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西島秀俊 – 言葉に力を

Sep 12, 2025
日本・台湾・アメリカ合作による映画『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』。全編ニューヨークで撮影されたヒューマンサスペンスで、西島秀俊は言語や文化の壁、そして理解し合うことの難しさと向き合った。日常の些細なひびが崩壊へと転じる物語の中で、西島が向き合い、感じ取ったものとは。

西島秀俊 – 言葉に力を

Sep 12, 2025 - FILM
日本・台湾・アメリカ合作による映画『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』。全編ニューヨークで撮影されたヒューマンサスペンスで、西島秀俊は言語や文化の壁、そして理解し合うことの難しさと向き合った。日常の些細なひびが崩壊へと転じる物語の中で、西島が向き合い、感じ取ったものとは。

 

 

 

自分がやりたいことにまとわりつく「無理解」

― 本作は、家族の日常に潜む小さなひびが、やがて大きな崩壊へとつながっていく物語です。西島さんが特に心を動かされた部分はどこでしたか?

最初は「部屋を片付けて」とか「あなたも手伝って」というような、家族と暮らす日常にある些細な出来事から始まり、その中でお互いのフラストレーションが少しずつ溜まっていく。そして、ある事件をきっかけに、突然日常が大きく壊れていく。その展開がとてもおもしろいと思いました。

日常というものは、実は簡単に壊れてしまう――これは、この10年ほどの間で、震災やパンデミックなどを通して僕たちが何度か体験してきたことでもあります。でも、そのことばかりを毎日考えて生きていくわけにはいきません。そうした出来事が起こりうるということを身をもって体験したことが、この物語に強く惹かれた理由のひとつかもしれません。

― タイトルにある“Stranger”という言葉は、作品の中でさまざまな意味合いを帯びていくように感じました。

いろいろな意味が込められていると思います。最も身近でありながら、実はわからない存在。それは自分の家族のことかもしれないし、アメリカの片隅で生きるアジア人の家族のことかもしれません。だからこそ『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』というタイトルは、この作品にぴったりだと思いました。

よく知っているつもりの相手のことも実際にはまったくわかっていなくて、何かの拍子に突然それが露呈すると、強い動揺を覚えたり、ぶつかり合ったりしてしまう。 “他人のことはわからない”と痛感する瞬間は、実際に日常の中にもありますよね。

― 西島さんが演じられた賢治という役を表現するうえで、大切にされたことは何でしょう?

賢治はニューヨークに住んでいることや、過去の震災の経験に囚われているなど、少し特殊な設定もありましたが、その中には誰もが抱えるような問題も含まれていると思います。観客のみなさんに共感していただける人物になってほしいという思いを常に持ち続けて演じていました。

― セリフの9割が英語で、西島さんにとっても大きな挑戦だったと思います。

賢治は、研究が評価されて助教授としてブルックリンに在住している人物なので、ネイティブほど英語が堪能ではないという役柄でした。その内面を掘り下げることを大事にしながら演じました。

― 言語の壁による「分かり合えなさ」はどう受け止めましたか?

言葉がわからないからこそ、良い話のときも悪い話のときも母国語で内緒話をしたり相談したりすることがあると思います。また、言い合いになると感情が先走って、思わず母国語が出てしまうというのも共感できることでした。カットされている部分もありますが、脚本には日本語でぶつぶつ文句を言ったり、つい独り言が漏れてしまったりするシーンもありました。

―登場人物が全員、言語も含めて常に暴力にさらされている、あるいは暴力の予感を感じているところが、この映画の重要なポイントだと感じました。物理的な暴力ではない「暴力」をどのように捉えましたか?

住んでいる場所がニューヨークのブルックリンであることや、移民であるという文化的背景、そして自分がやりたいことに対しての「無理解」というものが、登場人物の不安感の根底にあります。それは暴力というより、不穏さとして表れています。

特に(グイ・)ルンメイさんが演じるジェーンはまさにそうで、彼女にとって本当に大切で、生きていくために欠かせないものが「それは今必要ない」と周りの人からは言われてしまう。現状と折り合いがついておらず、いずれこの状況は破綻してしまうのではないかという不穏な予感が、常に映画全体に流れていたと思います。そしてそのことは、現代社会の問題とも直結しているのかもしれません。

 

僕が理想としていた演技そのもの

― 本作で真利子哲也監督が描く「暴力」の役割をどのように感じましたか?

個人的に今回の作品は、これまでの真利子監督の作品とは少し肌触りが違うと感じています。直接的な暴力ではなく、無理解や外からの突発的な出来事にさらされることによって日常が壊れてしまう。それによって、状況やお互いの関係性といったものが変化していく、という作品になっていると思います。この表現の形や変化がとても興味深かったです。

― 真利子監督には、もともとどんな印象を?

理屈を超えたところで映画を撮る方だという印象がありました。人間の奥深くに隠されているものを表現する真利子監督の作品に参加したいと思っていたので、今回ご一緒できて本当にうれしかったです。

―実際にご一緒されていかがでしたか?

直感的に撮るのと同時に、冷静に現場を見ている一面もあると思いました。海外での撮影は時間の制約もあるし、スタッフ間のコミュニケーションも日本人だけで構成されている場合より難しいです。それでも監督は常に冷静な判断を重ね、最後までトラブルなくスムーズに撮影を進めていました。

脚本にもそうした要素が反映されていると思いますが、直感と冷静さの両面を持ち合わせているところが非常におもしろく、魅力的だと感じました。素晴らしい体験でした。

― 賢治の妻、ジェーンを演じたグイ・ルンメイさんとの共演についても伺いたいです。

現場に入る前にオンラインで本読みをしたのですが、そのときからルンメイさんは本当に素晴らしかったです。演技はもちろん、人間的にも魅力的な方で、彼女が目の前で自然に演じてくださったことが、大きな助けになりました。

― 彼女のお芝居のどんなところにすごさを感じましたか?

演技だからといって嘘をつかないというか……簡単に“一線を越えない”方だと感じました。例えば監督から「ここはもう少し感情を出してください」と指示があっても、簡単にトーンを上げるのではなく、感情の表し方がとても自然なんです。

だからこそ、感情が一気にあふれ出るシーンの迫力が本当にすごかったです。彼女の感情が自然と大きくなっていった結果として生まれた演技であり、それはまさに僕が理想としていたものでした。「僕もこういう演技をしたい」と思っていたことを、改めて感じさせてくれました。

― 撮影以外でも、学びや刺激を受けたことはありましたか?

1か月半ほどブルックリンで撮影をしていましたが、休みの日も気分転換に外出して食事をすることもなく、全てのエネルギーを作品に注ぎ込んでいる印象でした。僕は撮影が休みの日には、時々、食事に出かけていましたが(笑)。

人形劇の練習も、ディレクターの方が「もう十分」と言っても、彼女はストイックに続けていて。仕事に対するその真摯な姿勢が、本当に素晴らしいと思いました。

 

正直であることで言葉は力を持つ

― 本作では、言語以外でのコミュニケーションも印象的でしたが、西島さんご自身がコミュニケーションにおいて大事にしていることがあれば教えてください。

大事にしているのは「正直であること」です。正直であることで言葉の持つ力が強まり、自分の思いや考えが相手により伝わると実感しています。

少しでもよく見せようと言葉を装ったりすると、やはり相手には伝わりません。正直にストレートに伝えた方が、言葉は力を持つと感じています。

― 正直であろうと心がけるようになったきっかけがあったのでしょうか?

独立したり、海外のエージェントと契約するなど、マネジメントのシステムを変えていく中でより感じるようになりました。自分自身が、監督をはじめとしたいろいろな方と直接会って話す機会が増える中で、「自分の言葉で思いや考えを正直に伝えることこそが、一番強く相手に伝わる」と実感しました。

― 本作は日本・台湾・アメリカの国際共同製作で、さまざまなバックグラウンドを持つスタッフやキャストとの映画づくりとなりました。

日本のスタッフや共演者に対してでも同じですが、海外の方々と一緒に作品をつくっていると、より強く感じます。やはり自分の思うことをまっすぐに出しているときの方が、相手に伝わると思います。

― 西島さんは、A24制作のApple TV+『Sunny』(’24)や新作映画『Enemies(原題)』など、海外制作の作品でも活躍の場を広げています。こうして国を超えて製作される作品が増えていることについて、どのように感じていますか?

日本国内でも、おもしろい作品を生み出している監督はたくさんいらっしゃるので、このような流れがもっと広がればいい、という思いがあります。一方で、単館系の映画はやはり予算の問題が難しいとも感じています。

だからこそ、この作品のように海外へ企画を出して、海外からも出資者を入れながら製作を進めていくやり方がもう少し普及すれば、より作りやすくなる可能性があるかもしれません。こうしたスタイルが広がっていけば、日本映画の素晴らしさをさらに世界に伝えられるのではないかと感じています。

― 今回の出会いや経験も含め、『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』は西島さんにとってどんな位置付けの作品になりましたか?

いつかご一緒したいと思っている監督はたくさんいますが、その中の一人が真利子監督でした。自分にとって大切な作品ですが、この作品がどんな意味を持つのかは、やはり観客の皆さんに観ていただき、さらに時間が経ってから見えてくるものだと思っています。

真利子監督もそうですが、僕がご一緒したいと思う監督は、その人にしか撮れない作品を撮っている方なんです。そういう方々と映画を作っていけることが本当に幸せで、これからも続けていければと思っています。

 

Profile _ 西島秀俊(にしじま・ひでとし)
1971年3月29日生まれ、東京都出身。92年に俳優デビュー。21年公開の映画『ドライブ・マイ・カー』(‘21)では、第45回日本アカデミー賞 最優秀主演男優賞、第56回全米映画批評家協会賞 主演男優賞などを受賞。ドラマ『きのう何食べた?』シリーズや、映画『首』(‘23)、『スオミの話をしよう』(‘24)、Apple TV+『Sunny』(‘24)など、国内外の映画・ドラマに出演
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Information

映画『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』

2025年9月12日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ他公開

出演:西島秀俊、グイ・ルンメイ
監督・脚本:真利子哲也

映画『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』公式サイト

©Roji Films, TOEI COMPANY, LTD.

  • Photography : Shoichiro Kato
  • Styling : Toshihiro Oku
  • Hair&Make-up : Masa Kameda
  • Text : Sayaka Yabe
  • Edit : Yusuke Takayama(QUI)

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