門脇麦 – 無駄なものは豊か
映画『ゴースト・オブ・ウエノ』で主演を務め、そんな問いに向き合った門脇麦。
本作の撮影を振り返りながら、国境を越えた映画づくり、俳優としての心構え、そして想像力を手放さずにいるための方法について話を聞いた。
この物語がどこに着地するのか、だれにも分からない
― 本作で門脇さんが演じられたサツキは、ソーシャルワーカーという仕事に対して、うんざりしているようにも、情熱があるようにも見えました。門脇さんは彼女の心の機微をどのように解釈して演じましたか?
それに答えるには、この映画がどう始まったかという話からした方が、きっと分かりやすいと思います。最初に台本を読んだとき、確かなものも不確かなものも全部ひっくるめて、私たちが見ている世界って何なんだろう、ということを考えさせられる作品なんだなと感じました。
それでワン・チイ監督とお会いしたら、監督自身がまさにそういうふうに物事を捉えられている方で。監督に「サツキはどういう人物だと思いますか」と尋ねても、キャラクターを端的に説明することをしなかった印象です。そして、“普通”ということを仮定するためにも、監督は“普通”のひと言で説明することはなく、100ぐらい言葉を尽くす。そんな監督だからこそ生まれた作品なんだと思います。
現場でも、これがどういうシーンかという意図をつけずにただ撮っていて。サツキがどんな気分なのか、ここから何が変わるのか、この物語がどこに着地するのか、だれにも分からない。そんな状況だったので、どんな感情も制限しませんでした。

― そうすると、どんな準備を?
特に準備はしなかったです。
― 準備はしない。
たぶんドキュメンタリーの撮影に近いんですよね。サツキという役を通してはいるけれど、いろんな人に会いに行って、いろんな話を聞きながら自分を探していくお話だと思うので。撮影を重ねるごとにサツキの人格が浮き彫りになってもならなくても、それはどちらでも良いなと思いながら演じていました。だから少しも作っていないです。
― かといって、決して門脇さん自身というわけではないですよね。
ではないですね。完全に。
― その塩梅はすごく難しそうです。
助けになったのが、監督が言っていることや考え方には難しいことが何ひとつなかったということ。もちろんすべてを理解できるわけではないですが、私のベースにそれがあるということが大きな手がかりになったと思います。

― サツキとともに、身元不明のホームレスである“ゴージョー”を探すトシを演じた竹中直人さんと、お互いに取り決めたことは?
それも特になかったですね。竹中さんも、私がご一緒して感じたのは、別に白黒をつけなくてもいいというか、答えをひとつに決めようとしない方だったので。多くの場合やっぱり不安になるし、表現のベクトルは決めたくなるんですけど、今回はそれを手放しても心地よくいられるタイプの人間同士が奇跡的に集まって良かったです(笑)。
― 竹中さんとは初共演でしたか?
しっかりご一緒するのは今回が初めてでした。
― どんな方でしたか?
いろんなことに興味があって、いろんなことに深い。でも自分の好きや嫌いという観点で世界を見ていなくて、今までお会いした人の中でも一番フラットな方だという印象を受けました。そこがちょっと監督と近いのかもしれませんね。私自身もそういうタイプだと思うんですけど。
― 竹中さんと過ごして、印象的だったことはありますか?
クランクインの前に、監督から質問がないか聞かれた竹中さんが、「門脇さんなので何の不安も、何の質問もありません」と言ってくださったんです。その言葉が本当に心強くて、ありがたかったですし、精一杯頑張ろうと、身が引き締まりました。

自分にとって大事にすべきものを大事にする
― 2024年の映画『オールド・フォックス 11歳の選択』では台湾映画を経験し、本作も日本、中国、韓国の合作となっています。日本映画と異なる刺激を感じることはありましたか?
台湾映画と今回であまりにも違うので一概には言えませんが、日本との違いは確実に感じました。
台湾映画でいうと、一番違うのは時間のかけ方。1日2シーンくらいしか撮らないんです。準備で2〜3時間とって、休憩も2時間ぐらいあって。
― それは丁寧に撮るというイメージでしょうか?
何度もトライするというよりも、役者が入ったら1回しか回さないぐらいの気持ちで、ずっとスタッフの皆さんがテストを繰り返されていた印象です。
― 役者としてはめちゃくちゃありがたいですね。
ありがたくて感動しました。その代わり、役者側の精度もかなり求められますけど。
あとは考え方や物事の捉え方という面でもかなり違うなと感じました。大陸でいろんな人が共存しているからか、受け入れの器がめちゃくちゃ大きいんですよね。白黒つけていたらやっていけないんだと思います。
― 逆に、中国や韓国、台湾の方からは、日本がユニークに見える部分なのかもしれませんね。
そうかもしれませんね。皆さん日本で撮りたいとおっしゃっている印象です。

― 本作に限らず、門脇さんが俳優として心がけていることはありますか?
どうしても生きざまが表れてしまう仕事なので、その場その場で心がけているというよりは、自分にとって大事にすべきものを大事にして仕事に臨んでいます。
現場でいうなら、なるべくみんなが平和に仕事できるように動くということでしょうか。平和が一番です。
― 大事にすべきものというのは?
ピュアさ。創作する心の純度の高さですね。
― ピュアさって基本的に、時間とともに失われがちなものだと思うんですけど、門脇さんも竹中さんも心の純度を保ちながらキャリアを積んでいるように感じます。ピュアさを失わないためにできることはなんでしょう?
とにかく手放さないこと。手放さなきゃいけないぐらいだったら、やめてしまうほうがいい。
でも自分しか知らない、自分の中から湧き水のように途切れず湧いてくるものって、きっとみんなにあるはずで。それを絶対に潰さず信じ抜くことが必要だと思っています。なかなか言葉にするのは難しいんですけど。

この映画は、ある種の人間讃歌でもある
― 完成した作品をご覧になった感想をお聞かせください。撮影時の印象とは異なりましたか?
想像以上に観やすく、綺麗に収まっていたように思います。でもあの現場でいっぱいはみ出したものを撮っていた時間も無駄じゃなかったなというか、報われた気持ちになりました。
― 全編を通して観たことで、どんなメッセージを受け取りましたか?
何でしょう……何だと思いましたか?
― 亡くなった人も含めて、人は人が動かしているんだなということは感じました。自分の意思で選択しているようでも、結局は誰かの影響で動かされている。物事が自然とそうなっているように見えても、意外と人為が入り込んでいるんじゃないかなって。それは意図しようとしまいと。
この世界には、目に見えないものが沢山あるということですね。
― そうなんですよね。
ゴージョーの日記も、それをとりまくすべても、不確かなことばかりで。それでも人間は、すれ違っていない人の中にさえ自分を見出してしまうものなんだろうなって。この映画は、ある種の人間讃歌でもありますよね。

― ゴージョーとは何者なのか、監督から種明かしはありましたか?
現場でもずっとみんな言っていました。結局これ何の話だって。でもよく分からないんですよね。
― 意地っ張りな“強情”なのかなとか、不在だから“ゴドー”なのかなとか。
なるほど。たぶん全部正解ですよ(笑)。
― ゴージョーを象徴として、本作は見えないものに対する想像力の話でもあるのかなと思いました。今はすごく想像力が欠けている時代で、物事の一面しか見ていないんじゃないかと感じることが多いんですよね。俳優という技能は想像力の賜物だと思うのですが、想像力ってどうすれば養えるのでしょう?
やっぱり、映画を観ることじゃないですか。映像でも音楽でも、キャッチーな作品ばかりに触れていないで、理解できない作品にも触れてみたり。
― それってこの映画かも。
そうかもしれません、とだけ言っておきます。
― 想像力がないと観られない作品ですよね。
伝えたいことを説明する場合に、本来は伝えたいことそのものを説明するべきでなく、その周りを描くことでメッセージを浮かび上がらせるべきなんですよね。
だけど今は、無駄と感じられる部分を排除して、伝えたい部分しか描かない。それで本当に伝わるわけがないと思うんです。でもみんな伝わっている気になっていたりするのかなと。
― その結果、想像力が失われていく。
この映画は、膨大に撮った映像の中からピックして凝縮したものになっています。だけど、カットされた時間も絶対に無駄じゃなくて、私の中にも、竹中さんの中にも、監督の中にも残っている。映画を観てくださったお客さんは、きっと私たちに残っているものも自然とキャッチできるはずなんです。無駄なものは豊かですよね。

Profile _ 門脇麦(かどわき・むぎ)
俳優。1992年8月10日、東京都出身。2011年にドラマで女優デビュー。2014年に出演した「愛の渦」などでの演技が高く評価され、第88回キネマ旬報ベスト・テンの新人女優賞など数々の新人賞を獲得。
Instagram
shirt・pants / noir kei ninomiya, loafer ¥19,800 / Gianvito Rossi (Gianvito Rossi Customer Service 03-3403-5564), earrings stylist's own
Information
映画『ゴースト・オブ・ウエノ』
2026年8月8日(土)より全国公開
出演:門脇麦 、村松和輝、一本気伸吾、比佐仁、前原実、平野貴大、佐々木史帆、輝有子、愛い姫、フェルナンデス直行、楊心彦、池﨑凜歩、原田文明、竹中直人
監督:ワン・チイ
脚本:リ・ヤン、ワン・チイ、ウェイン・ワン
©2026「ゴースト・オブ・ウエノ」製作委員会
- Photography : Yu Teramoto
- Styling : Keiko Watanabe(KIND)
- Hair&Make-up : Yoko Fuseya(ESPER)
- Text&Edit : Yusuke Takayama(QUI)