橋本愛 – 自分の心の声に従う
映画『僕が愛したすべての君へ』でヒロインの声を務める橋本愛と考える。
俳優としてできる表現を探りながら演じた
― 『僕が愛したすべての君へ(僕愛)』『君を愛したひとりの僕へ(君愛)』の脚本を最初に読んだときの感想から教えていただけますか?
2つの作品が円を描くようにつながっている、物語の骨格そのものが新しいですよね。1本だけ観てもちゃんと完結しているので満足できますし、2本観ることで魅力が膨らんでいくところが強みだと思いました。
― 橋本さんはどちらの作品からご覧になりましたか?
私は『僕愛』からです。『僕愛』から観るとせつないストーリーになるということだったので。せつなさを感じたくて(笑)。
― 『僕愛』のヒロイン・和音を演じるにあたって、彼女をどんな人物だと捉えましたか?
和音は、『僕愛』では(宮沢氷魚さん演じる主人公の)暦を引っ張る存在で、『君愛』では暦を追いかける存在で。その対極的な状況に、選択することの重みを感じました。
そして『君愛』の(蒔田彩珠さん演じるヒロインの)栞と暦の2人は、幼いころの痛みや悲しみ、ある種の喪失でつながっていて、お互いがいないとダメになる絆だと思いました。
― 共依存のような。
そうです。でも、和音は暦がいなくても生きられる生命力を持っている。和音と暦はお互いにないものを持っているからこそ、良いパートナーになれると思いました。和音を演じていると、体の中を太い幹が貫いているような感じがずっとしていて、強い女性だなと思っていました。
― 橋本さん自身が和音に共感できた部分はありましたか?
『君愛』で大人になった和音は、自分に振り向いてくれない人のそばにずっといたり、自分には到底追いつけない天才を目の当たりにしたり、そんな中でも腐らずに生きていて。打ちのめされそうになりながらも、自分にしかできないことをやるんだっていうのは私も普段から意識することが多いように思います。
― 『僕愛』の松本 淳監督からは、どんなリクエストがありましたか?
「理系っぽく」「堅い口調で」「抑揚をなくす」という3つのお題をいただきました。ただ私は完全に文系だし、どうしたら口調を堅くできるのかのプロセスやロジックもわからなくて。自分の中から自然に出てくる和音と、監督のイメージにある和音を、なんとかすり合わせていきました。
― その「理系っぽさ」などを表現する手段が声だけだという難しさもあると思うんですけど。
それはありますね。
― 橋本さんは声の仕事とどのように向き合っていますか?
ずっと声の仕事をやりたくて、今までに2回やらせていただきましたが、やっぱり声優さんはすごいなと尊敬しています。声優さんたちはすごい時間を重ねて訓練されているので、ちょっとやそっとでできることじゃないですよね。だからこそ、今回は自分が俳優としてできる表現がどこにあるのか探りながら演じていきました。
― 収録は宮沢さんと一緒に?
いえ、一緒ではなかったです。でも『僕愛』のときは暦の代役をプロの声優さんにやっていただいて、すごく助かりました。『君愛』では宮沢さんが収録した声をイヤホンで聞きながら収録したので大変だったのですが、それが逆に良かった部分もあって。普段のお芝居より考えることが多いからこそ、自分の声や表現により集中できたように感じました。
― 声のお仕事に限らず、橋本さんにとってお芝居とはどういう存在ですか?
お芝居は手段でしかないと感じています。やっぱり作品を届けるということが大きな目的なので、自分がどんなお芝居をするかっていうのとはまた別に、この作品がどうあるべきかということのほうが大事だと、最近は思います。
― より良い作品を届けるために自分が貢献できるベストな方法としてのお芝居があるんですね。
そうなんです。縁があってお芝居をやらせていただいて、今はそこを自分の居場所にできたかなと思っているので。
― もう1人のヒロイン、栞を演じた蒔田さんの印象をお聞かせください。
彩珠ちゃんは、実は小さいころにご一緒したことがあって。
― 携帯電話のCMですか?
そうです。すごく元気な女の子だったのですが、ものすごく素敵な女優さんになりましたよね。本質的な表現をする方なので尊敬しています。あと単純に彩珠ちゃんが出ている作品に好きなものが多いので憧れもあります。
納得せずに選んだら、結果的に後悔する
― 『僕愛』『君愛』では並行世界という概念が鍵になりますが、すんなりと受け入れることはできましたか?
ちょうどこのお話をいただくタイミングで、パラレルワールドに関する本を読んでいたんです。だから地続きみたいに感じられました。
― 暦の人生はさまざまな選択や出会いによって大きく変わっていきますが、橋本さん自身の人生に大きな影響を与えた出会いはなんですか?
いっぱいありますけど、お芝居だと成島出監督とご一緒したときに「本当にへたくそだね」と言われまして。「私もそう思っているのですが、どうしたらいいかわからないです」とお伝えしました。そこから本当の新人のようにご指導いただきました。
― すごいエピソードですね。
「そんなにへたくそなのにもう10年もやってるの?」みたいな。それがすごくありがたかったですし、それまでは独学だったけどお芝居を専門的に学ぶようになるきっかけとなった出会いでした。
― 専門的な学びというのは?
ワークショップを受けたり、海外のアクティングコーチの方々の本とかを読んだりしました。今までやってきたことと逆のことが書いてあって衝撃を受けて、視界が一気に開けた瞬間もありました。
― お芝居は感覚的なことだけでなく、その下支えになるようなロジックも大事なんですね。
感覚でしかやってこなくて、そのロジックがすべて間違っていたという(笑)。
― 人生が分岐しましたね、そこで。
あのままだったら本当に腐ってやめている可能性もあったので、助かりました。
― もし俳優の道を選択しない並行世界があるなら、今どこにいると思いますか?
地元の熊本で働いていたと思いますね。この仕事を選んでいない自分がいるなら、きっと地元から出たいという発想はないので、普通に学校に行って、地元で就職して、幸せになっていてほしいなと思います。
― 今でも地元の友達とはつながってるんですか?
地元の友達としか遊んでいないです(笑)。
― 人生において選択することはすごく重要ですが、どちらを選ぶか五分五分の状況ってありますよね。橋本さんがそういう場面に直面したとき、どうやって選択していますか?
直感とお告げです。お告げというのは、そのときの環境や状況を勝手に解釈して自分を納得させることで、最終的には自分の心の声に従うというのが判断基準ですね。
― 選んだあとに後悔することはないですか?
ないです。後悔しないように選択するって、不可能な文脈だと思います。選択する時点で後悔するかどうかなんて誰にもわからない。だから、もし失敗したとしても選んだ時点で自分が納得できていれば、しょうがない、次に失敗しないためになにをしようと転換ができる。要は納得せずに選んだら、結果的に後悔するんじゃないかと思います。
― なるほど。後悔するかどうかでなく、納得できるかどうかで選択することが大切なんでしょうね。ちなみに、並行世界でなにかやり直してみたいことってあります?小さなことでも。
押見修造さんの『惡の華』っていう漫画があるのですが、10代のうちに読みたかったと思いました(笑)。10代で読んでいたら人格が変わっていたと思います。思春期のぐちゃぐちゃの時期の話なので、そのときに読んでもっとかき乱されたかったですね。
自分の憧れが物体化している感動がある
― ここからは少しファッションについてもお聞かせください。ファッションは好きですか?
大好きです。
― ファッションの原体験は?
服は基本的におさがりでした。自分が好きって思う前におさがりが来るし、「これが欲しい」と言っても「もうあるでしょ」となるし。私、この世界に入って最初に自分からやりたいと言ったのは、お芝居ではなくてモデルだったんです。
― では今考えるファッションの魅力はなんでしょう?
センスは一人ひとりの中に確実にあって、これが好き、これは違うと直感で選んでいると思います。その選ぶ側のセンスと、表現する側のセンスが出会うといいますか、自分の憧れを顕現してくれる人が存在することに運命的なものを感じるんです。私はストライクゾーンが狭いので、「え、私の好きなもの、なんで知っているの!?」となりますね。
― シンデレラのガラスの靴みたいですね。
「ぴったり入った!」みたいな(笑)。
― 橋本さんの好みというか、自分らしいファッションってどんなスタイルですか?
パーソナルな部分だと、どこかレトロで、ロマンティックな服が好きですね。コルセットでキュッと絞って、下はふんわりとした、昔のヨーロッパの女性のドレスとか大好きです。
― タナカダイスケの2022-23年秋冬ではランウェイを歩かれていました。タナカダイスケもかなりロマンティックなムードですよね。
タナカさんは私にとって神のような存在です。憧れがそのまま物体化している感動がありました。
― タナカダイスケの他にも、お気に入りのブランドをお聞きしても良いですか?
日本だとマメクロゴウチ、海外だとセシリー バンセン、グッチですね。今日の衣装もグッチなんですけど、私はロゴの主張があまりない服が好きです。
― 最近買って気に入ってるアイテムはなんですか?
パーソナルな部分ともうひとつ、自分の中にパラレルワールドがあって、ギャルファッションが好きなんです。それで最近ルーズソックスを買って楽しんでいます。
― それはコスプレじゃなく、ファッションに落とし込んで?
そうです。コスプレになっている可能性もあるかもしれないですが(笑)
― では、最後に『僕愛』『君愛』の話に戻って、橋本さん的にはどちらから観るのがおすすめですか?
私のおすすめは『僕愛』『君愛』、そして『僕愛』に戻ってきてほしいと思います。
― ああ、わかります。伏線が多いですもんね。
1回さらっと観ただけでは咀嚼できない部分も出てくると思うので、2周してほしいかな。
― ノルマとして。
それに、2周したくなると思いますね。私もまた観たいと強く思ったので。
Profile _ 橋本愛(はしもと・あい)
1996月1月12日生まれ、熊本県出身。2009年、映画『Give and Go』にて女優デビュー。『桐島、部活やめるってよ』や『リトルフォレスト』シリーズ、NHK連続テレビ小説『あまちゃん』、NHK大河ドラマ『西郷どん』、『青天を衝け』やTVドラマ『家庭教師のトラコ』などに出演する実力派女優。今後はNetflix『舞妓さんちのまかないさん』の出演を控える。
Instagram
Information
橋本愛さん出演映画
『僕が愛したすべての君へ』
2022年
声の出演:宮沢氷魚、橋本愛、蒔田彩珠 ほか
監督:松本 淳
脚本:坂口理子
原作:乙野四方字「僕が愛したすべての君へ」(ハヤカワ文庫刊)
配給:東映
- Photography : Yutaro Yamane
- Hair&Make-up : Hiroko Ishikawa (eek)
- Art Director : Kazuaki Hayashi(QUI / STUDIO UNI)
- Text&Edit : Yusuke Takayama(QUI / STUDIO UNI)