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過去のコレクションから、デザイナーズファッションの“創造性”を探求する|Maison Margiela 1998 SS コレクション「flat garments」

Mar 27, 2024
渋谷に店舗を構えるヴィンテージ古着専門店「Archive Store」のマネージャー鈴木達之による連載シリーズ。マルタン・マルジェラによる過去のコレクションに、どういった作品があり、何を意図していたのかを考え、改めてデザイナーズファッションに隠された“創造性”を探求する。今回題材として扱う作品は、メゾン・マルタン・マルジェラ1998年春夏コレクション「flat garments」。

過去のコレクションから、デザイナーズファッションの“創造性”を探求する|Maison Margiela 1998 SS コレクション「flat garments」

Mar 27, 2024 - FASHION
渋谷に店舗を構えるヴィンテージ古着専門店「Archive Store」のマネージャー鈴木達之による連載シリーズ。マルタン・マルジェラによる過去のコレクションに、どういった作品があり、何を意図していたのかを考え、改めてデザイナーズファッションに隠された“創造性”を探求する。今回題材として扱う作品は、メゾン・マルタン・マルジェラ1998年春夏コレクション「flat garments」。
Profile
鈴木 達之
Archive Store マネージャー

1980年代〜2000年代初頭のデザイナーズアーカイブを収集して、独自の解釈でキュレーションしている、ファッションの美術館型店舗を運営。SNSでは独自のファッション史考察コラムを投稿。メディアへの寄稿や、トークショーへの登壇など、活躍の場を広げている。

従来のランウェイショーとかけ離れた『実験的』なショースタイルで発表された1998年春夏コレクション“flat garment”

今回は、初期のメゾンマルタンマルジェラでも、極めて異質なショーとして語り継がれている、1998年春夏コレクション”flat garments”(以下:フラットガーメント)をテーマに考察する。(※1998年秋冬も同様のテーマ)

まず、1998年春夏”フラットガーメント”が、どのようなシリーズのコレクションだったかについて、概要を整理していく。
注目すべき点として、1998年春夏コレクションは、コムデギャルソンとの合同開催だったことが挙げられる。アート性や実験性の高い脱構築的な2ブランドが、同会場で新作を発表するという事自体、非常に稀なケースであった。(※コムデギャルソンは1991年秋冬にも、ヨウジヤマモトとのジョイントショーを、東京の神宮プールにて合同開催している)

フラットガーメントというテーマの意味は、人が服を着ていない時に、服そのものが“平面な状態”を意味している。工場に収納されている段階の平面な状態が、本コレクションにおいての完成系で、その状態のまま人が着ると、一体どのようなシルエットになるのかといった、限りなく実験に近いコレクションなのだ。
そのためか、通常のランウェイショーとは異なり、モデルが新作を着用して見せるのではなく、当時のメゾンマルタンマルジェラのショーは、何か実験結果のプレゼンテーションでもしているかのような演出であった。スクリーンを使用したアイテムごとのコンセプト説明をしたり、作品は着用せずに、4名の白衣を着た男性が、ハンガーに吊るした状態の作品を、招待者に見せて廻るなど、従来のファッションショーとはかけ離れた、非常にコンセプチュアルかつユニークな演出だったのだ。

ショーの中でも個人的に印象的だったのが、スクリーンに描かれていた“日本語による説明文”だ。例えば“『移動したネックライン』のガーメント”や、“『フルレングス ジッパー』のガーメント”など、そのアイテムがどんなアイテムなのかを、日本語で表現していた。(日本語の他にも、英語、フランス語による説明文もあった。)

これは推測の域は越えないが、恐らくコムデギャルソンとの合同開催だったという点から見て、日本人のファンや作り手、バイヤーやジャーナリストに対するマルタンの誠実な姿勢が感じられる。また、マルタン自身が日本をリスペクトし、友好的な考えを持っていたため、舞台は本場パリにおいても、マルタンの作品説明を、フランス語や英語以外に、”日本語”でも表現するといった、ある種の実験をしたのではないかと推察できる。この布石がのちの2000年に世界初出店となった、日本の恵比寿店オープンへと繋がっているように感じる。それにしても、日本語の字体や、コピーライティングにマルタンのセンスが滲み出ていて、この文系的なナード感こそが、メゾンマルタンマルジェラの醸し出す、”知性”なのではないだろうか。

服に対して人が合わせるという概念

さて、前段が長くなってしまったが、今回はフラットガーメントの本質的なメッセージとは何かを、自分なりに考察する。
まず、このフラットガーメントが今までのファッションの歴史から見て、どういった点に差異があるのか。

それは、“身体と衣服の関係性をリセット”した点にあると言える。フラットガーメントは、服のゴールを人が着る所に設定しておらず、服をハンガーに吊るしている状態、謂わば「服が身体を通していない、服のみの状態」こそが美しいと設定している点が、過去の文脈とは全くもって異なる。

肩のフックは2つに折り畳んで持ち上げた際に、より平面に見せるために付いている

西洋服飾の概念からすると、現在のデザイナーズのプレタポルテは、元々が貴族、階級社会の服装や、オートクチュールが起源なのもあり、人の“身体に合わせた美しい服作り”がベースの考え方だ。そんな服飾の歴史の中でも、特に身体に対して服を過度に合わせていた最たる例が、コルセットやクリノリンなどの女性の身体への拘束だった。

つまり、如何にして身体を美しく見せるか、その強烈なエゴ、理想を実現するために、服を身につけさせたと言っても過言ではないとわたしは解釈している。それほど、身体と服の関係性は、切っても切れないほど密接であり、人類にとって服とはあくまでも「人を主体とした観点」で進化を辿っていったのだ。
そんな身体ベースの服飾進化の中、フラットガーメントは、「服の構造を、人が着ていない時、全くの平面になる様にしたもの。そして、工場に収納されている状態を、着る服として表現したもの。」と設定していた。

 

つまり、形としては、あくまでも服なので、人が着れる服という「物」ではあるが、製作のゴールとしては、着ていない状態がゴールだという矛盾に翻弄される。その矛盾を理解した上で、平面的に作られた服を最終的に立体的に着ることで、圧倒的に“違和感”を感じるシルエットが生まれてくる。これは、1994年秋冬コレクションの1つのプレゼンテーションでもあった“ドールズワードローブ”、通称“ドール期”とも本質的には類似している。“ドール期”も人形服のシルエットをそのまま拡大解釈したものだったため、人が着ることでそこに意図的に不均衡さが生まれてくる。フラットガーメントも、ドールズワードローブも、本質的には人を主体として、人に服を合わせるのではなく、服に対して人から合わせにいくといった概念的方向性に差異がある。

また、フラットガーメントは、着想源や前後の文脈を辿ると非常に興味深い点がある。かつて、1990年春夏コレクションの作品で、スーパーマーケットのレジ袋(ビニール素材)から着想を得て、服を作った時があったのだが、その作品のフォルムを基に研究を重ねて誕生したのが、まさに今回のフラットガーメントなのだ。そもそもレジ袋から服を作る発想自体がユニークだが、ビニール素材で服を作ろうと思ったこの着眼点こそが、エコロジカルなアルテ・ポーヴェラ(※1)、超現実主義なシュルレアリスト(※2)的視点であり、高級既製服やラグジュアリー思想へのカウンター(これがアンチモードと呼ばれる理由)だ。

当初よりメゾンマルタンマルジェラは、「古着の再生や再構築など、歴史ある服に新たな視点を与える」といった哲学(あくまでもわたしが客観的に見た場合の解)を大切にしてきたが、そこに加えて大事な視点がある。それは、本来服の素材としては使用しない素材、つまり日常の生活に存在する様々な物を解体再構築して、「全く別物の服」へと変容させてしまう、極めて現代アート的な創造性だ。

※1 アルテ・ポーヴェラ:日本語で「貧しい芸術」を意味する、1960年代末から70年代初頭にかけてイタリアで興った芸術運動。身近にある素朴な素材を用いて表現するのが特徴。
※2 シュルレアリスム:20世紀初頭にフランスで生まれた芸術運動で、夢や無意識の世界を表現することを目指し、現実と非現実の境界を曖昧にする表現が特徴。不条理で奇妙なイメージや状況を描き出し、視覚的な驚きや混乱を引き起こす手法を多く用いられる。シュルレアリスムは、絵画だけでなく、彫刻、映画、文学など、多岐にわたる芸術分野に影響を与えたと言われている。

コムデギャルソンにも通じるマルタン・マルジェラの哲学

まとめると、マルタンマルジェラの創造性は、服と身体との関係性に疑問を持ち、様々な素材を活用しながら(ここが極めて現代アート的思考)、解体再構築することで、ファッション史に未知の作品、アーカイブを生み出すことに成功してきた。こうしたマルタンマルジェラの哲学は、フラットガーメントを発表した1998年に合同でショーを開催したコムデギャルソンの川久保玲の哲学にも通じていると捉えている。

トレンド性を追求することや、過去のアーカイブを再現する(決して否定ではない。それも方法としては正解)のではなく、歴史を理解し、様々な事象を多角的にインプットしながらも、常に「過去に存在しなかった、新しい作品を生み出そうとする強烈なアティチュード」こそが、アーカイブとされる歴史的作品を世に残してきた理由なのかもしれない。メゾンマルタンマルジェラのフラットガーメント作品を見ながら、改めてアーカイブになり得る作品の本質を理解できた気がする。

 


Archive Store
1980年代〜2000年代にかけてのデザイナーズファッションに着目し、トレンドの変遷を体系化して独自の観点でキュレーションしている美術館型店舗。
創造性溢れるアート作品から社会背景を感じられるリアルクローズ作品まで、様々なデザイナーズアーカイブを提案している。

“アーカイブ”とは作品に込められた意味や時代の印(しるし)であり、そこから読み取れるストーリーが人から人へと伝わっていくことで、後世に記録や記憶として残っていく。
Archive Storeでは、アーカイブ作品を見て、触れて、着て、言語化してもらうことで、ファッションを学問として楽しんでもらえることを目指している。

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