アーティスト ライアン・ガンダー – 美術館は“心や頭を鍛えるジム”のような場所
ユーモアと哲学が交差する作品たちと出会う 「ライアン・ガンダー:ユー・コンプリート・ミー」展
「ライアン・ガンダー:ユー・コンプリート・ミー」展では美術館の内外のあらゆる場所に作品が展示されている。
まずロビー階では、小さくカラフルなおもちゃが等間隔に整然と並ぶ《閉ざされた世界》が鑑賞者を迎える。これは、ガンダーの息子が家でおもちゃを並べる姿に着想を得た作品。自分の息子に成り代わって作家自身が作品に仕上げたものだという。
地下の展示室では、壁のボタンを押すと作家が考えた2,000種類もの未発表アイディアのひとつが出力される《アイディア・マシン》が登場。次々と浮かぶアイディアを記録することに多くの時間を割いているという自身の状況を装置化した作品だ。
また壁の穴からは2匹のネズミが顔を出し、アートや創作、自身の存在について会話を交わしている。かわいらしい姿と哲学的な語りが印象的な作品だ。こうしたアニマトロニクス(機械工学や電子制御技術で動物を再現したもの)の作品はガンダーがこれまでにも手掛けてきたもので、本展では4つの作品が展示されているため、ぜひ館内を探してみてほしい。
《生産と反復を繰り返しながらも君は自由を夢見ている》2025年
《君が私を完成させる、あるいは私には君に見えないものが見える(カエルの物語)》2025年
ライアン・ガンダーの作品は、視覚的な面白さや、発想の転換などユーモラスな要素を含みつつ、その裏には哲学的な問いが隠されている。彼は、どのような考えでこうした作品をつくっているのだろうか?
関係性から生まれる作品
QUI:展覧会タイトル『YOU COMPLETE ME(あなたが私を完成させる)』は印象的な言葉です。どのような意味が込められているのでしょうか?
ライアン・ガンダー:「YOU COMPLETE ME」という言葉は鑑賞者に向けたもので、「あなたが、私の作品を完成させるんですよ」と話しかけています。私は「良いアート」というのは、鑑賞者が作品と向き合ったときに初めて完成するものだと思っています。その人の視点や経験によって、作品の受け取り方も変わってくるんです。
多くの人は「アート」というと、アーティストがスタジオにこもって一人で作品をつくる姿をイメージするかもしれませんが、私が関心を持っているアートは、そういった一人の作業によるものではなく、異なる視点を組み合わせて生まれるものなんです。
鑑賞者、キュレーター、ライター、そして展示に関わるすべての人…それぞれが異なる視点で作品に関わって、まるで有機体のように作用し合う。そこで、様々な要素が衝突してノイズが生まれていく。それは、一人ではできないことで、それが私にとっての創作の根源です。
鑑賞者によって変化する作品の捉え方
QUI:展覧会のリーフレット(会場で配布中)の中では、「あなたはすべての色」と、鑑賞者を「色」に例えられていましたね。「鑑賞者が作品を完成させる」というのも、その考え方に繋がるように感じましたが、それはガンダーさんの作品や展覧会すべてに通底する考え方なのでしょうか?
ライアン・ガンダー:私は、作品の「素材」を多様な観点から考えることができると思っているんです。一般的に「素材」といえば、粘土やブロンズなどの物質を想像しますよね?でも、もっと儚い非物質的なもの… たとえば音や、誰かから受け取った感情やアイディアのようなものだって、素材になり得ると思っています。
私は、皆が自分なりの「パレット」や「道具箱」を持つことは良いことだと思います。そのパレットの上では、そうした肉眼では見えないものが「色」になります。私は、そのパレットをできるだけ開いた状態にして、そこにあらゆるものを載せていきたいと考えているんです。そうやって「素材」を抽象的に考えれば考えるほど、作品に多様性と驚きが生まれてきます。
例えば、従来の画家が絵を描く場合、特定の「感情」や「感覚」などをもとに作品をつくったとしたら、それは「主題(テーマ)」になります。でも、そういったものを「テーマ」としてではなく「素材」として使うと、まったく違う結果が得られるんです。「テーマ」に基づいて作品をつくると、作品を観た時に鑑賞者はみんな「似たようなこと」を考えてしまいますが、一方「素材」として扱うと、人それぞれ多様な考えが生まれてきます。
私が心がけている制作の方法は、できるだけ作品を「開かれたもの」にすること。鑑賞者が自由に多様な発想をめぐらせられるような方法なんです。
人間的で親しみやすい「ネオ・コンセプチュアルアート」
QUI:ご自身のことを「一種のネオ・コンセプチュアルであり、特定の様式をもたないアマチュア哲学者」と称されていらっしゃいます。「コンセプチュアルアート」は、物質的な作品よりも“アイディア”が重視される現代アートの手法ですが、そういった作品とはどう異なるのでしょうか?
ライアン・ガンダー:伝統的な「コンセプチュアルアート」とは、「作品があくまでコンセプトの中に留まっており、そのコンセプトを表すモノからはみ出したりズレたりしないもの」だと思います。
「ネオ・コンセプチュアル」という言葉は、私独自のものではなく他の人たちも使う言葉ですが、その共通理解としては「構造はコンセプチュアルアートに似ていても、感情や人間性、それに戦略などの仕掛けが加えられていて、作品をより柔らかくしている」ということです。ユーモアだったり、愛情や嫉妬、怒り、それにかわいらしさなど、さまざまな「人間の感情」が作品に取り入れられています。より「人間的」で、親しみやすい作品になっています。
1960年代〜70年代の「コンセプチュアルアート」は、近づきがたい雰囲気もありました。私はそういう作品はつまらないと思っています。私は、一方向的なものではなく、もっと開かれていて、子どもでも触れられるようなものをつくりたいと思っています。
背景にストーリーを持った作品は、鑑賞者を「作品の中に巻き込む」力を持っていて、それによってより開かれた、共感可能な作品になる。鑑賞者が「これは自分のことかもしれない」と感じるような、そういう作品です。
アートへの“開かれた”扉
QUI:実際にガンダーさんの作品はとても親しみやすい雰囲気があって、特に“ユーモア”の使い方が印象的です。こうしたユーモアは、どこから来ているのでしょうか?
ライアン・ガンダー:うーん…それは、もともと私が面白い人間だからですかね。いや、それは冗談です。笑
私の作品には“ユーモア”だけでなく色々な要素が散りばめられていますが、それらは「扉」のようなものなんです。たくさんの「感情」や「仕掛け」を使って、開かれた「扉」を残しておくと、人々はその扉を通って作品に関わることができる。それも「アートに関わっている」ということを意識せずにです。
QUI:“開かれた扉”を用意するというのは、先ほどの「素材」の話題でもお話されていたポイントですね。
ライアン・ガンダー:イギリスでは、大多数の人がアートを見ません。それは、ものすごく強い偏見があってアートはエリート主義的な行為とされているから。それも当然だと思います、イギリスには貧しい人がたくさんいますから。貧困の中にいると、美術館に行く時間なんてない。子どもに食べさせるお金をどう工面するかで精一杯になってしまいます。イギリスでは、労働者階級の文化の影響もあって、アートを怖いものだと感じている人が多いんです。
でも、私はそういった労働者階級の人たちと共にありたいし、アートが人々にとって本当に良いものであると信じています。だから、誰でもアクセスできる、誰もが関われるような作品にしたいと考えています。
たとえ話をすると、みんな筋トレや体力づくりのためにジムに行きますよね?私は、美術館は「心や頭を鍛えるジム」みたいな場所だと思っています。ジムで身体を鍛えるように、人々が美術館に行って、自分のマインドを鍛えるのはとても良いことだと思うんです。
《時空からの離脱(ロンドン、マレ通り146番地)》2024年
しかしイギリスでは、その「マインド・ジム」に通っている人は、人口のわずか20%くらいです。
だから私がつくる作品は、意識的に多くの人を「招き入れるもの」にしているんです。もしかしたら「招き入れる」というより「騙して入れてしまう」という感じかもしれないですが。笑
人々に「なんだろう?」と興味を持たせるような仕掛けやユーモア、かわいらしさやスケール感、さらには複雑さとか、色とか…。そういったさまざまな仕掛けを使っているんです。
その「仕掛け」はとても単純なものです。でも、何かを伝えたいと思ったとき、人に聞いてもらうにはどうすればいいでしょう?大声で叫んでも誰も聞いてくれないし、伝統的なアートの手法を使っても、誰も耳を傾けてくれない。だから、私はまっすぐに、でも同時にユーモラスに作品に入っていけるようにしています。
伝統的な価値観に縛られず、多くの人がもっと自由なやり方で作品と出会ってくれたらいいと思っています。
ライアン・ガンダーは、本展の挨拶のなかで、日本の神道とネオ・コンセプチュアルアートには共通点を感じると語った。神道では、すべてのものに神が宿るとされているが、ネオ・コンセプチュアルアートもまた、作品の物質そのものではなく「物質はストーリーやアイディアを運ぶ入れ物にすぎない」と感じているからだという。
身の周りのあらゆる存在を「素材」として取り入れる姿勢も、そこに通じるのかもしれない。
「作品を完成させる」もう一人のアーティストとして、ぜひ会場で作品と向き合ってみてほしい。

ライアン・ガンダー
1976年イギリス、チェスター生まれ。ロンドンおよびサフォーク在住。近年の主な個展に、ヘルガ・デ・アルヴェアール現代美術館(スペイン、カセレス、2024年)、福岡醤油ギャラリー(岡山、2023年)、東京オペラシティアートギャラリー(2022年)、ノリッジ美術大学イースト・ギャラリー(イギリス、2022年)、スペースK(ソウル、2021年)、クンストハレ・ベルン(スイス、2019年)、大宰府天満宮(福岡、2017年)、国立国際美術館(大阪、2017年)、アスペン美術館(アメリカ、2016年)、モントリオール現代美術館(カナダ、2016年)、バンクーバー現代美術ギャラリー(カナダ、2015年)、オーストラリア現代美術センター(メルボルン、2015年)など。第10回リバプール・ビエンナーレ(イギリス、2018年)、第21回シドニー・ビエンナーレ(2018年)、ドクメンタ13(ドイツ、カッセル、2012年)、第54回ヴェネチア・ビエンナーレ(2011年)ほか国際展にも参加多数。2017年、現代美術への貢献により大英帝国勲章を受勲。2022年には、英国美術界の権威であるロイヤル・アカデミーの正会員(彫刻部門)に選出されている。
Instagram:@ryanjgander
ライアン・ガンダー:ユー・コンプリート・ミー
Ryan Gander: YOU COMPLETE ME
会期:2025年5月31日(土)~11月30日(日)会期中無休
会場:ポーラ美術館 アトリウム ギャラリー、展示室4、ロビー ほか
住所:〒250-0631 神奈川県足柄下郡箱根町仙石原 小塚山1285
展覧会サイト
- Text : ぷらいまり。
- Photograph : Kei Matsuura(STUDIO UNI)
- Edit : Seiko Inomata(QUI)







