デザイナー佐々木悟がメンズブランドを始動、「完璧な不完全さ」に込められたメッセージ
佐々木は、2020年<SATORU SASAKI>のブランドローンチから、「男性も憧れる女性」を掲げ、地元の兵庫県神戸市をベースに毎シーズンコレクションの発表を行っている。
着実にブランドの支持を広げてきたデザイナーの佐々木が、この度メンズブランドを立ち上げるとなれば、期待が高まるとともに、この機会に聞いてみたいことが自然と浮かんできた。
話を聞いてみると、顧客層が厚いことも納得できるほどに、発言の端々にものづくりやブランドに対しての緻密さが垣間見えた。
今日は、佐々木に自身について、ウィメンズブランド<SATORU SASAKI>について、これから始動するメンズブランドについて、語ってもらうとともに、佐々木の頭の中を少し覗いてみたいと思う。
大学在学中に服飾専門学校にて服作りを学ぶ。卒業後、東京のデザイナーズブランド、海外のメゾンブランドで経験を積む。帰国後、2020年に地元神戸を拠点として、ウィメンズブランド<SATORU SASAKI>を立ち上げ、ファーストコレクションを発表。2024年秋冬コレクションより新たにメンズブランドを始動。
ー デザイナーを志した大学時代、もともとはメンズ服を作りたかったと伺いました。なぜレディースブランドをスタートすることに?
大学へ行きながら専門学校へ通っていました。ダブルスクールコースでは、レディースを教えてくれる授業しかなく、パターンや縫製はレディースを授業で行い、学校が休みの日はメンズを作っていました。
大学と専門学校を卒業後は、東京のデザイナーズブランドで働き、そこでは、クリエーションのベースを作ってもらいました。例えば、相反するものを組み合わせてコレクションに落とし込む方法。相反するものを組み合わせると全く新しいものになることは、コンセプトの組み立ての部分で今に繋がっています。
ー 佐々木さんのクリエイティブには、幼いころから身近にあったアート、特に抽象画が大きく影響しています。強く影響を受けた人は?
叔父のペインティングとゲルハルト・リヒターです。
祖父はアートが好きで収集していて、家には女性の裸のスカルプチャーが庭にありました。小学生の頃、家に遊びに来た同級生からいじられたことが、次第にコンプレックスになっていきました。
そんな中、ニューヨークで活動していた叔父のペインティングだけは、誰も理解できなかったので、それが心地よく感じたんです。誰にも理解できないからいじられることもない。具体的な答えが作品を見るだけでは伝わらないことが抽象画好きになった理由です。
佐々木の叔父が描いた作品
私は、いわゆるコンセプチュアルなアートが好きで、視覚的に好きかどうか、その次にコンセプトや技法など何が新しいかの二つの視点で見るようにしています。そういった意味でも、先ほど述べたゲルハルト・リヒターは、新しいペインティングをたくさん生み出してきた人物なので、すごく好きです。日本だとNerholさんも、2013年ごろの恵比寿での展示を見に行った時に衝撃を受けました。アイデアを練る人と彫る人という名前から来ているように、写真を数百枚重ねて掘っていく ー その歪みが面白くて当時から好きなアーティストです。
これらの視点を持つようになったきっかけは、紛れもなく叔父のアートからです。
ー 2016年6月から1年間渡欧し、海外のブランドでデザインアシスタントを経験されました。海外に出ようと思った理由は?海外での経験は現在のものづくりにどんな影響を与えていますか?
1つ目は、叔父がニューヨークで学んでいたからです。
大学の卒業式にも出ず、大学卒業後は、すぐ叔父の個展を手伝いに2ヶ月間ニューヨークへ行きました。アメリカの画家エドラスのもとでホームステイをすることになり、刺激的な日々を送りました。
2つ目は、他の人達と差別化するための行動を取る必要があると考えたからです。
私は大学に行きながら専門へ行っていたので、授業のカリキュラム上、縫製やパターンを学ぶ時間がかなり少なく、このままではディスアドバンテージな状態になると当時から思っていました。学校で身につけた知識や技術だけで勝負すると周りと差別化できないと考えていたので、他の部分で周りに負けないことをしないといけないと思っていました。
そこで私は、東京のデザイナーズブランドで約1年半学び、海外の学校の卒業生の作品を沢山研究し、自分の作品を作り、ポートフォリオを作成するなどしていました。ポートフォリオとスーツケース一個だけを持って、海外へ行きました。私には海外の学校へ行く学費などなかったので、いきなりアトリエで働くことだけを目標にヨーロッパへ行き、ポートフォリオの反応が良かったので、運良くメゾンなどに入れたのだと思います。
・相反するものを組み合わせる
・LESS IS MORE
・Weirdで普遍的な新しい形を探求する
簡略的な言い方ですが、この三つが私の中で現在のものづくりに強く影響を受けています。
ヨーロッパにいた頃のアトリエ付近の写真
ー <SATORU SASAKI>がローンチした2020年は、新型コロナウイルスの流行により、直接服を見てもらう機会が失われるなど、なかなか思うようにいかない年だったのではと思います。ローンチから3年、ブランドの活動について、振り返ってみていかがでしょうか?
1シーズンが納品される時期に新型コロナウイルスの流行が始まったことは、マイナスには感じませんでした。
ブランド立ち上げから2シーズンは、自分でセールスも行い、3シーズン目にショールームに入りました。ここが最初に認知が広がったタイミングです。特段急ぐことなく、ゆっくり長く上がっていくイメージを持ち、卸先も限定していました。自分でコントロールしたいと思っていたこともあります。
伊勢丹に卸したタイミングからさらに認知が広がりました。
SATORU SASAKI 2020SS COLLECTION
ー <SATORU SASAKI>は現在、ラグジュアリーブランドを好み、選んできた客層からも強い支持を受けています。支持されている理由はどんなところだと思いますか?
時代と私のつくりあげたい女性像がマッチしているからかもしれません。
令和に入り、日本の社会が変わったように感じています。共働きが当たり前の時代になり、外に出る時間や、人との接触が昔の「専業主婦」時代から見ると明らかに変わりました。この時代において、私たちのブランドコンセプトでもある「男性も憧れる強い女性」とマッチしているのではないかと考えています。
現在は、百貨店やセレクトショップなど、国内20数店舗で取り扱いしていただいています。
ー なぜこのタイミングでメンズブランドをスタートするのでしょうか?<SATORU SASAKI>として展開しない理由は?
私自身にメンズのバックボーンはありません。そこに面白みがあると思っていました。真っ新な状態からものを作ることが新しいものや価値をつくるのではないかと。そこに興味があったのも一つ大きな理由です。
また、ウィメンズでは使うのが難しかった素材がいくつか頭の中にあります。私は重たい生地が好きで、私のワードローブにはそういった素材のものが多くあります。そういった素材を作り込んでいきたいです。
さらに、ウィメンズの展示会の際、多くのメンズバイヤーさんよりお声がけをいただいたのも事実です。2シーズン目にはメンズ別注もやってみたり、男性のファンが多く、その状況を早い段階で感じており、いつ始めるかずっと模索していました。
ただ<SATORU SASAKI>は、本来女性のためのブランドコンセプトであるので、<SATORU SASAKI>としてメンズを展開するとコンセプトがブレてしまうと考えていました。
昨年10月ごろ、大学時代の友人佐藤と一緒に新たにメンズブランドを始めることに決めました。クリエイティブ面は私が担当し、経営は佐藤が行う形となりました。佐藤ももともとハイファッションが凄く好きで、学生時代デザインもしていましたが、彼は経営者の方向にシフトチェンジしました。彼が先に独立し、私がヨーロッパから帰国した時、いつか一緒にやりたいと話していました。そのタイミングがようやく重なり、お互いのルール設定も決まり、スタートするに至りました。佐藤は初めてこのデザイナーズブランドの分野に参画しますが、すでにキャッシュ・フローの面や外部の方とのミーティングの際に心強い存在となっています。
ー 早速ですが、メンズブランドについて伺わせてください。メンズブランドではどんなコンセプトを掲げますか?
24FWからスタート予定で動いていて、ブランド名はまだ秘密です。
コンセプトは、「Perfect imperfection(完璧な不完全さ)」
このコンセプトは、3つのエレメントで構成されています。
一つ目は、私自身。
私はスラックスを毎日のように履いて生活しています。品を感じるプロダクトが昔から好きで、スラックスが日常着です。
ある日友人と話していた時、スラックスを日常着だと説明したところ、一般的には、スラックスを履くシーンは限られているととても驚かれました。友人にとっての日常着はデニムやチノパンだったのです。
その後、調べていくと、大多数の人がデニムやチノパンを選び、スラックスは道理的ではないことに気づきました。私にとって合理的な衣服だと思っていたスラックスですが、実はデニムやチノパンの方が合理的でした。私は無意識的に非合理的な服を選んでいたことに気付かされました。私の好んでいたのは合理的でないものだと。
2つ目は、現代社会の事実。
現在合理資本主義により、人々がどんどん合理的になっているように感じています。SNSの普及によりファッションのカテゴライズは明確になっていき、アルゴリズムにより自分の興味のあるものや人を自動的に見つけられるなど、勝手に近づくようになっていっています。
その点、平安時代ごろからあった重ねの色目は、現代とは大きく違い、当時は色の重ね方や、色の使い方それぞれの意味があり、衣服を着る上で時間をかけて考えて服を選ぶ非効率なスタイルでした。
3つ目は、現代社会を生きる人へのメッセージ。
上記のような合理的におしゃれをすること自体は悪いことだとは思っていません。ファッションを楽しむ一つのやり方だと思っています。
私が伝えたいのは、非合理的で非生産的な不完全なものを許容するということにあります。合理的に進化していき、不完全なものがなくなっていく中、貴重なのは寧ろ不完全さだと思っています。【価値主義】(利益優先ではない取り組み)や、【倫理資本主義】(ビジネスの上で倫理面で重要な取り組み)が重要なワードだと私は考えています。効率や生産性の高さだけが良いとされるのではなく、非生産的な手の込んだ人の手でしかできないことに魅力を感じてもらえるように考えています。
また、日本でしかできない伝統的な技法や失われつつある産業に目を向けた取り組みもしたいと考えています。
テクノロジーにより日に日に合理化されていく世の中に、自覚的かつその合理性を体現しようとする層に、合理化だけでは語りきれない余白の大切さを、ブランドとして最も伝えたいです。
表面上で主張していないものでも、価値を理解してくれる方に届けられたら嬉しいです。
年を取るごとに皆達観していくと思います。達観した時も着れるものづくりをしたいと考えるので、あえて年齢は定めないようにしていきたいです。
ヨーロッパにいた頃のアトリエの様子
ー ファーストシーズンの構想内容をほんの少し教えてください。
自分の身の回りにあったものを再度見直し、レファレンスを集めています。例えば、叔父のペインティングや、素材の作りこみ。自分のワードローブのなかで、気になる仕様をピックアップするなど。
あえて不完全に見えるようなデザインをつくり上げていきます。簡単にいうと「抜かりない手抜き」を表現したいと思います。
特に、自分にとって身近で、どのようなオケージョンでも対応できるスラックスには、力を入れていきたいと考えています。スラックスを日常着へ昇華できたらと模索しています。
ファーストシーズンのレファレンス
ー <SATORU SASAKI>では、アーティストコラボレーションも積極的に行っています。メンズブランドでも同じようにコラボレーションを考えていますか?どんなアーティストとどんな形でのコラボレーションを考えていますか?
様々なアーティストとコラボレーションは積極的に取り組んでいきたいです。特に、ペインターとコラボレーションしていきたいです。ペインティングは、現代アートの中でもいまだに筆を使って描くのが主流でアナログなアートに魅力を感じます。
また、ギャラリーに所属しないアーティストのPRとして、ファッションは向いていると思います。コレクションだけに限らず、コラボレーションしたアーティストの作品を集めてグループ展などを行いたいとも考えています。
ー コンセプトやジェンダーの異なる2つのブランドを並行していくことは、頭の切り替えや制作スケジュール的にも大変だと思いますが、現状円滑に進めていく方法について考えていることは?
ウィメンズは対象が仮定なので、新しい視点で考えさせられるのに対して、メンズは自身のリアルユーザーとしての目線が加わることでアイデアを物に落とし込み易くなるのではと思います。反転のような存在なので、相互作用でウィメンズとメンズ、アイデアと製品のどちらも洗練されていくと期待しています。例えば、ウィメンズではデニムも出していて、ありがたいことに好評いただいていますが、デザイナーの私自身はデニムを持っていません。ここが寧ろウィメンズの良い影響だと思っています。先ほど述べた通り、”ウィメンズはアイデアを広げてくれる”につながります。
また、メンズでは、終着地点は私が着用して決められるので、そこが大きな違いに感じています。私のワードローブをつくるような感覚ですね。メンズの視点がうまくインタラクティブすれば、ウィメンズにも良い影響が出ると思っています。
現在<SATORU SASAKI>は、神戸から発信していますが、将来拠点を移すことは考えていますか?神戸から発信する意味はどのようなところにあると感じていますか?
今まで通り神戸をベースに、新しく東京にも拠点を持つことも考えています。佐藤とも話しており、ショールームはやはり必要なので、そういう部分を東京にしたいとは考えています。
東京はアウトプットする場所で、神戸にいることで、日々インプットできていると思っています。以前あるデザイナーさんと京都でお話ししたときに、彼女が「東京はアウトプットすることが多く、地方はインプットできる時間が多い」と言っていました。
私自身もそこは共感していて、東京はアウトプットしてる場所だなと思いました。私の行動の中で話すと、東京は撮影や展示会、人と話すことがメインの活動になっています。神戸にいる際は割とアウトプットすることがそんなになく、常にインプットする体制に自然となっているので、良いバランスでクリエイションができていると思います。
天気の良い日にアトリエチームで行くお気に入りの場所
ー アカウント展開についてどう考えていますか?
私が買い物やリサーチ、行ってみたかったお店に向けてアプローチしたいと考えています。それが一番自然で、ブランディングも確立すると思っています。
ゆくゆく海外にも進出していきたいと思っています。<SATORU SASAKI>は、すでに海外のセールスなどにもお声がけは幸いなことにいただいているのですが、私は結構慎重に進めていきたいタイプなので、両ブランドともまずは日本で認知を広げてから進んでいきたいと思っています。
ー デザイナーとしての信念は?
デザインすることによって社会に貢献できること。もともとウィメンズをずっとやってきてたので、自分のために作っていませんでした。その感覚からなのか、何かのために物を作るという思考でいないとやる気が起きません。街や人、アーティストや工場やアシスタント達のために。そこを忘れずにデザインすることです。
当たり前に思われる方もいるかと思いますが、この当たり前を忘れないために毎度インタビューでは伝えるようにしています。
ー 最後に、佐々木さんの将来の展望について教えてください。
コレクション発表は、2ブランドとも展示会ベースで行う予定ですが、パリでショーをやることが目標です。その先はまだどうなるかわかりませんが、それ以外は特に求めていません。
SASAKI SATORU
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- Photograph : Kei Matsuura(STUDIO UNI)
- Text : Yukako Musha(QUI)