【BEHIND THE RUNWAY】SATORU SASAKI 2025年秋冬コレクション、抽象表現と感情の狭間で問いかける、未来への疑問
QUIは今回、バックステージに潜入し、デザイナーをはじめランウェイを支えるクリエーターたちに独占インタビューを敢行。フォトグラファー・広瀬正道が切り取った臨場感あふれるバックステージフォトとともに、その舞台裏をお届けする。
コレクションレポート
今シーズン、デザイナー佐々木がインスピレーションを得たのは、抽象表現主義の巨匠、マーク・ロスコのカラーフィールドペインティングだ。もともと具象画を描いていたロスコは、鑑賞者が論理的な解釈に囚われることに対し「ペインティングは感情で見るべきだ」と反発し、抽象画へと移行した。佐々木は、この「感情でものを見る」というロスコの姿勢に強く共感し、現代社会の合理主義的な価値観に疑問を投げかける意味を込めて、コレクションを“PRIMITIVE FUTURE”と名付けた。理詰めに偏重する現代に対し、もっと感覚的に未来を見つめるべきだというメッセージが込められている。
コレクションの中で特に注目を集めたのは、ニードルパンチで製作された独特な素材のアイテム。温かみのあるテクスチャーと繊細な質感は、感度の高いバイヤーたちを魅了した。また、ハンドニットのループ編みで表現された3色の赤は、2種類の番手で構成され、まるでペインティングを纏っているかのようなアートピースに仕上がっている。
ランウェイでは、力強く歩く女性モデルと、飄々とした態度で歩く男性モデルが混在し、ジェンダーの境界を曖昧にする演出がなされた。「女性が強く、男性がフェミニンであること。それが固定観念を覆す手段であり、性別にとらわれない自由な表現を目指した」と佐々木は語る。性別の境界を揺るがすこの試みは、ファッションの枠を超えたメッセージとしても注目を集めた。
さらに、フィナーレのない演出も話題を呼んだ。「余韻を残したかった。当たり前の行為がなくなったとき、観客がどう反応するか見たかった」と語る佐々木。観客の反応を引き出すこの演出は、彼の「感情でものを見る」という哲学を体現していたように感じられる。遊び心あふれるパレット型のバッグは「stupidなアイテム」と称し、ユーモアとアイロニーを効かせた姿勢も見逃せない。
クリーンでエレガントなムードを保ちながらも、大胆なカッティングや裾が捻れたカットソーなど、春夏からのディテールが継承され、ファンを魅了した。足元を彩るシューズも「可愛い」と評判に。会場に流れたアップテンポなテクノは、佐々木のアトリエで常に流れている音楽だという。感情と知性が交錯し、ロジックを超越した感覚的な空間に、観客たちは引き込まれていた。
<SATORU SASAKI>の“PRIMITIVE FUTURE”は、ファッションという枠を超え、未来への問いかけを投げかける一つのアートピースであり、時代の感性に挑戦する勇気に満ちている。
デザイナー 佐々木悟 インタビュー
ー 初めてのショーはいかがでしたか。
今回、初めてショーを開催し、改めてショーピースの重要性を実感しました。ショーがあるからこそ生まれたパレット型のバッグやループ編みのニットなどの挑戦的なデザインは、今後のクリエーションにも活かせると感じています。
また、私をよく知る人には「自分らしいアイデア」だと受け取ってもらえますが、ブランドを知らない人にとっても、こうした印象的なピースがあることで「SATORU SASAKIとは何か」をより伝えやすくなると感じました。
ー 今回のコレクションは、どのようなプロセスで制作を進めましたか。
まず、コレクション制作に入る前に、コンセプトをしっかりと固め、伝えたいメッセージを整理することから始めました。そのうえで、各クリエイターにはコンセプトを丁寧に説明し、ブランドの根幹にある「ミニマルな表現を大切にしたい」という考えを共有しました。
ー スタイリストの遠藤彩香さんとは、いつもコレクションルックでもご一緒されていますが、今回はどのようにコレクションのビジュアルを作り上げていきましたか。
スタイリストの遠藤さんとは、「過度に装飾的ではない方法で、今回のインスピレーション源であるマーク・ロスコを表現したい」という部分だけを話し合いました。それ以上は、言葉で細かく詰めるのではなく、互いの感覚に委ねながら自然とかたちになっていったように思います。ロスコの絵画がそうであるように、説明しすぎず、感情に直接訴えるようなスタイリングを目指しました。
ショープロデューサー 白坂拡(H inc)インタビュー
ー ショープロデュースにおいて、どのようなコンセプトを意識しましたか。
デザイナーの佐々木さんから、「無駄を削ぎ落とし、頭ではなく感情に訴え、没入させるようなショーにしたい」という希望がありました。そこで、インスピレーション源であるマーク・ロスコのアート空間のような没入感を目指し、究極に要素を削ぎ落としたランウェイを設計しました。
ー 具体的にどのような演出を取り入れたのでしょうか。
100メートルのランウェイに、最低限の照明と音響、そしてシンプルに並べられた椅子のみというミニマルなセットを用意しました。ショーは、モデルの登場とともに照明と音が一斉にスタート。四つ打ちのビートに合わせた力強いウォーキングが展開され、5分48秒の音楽が終わると同時に最後のモデルが退場し、照明も消える。そして、一般的なフィナーレはなく、無音の中でデザイナーが登場するという演出にしました。
ー とても新鮮な演出でした。なぜこのような演出を取り入れたのでしょうか。
<SATORU SASAKI>のコレクションを、ロスコのアートのように観る側が“感じる”ものにしたかったからです。極限まで削ぎ落とされた空間の中で、視覚・聴覚・感覚を研ぎ澄ませることで、観客が作品に没入できるように構成しました。デザインの本質がより際立つような、静かで力強いショーを目指しました。
スタイリスト 遠藤彩香 インタビュー
ー スタイリングについて、どのようなアプローチをされましたか。
悟さんからは シーズンテーマのマーク・ロスコの話を聞き、そこからカラーを軸にドラマ作り(モデル、スタイリング)をしていきました。後はショーの映像やルックを見て感じてもらえればと思います。
佐々木悟が描き出した<SATORU SASAKI>2025年秋冬コレクションは、単なる衣服の羅列ではなく、静かに感情を揺さぶるひとつの現代アート体験であった。
ロスコの抽象性と、現代に対する疑義が交錯するランウェイは、未来を思考する私たちに“理性の次にあるもの”を問いかけている。ミニマリズムの中に潜む豊かな感情、ジェンダーという固定観念からの解放、そしてフィナーレのない余韻、そのすべてが、私たちの「見る」という行為を根本から揺さぶった。
“PRIMITIVE FUTURE”は、感性の回路を再起動させる装置であり、今という時代に生きる私たちへの静かなる挑戦状だ。ファッションの新たな地平は、ここから始まる。
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- Photograph : Masamichi Hirose
- Edit : Yukako Musha(QUI)/ Miwa Sato(QUI)