岡田将生 – 答えのない世界
正解のない作品に向き合い続けた岡田が、撮影を振り返るとともに、自らが心酔する映画や芝居への思いを語る。


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これからの自分の歩み方について考えるきっかけになった
― 原作の『神の子どもたちはみな踊る』を読んだ感想から教えてください。
地震があった場所でなく、違う場所で起きた物語を描いているからこそ見えてくるものもある。おもしろいなと思いました。すべては理解できないですけど、そう感じた瞬間はありました。
― 演じるために理解することは難しかったですか?
わからないことが多すぎて。井上監督とも現場でよく話していたんですけど、やっぱりわからないんですよね。「こうなのかな」「ああなのかな」と話し合いながら作っていったので時間がかかりました。
僕にとってはすごく良い時間だったんですけど、正解を出さないといけないのかなという恐怖もどこかにあって。完成した作品を観たときに、4話に分かれたドラマと、すべてが凝縮した2時間12分の映画では見え方が全然違って、僕も映画を観て初めて少しだけわかったような気がします。そしてこの作品を経て、生と死、これからの自分の歩み方について考えるきっかけにもなりました。
― 思考を巡らす余地があるのは、村上作品に共通している要素だと感じますか?
そうですね。以前出演させていただいた『ドライブ・マイ・カー』でも僕はわかっていないままやっていた部分もあり、そんな中で濱口監督に一生懸命ついていき、どう応えていくかと必死で。でも急に世界が変わる瞬間があって、それは僕の俳優人生の中でも忘れられない時間になりました。
今回もそうですが、いろんなスタッフさんや俳優さんと取り組むことで、表現が大きく変化していく。改めてこの仕事はおもしろいなと思いましたし、僕は井上監督が大好きになりました。

― 小村という人間をどのように捉えて、なにを大切に演じましたか?
この物語の中で、彼には意思というものがないんですよね。意思は持たないように、そして基本的にフラットな状態でやろうというのはありました。
だって変なんですよ。あの箱、単純に怪しいじゃないですか。それを釧路に持って行くのもすごいし、自分が食べるものさえ決められない小村ってなんなんだろうって。でもいざ演じてみると、彼の空洞も感じるんだけど、こういう人間って存在するよなとも思えてきて、そういう感覚を少しでも表現しようと臨みました。
― 物語の中では「からっぽ」というキーワードが出てきますが、それは小村の流されやすさや空虚さを表しているのでしょうか?
村上春樹さんの作品では、からっぽという言葉がよく出てくる印象があるのですが、決してマイナスの意味ではないと思うんです。「あなたには何がありますか」と問われたときに、むしろ自ら「からっぽだ」と言える勇気はすごいなと、『ドライブ・マイ・カー』でもそう思ったことがあって。
人間は多角的で、とてもおもしろいなって最近よく思うんです。からっぽの人間なんて、たぶんいないんですよね。だからその言葉はあまり意識せず、ただ彼にとって良い世界が見えるようになってほしいなという思いで演じていました。
撮影は去年の夏ぐらいだったんですけど、今また小村を演じるとなるとちょっと違うだろうなとは思います。
― 今演じると、どう変わると思いますか?
変わるというより、「やらない」と言っていたかもしれません。
僕自身も結婚して、自分の生活がみるみる変わっていく中で、小村が(橋本愛さん演じる)妻の未名に対してどれだけ愛情表現ができているのか、どれだけ寄り添ってあげられているのか、そこに自分の感情が入ってしまうのではないかという恐れがあるんです。
― 岡田さん自身の結婚生活が、演じる上でノイズになってしまうのではないかと?
ノイズにはなりますね。もちろんそれを活かすときもあるんですけど、この作品においてはなんだか苦しくなりそうだなって。
― けっきょく小村は良い夫ではなかったのでしょうか。不思議な家庭ですよね。
不思議な家庭です。良い夫であろうという気持ちはあったと思いますけど。いろんな考察ができますし、いろんな匂いを感じるじゃないですか。
― 感じます。
なぜ離婚したのか、なぜ未名は出て行ったのか、なぜ離婚届を直接渡さなかったのか……。本当にいろんな謎があって、答えがあったほうがやりやすいんですけど、僕の考えが正解だというふうに観てもらうのも嫌だなと。

自分なりの意見を持って、流さないで生きていく
― 本作のような、難解で文学的な作品の存在意義をどういうところに感じますか? わかりやすさや答えが求められがちな世の中だと思うのですが。
すべて明確に答えが出ているような作品ばかりが溢れてしまったら、それはそれで怖い世界ですよね。
映画は自由だなってつくづく思うんです。いろんな映画があって良いし、なにが正しいってわけではないので。映画を観たときに、「これ全然わかんなかったな」みたいなこと、あるじゃないですか。でももう1回観てみると、ちょっと理解できたような感覚もある。そしてそれをインターネットで調べると全然違う解釈だったりもする(笑)。そういう時間も楽しいんですよね。
― 日常生活で自分が理解できないことにしっかり向き合うことは少ないですが、映画館だと向き合わざるを得ない感覚になりますよね。本作はドラマが元になっていますが、どんなところに映画ならではの魅力を感じましたか?
震災のことは風化させてはいけないですし、僕たちが紡いでいかないといけない。映画は残っていくものなので、10年後、20年後、30年後も観て思い出して、考え続けられることがやっぱり良いですよね。
僕自身も演じていく中で教えてもらうことはたくさんあります。それを皆さんと共有して一緒にその地図を確かめ合いながら歩んでいくというのがこの映画の強みなのではないかなと思います。
― 震災もコロナも、あれだけの有事を経験してきたのに、意外と忘れてしまうこともたくさんあります。
ハッとさせられる瞬間が日々ありますし、今世界で起きている出来事にも自分なりの意見を持って、流さないで生きていかないといけないなというのは常々思っています。

― 観る人によって感じ方が変わる奥行きのある作品ですが、岡田さんが感じた作品の魅力について教えてください。
本当に素晴らしい方々がたくさん出ていますけど、やっぱり佐藤浩市さんと堤真一さんはすごいなと、そこに尽きますね。役者としてもそうですし、年齢の重ね方と経験の積み方が画面に映っている。それだけでも僕はこの映画を観るに値するのではないかなと思います。かえるくんと会話している佐藤浩市さんなんて、この映画でしか観られないですからね(笑)。
― 岡田さんにとって”すごい役者“とはどのような人でしょうか?
ちゃんとその場で存在しているというか、嘘がないというか、何もしていないというか。なんと言ったらいいのか……お芝居をしているのだけどしていないんですよね。そういう方はすごいなと思います。
― しているけどしていない。禅問答みたいです。
中井貴一さんがよくおっしゃるんですよ、「棒読みでいい」って。棒読みほど伝わるものって意外とないんです。その言葉だけですべてがわかることがすごいんだっていうことをおっしゃっていて。
― 役者に対して「芝居をしている」というのは、決して褒め言葉ではないですもんね。
そうなんです。その場所や物語にちゃんと存在できているのか、ちゃんと息ができているのか、そういうことが大切なんだと思います。
― 岡田さん自身は、役としてその場に存在できていると感じられるときはありますか?
あまりないです。
― 何かが違うのでしょうか?
何が違うのか、わかったらこんなに苦しくないです(笑)。
― 苦しいんですね。
苦しいですよ。いつまでもできないなあって思いますし。
― 逆にやりがいを得られる瞬間はありますか?
やりがいはやっぱり、そこにたどり着きたいという思いかもしれません。でもどこかで、死ぬまでたどり着けないとも感じているんです。
だから綺麗事かもしれませんが、ひとつの作品を作ることで誰か1人、少しでも心が動かせるといいなとは思っています。

Profile _ 岡田将生(おかだ・まさき)
1989年生まれ、東京都出身。2006年デビュー。近年の主な出演作は、第94回アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した映画『ドライブ・マイ・カー』(21/濱口竜介監督)、『1秒先の彼』(23/山下敦弘監督)、『ゆとりですがなにか インターナショナル』(23/水田伸生監督)、『ゴールド・ボーイ』(24/金子修介監督)、『ラストマイル』(24/塚原あゆ子監督)、『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』(24/上田慎一郎監督)、『ゆきてかへらぬ』(25/根岸吉太郎監督)などがある。また、11月21日に細田守監督最新作『果てしなきスカーレット』が公開。初出演となる韓国製作ドラマDisney+オリジナル韓国ドラマ「殺し屋たちの店」シーズン2の配信を控える。
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Information
映画『アフター・ザ・クエイク』
2025年10月3日(金)より、テアトル新宿、シネスイッチ銀座ほかにて全国公開
出演:岡田将生 鳴海 唯 渡辺大知 / 佐藤浩市
橋本 愛 唐田えりか 吹越 満 黒崎煌代 黒川想矢 津田寛治
井川 遥 渋川清彦 のん 錦戸 亮 / 堤 真一
監督:井上 剛
脚本:大江崇允
音楽:大友良英
原作:村上春樹『神の子どもたちはみな踊る』(新潮文庫刊)より
製作:キアロスクロ、NHK、NHKエンタープライズ
制作会社:キアロスクロ
配給・宣伝:ビターズ・エンド
©2025 Chiaroscuro / NHK / NHKエンタープライズ
- Photography : Kazuma Yamano
- Styling : Yusuke Oishi
- Hair&Make-up : Akari Isono
- Text&Edit : Yusuke Takayama(QUI)