次世代に親しまれるアトリエブランドとして栗野宏文が kiivu に期待すること
ユナイテッドアローズ上級顧問、クリエイティブディレクション担当。89年にユナイテッドアローズ創業に参画。2004年、英国王立美術学院より名誉フェロー授与。LVMHプライズ外部審査員も務める。
唯一無二の技術を活かすためにブランド<kiivu>を立ち上げ
—まずは山陽染工について教えていただけますか。
戸板:山陽染工は広島県福山市で創業した100年近い歴史がある染色工場です。福山市というのは備後絣の産地でも知られていて、抜染の技術を生み出したのが山陽染工です。現在は無地染めをメインとして、創業時からの技術を活かしながらインディゴや墨の天然染料を使ったプリント、染めなどの加工も手がけています。
—山陽染工が<kiivu>というブランドを立ち上げたきっかけは。
戸板:繊維産業というのは基本的に分業制なのですが、山陽染工も染色だけをやっていては生き残ることが難しい時代になってきました。そんな危機感を抱いていた時に取引のあった地元の縫製工場が閉鎖して腕ききの縫い子さんが職を失ってしまうという話を聞きました。そこでアトリエのような小さな規模ですが、縫製の仕事を続けませんかと山陽染工がサポートさせていただくことになりました。
—それは職人の技術を残していきたいと思ったからですか。
戸板:もちろんそれもありますが、山陽染工の技術を一般の方にも知ってもらうために自分たちが作り上げたテキスタイルでオリジナルウェアを本格的に開発しようという声があったんです。自分たちは独創性に富んだテキスタイルを生み出すことができる、それを高い技術で縫製してくれる方がいる、それによって良質なプロダクトが生み出せるはずだと<kiivu>の構想につながったんです。
—栗野さんと山陽染工のつながりは「J∞QUALITY」がきっかけだと思いますが、テキスタイルの第一印象はどうでしたか。
栗野:僕もファッション業界に40年以上いて、日本のデニムの聖地ともいわれる三備地区も何度も訪れているので、知らず知らずでも山陽染工のテキスタイルには必ずどこかで触れてきているはずです。日本のデニムは世界と比べても品質でも技術でも明確に差別化ができていますが、山陽染工もそのひとつです。
—テキスタイルのクオリティは間違いない?
栗野:間違いないですが技術は優れていても、それを最大限に活かして生き残っていくには戦略というものが必要です。「J∞QUALITY」に選出されている日本の工場はハードルは高くてもそこを乗り越えようと努力しています。クラフトマンシップを残していくために、オリジナルを手がけるブランドを立ち上げるというのは重要な戦略のひとつだと思います。
—これまでに数多くのブランドを見てきたと思いますが、<kiivu>のプロダクトは栗野さんの目にどう映りましたか。
栗野:墨やインディゴの染料を用いたプリントシリーズ、緯糸にカラー糸を用いたデニムシリーズもきちんと企画されていて、他のブランドとも差別化ができていると感じました。本格的なローンチ前なのでまだサンプル段階ということはわかっていましたが、それでも「自分で着たい」とすぐに思いました。
—具体的にはどこにオリジナリティを感じましたか。
栗野:シンプルに見た目です。僕が今日着ているシャツはドレス仕立てなのに、裾と袖の部分は切りっぱなしなんです。あくまでテストプロダクトとしての仕様だそうですが、そういうアイデアがおもしろいと思った。ファッションのアプローチはもうやり尽くされているので、本当の意味での発明のようなものは不可能になっています。それでもベーシックなアイテムをそのまま普通に見せようとしていないところがいい。プリントも柄と余白のバランスは絶妙で、白の面積が大きいからどんな着こなしにも合わせやすいんです。
—山陽染工の技術が背景にあるのでプリントには当然こだわりはありますよね。
戸板:栗野さんが着られているシャツはインディゴ染めをプリントしているのですが、これも技術としてはかなり特殊になります。そもそもインディゴ染めはプリントできないとされているので、それをファッションに落とし込んでいるのは世界的にも<kiivu>だけだと思います。
—ファッションというのは感性も重要なので技術だけでは成立しないと思います。栗野さんに「着たい」と思わせた要因はなんでしょうか。
戸板:工場がブランドをやると自社の技術をアピールしたがるというか、どうしても技術だけに走ってしまいます。ですが自分たちは生地開発、生産の役割に徹し、アトリエに集まった様々なクリエイターが私たちの技術を活用してひとつひとつのアイテムが生み出されています。工場を母体とするのは一般的にはファクトリーブランドと呼ばれますが、山陽染工としてはアトリエに集う才能に全てを託しているので<kiivu>はアトリエブランドだと思っています。
—栗野さんにお聞きしたいのですがファクトリーブランドと呼ばれるものには役割分担がチグハグなことも多いですか。
栗野:もう山ほどありますよ。技術は素晴らしいのにブランディングに長けていないというのは日本らしいところでもあるんですけどね。昔から職人は技術を磨く、オーナーは生産体制を整えることに注力してきた。プロダクトを作るという意味ではそれで間違いではないんですが、ブランドをやるとなると戦い方を変えないと生き残れないですよ。
テストプロダクトの段階で海外バイヤーが高く評価
—栗野さんは「J∞QUALITY FACTORY BRAND PROJECT」の事業に携わり、PITTI UOMOへの出展ブランドとして<kiivu>を選出されたそうですがその理由は?
栗野:世界に持っていっても恥ずかしくないブランドだと思ったからです。実際に海外のバイヤーからもかなり評価されました。特にコーデュロイのパッチワークのアウターは多くのバイヤーの関心を集めていましたね。
戸板:<kiivu>の正式なローンチは2025春夏コレクションからなので、PITTI UOMOに出展した秋冬コレクションはテストプロダクトで商品化も考えていなかったのに、あの香港の「Lane Crawford(レーン クロフォード)」のバイヤーから商談を持ちかけられたことは驚きでした。「ショップでぜひ取り扱いたい」と懇願されたのがコーデュロイのパッチワークでした。
—「自分が着たいと思うブランド」という栗野さんの言葉にバイヤーたちは心をくすぐられたのかもしれないですね。
栗野:僕が人に紹介したくなるブランドというのはそれが基本です。ウィメンズだってそうですよ。自分が女性だったらきっと着たくなるだろうと思えるブランドがやっぱりあるんです。バイヤーとして買い付けをする時も「自分が着たいと思えるか」が全てです。マーケットで受けるか、受けないかを優先させるのは自分に嘘をつくことになりますからそこは考えないです。
—山陽染工も<kiivu>を立ち上げたことで、これからはプロダクトを見据えたテキスタイル作りを意識していくのでしょうか。
戸板:そうなっていくはずです。逆算していくようなモノづくりは自分たちにとってすごく新鮮です。
栗野:最近は卵かけご飯のためのお米もありますが、なんだかそれと似ていますよね(笑)。ゴールが見えているから、そこに向かってモノづくりをする。山陽染工も「いいテキスタイルができたから買ってください」ではなくなるんじゃないですかね。
それぞれの特技を小さなアトリエに結集させたい
—栗野さんの目の前には2025春夏コレクションがありますが印象はどうですか。
栗野:僕が着ているのはエピソード0で、こちらがエピソード1ということですね。ショートパンツはベルトループも太くて、こういった遊びがすごくいいです。新作のシャツはポケット付きなんですね。ディテールもいろいろ見直されている。
戸板:<kiivu>は布(ぬの)を「フ」と呼び、木布(きぬの)を「キフ」と捉えた「布のルーツの追求」がコンセプトの「布」を起源にしたブランドです。こちらのショートパンツのベルトループデザインも「折った布や紙」をモチーフにしています。クリーンなデザインをベースに、コンセプトを感じるディテールでオリジナリティーを表現できたらと考えています。
—栗野さんならそのショートパンツをどのように着こなしますか。
栗野:プリーツ入りで、ポケットもパッチじゃなくて、スラックスがそのままショート丈になったような仕様なので、僕ならシャツを着て、ネクタイもして、足元も靴下をはいて革靴にします。Tシャツにサンダルのような着こなしよりもきちんと感を演出した方がかっこいいと思います。
—かなり凝ったディテールのように感じます。
栗野:ボタンホールの始末もせずにちょっとしたアクセントとして活かしているんですね。わかる人は思わず頷くようなディテールが多いですが、これも技術がないとできないこと。マニアックな凝り方も日本のファクトリーブランドらしいです。
戸板:アトリエが小規模で、縫い子さんたちとのコミュニケーションを大切にして一緒にモノづくりをしているからこそ細かいディテールが表現できていると思います。大規模の工場では生産性が悪いという理由でなかなか引き受けてもらえない複雑な仕様やデザインも<kiivu>では可能になっています。
—<kiivu>はシーズンコレクションに対してテーマなどは設けていくのでしょうか。
戸板:戸板:自分たちの技術を最大限に活かしたテキスタイルを開発し、それを活かしたプロダクトをシーズン毎に展開していきます。トータルコーディネートを念頭に入れたモノづくりでもありません。ただデニムアイテムに関しては、ブランドの定番とし今後も継続していくつもりです。
栗野:技術を活かしたテキスタイルということでいえば、デニムパンツは道着を思わせるような生地感なので海外で受けそうです。肉厚のようでも重さを感じさせないから穿きやすそうですが、この番手の生地を縫うのも大変でしょうね。
戸板:それも三備地区ということでデニム生地の扱いに長けた縫い子さんのおかげです。
—染色工場が母体なので柄が主役と思っていたら、<kiivu>は生地そのものも特徴的なんですね。
栗野:柄もおもしろいですよ。フランスなどではインテリアによく見られる「トワルドジュイ」という柄がありますが、<kiivu>のプリントはあれを彷彿とさせてストーリーを感じます。
戸板:ストーリーというのはある程度は考えていて、トラディショナルな柄をベースにしながら架空の植物や動物を忍ばせています。よく見ればわかるというのも遊びのひとつですが、細かい柄を精緻に表現するためにプリントは試行錯誤を繰り返しました。
—始まったばかりなので試行錯誤だとは思いますが、<kiivu>をどんなブランドに育てていきたいと考えていますか。
戸板:染めでも縫製でもデザインでも、ひとりひとりの得意が集まったようなブランドにしていきたいです。高い技術を持っているのに、それを活かす場がないというのは本当にもったいないと思います。ですが日本の伝統技術を活かせば、若い世代でもリアルに着られるモダンなファッションが作れることを知ってもらいたいです。
—栗野さんが<kiivu>に期待することはなんでしょうか。
栗野:秋冬コレクションを拝見する限り自分たちが得意なことがわかっていて、その技術をうまく意匠に落とし込めていると思います。その姿勢をキープし続けてほしいですし、そのうえで常に上を目指し続けてほしい。ただアイテムやカラーを増やしすぎるのはブランドの立ち位置を見失うことにもつながります。自分たちができること以上のことにまで手を拡げすぎないこと。僕がアドバイスをするとしたらそれに尽きます。
-栗野さんの<kiivu>私物紹介
(左)
プリントシャツだからといって全てをカジュアルに寄せる必要はなく、ベーシックカラーのネイビーパンツとのコーディネートなら程よく凛とした雰囲気も漂います。(栗野)
(右)
パンツの柄が存在感がある場合はトップスは無地にすることで、程よく上品にまとまります。大人のリラックスムードを演出したかったので、今回はくつろぎを感じさせるリネンシャツを選びました。(栗野)
-about J∞QUALITY FACTORY BRAND PROJECT
「J∞QUALITY」が承認のファクトリーが互いに手を取り合い、世界に向けた製品を生み出す横断プロジェクト。ファクトリーの卓越した技術を、統一されや世界観で世界に向けて発信している。
-About the brand
「生布」“キヌノ”
織ったままの晒してない布
「布」“フ” と呼び 「木布」“キフ”とも捉え、布のルーツや可能性を探求し、布を介しての出会いから生まれた、発見や刺激を受けプロダクトを創造するブランド <kiivu(キフ)>。
1925年から続く歴史ある機屋を背景に、生機と呼ばれる綿本来の色や風合いを持つ生地に着想を得ながら、貴重なアーカイブに新しいアイデアで編集、再構築したファブリックを中心に構成されるコレクションは、広島は尾道に佇む小さなアトリエにて、伝統的な技術を有する女性の職人によって1着1着丁寧に仕立てられ、女性ならではの繊細で奥深い美しさも吹き込まれた<kiivu>の服は、人の思いがつながり、寄り添うことで生まれます。
- interview & text : Akinori Mukaino
- Photography : Kaito Chiba
- edit : Yusuke Soejima