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IM MEN 2027年春夏メンズコレクション──「竹翳礼讃」が問いかけた、世界の見方

Jul 3, 2026
2026年6月25日、<IM MEN(アイム メン)>はパリ5区の文化施設セジュール(Césure)にて、2027年春夏コレクション「竹翳礼賛 — In Praise of Bamboo Shadows —」を発表。パリ装飾芸術美術館で目にした東洋の工芸美術を着想源に、竹や竹細工、水墨画などの文化的モチーフを衣服へと昇華した。本記事では、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』や東アジアにおける竹の文化的背景を手がかりに、ショーと衣服を通してブランドが投げかけたメッセージを読み解く。

IM MEN 2027年春夏メンズコレクション──「竹翳礼讃」が問いかけた、世界の見方

Jul 3, 2026 - FASHION
2026年6月25日、<IM MEN(アイム メン)>はパリ5区の文化施設セジュール(Césure)にて、2027年春夏コレクション「竹翳礼賛 — In Praise of Bamboo Shadows —」を発表。パリ装飾芸術美術館で目にした東洋の工芸美術を着想源に、竹や竹細工、水墨画などの文化的モチーフを衣服へと昇華した。本記事では、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』や東アジアにおける竹の文化的背景を手がかりに、ショーと衣服を通してブランドが投げかけたメッセージを読み解く。

「竹翳礼賛」が問いかけたもの

「竹翳礼賛 — In Praise of Bamboo Shadows —」。

このタイトルは、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』を想起させる。1933年に発表された『陰翳礼讃』は、西洋と日本の美意識を対比しながら、日本の建築や工芸、漆器、障子などを通して、陰翳や余白に宿る美しさを考察した随筆だ。『陰翳礼讃』が、光ではなく影や余白、曖昧さのなかに美を見出したように、<IM MEN>のコレクションも竹そのものから、竹が生み出す影や気配にまで視線を向けている。

しかし<IM MEN>が提示したのは、日本や東洋の美意識そのものではない。竹というモチーフを起点に、「私たちは世界をどのように見つめ、どこに美しさを見出しているのか」。そんな世界との向き合い方そのものを問いかけるコレクションとして映った。

着想源となったのは、パリ装飾芸術美術館で目にした東洋の工芸美術だ。水墨画に描かれた竹林の風景、着物の型染めに用いられる型紙などを起点に、「気配」「地と図」「実在と不在」「輪郭」といった言葉でコレクションを説明する。

竹というモチーフには、東アジアにおける文化的な背景も重なる。竹は古くから、生命力や節操、しなやかな強さ、謙虚さなどを象徴する存在として捉えられてきた。もちろん、<IM MEN>がそうした象徴性を直接参照しているかは分からないが、その背景を踏まえることで、「竹翳礼讃」というタイトルにより奥行きが感じられる。

さらに興味深いのは、タイトルが「竹礼讃」ではなく、「竹翳礼讃」であることだ。

コレクションには、竹の節や枝葉、竹細工の編み目、『竹取物語』やちまきなど、竹そのものの造形や文化を着想源とした表現が数多く見られる。一方で、ブランドが強く語るのは、「気配」「地と図」「実在と不在」「輪郭」といった、対象そのものではなく、対象と周囲との関係のなかで立ち現れる感覚である。

今回のコレクションの本質は、「竹翳」という言葉そのものにある。竹を描くことではなく、竹が光や空間との関係のなかで生み出す影や気配にまで目を向けること。その眼差しこそが、<IM MEN>が今回描こうとしたものではないだろうか。

その思想はショー空間にも表れていた。モデルたちは黒い竹と影が織りなす架空の風景の間を縫うように歩いていく。

透け感やレイヤーが生み出す奥行きは、視線の先に霞む竹林を思わせ、衣服と空間は一体となって多様に移ろう情景を描き出していた。ショーは衣服を見せる場であると同時に、「竹翳」がもたらす気配や空気感を体感するインスタレーションでもあった。

「竹」が生み出す美意識を、衣服へと昇華する

ショー空間で体感した「竹翳」の思想は、<IM MEN>ならではのものづくりによって衣服へと昇華されていく。

竹を単なるモチーフとして引用するだけではない。竹という存在が持つ造形だけでなく、光や影、重なり、気配といった、竹がもたらす美意識までも、それぞれの素材や構造、技法を通して衣服へと翻訳した。

コレクションを象徴していたのが、竹そのものではなく、竹が光によって生み出す影を大胆なグラフィックとして表現したルックだ。描かれているのは竹ではなく、その周囲に生まれる陰翳。その眼差しこそが、「竹翳礼賛」というテーマを最も端的に物語っていた。

一方、『竹取物語』に登場するかぐや姫がまとう十二単から着想を得たルックでは、引用されているのは歴史的な衣装ではなく、重なりによって生まれる美しさそのものだ。襟元の重なりや流れるようなシルエット、染めの濃淡が生み出す奥行きは、日本文化のなかで育まれてきた「重なりの美意識」そのもののように感じた。

さらに印象的だったのが、ポケットを取り外した空白をデザインへ取り込んだルックだ。身体や内側の衣服が覗くことで、身体そのものが衣服の一部となり、輪郭は布ではなく、空白によって形づくられていた。存在するものではなく、「ないこと」によって美しさが生まれるという発想は、「実在と不在」や「地と図」という今回のテーマを体現していた。

そのほかにも、水墨画の竹林を思わせる濃淡を抜染で表現したルックや、竹細工の「ござ目編み」をジャカードとして表現したルック、竹林や竹の節をプリーツで表現したルック、そして筍の皮が幾重にも重なる構造を一枚の布のドレープという構造へ置き換えたルックなど、コレクション全体を通して竹というモチーフはさまざまな角度から解釈されていた。

そこに共通していたのは、竹の形を写し取ることではない。竹が生み出す影や重なり、気配といった美意識を抽出し、それぞれ異なる素材や技法を通して現代の衣服へと昇華する姿勢だった。

世界の見方を問い直すコレクション

『陰翳礼讃』が影のなかに美を見出したように、<IM MEN>もまた、竹を通して、関係性のなかで立ち現れる美しさへ視線を向けた。

<IM MEN>はこれまでも、身体と布、素材と構造の関係を起点に、衣服そのものの在り方を探求してきた。今季の「竹翳礼讃」では、その探求が「見ること」へと向けられていたように思える。竹そのものだけではなく、竹が生み出す影や気配、余白へと視線を向けることで、衣服は美しさがどのように立ち現れるのかを考えるための媒体となっていた。

デジタル技術の進化によって、あらゆるものが瞬時に可視化され、意味づけされる現代。私たちは、物事を素早く認識し、意味づけることには慣れても、その先にある気配や余白へ目を向ける時間を少しずつ失っているのかもしれない。

だからこそ今回<IM MEN>が提示した「竹翳礼讃」は、日本や東洋の文化を語るためではなく、美しさはどこに宿るのか。そして私たちは、何を見て、美しいと感じているのか。そのことを問いかけるコレクションだったように思えた。

 


IM MEN 2027年春夏メンズコレクションはこちら

IM MEN
ウェブサイト:https://www.isseymiyake.com
インスタグラム:@im_men_official

© ISSEY MIYAKE INC.
ランウェイルック:Filippo Fior (GoRunway)
ショー画像:Carlo Scarpato (GoRunway)

  • Edit & Text : Shun Okabe(QUI)

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