芋生悠 – 映画と愛し合う
彼女はなぜ映画作りに魅せられ、自ら手掛けるに至ったのか。制作を振り返りながら、作品に込めた思いを訊いた。

haruka imou
自分がお芝居をできる場所を作りたかった
― まず、芋生監督が映画『解放』を作ろうと思い立ったきっかけからお聞かせください。
私は映画やお芝居が大好きなんですけど、「お芝居は好きですか?」と聞かれてもシンプルに好きだと言えなくなってしまった時期があったんです。すごく迷って落ち込んで、それでも気づいたら台本を握っていて。結局お芝居に救われている自分がいるんだなと、そこで気づかされたんです。
以前から監督をやりたいとは言っていたんですが、今回はもっとシンプルにお芝居をできる場所を自分で作ってみたいと思いました。映画に恩返しをしたいという気持ちもあります。
― ゼロからの映画制作でしたが、最初は何から着手しましたか?
自分の携帯のメモを見返してみたら、撮影の2か月前ぐらいに「身体解放」って単語だけが書かれていて。それが最初でしたね。
それから本を書き始めたんですけど、セリフが思い浮かばなくて。無理やり書くのも背伸びしているみたいなので、今回はセリフなしにして、自分が感じたままにやってみようと。映画として成り立っているかどうかは今でも不安ですが、自分に嘘のない素直なものが作れたとは思います。
― ジャンルとしてはアートフィルムに分類されると思いますが、今の芋生監督がまっすぐに表現に向き合った着地点が、結果としてそこになったんですね。「身体の解放」をテーマに掲げたのはなぜでしょう?
『解放』について考えていたのが、舞台をやった直後で。私は感情と身体がシンクロしていないことを課題に感じていたので、そこに挑戦したくて「身体の解放」をテーマにしました。ただ書いていくうちに身体表現だけでなく、心の部分まで意識が広がっていって。だから表情で見せるカットも多いんです。
あとは踊れない自分にずっとコンプレックスがあったんです。自分の動きに自信がないから、「踊ってください」と言われても恥ずかしくて。でも本当は、踊りの基礎なんてなくても、みんな踊って良いじゃんって思うんです。
― 子どものころはみんな感情に任せて踊っていましたよね。
そうなんですよ。今回はまだ踊りになる前の、身体が勝手に動き出す瞬間を切り取りたいと思いました。
身体と心って一体で、身体が萎縮すると心もがんじがらめになっていく。だから身体が外に向かって走り出していこうとする衝動を抑え込んでしまうんじゃなくて、もう行ってしまえという表現をしたかったんです。
― 芋生監督が演じる主人公が画家だというのも、衝動を抑え込んでいる存在のメタファーでしょうか?
はい。ずっとキャンバスに向き合ってなきゃいけない時間があって、そこに囚われて葛藤する。でも表現って、もっと自由で良いんですよね。
― 監督をしながらお芝居をするのは大変だったのでは?
自分がお芝居をできる場所を作りたいという思いがあったので、監督と脚本、企画、プロデュース、主演まで全部やって。何も考えないで現場に行っちゃったので、初日は本当に混乱しました。自分でお芝居をした後に「カット」って言うのも恥ずかしくて、編集で改めて見るとカットをかけるタイミングがちょっと早いんですよ。
でも今回はスタッフに、以前からお仕事やプライベートでも仲が良く信頼できるメンバーが集まってくれたので、コミュニケーションのストレスがまったくなく、助けてもらいながら進めていけました。おかげで2日目からは混乱することなく撮影できました。
― すごく楽しそうな現場ですね。
本当に、こんな現場はなかなかないなと。そう思っているのは私だけかもしれませんが(笑)。
映像の現場って時間に追われて、なかなかコミュニケーションをとる時間もなかったりするんですけど、今回は合間にまったく関係ない話も楽しみながら、ストイックにやるときはやると、その切り替えがちゃんとできていて新鮮でした。それに、みんなが持ち場を越えていろんな部署を担ってくれたことも、とてもありがたかったです。
― 撮影の岩澤高雄さんも本来は写真家ですよね。
MVなどは撮っているんですけど、映画は初めてです。スチールをやっているから、良い画角を決めるのが早いんですよ。岩澤さんが構えた映像を見ると、もうそこが画になっている。どこを切り取ってもかっこよく仕上がっていると思います。
― 画としての美しさや力強さが大きな役割を果たしていました。
ただのアート映画にならないように、どしっと構えている部分もあって。ちゃんと地に足が着いている感じが良いですよね。
― 共演は小川未祐さん。出演の経緯は?
彼女のインスタグラムの投稿に部屋の中で踊っている動画があって、それを見た瞬間「これだ」と。ステージみたいなところじゃない、ただの部屋の一角が急に彩られるような。それを見てから未祐ちゃんに声をかけたら、「ぜひやりたいです」と言ってもらえて。
― 小川さんありきの映画でもあるんですね。
解放に導いてくれる存在で、キーマンだと思います。
― サウンドデザインも小川さんと芋生さんの2人で。
そうなんです。最初は全編無音でいこうとしていたので、音はまったく録っていなくて。撮影後に整音の柳田(耕佑)さんに絵を描く音などを作ってもらって、録り直しました。小川さんは後半の曲っぽいところなどを作ってくれて。
― 作業はどのように進めたのでしょうか?
私が「ここは水っぽい感じで」とか感覚的に伝えて、それを小川さんが汲み取りながら作ってくれました。水の印象が強い映画なので、最初は水っぽい音楽が多かったんですけど、それこそ地に足の着いた土の要素が必要だなと思って。土の音について調べていたら、土の音という音具を作っている作家の渡辺泰幸さんという方のホームページにたどり着き、連絡をとったらお借りできたので、その音も足してみました。創作感のある音作りで楽しかったです。
― ぜひ映画館で音もじっくり聴いてほしいですね。そして本作は、映画の上映とパフォーマンスのセットで完成するという珍しい形となっています。
自分自身に『解放』の世界観が乗り移った状態で、この生身の肉体が動いたらおもしろいだろうなと思いついて、パフォーマンスもやろうとなりました。
― どんなパフォーマンスを?
今のところは朗読と音楽をやろうかなと。でもまだ考え中です。
― 時間的には本編と同じぐらいのボリュームがあります。
そうなんですよ。そこが一番ドキドキしています(笑)。
心の底からお芝居が好きになれた
― 本作の制作を通して、ご自身の意識に変化はありましたか?
もう、別の人間になったみたいな感じです。今の自分をさらけ出して、ゼロイチで作れた。自分の中で自信にもなったし、本当に変わりましたね。心の底からお芝居が好きになれた。今までもお芝居は好きだったんですけど、今のほうが確実に好きだなって。楽しいです、だから今。
― 他の現場でも、作品に対する意識や振る舞いが変わりそうです。
そうですね。役者としていきますというよりは、一緒にものづくりをしに来ましたと。現場で今何が行われているのか、何が大変で、全体のために何をしたほうが良いのか、実際に撮ってみたことでよりわかりますね。
役者もただ言われたことをやるだけでなく、「こんなの持ってきましたよ」みたいなほうがありがたいんだなとか、そういうことも学びました。
― 映画制作を振り返って、最も印象に残っているのはどんなことでしょう?
映画って大変だなと。
― 思っていたより?
想像以上ですね。映画を作ったことがある人たちに対してのリスペクトが倍増しました。賞を受賞するとか以前に、まず作って上映した人たち、すごいですね。作って終わりじゃないし、作ってからもやることがたくさんある。それが一番衝撃でした。
― 撮る前も、撮ってからも、数年単位で時間をかける作品も少なくありませんよね。
その膨大な時間、本当に人生かけてやっているから。映画作りをしている人たちを支える何かがもっとあれば良いなと思いました。
― というと?
たとえば4年かけて作品を作っている間、生活はどうしたら良いの、という話ですよね。ちゃんとそこを保証してくれるフォーマットがあれば良いなって。やっぱりこの世界に必要じゃないですか、映画って。
― そう思います。
いろんな人を救う場所だから。映画がなくなっちゃいけないというのはみんなわかっているけど、映画を作ることがそんなに大変だってたぶんあんまりわかっていない部分もあるので、そこがどうにかなれば良いですよね。
― 最後に、改めて芋生監督が考える映画そのものの魅力、惹きつけられる部分について教えてください。
映画は、私にとって親とか地元みたいな、いつも自分を愛してくれて、私も愛している存在で。私の中の映画は劇場とセットなんですけど、あの箱の中で見つめ合っている時間で、すごくいろんなことを与えてくれる。それで人生観が変わったり、見える景色が変わったり。
だから感謝が尽きないんですよ、映画には。本当になくてはならないものなので、劇場がなくならないでほしい。そのために自分にできることはやりたいなと考えています。
― 映画館がなくなるのは、恩人がなくなるようなものなんですね。
本当にそうなんです。それは悲しいので、絶対になくさないって思っています。
― そういう視点で考えると、パフォーマンスも一体となった『解放』は映画館という場所でやる意義のある作品です。映画館の興行の、新しい形の提案にもなると思います。
自分で作ったものだからこその届け方があるかなって。絶対失敗できないなと思っています。
Profile _ 芋生悠(いもう・はるか)
1997年12月18日、熊本県生まれ。2015年のデビュー以降、映画、ドラマ、舞台などで活動。代表作は映画『ソワレ』(外山文治監督)、映画『左様なら』(石橋夕帆監督)、映画『ひらいて』(首藤凛監督)、映画『37seconds』(HIKARI)、ドラマ『SHUT UP』ほか。2024年には映画『夜明けのすべて』(三宅唱監督)、映画『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』(井上淳一監督)、Netflixシリーズ『極悪女王』などに出演している。公開待機作に映画『次元を超える』(豊田利晃監督)、映画『ROPE』(八木伶音監督)、映画『おいしくて泣くとき』(横尾初喜監督)、連続ドラマW『災』、自身初監督作となる映画『解放』がある。
Instagram
clothes:KOTONA
Information
映画『解放』
2025年4月11日(金)より、テアトル新宿にて公開
出演:芋生悠、小川未祐
監督・脚本:芋生悠
- Photography : Kazuma Yamano
- Styling : KOTONA
- Hair&Make-up : TSUKI
- Edit&Text : Yusuke Takayama(QUI)