)、『すずめの戸締まり』(22)では声優として出演している。
leather jacket ¥396,000・shirt ¥59,400・pants ¥88,000・shoes ¥110,000円 / NICENESS (ELIGHT Inc. 03-6712-7034)
Information
映画『BAUS 映画から船出した映画館』
3月21日(金)より、テアトル新宿ほか全国ロードショー
出演:染谷将太 峯田和伸 夏帆/渋谷そらじ 伊藤かれん 斉藤陽一郎 川瀬陽太 井手健介 吉岡睦雄/奥野瑛太 黒田大輔 テイ龍進 新井美羽 金田静奈 松田弘子/とよた真帆 光石研 橋本愛 鈴木慶一
監督:甫木元空
脚本:青山真治 甫木元空
音楽:大友良英
©本田プロモーションBAUS/boid
- Photography : Masayuki Shimizu
- Styling : Michio Hayashi
- Hair&Make-up : Hitomi Mitsuno
- Text : Sayaka Yabe
- Edit : Yusuke Takayama(QUI)