藤本夏樹 – 音響的快楽主義
今の自分にとって無理のない音楽を作りたかった
― 藤本夏樹としてのソロデビューにあたって、John Natsuki名義がカオスなら、藤本夏樹名義は自然体だとコメントされていましたが、ではTempalayの藤本夏樹はどういう存在になるんでしょうか?
Tempalayの藤本夏樹も自然体の一部だと感じるんですけど、ある程度ロックバンドだという意識はありますね。
― ロックバンドの意識っていうのは?
ロックバンドはお客さんがいてなんぼの商売なので、エンタメではありますよね。
― ソロとは音楽への向き合い方が違う?
違ってきますね。
― John Natsuki名義でのソロアルバム『脱皮』を作り始めたのは、愛娘のKIKIちゃんが産まれた頃だったそうですね。自分の中にある違和感を健全に発散させたかったと朝日新聞のインタビュー記事で読みました。今回、藤本夏樹名義でのデビューがこのタイミングであることにもなにかきっかけが?
『脱皮』のリリースが2020年3月だったんですけど、まさにコロナが始まったときですよね。攻撃性の高い音楽でライブをやっていこうと計画していたんですけど、コロナでできない状況になってしまって。
それからしばらくして、そろそろライブをしようかとなったときに、今は叫んだりするような気分じゃないなと。コロナの影響で生活が変わって、普通に朝早めに起きて、子供を保育園に送ってから仕事して、帰って夜ご飯食べて寝ると、すごく規則正しい日々を生きていた中でJohn Natsukiみたいな音楽をやるのは「俺、演じてない?」みたいな。ちょっと恥ずかしいっていうか、入り込めなくなっちゃって。
2021年にリリースしたJohn Natsukiの3曲入りEP『Peace In The Cage』を作っていたときには、表現として中途半端になってきているようにも感じて、それ以降は頭の片隅でもうひとつの名義で始める可能性を考えていました。そして今の自分にとってまったく無理のない形の音楽を作ろうと思ってできたのが今回のEP『pure?』です。
― ライフスタイルの変化が音楽性の変化につながったんですね。
コロナで変わったのか、子どもがでかくなって変わったのかわからないんですけど、でも確実に生活のリズムが変わって、自分の中で作りたいものが変わったという。
― KIKIちゃんって何歳なんですか?
3歳になったばかりです。
― うちは4歳の子がいるんですけど、子どもができるとすべてが変わりますよね。子どもは苦手だったのにめちゃくちゃかわいく感じるし。
俺もそのタイプでした。
― コロナとダブルパンチで夜遊びもしなくなって、家族でメシ食っちゃってるみたいな。
ちょっとこっぱずかしいですよね(笑)。
― 本当に価値観が変わってしまうことを実感しています。
ああ、まさにその通りです。
人それぞれの純粋さを否定したくない
― EP『pure?』は音としてすごくわかりやすいわけじゃないですけど、だれも拒絶しないというか、根底にやさしい眼差しのようなものがずっと感じられて心地良い作品でした。今回、プロフィール文がすごく良いなと思って。
MONO NO AWAREの玉置周啓が書いてくれました。
― ほんとその通りだなって、曲を聴いてすごく腑に落ちました。
周啓はさすがですね。ありがたい。自分もプロフィールとして完璧だと思っています。
― 曲を作るときにまず意識したことはなんですか?
意識しないように意識するというか。今まではあっといわせるような聴いたことのない音楽を作らなきゃという意識が強かったんですけど、今回は自分から自然に出てくるものをそのまま使うくらいの気持ちで、作り込みすぎないようにしました。音も増えすぎないようにして、全然すごくない曲を作ったと思っています。こんな曲なら俺も作れそうだって、たぶんみんな思うんですけど、それで良いなって。聴いて落ち着ける感情を与えられたなら音楽として充分に素晴らしいですよね。
― 先ほどロックバンドはお客さんありきとおっしゃっていましたが、ソロでも誰かに聴かせたいという思いはありますか?
誰にも聴かれなくて良いと言ったら嘘になりますが、でも本当にそれくらいの気持ちというか、自分を一番に信じました。このシンセの音色、俺は気持ち良いからこれで良いっていうのが一番上にある。
― 藤本さん自身が心底好きな音が詰まっている。
まさにそうですね。
― タイトルの『pure?』の最後につくクエスチョンマークにはどういう意味が?
そもそも純粋なものがすごい好きで、売れるものじゃなくて、自分がかっこいいと思うものを作ることこそ美しいと思ってたんです。でもそれだけがすべてじゃないなって気づいてきて。たとえば武道館に立ちたいって思いながら音楽をやっている人が、その目標に向かって進んでいくこともひとつの純粋さではある。そこを否定するのは絶対に違うなと。『pure?』のクエスチョンマークは、この音楽は純粋かという自分自身への問いかけ、この音楽が純粋だと伝わるのかという他者への問いかけ、純粋じゃないと否定することの正しさへの問いかけなんです。
ジャケットは友人のグラフィックデザイナーIDeeezが描いてくれたんですけど、人それぞれの正義というか、純粋さを表現しています。銃を持っていたら悪だと映ることが多いですけど、その人には純粋な目的がある可能性もあるわけで。それをわからずに人を否定するのも良くないと思うんです。問題提起をしたいわけではないんですが、SNSとかでもさすがに発言しづらくない?と。
― SNSには、相手の立場をおもんばかるみたいなカルチャーはなさそうですよね。
基本的には、みんなそれぞれが純粋に良いと思っていることを発言しているのに、あいつの考えはおかしい、狂ってるとか、そんな否定の仕方をする必要はないですよね。
― いろんな人がいろんな事情を抱えて生きていることって、つい忘れちゃいますよね。銃を持つ人の正義もあるにはあるんでしょうね。
そして自分自身の純粋さも過信しちゃダメだよっていうのは自分に課しています。
街で流れているような音楽は情報量が多すぎる
― それぞれの曲についてコメントをいただけますか?
最初にできたのは『おっこちてく』。まだ、藤本夏樹としてのソロデビューは考えてなくて、でもJohn Natsukiとしてこれを使うのはどうなんだろうって状況でした。最後までEPに入れるのを迷った曲です。
無理して自分の表情を作ったり、キャラクターを作ったり、そんなことをしなくても良いんだよというメッセージを込めています。サウンドがちょっとドロっとしてるので、そういうちょっと重いことを言いたくなってしまうんです。他の曲は歌詞にそんなに深い意味はなく、自分が思う景色をただ言葉にしています。
― 『月面うさぎ』は先行配信曲でMVも撮られています。
映像がついたときに相乗効果が生まれるのはどれだろうって考えたときに、一番調和が取れている曲だと思ってMVを作りました。メロディが強すぎたり、言葉が強すぎたりすると、映像にしたときに映像と打ち消し合っちゃうんですよね。
― MVが作品の完成形ともいえそうですね。
はい。映像ディレクターの吉岡美樹さんがつけてくれた映像が素晴らしくて、これなしには完成してないぐらいです。
― 『たおすぞかいじゅう』は、タイトルもかわいいです。
去年、2021年6月に30歳になったときにTempalayチームからシンセをもらって、それを使って1曲作りたいなと思って、本当に1日もしないでパパパっと。先ほども話したんですが、今回のEPはやりすぎないことに良さがあると思ってたので。
― それが今の気分。
そうですね。最近はインストとか、ビートもないようなピアノだけとか、歌のない音楽を聴いてて。自分が過ごしているこの小さな部屋に対して、街で流れているような音楽は情報量が多すぎるなと。だから、自分以上のものを出さない、人ひとりという感じが伝わる音楽にしたくて、サウンドに力なさや頼りなさをあえて出したかったんです。
― 情報量が多いというのは、世の中のいろんなことに通じている気はしますね。
そうですね。多いとだいたい全部同じようにきれいに聴こえてくるんですけど。
― 突き詰めていくと?
料理もケチャップかけたらだいたいOK、お化粧もどんどん濃くなっていくと一緒の顔になっていっちゃうっていう。
― それで仕上げにフィルターかけちゃって。
それ、音楽でももちろんそういう工程はあって、すごくきれいにしていく。楽器がうまくなるように、歌がうまく聴こえるようにいくらでも加工できちゃうんですけど、それって記録にはならないなって。5年後10年後聴いたときに、俺ってあんなへっぽこだったよなって、それくらい自分が愛せる音楽を作りたいと思いました。
音楽とファッションは確実にリンクしている
― ファッションについてもお聞かせください。音楽活動においてファッションの方向性って意識しますか?
あんまりしたくないんですけど、しますね。音楽とファッションは確実にリンクしているので。John Natsukiで今日の格好だったら、音楽性が伝わりづらいと思うんですよ。Tempalayだと、どんどん展開が変わってつかみどころのない音楽性、ドロドロ、毒々しい感じだけどポップでカラフルなイメージがあるんですけど。そういうのは意識して、Tempalayのときの俺ってこれだなとかやっぱり考えます。
―Tempalayはアートワークもサイケデリックですよね。
Tempalayに入る前、20代前半は真っ黒の服が大好きで。ボーカル(小原綾斗)と出会ったときも黒スキニーに黒いライダースみたいな格好をしてたんですけど、音楽性と絶対違うよなと思って。で、USのインディーズバンドを聴いていくうちに、彼らはもっと気の抜けた格好してるし、俺もそういう格好したいなとか。好きなアーティストが着ている服に影響されることが多いですね。
― ファッション自体は小さいころから好きだったんですか?
いや、たぶん中3とかから。
― 原体験はありますか?
今日も着てるんですけどラコステとか、あとフレッドペリーとか。家族がみんなテニスをしていて、俺も中学でテニス部だったので。
― ファッションというか本気のポロシャツを。
そうそう、それでお母さんが「フレッドペリーはおしゃれなのよ」みたいな。いまだに良いなって思っちゃうのは、格好だけじゃなくて自分自身もちゃんとテニスするぜっていうのもあるんですけどね。
― 洋服を選ぶ基準はありますか?
ずっとあるのはサイズ感と色味。きれいすぎるのがあんま好きじゃないです。
― 古着を買うことも?
ほとんど古着ですね。フレッドペリーとかも古着であるとすごい興奮するんですよ。いい感じの味出てる、みたいな。あと、長く着られそうなものを買いたいなとは思っています。
― トレンドも意識しますか?
影響はされていると思います。インスタとか見てると自然と入ってくるじゃないですか。自分の周りにおしゃれな人が多いんですけど、着ている服が良いなと思ったら、やっぱり影響されてるってことだし。
― 最近気になるブランドがあれば教えてください。
最近ではないですけど、アンダーカバーはちょっとカチッとした場所で着ることが多いです。あとはザ・シェパードというアンダーカバーの別ラインは普段もよく着ています。
― ザ・シェパード、似合いそう。
めっちゃかわいいですよね。
― あと、藤本さん髪が伸びましたね。
伸びました(笑)。坊主から1年半ぐらいは経ったかな。
― どこまで伸ばす予定ですか?
結べるまでいったら楽だなと思うんですけど、道のりは長いです。
もっと多幸感を感じるライブをしたい
― 藤本夏樹名義でのソロ活動を始めた理由として、藤本さん自身が「中途半端なものを愛せない」性格であるとコメントされていたんですが、愛せなくても中途半端な現実と向き合いつづけている人も少なくないわけで。そこから決別して突き抜けるために必要なことってなんでしょうかね?
難しいですね。自分も皆さんと一緒で抜け出せないけど、愛してはいけないと思っているだけで。妻にもよく言われるんですけど、俺はグレーでも良いものに対しても白黒つけたいとなってしまうんです。それは良くないところでもあるんですけど、そこをOKにしちゃうと自分のこだわりが全部崩れちゃう気がしていて。……中途半端でできるんだったらそれで良いんですけどね。
― 中途半端自体が悪いことではないと。
はい。たとえばサラリーマンしながら音楽する人とか、めちゃくちゃ良いと思いますけどね。俺はそれができないだけで、だからわざと自分を追い詰めるというか。それこそ大学も行ったんですけど、音楽やりたいって固まったら一瞬でやめちゃったし。でもそれは、俺が不器用すぎるだけですね。本当はもっと器用に生きたいです。
― 白黒つけようとすると他人とぶつかることもあるのでは?
他者と自分も完全に白と黒みたいに分かれていて、人が言うことに俺がとやかく言うのは野暮だと思ってるので喧嘩になることはないです。でも逆に、ドライすぎるって言われることはあります。
なんか冷めた目で見ちゃうんです。なんでこんな性格になっちゃったのかわからないですけど。嫌なやつですよね。
― そもそも藤本さんが、音楽をやる理由ってなんですか?
よく考えるんですけど、結局快楽主義なんだと思います。いまだに音楽を聴いているときが一番、自分自身が別の場所に行けます。脳の痒い所を高周波の音が触って「あー気持ちいい」みたいな(笑)。
― 変態ですね(笑)。
もっと他の理由、たとえば人に評価されたいとか、大きいステージに立ちたいとかだけだとここまで続けられなかった気はしますね。
― 中でも一番幸せな瞬間は?
お酒飲んで音楽流して、汗かきながら踊ってるときも楽しいし、爆音のアンビエントミュージックに包まれてるときも気持ちいいし。
― 演るのと聴くのって感覚は違いますか?
まったく別かもしれないです。基本的にドラムはスポーツなので、自分自身の音楽ファンとしての楽しみと、プレイする楽しみを近づけるためのソロでもあるかもしれません。もっと多幸感を感じるようなライブをしたいなと。
ドラムって本当に、命削るみたいな気持ちでやってるんです。メンバーたちも、音で殺しにかかるくらいの。バンドはみんな個性が強くて、サポートのベースの高木祥太(BREIMEN)も含めて4人ですごい音出し合ってるから、バチバチになっちゃうんですよね。俺が、俺がって。
でも、音楽にはそうじゃない楽しみ方も絶対ある。それがソロでできたら良いなと思っています。
― 最後に、藤本夏樹としての展望があれば教えてください。
1人で完結する音楽を作っているので、ライブもできるだけ1人で完結させたい。1人だったら下北でどさまわりしていたころのように、海外のちっちゃい箱とかでもやれるかもと思って。30人規模のバーで演奏したり。家族旅行を兼ねながらそういうライブをしてみたいですね。
Profile _ 藤本夏樹(ふじもと・なつき)
ベッドライトを買ってから、部屋が暖かくなって、そして影も増えた。しかし時おり、その影を見つめていると、かえってその暗闇が美しく感じることがある。その理由を解き明かそうとしながら、あと一歩のところでひとは眠りに落ちる。そのとき流れる子守唄。Tempalayのドラマーとしても活動。
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Information
藤本夏樹『pure?』
2022年7月1日(金)配信リリース。アンビエントやドリーム・ポップ的なアプローチで、現在のパーソナルなムードを表現した、藤本夏樹名義の1st配信限定EP。
1.月面うさぎ
2.おっこちてく
3.リュウグウノツカイ
4.たおすぞかいじゅう
5.tamago
- Photography : Kenta Karima
- Hair&Make-up : Seiya Ohta
- Text&Edit : Yusuke Takayama(QUI / STUDIO UNI)