山本奈衣瑠 – 心と体に従う
自分の恥ずかしいところや性格まで肯定されている気がした
― 山本さんはモデル業をメインに活動されていて、2019年から俳優業を始めたということですが、俳優業を志した理由って何かあるんですか?
モデルから俳優に移ったっていう感覚はあまりないんですけど。モデルとしてMVやCMの仕事も経験して、映像の仕事も楽しいなとは思っていて。今のマネージャーさんと出会ってから、お芝居をちゃんとやってみたいという気持ちがどんどん強くなりました。それでオーディションを受けたりする日々が始まり、その中の一つがこの『猫は逃げた』だったんです。
― 本作の出演はオーディションで決まったんですね。
そうです。マネージャーさんに言われたのですが、映画館で上映されるような映画で、しかも今泉監督の作品で、その主演をオーディションで決めるなんてあまりないことだよって。なので受かった時はちゃんと私自身のことを見てくれたということがすごく嬉しかったです。
― 今泉監督から、山本さんのこういうところを期待しているというようなお話はありましたか?
そういうことは特に何もなかったですね(笑)。
私は本当に初めての経験ばかりだったんで、段取りも何一つわかってなくて。最初に顔合わせに行ったらテレビで観たことがある人たちがいて「あぁ、すごい」とか思いながらもとりあえず読み合わせをしたら「じゃ、また次本番で」って。「え?ちょっと待って」と。あまりにも当たり前に進めていくんですよ。何も知らない人間がいるのに(笑)。
― 手取り足取りとまでいかなくても、次はこうやるんだよって指示もなく。
まったくないので、今泉監督に「私はこういうのが初めてなんですけど」って訴えたら、「あ、はぁ」みたいな感じで。でもその答えで、(スタッフやキャストの)みなさんが「初めてとか、何回やってるとか、それが何?」って思っているんだって気がしたんですよ。そのことがめちゃくちゃ嬉しかったからこそ、監督に言われたからこうしようじゃなくて、自分でできることはやってみようと思いました。
― 山本さんはレディコミ漫画家の町田亜子を演じられましたが、初めてとは思えないほどの演技で引き込まれました。自然体で力が抜けてて、今泉監督の世界観にすごくはまっているというか。監督からは亜子という役に対してどのような演出がありましたか?
今泉監督はあまり演出をしてこない方でした。クランクインの前も特に何も言ってこなかったし、撮影が始まっても私がやるものを受け入れてくれている感じで。
自分ではそんなつもりはないのですが、私は子供の時から感情の起伏が激しい、というか自分の感情を自分でコントロールすることがあまり得意ではなくて、誰も泣かないところで泣いてしまって「なんで泣いてるの?」とか異常に心配されたり。そういう瞬間って自分的には恥ずかしいんですよ。
でも撮影中に、泣くようなシーンじゃないときに大泣きしてしまったときにも、今泉監督は「じゃあ、ちょっと落ち着くまで待とうね」と言ってくださって。「そういうことは普通の人はできないんだから、すごくいいことなんだよ」と、自分が恥ずかしいと思ってたことを褒めてくれて、自分の性格まで肯定されている気がしました。それもみんながいるところでじゃなくて、私のところに来て私と話してくれるんです。監督のそういう気遣いにも助けられて、伸び伸びやらせてもらいました。
― 物語の中では不倫が描かれているんですけど、それでいてドロドロした感じでなく優しくて愛せる作品になっていますよね。
それは台詞を読んでいても思いました。(脚本を担当した)城定監督の作った言葉や空気を受けた今泉監督がまとめて、キャラクターみんなにどうしても愛せちゃう部分がめちゃめちゃ込められてて。だから、誰も嫌いじゃないし、難しいし、自分も迷う。
― みんなひどいことをやってるのに、悪い奴じゃないのかな?と思っちゃうんですよね。あとは衣装がすごくかわいくて、ビジュアル面でも愛らしさに貢献しているように感じました。
そうですね。衣装合わせもめちゃくちゃ長かったですよ。スタイリストの小宮山芽以さんが古着屋さん並みにいっぱい用意してくださって、それを監督がすっごく細かく見てくれて。お芝居をする時に、服って最初に自分のものになるじゃないですか。自分が台本をもらってから作り上げてきたものに輪郭がついてくる。「絶対これ亜子が着るぞ」「わかる、わかる」ってみんなで言い合いながら決めたので、お洋服に関しては愛着があります。
― 最初のタンクトップから印象的でしたし、あとはおばあちゃんがプリントされているTシャツみたいな……
亜子が怒ってる時ですよね?
― そうそう。シリアスな場面なんですけど。
めちゃくちゃ泣いて怒ってるのに変なTシャツを着てる。今泉さんが台詞以外にもユーモアとラブリーな感じを混ぜているのがすごいなって思います。
葛藤と向き合うことは辛いけど楽しくもあった
― そもそも結婚ってどんなイメージがありますか?
私はあんまり結婚したいって思わないタイプなので、わからないです。結婚と言っても色んなスタイルがありますしね。
― 『猫は逃げた』では、結婚してるからこそ男女の間柄がより面倒な事態になっていますよね。
そうですよね……私はお家での撮影がほとんどで。それでお家の中から見る窓の外の景色とか、家具とか、キッチンの汚れとか、(毎熊克哉さん演じる夫の)広重さんが帰ってくる足音とか、そういうのが私にとってすごくいい時間だったんです。それがあるから(不倫をすることが)悲しいし、申し訳ないし…でも弱い自分を見つめ直すのも怖い。みたいな気持ちでずっとグラグラしていました。だってお家に(井之脇海さんが演じる雑誌編集者の)松山くんが来るわけじゃないですか。やばい。
― まぁ、やばいですね。
でも、弱いんですよね。亜子はそこを制御できない人なんだろうなって。
― それは夫への当てつけなんですかね?
いや、松山くんのこともめっちゃ好きなんですよ。結婚していても、この人良いなって思っちゃう。でも、松山くんへの好きは実は本当の好きとは違うものなんだけど、そう思いたい。そう思う方が楽だから=自分の本当の気持ちを自分で見つめることから逃げてるんです。難しいですよね。
― どうすればいいでしょう? 結婚していて好きな人ができちゃったら。
亜子たち夫婦の場合は付き合いも長い上に後回しにしてきたことが多分沢山ある。もっと素直になれたらとか、もっと言葉で伝えてたらとか。で、もう今更戻れないんですよね。そんな時の好きな人なんてただの逃げ道でしかなくて。結婚していても誰かを魅力的に思うのはしょうがないですけど、亜子はその点全部に都合が良いですね(笑)。自分に甘い、というか弱いんですよね。
― 亜子に共感はできましたか?
とても共感できました。恋愛で目移りするタイミングに共感したっていうよりは、亜子の素直じゃないところとか。素直になれてなくて逆のことを言っちゃうし、最終的には「バカ」とかしか言えないみたいな。
― 人間臭いですよね。
そうですね。だからずっと葛藤してるんですよね、いろんなことを。その葛藤と向き合うことこそ亜子が今まで避けてきたことなので演じるのは辛いけど、逆に楽しくもありました。
一番最初にパッと火がついた時の感覚がすごく大事
― 山本さんはクリエイターとして、演じる側だけでなく制作側としても活動されてますが、表現するうえで大事にしていることはありますか?
極端なことを言ったら、自分のことしか見えてないかもしれません。周りの動きを感じ取ることも絶対に大切ですけど、やっぱり常に純度100%で感じられるのは自分の心や体から湧いてくるものしかないじゃないですか。「わぁ、いいな」とか「綺麗だな」とか思っても、それを人に伝えるときに周りを気にして出る言葉って、自分が最初に感じたときと違って鮮度が落ちてしまうこともあるので、一番最初にパッと火がついた時の感覚が私はすごく大事だと思ってて。
昔は周りに合わさず純度100%のもののままで発言したりすると「どういう意味?バカなんじゃない?」って思われて恥ずかしいと感じることもあったんですけど、表現を仕事にした時に自分のそういうところって意外と役立つんだって気づいたんです。それからは「もう自分のことしか見なくていいや」と思って。要領よくないし、人の何かを受けとめたりバランスをとったりするのも上手じゃないので、自分の持っている感覚とか好きなものとか嫌いなものとかだけを信じようとは思っています。
― すごく大事だと思います。自分が信じるものをちゃんと信じることって。
はい。だから、自分とめっちゃしゃべります。
― 今回『猫は逃げた』に参加して、クリエイターとして得たものはありますか?
自分が知らなかった自分について知りました。「私、ここで涙出ちゃうんだ」とか、「ここで笑うんだ」とか。撮影していて、そんな発見が楽しかったです。
たとえば亜子が浮気された時のことを松山君に話すシーンですごい泣いちゃったんですよ。松山くんの優しさが嬉しいし、嬉しいから申し訳なくなっちゃって。「お芝居の現場って自分の体の中にこういうことが起きるんだ」って、すごい面白いなと思いました。
― 役は自分であって自分でないっていうのが不思議ですよね。最後にこれから映画をご覧になる方にメッセージをいただけますか?
全然完璧じゃない人達が出てきます。でも、だらしないけど、本当の気持ちなんです。きっとファミレスで友達に話したら「やばくない?それ。やめなよ」って言われるようなことだけど、自分にしかわからないことってあると思います。そういう人間のおかしくてでも真っ直ぐなところ、沢山笑って楽しんでください。猫がとっても可愛いです!
Profile _ 山本奈衣瑠(やまもと・ないる)
1993年11月12日生まれ。東京都出身。モデルとしてキャリアをスタート。雑誌やCM、ショーと活躍する。ʼ19年より、俳優業へ転身し、本作で⻑編映画初主演に抜擢。その傍ら、自ら編集⻑を務めるフリーマガジン「EA magazine」を創刊、クリエイターとしても精力的に活動している。映画『親密な他人』(中村真夕監督)が公開中。
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Unvoiced thoughts — starring Nairu Yamamoto
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Information
山本奈衣瑠さん出演映画
L/R15 『猫は逃げた』
2022年3月18日(金)より、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
- Photography : Sakai De Jun
- Styling : Kaoru Watanabe
- Hair&Make-up : kika
- Art Direction : Kazuaki Hayashi(QUI / STUDIO UNI)
- Text&Edit : Yusuke Takayama(QUI / STUDIO UNI)