QUI

LIFE/STYLE

the Apartment ⼤橋高歩と釣りの関係性―「もうひとつの時間軸」に没入する心地よさ

Jun 24, 2026
釣具メーカー<DAIWA(ダイワ)>を運営するグローブライド社は「スポーツが人生を豊かにする」という考えに基づいた“ライフタイムスポーツ”のひとつとして、釣りを提案している。釣りとの向き合い方は人それぞれだが、日常を忘れて没頭するその時間や体験が、人生をより鮮やかで豊かにする、という考え方だ。フィジカルな釣果ではなく、精神性という深遠な世界で釣りにのめり込んでいるのが吉祥寺のセレクトショップ「the Apartment」のオーナー、⼤橋高歩氏。思い通りにいかない、極めることもできない、そうして打ちのめされるからこそ釣りに夢中になっている。

the Apartment ⼤橋高歩と釣りの関係性―「もうひとつの時間軸」に没入する心地よさ

Jun 24, 2026 - LIFE/STYLE
釣具メーカー<DAIWA(ダイワ)>を運営するグローブライド社は「スポーツが人生を豊かにする」という考えに基づいた“ライフタイムスポーツ”のひとつとして、釣りを提案している。釣りとの向き合い方は人それぞれだが、日常を忘れて没頭するその時間や体験が、人生をより鮮やかで豊かにする、という考え方だ。フィジカルな釣果ではなく、精神性という深遠な世界で釣りにのめり込んでいるのが吉祥寺のセレクトショップ「the Apartment」のオーナー、⼤橋高歩氏。思い通りにいかない、極めることもできない、そうして打ちのめされるからこそ釣りに夢中になっている。
Profile
大橋 高歩
the Apartment Owner

1979年東京都板橋区出身。

海外のファッション関係者が来日時に足を運び、様々なブランドとのコラボでも注目を集める吉祥寺のセレクトショップ、the Apartmentのオーナー。

同店オリジナルブランドであるSTABRIDGEのみならず近年は外部ブランドのデザイン/ディレクションも手掛ける。

釣り人の気持ちをリアルに知るために本格的に釣りを再開


—大橋さんの釣り歴はどれぐらいなのでしょうか。

大橋:エサ釣りは小学生の頃にしていたんですけど中学生以降は離れてしまって、本格的に再開したのは最近です。大人になってから始めたルアーフィッシングでいえば2年半ぐらいです。

—大橋さんの釣りに同行させてもらったのは夜でしたが、普段から夜釣りが多いのでしょうか。

大橋:仕事が終わってから釣りに行くので夜釣りが多いですね。お酒も飲みますし、若い頃はヒップホップイベントにも足を運びましたし、昔から夜に行動するタイプでした。

—釣りは一人が多いそうですが、それにも理由はありますか。

大橋:仕事中はお客さんや商談相手、ショップスタッフなど常に誰かと接していますし、帰宅すれば家族もいます。人とのコミュニケーションは好きですが、一人だからこそ考えられることもあるので。

—ルアーフィッシングは戦略が必要で考えることはすごく多くないですか。

大橋:多いですよ。正確には釣り以外のことを考える余裕はないぐらいですが、自分のことやショップのことを「整理」しているという感覚です。

—大人になってから釣りを再開したきっかけはなんだったのでしょうか。

大橋:あるブランドのフィッシングジャケットの製作に参画させてもらったのですが、当時の僕は釣りから離れていたこともあって機能でも仕様でも釣り人にとって何がベストなのか判断がつかなかったんです。ディテールまで考えるのは僕の役割ではなかったのですが、釣りもしていない僕が釣り人のためのアイテムに携わるのは姿勢として不誠実なので釣りをやり込まなければと思いました。

—作り手側だけれど受け手側にとって何が必要なのかリアルに知ろうと思ったんですね。

大橋:「the Apartment」でシェルジャケットを製作したことがあったのですが、そのウェアは登山時を想定していたので自分で実際に着用して山登りを繰り返したことがありました。そのフィールドテストによって何が適していて、何が不適なのかすごくはっきりしたんです。そんな経験もあったので本当に優れたフィッシングジャケットを作るためにも釣りを始めようと。

—モノづくりにおいて受け手側の視点というのは大切だと思うので、大橋さんのスタンスはすごく共感できます。

大橋:僕はゼロイチよりもベースがあるものをいかにアップデートしていくかということを考えるのが好きですし、得意なんだと思います。それは大好きなヒップホップのサンプリングにも通じます。実際に着用する人、使用する人のことを置き去りにして、自分都合の考えだけをのせていくモノづくりというのは僕にはできないですね。アップデートも実体験に基づいたことでないと自信を持って提案できないです。

自分が蓄積したデータで答え合わせをしていくのが楽しい

—フィッシングジャケットの製作が釣りのきっかけだとして、そこからプライベートでもはまったのは理由があるのでしょうか。

大橋:シーバスのオカッパリから始めたんですけど、2カ月ぐらい全く釣れなかったからです(笑)。

—それだけ釣れないとめげてやめてしまいそうですが(笑)。

大橋:僕は「the Apartment」のオーナーなので経営のことを考えないといけないですし、数字もきちんと見ないといけない。僕は本来はのんびり、おおらかな性格だったのですが、大人になるにつれて自分自身が備えている物差しのメモリがすごく細かくなっているように感じていたんです。それこそ1日が時間を刻むようなスケジュールだったり。でも釣りは潮の満ち引きは月齢で判断していて、釣りをしているときだけは自分も月齢の時間軸で生きているような気がしました。そのいにしえのゆったりとした時間の流れに自分が入り込んでいるような感覚がすごく心地よかった。

—釣れなかったからこそ、釣果とは別のところで釣りの価値と向き合えた?

大橋:そういうことだと思います。僕はファッションでも音楽でも10代の頃から趣味や嗜好は全く変わっていないんです。自分では精神的には高校生のままだと思っています。でも年齢を重ねていくにつれ周囲から必要以上に丁寧に接してもらったり、ときには気を遣われたりすることもあって、それをあまり気持ちいいとは思えませんでした。でも魚たちは忖度なんてまるでない。むしろ2カ月も釣れない僕をバカにしていたはずです(笑)。そういう上も下もないような魚との関係性も心地よく思えました。

—釣りから得たものとして「もうひとつの時間軸」というのはユニークに感じます。

大橋:夜が更けるとともにマンションの窓の灯りがひとつずつ消えていって、釣りをしている自分の周辺は真っ暗になっていく。その宇宙のような異空間な場所に立っているのはちょっとした感動があります。川と対峙しながらも、そこからズームアウトして釣りをしている自分を俯瞰から眺めているような錯覚も生じてくるんです。

—そういう感覚を釣り仲間に話したりすることはありますか。

大橋:したことはないですね。

—それは話しても共感しづらいだろうってことですか。

大橋:そういうわけではなくて、釣りに行ったときに撮影した写真はたまに仕事用のInstagramに投稿しているのですが自分が本当に気に入った魚や風景はアップしていないんです。それは自分だけの宝物にしたい。「もうひとつの時間軸」や「異空間」というのも釣りで得た自分だけの感覚という想いがあるので、誰かと共有しようという気持ちが生まれないんです。僕は一人で行く釣りと、友達と行く釣りは全く別物のように捉えています。

—大橋さんは釣れた、釣れないに一喜一憂をしている感じではないですね。

大橋:釣果を全く気にしていないわけではないですよ。魚が生息していると目星をつけたエリアや水深など自分が蓄積してきたデータを基に「こうすれば釣れるはず」という答え合わせをして、それがドンピシャにハマったら楽しいですし、喜びも大きいです。ハマらなかったら何がダメだったのかをきちんと振り返って次に活かすようにします。なので大物が釣れたとしても、それが偶然だったらそこまで喜びはないですね。

—仮説のようなものを積み上げて答え合わせをするのは釣りだけですか。例えば「the Apartment」の運営なども同じようなやり方でしょうか。

大橋:答え合わせに喜びを感じるのは釣りだけですね。というのも「the Apartment」については自分がどんなショップだったら行きたくなるか、どんなセレクトだったら欲しくなるかと徹していくうちに「the Apartment」らしさができあがって、そこにお客さんが付いてくれています。今後もスタイルはブラさないので結果も反応もある程度は想像できますし、想像通りになることが多い。

—なるほど。データを駆使して、準備を万全に整えて挑んでも釣りは想像通りにはならないと。

大橋:そうなんです。ありがたいことに「the Apartment」では自分の思い通りにできている部分もあるんですが、釣りは全く思い通りにいかない。「これならいける」という方程式を実践しているはずなのに一匹も釣れないなんてこともしょっちゅうです。だからこそ楽しくて仕方ないです。

一生を懸けても釣りのことを極めることはできないはず

—大橋さんは釣りをするときのファッションにこだわりはありますか。

大橋:釣りのフィールドで機能を発揮して、街で着ていてもかっこいいというのが理想のスタイルです。「the Apartment」でもフィッシングジャケットを販売していますが、それを着て釣りに行くというお客さんはほぼいないと思います。なのでファッションとしてかっこいいことが重要なのですが、僕としては「フィッシングジャケット風」はイヤなんです。街で着るだけなら撥水性でも防風性でもオーバースペックだったとしても「本物」を身に付けたいんです。

—機能性とファッション性の両立でいえばDAIWAも得意なイメージがありますが、DAIWAからコラボレーションの話があったとしたら?

大橋:もしあればとても光栄な話です。フィッシングウェアの領域でまだやれていないことが実現できそうだったらDAIWAさんともやってみたいですね。ウェアじゃなくてもギアでもおもしろそうなコラボレーションができそうです。

—大橋さん自身はニューヨークカルチャーから大きな影響を受けてきたようですが、釣りから受けた影響はそれとは全く異なるのでしょうか。

大橋:ヒップホップは中学生ぐらいから傾倒してそこからずっとですが、釣りは僕が通ってきたカルチャーとは言い難いので自分の人生観への影響は今はまだそこまで大きくないかもしれない。ですが、釣りへの憧れのようなものはずっとあったような気がしています。ヒップホップと釣りって共通項は全くないようにも思えますが、同じような格好をした似たもの同士が集まって濃いシーンのようなものを形成しているということでは近しいものがあるかもしれない(笑)。

—あらためて釣りを始めたことで得られたことってありますか。気づきでも考え方でも。

大橋:先ほど話した「もうひとつの時間軸」や「異空間」というちょっと哲学的な考え方は子供の頃に釣りをしていたときは全く生まれなかったことです。それにこれからずっと続けても釣りを極めることは絶対にできないだろうなって確信しています。一生を懸けてもわからないままだろうなって。

—それぐらい奥が深いことに気づけた。

大橋:食うために釣りをしているわけでもなくて、では何のためにしているかと聞かれてもうまく答えられない。でも「生きる」ってそういうことなのかなって。

—釣れた魚の数や狙ったターゲットなどフィジカルな成果が釣りの醍醐味だと思っていましたが、大橋さんのように精神性の領域で向き合っている方もいるんですね。

大橋:質問に対する答えは全て抽象的でわかりにくい、伝わりにくいかもしれませんが、僕としては実感と実体を伴っているんです。釣りを始めたことで、いろんなことに打ちのめされています(笑)。それが楽しいんですけどね。

  • Photo : Nobuhiko Tanabe
  • Produce : Yusuke Soejima(QUI)
  • Edit : Ryota Tsushima(QUI)
  • Text : Akinori Mukaino(BARK in STYLE)

NEW ARRIVALS

Recommend