名前もつけられない感情と記憶。映画『左様なら』
気鋭の監督・作家と注目の役者陣
SNSで若者から圧倒的な支持を集めるイラストレーター・ごめんの漫画を、本作が長編デビューとなる石橋夕帆が実写映画化。新進気鋭の映画監督、ミュージシャン、俳優を多数輩出する音楽と映画の祭典「MOOSIC LAB(ムージック・ラボ)」の長編部門作品として制作された。
主演は、芋生悠と祷キララ。芋生悠は2020年公開予定の『ソワレ』(外山文治監督)で村上虹郎とともにW主演。祷キララは今泉力哉監督『アイネクライネナハトムジーク』(2019年9月公開予定)、瀬々敬久監督『楽園』(2019年10月公開予定)などの話題作に次々と出演する、いずれも今注目の若手女優だ。
海辺の町にある高校で、由紀(芋生悠)は平穏な学校生活を送っていた。ある日の浜辺で、由紀は中学からの同級生の綾(祷キララ)から引っ越すことになったと告げられたが、その翌日に綾は突然亡くなってしまう。綾の死をきっかけに、クラスメイトとの関係にも変化が生じ、由紀は周囲から距離を置かれてしまう。
わずか18ページの短編をもとに、石橋監督の卓抜した妄想力によって驚くほどリアルに描かれた、原作の「その後」の教室。登場人物も大幅に増え、まったく新しい青春群像劇に昇華されている。クラスメイトを演じる平井亜門、日高七海、夏目志乃、白戸達也、石川瑠華のほか、こだまたいちなど豪華俳優陣が脇を固める。
特筆すべきはそれぞれの役どころの設定の細かさだ。ほぼすべての人物について、生い立ちや性格までを石橋監督が原作者のごめんと相談しながら脚本に細かく落とし込んでいったという。中心人物だけでなく一人ひとりの人物が生きる細かなストーリーや人間関係の機微にも注目してほしい。
繊細なタッチで描かれるリアルな教室
息がつまるほどせまい教室と、たまたま同級生になっただけのクラスメイトたち。いつかいろいろなことがどうでもよくなって、あるいはこの時間が大切な思い出になるかもしれないことはわかっていても、現実はやっぱり退屈で窮屈で苦しくて、だからといって抜け出そうとも思えない。退屈な生活の起伏はまるで、浜辺に寄せる波のように自分の感情とは無関係に、当たり前に続いていく。日常に起こる小さな問題にいちいち真面目に向き合うほどの余裕はなくて、毎日をどうにか生きていくためにはそんな日常の問題は「どうでもいい」ことでなければならなかった。
突然訪れた友人の死、クラスメイトからの嫌がらせ、幼馴染の優しさ、そんな時に教室という箱の外で出会う、自分よりほんの少し自由に生きているように見える大人に対する恋ではない何か。日常に起こるさまざまなことに対して「正しい感情」なんて抱けないし、そもそも何が正しいのかもわからない。名前もつけられない、しまっておく場所もない感情と記憶を、美しい映像言語によってはかなくもリアルに描き、私たちの中にもきっとあるそれらを呼び起こしてくれる至極の青春群像劇だ。
退屈な教室で窒息しそうになっているあなたも、大人になってそんなことがいつのまにか本当にどうでもよくなってしまったあなたも、ぜひ劇場に、あなたを探しに行ってほしい。
『左様なら』はアップリンク吉祥寺で上映中、その後全国で順次公開。
公式サイト:https://www.sayounara-film.com/
© 2018映画「左様なら」製作委員会
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- Text : Masayoshi Yamada