anrealage hommeをアーカイブしていく|鈴木達之の考察と森永邦彦の見解
デザイナー。1980年、東京都国立市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。大学在学中にバンタンデザイン研究所に通い服づくりをはじめる。2003年「アンリアレイジ」として活動を開始。2005年東京タワーを会場に東京コレクションデビュー。東京コレクションで10年活動を続け、2014年よりパリコレクションへ進出。2019年フランスの「LVMH PRIZE」のファイナリストに選出、同年第37回毎日ファッション大賞受賞。2020年伊・FENDIとの協業をミラノコレクションにて発表。2021年ドバイ万博日本館の公式ユニフォームを担当、2023年ビヨンセのワールドツアー衣装をデザイン。2024年メンズレーベル「anrealage homme」を始動。
1980年代〜2000年代初頭のデザイナーズアーカイブを収集して、独自の解釈でキュレーションしている、ファッションの美術館型店舗を運営。SNSでは独自のファッション史考察コラムを投稿。メディアへの寄稿や、トークショーへの登壇など、活躍の場を広げている。
新たな覚悟を表現したピンクボタンのセットアップ
鈴木:僕はArchive Storeというショップのマネージャとーして過去から現在まで数多くの作品と呼べるような服を見続けてきたのですが、「Rakuten Fashion Week TOKYO 2024」で目にした<anrealage homme>のファーストコレクションは衝撃のひと言でした。
森永:鈴木さんの目にはどのように映ったのでしょうか。
鈴木:デザイナーズファッションはレディースのオートクチュール文脈が主流でありながら、<ANREALAGE>が20周年というタイミングであえてメンズファッションを手がけるという森永さんのアテチュードに衝撃を受けましたし、同時に感動もありました。特にファーストルックのピンクボタンのセットアップにはど肝を抜かれました。あそこまで凝る、手仕事に徹するということに驚きもあったのですが、あらためて服作りとは細部にまでこだわりを詰め込むものだと再認識したんです。
森永:あのピンクボタンのセットアップは<anrealage homme>としても全力集中のファーストルックでした。<ANREALAGE>というブランドは常に未来を意識してコレクションを発表してきましたが、<anrealage homme>は視点がちょっと違っていて「過ぎ去ったものにこそ大切なものがある」というのをコンセプトにしているんです。あのボタンのセットアップは2006年に<ANREALAGE>が発表した「祈り」というコレクションがベースになっています。
鈴木:「祈り」は白いボタンで埋め尽くされているレディースジャケットですよね。
森永:その名の通り「服に祈りを込めた」コレクションだったんですけど、当時の装飾過剰ともいえるレディースの要素をメンズでやってみるのもアリだと思ったんです。「<anrealage homme>はこれで行く」と宣言するためのファーストルックでした。
鈴木:「祈り」は手仕事の結晶のようなシリーズでしたが、どこから着想を得たのでしょうか。
森永:2006年頃はブランドとしてはまだまだで当時の自分たちには時間が有り余るほどあったので、3ヶ月ぐらいかけて一着の服を作るという試みでした。ボタンって服の「付属」品とされてきたので、スポットは当たらないですよね。そのボタンを主役に押し上げようと思ったのが「祈り」というコレクションでした。
鈴木:2006年といえばファストファッションが台頭する直前で世界的にも服は大量生産に向かい始めていましたが、<ANREALAGE>では時間も手間もかける服作りを当たり前に行っていたんですね。ボタンそのものを服にするというのは昔から温めていたアイデアだったんですか。もしくは誰かの影響があったとか。
森永:ジュディ・ブレイムからは「ボタンも立派な装飾品になる」ということを学びましたね。
鈴木:<anrealage homme>のファーストコレクションを見た時に80年代のハウスオブビューティ&カルチャーのムードに触れた気がしたのですが、ジュディ・ブレイムの名前が挙がるということは僕が感じたことは間違っていなかったということですね。
追い求めたのはメンズウェアとしてのファンタジー
鈴木:僕はArchive Storeのマネージャーという立場なので、ファッションを解釈する時に常に過去と向き合うようにしているんです。森永さんは先ほど「未来を意識している」とおっしゃいましたが、デザイナーズブランドとは常にファッションを更新していく存在でありながら、<anrealage homme>からは過去が見えました。
森永:今回の<anrealage homme>のファーストコレクションを見て、かつての「祈り」のコレクションを知っている方だったらハッとしたでしょうね。そのコレクションはWWDのカバーにもなり、「第2のアンダーカバーになれるか、アンリアレイジ。」という見出しが付いたんです。その当時のWWDのエディターからは「あの記事を瞬間的に思い出した」と言われました。
鈴木:僕は自分自身のアーカイブを再構築するという森永さんの発想をすごく新しく思いました。デザイナーとしての歴史そのものを更新していくような手法はあまり見たことがない気がします。ピンクボタンのセットアップは購入するにしても高額ですが、価格は森永さんが決めたのでしょうか。
森永:・ボタンは約1万個使用しており、それぞれを手作業で一つひとつ取り付けています。非常に時間と手間がかかる工程のため、その価値が価格にも反映されています。
鈴木:そういうメンズウェアのオートクチュール的作品というところにもアーカイブ価値があると個人的には思っています。僕は高額なオートクチュールを日本のデザイナーズブランドがもっと手がけていいのではと考えていて、所有者が誰で、世界に数えるほどしか存在しなくて、そんなコレクター作品が出てきてほしいです。それを<anrealage homme>がメンズウェアでやったことが驚きしかなかったです。森永さん自身は<anrealage homme>を立ち上げた時にメンズウェアのオートクチュール化を見据えていたのでしょうか。
森永:これまでのメンズウェアの手法とは違ったやり方で表現しようという思いは持っていました。あふれるほど存在しているメンズブランドと同じでは意味がないので、そうなるとクチュール、手仕事、装飾性というのは自然な発想でした。あとは、王道のメンズリアルクローズを追求しないこと。目指したのは、メンズウェアとしてのファンタジーです。一般的にメンズウェアはリアルクローズのイメージがありますが、そこに縛られず、より自由な服を。
鈴木:<anrealage homme>という構想はずっと頭の中にあったのでしょうか。
森永:ぼんやりとあったような突然のような(笑)。<anrealage homme>を立ち上げたきっかけのひとつが東京でもショーをやりたいと思ったからなんです。パリコレで発表し続けている<ANREALAGE>を東京に戻すのはなかなか現実的ではないですから。あとは<ANREALAGE>はレディースがメインなんですけど、メンズのお客さんもずっと多かったので。
鈴木:フィービー・ファイロが<CELINE(セリーヌ)>のクリエイティブ・ディレクターを務めた時期なんかはまさにそうでしたよね。レディースなのにメンズファンが増え続けるという。
森永:僕がいちばん最初に作ったレディースのパッチワークジャケットをメンズ仕様にしてほしいとオーダーしてくれたのがスタイリストのTEPPEIくんでした。それが<ANREALAGE>の初の男性のお客さんです。
これまでの自身の体験や感情がクリエーションの源泉
鈴木:パッチワークという手法は<ANREALAGE>のアイコン的存在ですけど、ブランドの原点になった理由はあるのでしょうか。
森永:原風景ということでは母親が作ってくれたパッチワークですね。直接的なきっかけはバンタンデザイン研究所に通っていた時に渋谷の生地屋でバイトをしていたんです。生地屋なので大量の端切れが生まれて、それをもらって<ANREALAGE>の服を作っていたのですが端切れを繋ぎ合わせるので必然的にパッチワークになりました。
鈴木:端切れというと本来は捨てられるものですよね。それをクリエーションに昇華するのはさすがですね。
森永:生地を購入する余裕がなかったため、端切れなど手に入る素材で工夫せざるを得ませんでした。まさに、資金はなくとも時間があったからこそ生まれた産物ですね。
鈴木:それも運命ですよね。生地屋でバイトしていなかったら<ANREALAGE>のパッチワークは誕生していなかったかもしれないと考えると、かなりの分岐点のような気もします。コレクションを生み出すときはいつも何からスタートしていますか。
森永:<ANREALAGE>でいえば言葉ですね。最終的にテーマになる言葉です。
鈴木:<ANREALAGE>のコレクションには「SHADOW」だったり「HOME」だったり、いつもワードが付いていますよね。<ANREALAGE>は言葉ということですが、<anrealage homme>はまたアプローチが違うのでしょうか。
森永:<anrealage homme>のファーストコレクションは僕がこれまでに辿ってきたこと、体験してきたこと、感じてきたことなど自身の原風景がクリエーションの起点になっていて、自分がこれまでに作ってきた服、当時影響を受けた服から着想を得ています。メインテーマとしては「過去」です。
鈴木:レディースとメンズの服の作り方に違いなどはありますか。
森永:考え方は異なりますが作り方は近しいです。<anrealage homme>を一緒にやっているTEPPEIくんがミューズのような存在になっていて、「今のTEPPEIくんならこういう服を着るだろうな」というイメージで作っている感じです。
幼少期の記憶をイメージした小文字のアルファベット
鈴木:アーカイブマニアの僕としては<ANREALAGE>と<anrealage homme>のロゴが変わっているところは見逃せないポイントです。ブランドのロゴやタグの変化というのはアーカイブの重要な検証材料なので。
森永:どちらもロゴの作りとしてAとZを重ねているのは同じです。<anrealage homme>のメインテーマは「過去」ですが、それはブランドにとっての少年期(=初期)の記憶を指します。20年の歩みを経た大文字の<ANREALAGE>が「大人」だとすれば、小文字の<anrealage homme>は、ブランドが生まれたばかりの原風景にある「少年期」として捉えることができます。そうした意味を込めて、大文字と小文字を使い分けました。
鈴木:タグをピンクにした理由は?
森永:ピンクは、人間だけが見ることができ、自然界には存在しない色だといわれています。赤と紫を見た時、視覚的に変換することで生まれる色がピンクであり、実際には存在せず、頭の中でしか見ることができません。その儚さは、まさに原風景の記憶と重なりますよね。それは<anrealage homme>のメインテーマと一致すると思ったのでブランドカラーとしてピンクを選びました。
鈴木:タグのカラーも<anrealage homme>のテーマを象徴しているんですね。僕はアーカイブとして残り続けるファッションに共通しているのは「一貫性」だと思っています。ランウェイのルックは個を放っていても「あの年、あのシーズンのコレクション」と認識できる。タグを取り外してもそれぞれのルックが同じ情報を発信している一貫性です。<anrealage homme>のファーストコレクションからはそれを感じました。
森永:確かに僕はテーマの枠組みをガチガチに決めて、そこからはみ出さないような服作りをしています。
鈴木:森永さんの確固たる一貫性は唯一無二だと思っていて、そこは古着とは大きな違いを感じます。「00年代」という大きな括りで楽しむのが古着ですが、デザイナーズブランドの場合はアーティストであるデザイナーが「何年」の「どのシーズン」に「何を表現したかったのか」というアーカイブとしての深掘りの楽しみ方があります。それはコレクションに一貫性がなくては成立しません。
森永:何十年も残る服を作ろうという意識はないですけど、自分の過去のコレクションを見直すと当時の心象風景を思い出します。自分が服で表現したかったことからブランドを取り巻く環境がどうだったかということまで。それは「この服は今しかできない、今の自分にしか作れない」という強い想いが年代ごとのコレクションに詰まっているからだと思います。
鈴木:<ANREALAGE>に関していえばコレクションテーマの「言葉」は僕にとってはブランドの過去を追っていくための年表になっています。だからこそファッション好きに森永さんの表現者としての変遷やストーリーを伝えたくなるんです。どのジャンルでも出自も時代も不明確なものは語り継がれてくことはないですから。
森永:デザイナーの変遷やストーリーに価値を感じて、アーカイブという視点で次の世代にブランドのことを伝えられる鈴木さんのような存在は希少だと思います。<anrealage homme>もコンセプトに縛られ過ぎることはないですけど作り方やシルエット、素材の選び方などはシーズンごとに確固たる枠組みはあります。
同じことをやっていても20年目にして景色が変わった
鈴木:今日はこの現場に<anrealage homme>のファーストとなる2024年秋冬コレクションがあるので、森永さんとあらためて見直したいです。衝撃もありましたがニヤリとしてしまうようなトロンプイユも満載でした。ノースリーブロングニットはミニサイズのニットベストを繋ぎ合わせているんですよね。ランウェイに登場した瞬間は気づかなかったのですが、モデルさんが近づいてくると「えっ!」みたいな(笑)。
森永:これはロングニットの本体が大文字で、それを構成するミニベストが小文字という考えです。<anrealage homme>はロゴが小文字なので、それを集結させてパッチワークを作ろうと。「なるべく小さな幸せとなるべく小さな不幸せ、なるべくいっぱい集めよう」です。そんな気持ちわかるでしょって(笑)。
鈴木:「情熱の薔薇」も森永さんの青春を通り過ぎたひとつなんですね。スタジャン風の一着も実はニットセーターで騙されました。この柄も中学、高校時代にバスケに夢中だったという森永さんならではで、ここにも原風景が宿っていますよね。
鈴木:今日は何度も「原風景」や「原点」という言葉が出てきますが、森永さんがそもそもデザイナーを志したのは<keisuke kanda(ケイスケカンダ)>の神田恵介さんの影響ですか。いろいろなインタビューでもそう話されていますが。
森永:そうですね。圧倒的に神田さんです。最初のショーを見た時に抱いた「この人がつくる服はすごい!」という尊敬の念は今も昔も全く変わることはないです。服作りには明確なコンセプトと言葉が必要だということを教えてくれたのが神田さんで、<ANREALAGE>の服作りのスタンスもそこから全てが始まっています。
鈴木:若い頃に受けた尊敬する先輩からの教えって、自分がキャリアを重ねても守り続けるものですよね。
森永:<ANREALAGE>はパッチワークをずっと作り続けていますけど、それも最初の一着を神田さんが褒めてくれたからです。全く売れなかったんですけど「お前がやるべき服はこれだ」って尊敬する師匠は認めてくれたんです。
鈴木:今日は僕なりのアーカイブの定義を一方的に話してしまいましたが、森永さんは「アーカイブになり得るファッション」とはどのようなものだと考えていますか。
森永:時間が経った時に気づかせてくれる服ですかね。通り過ぎていく服は多いですけど、もう一度自分のクリエーションとして立ち返りたくなるような服。<ANREALAGE>でいえば、それがパッチワークです。それも20年やってきたからこそ振り返ることができました。
鈴木:ファッションだけでなくアートもそうですけど、突発的に生まれてきたような作品って語り継がれることは少ない。原点があって、時代を経て変化があったとしても、脈々と繋がっているものだけをアーカイブと呼ぶとしたら、ストーリーの連続性は不可欠だと思います。
森永:<ANREALAGE>のロゴでもありますがAとZってアルファベット順でいえば最も離れているじゃないですか。自分としてはAがスタートでゴールのZを直線的に目指していたような感覚もあったのですが、ブランド20年目にしてAとZが環状線のようにつながっているイメージが頭に浮かんだんです。それもただの円ではなく、スパイラスした螺旋状です。パッチワークも同じことを繰り返しているようでも見える景色は変わっているんです。
鈴木:やはり<ANREALAGE>にとってはパッチワークという手法こそアーカイブですよね。これから発表されるコレクションも、またいろいろと深読みしていく楽しさが増えそうです(笑)。
- Interview : Tatsuyuki Suzuki(Archive Store)
- Text : Akinori Mukaino(BARK in STYLE)
- Photo : Junto Tamai
- Edit : Ryota Tsushima(QUI)