足立紳 – 誇りがあれば、人は強い
人間味あふれる登場人物を生み出すことが何より重要
― 映画『雑魚どもよ、大志を抱け!』、本当に素晴らしい作品でした。
ありがとうございます。
― 僕は今40代ですが、自分自身の少年時代と重なるところがあったり、一方で親として自分の子供と重なるところがあったり、不思議な感覚を覚えました。そもそも物語の着想源は、監督自身の少年時代に?
そうですね。僕自身が(池川侑希弥さん演じる)主人公の瞬みたいなタイプで。3番手4番手ぐらいのポジションで収まりながら、一番上にいる奴には気に入られているちょっとずるいやつ。瞬の両親はまるっきりうちの両親ですし、友人たちも実際にいた連中をモデルにして書いています。
― (岩田奏さん演じる)西野が足立監督なのかと予想していました。夢は映画監督だという。
実は唯一、西野だけがまるっきり架空なんです。
― 本作では7人の小学生男子たちを中心に、彼らの日々が描かれています。7人というのはかなり多いですよね。
僕も最初はちょっと多いよなと思っていたんですけど、3、4人だと、どこかで見たようなものになっちゃう気もして。
僕らが子供のころって1クラス40人ぐらいいましたけど、でも実はその中の10人ぐらいで生活していた感覚があるんです。今回はその狭い世界を、思い切り描いてみたかったというのもあります。
― 一人ひとりが個性的で、物語の序盤で7人それぞれのキャラクターが掴めたので、すごく観やすいと感じました。
この作品に限らずですが、物語に合わせて人を動かすのでなく、まず人ありきで撮ることを一番に考えていて。人間味あふれる登場人物が映画の中に存在していればそれでOKだと思っているんですね。今回の映画だって、話自体は大したものじゃないので。
だからシナリオを書くときには、人物造形に一番時間を割いています。僕自身がリアリティを持てないと、シナリオ上の役割として出てくる人間になってしまう。そしてそれは、台本を読めばわかってしまうことで。演じる子に、自分はいてもいなくても良い役なんだなって思わせてしまうことだけは絶対嫌だったんです。
― 全員が本人というか、役そのものに見えました。そもそも子供って大人なんかよりよっぽどハードな日常を送っていますよね。いじめにあったり、喧嘩したり、宿題もしなきゃだし、勉強や運動能力なんかでランク付けされたり。
それで、逃げ道も大人ほどは知らないから、真っ向からぶつかっていって、突き抜けられなかったらコロっと死んじゃう子もいる。その大変さも、描きたかったところです。
― 最近は親ガチャなんて言葉もありますが、そう言いたくなる気持ちもわからなくもないような。その逆に、瞬の家庭は周りから見ると恵まれていますが、普通であることがコンプレックスになり得ることにもすごく共感できました。
僕の周りの子たちがハードな状況の中で生きていたので、その中で自分だけが仲間に入れていないような感覚や、彼らよりも劣ってるんじゃないかという感覚が、子供ながらにずっとあったんですよね。
― そのコンプレックスって今はもうないですか?
形を変えて残っています。
― 特にクリエイティブといわれるような仕事をしていると、なにか尖ったバックグラウンドを持っていることが強みにもなりますから。
それで苦しんだ時期もあって、嘘のエピソードを考えて人に話してみたり(笑)。でもそれはどうしても「本当のもの」には負けちゃうわけで。だから僕は常に今が勝負だと捉えて、今抱えているコンプレックスやダメなところを作品ごとに吐き出しています。
― 本作の舞台は1988年。その頃から世の中は様変わりしていますが、現代に生きる子供たちの状況になにか思うところはありますか?
自分の子とかを見ていると、今の子のほうがつらいんじゃないかとも思います。やっぱり、逃げ場みたいなものがどんどん狭まっている気がしていて。たとえば娘なんかも朝起きると、すでにグループLINEの未読が100件ぐらい溜まっていたり。これはちょっとつらいだろうなって思いますけどね。
― LINEが来ないと来ないでつらそうですしね。本作はLINEはもちろん、携帯電話もなかった時代、その代わり、とにかく走っているシーンが多いなと思いました。あんなに全力で走っている子供、最近見ないなと。
確かにそうですよね。ただ今の子でも小学生に上がる前だと公園で意味なく走っているんです。ただ走って何が楽しいんだろうと思うんですけど、あの姿にはすがすがしさがある。今回とにかく走る姿というのは、ひとつ残したいなと思っていました。
― 瞬を演じた池川さんは、足が速かったですね。
速いんですよ。隆造役の田代(輝)君が実は速くなくて、抜かないようにするのに必死だったなんて言っていました。
― 関西ジャニーズJr.として、普段からダンスなどレッスンをこなしていることも大きいかもしれません。
小学校6年間は野球をやっていて、キャプテンだったそうです。
― 池川さんは初めての映画出演だったそうですね。
オーディションのときは本当に自信がなさそうで、僕なんか選んでもらったら困りますといった雰囲気でしたが、最終的には完全に映画を背負って、主役になっていました。僕は、彼がどこかで腹をくくるのを待ち続けていて。クランクイン前に飛騨に連れていったタイミングで、自分が主役をやるんだという覚悟のようなものを決めたように感じました。
相米監督に唯一褒められたシナリオを映画に
― 本作では足立監督が過去に師事した相米慎二監督へのリスペクトを込めて、長回しを多用されていました。
あとは長回しの撮影って大変なぶん、やっていて楽しいんですよね。小さなお祭りが続くような感覚なので、子供たちのワクワク感や楽しさが余計に伝わるんじゃないかなと、相米さんの映画を観て感じていました。
― 子供たちで長いシーンを撮るのって、かなり大変なのかなと思ったんですけど。
最初は彼らも失敗しちゃいけないと思ってやるんですけど、でも今の長回しって失敗したところでフィルムがもったいないということもない。だから遊びだと思ってやれば良いからと伝えてからは、彼らものびのびとやっていたと思います。
― たしかに、みんなで作ったという達成感がより得られそうですね。演出面でなにか重視した点はありますか?
基本的に演出よりも、まず紙の上でのキャラクターをちゃんと生き生きと血の通った人間として描くということを大事にしていて。それを提供すれば、役者さんはおもしろく演じてくださる。そこがうまくいってなくて、一生懸命演出でどうこういじくり回してもどうにもならないと思うので。
だからシナリオを書くときには家族や友人を巻き込んで、自分の肉体や声を通して書いていくことが多いです。
― 実際に動いてみて?
ええ、そうです。
― ちなみに今回、永瀬正敏さんが出演されていますが、このキャステイングも相米監督を意識して?
おっしゃる通りです。
― 永瀬さんとは相米監督のお話もされましたか?
相当しましたね。永瀬さんはかなり、相米さんに思い入れがあって、初めてお会いしたときに2時間ぐらいいろいろしゃべられていました。
― 足立監督が相米監督から学んだことで、一番財産になっていることはなんでしょう?
僕が相米さんにくっついていたのが21、2歳で、まだなにもわかってなさすぎて、なにを学べたのかもわからないんですよね、いまだに。ただ、自分は映画を撮れる人間じゃないんだなっていうことだけは身に染みて。相米さんとシナリオライターのかたが旅館にこもってずっとシナリオづくりをされていたのを横で見ていて、ここは俺の居場所じゃないなと感じてしまったんです。
― 挫折ですか?
挫折です。ものすごく大きな挫折感をそこで味わわされた。
― それでも、今も映画を仕事にできている。
なんでしょうね。僕が相米さんにくっついていたのは1年間だけの約束だったんですけど、その後もちょくちょく声はかかっていたので、書いていたシナリオはその都度見せていたんですね。相米さんはダメだとなにも言わないですし、良くても褒めるってことはないんですけど、唯一『雑魚どもよ、大志を抱け!』のもとになったシナリオだけは褒めてくれたんです。相米さんのマネージャー的な存在だった女性から電話がかかってきて、「あのシナリオ、相米が良いって言っているから、相米に預けてみない?」と。ただそのことだけが自分の自信というか、すがるものになっています。
― 今もし相米監督が生きていたら、完成した作品をご覧になってなんておっしゃると思いますか?
まったく想像つかないんですよね。相米さんに見せたときは、この映画の冒頭10分ぐらいにあたる、ただひたすら子供たちがいたずらしては逃げるようなシーンが2時間続くシナリオだったんです。だからもしかしたら、「お前、すごいつまんなくしちゃったぞ」とか言われるかもしれないなって。その言い方みたいなものは想像つくんですけど(笑)。
― 最初にシナリオを書かれてから20年以上が経っていますが、その間は、映画にしようと動いていたのでしょうか?
相米さんが持って回ってもダメだったので、当時の僕が持って回ってもどうにもならなくて。子供たちの話というのは興行的に厳しくなかなか成立しなかったんですけど、5年ぐらい前に出版社のかたが小説にしてみないかと言ってくれたんですね。本が少しでも売れてくれれば映画化に近づくかなと思ったんですけど、別に売れもせず(笑)。
― 今回映画になったのは?
奇跡的。もう自主映画でやるしかないなと思って妻と一緒に動き出して、それで台本を読んでくれた人たちが協力してくださることになったりして、なんとか。結局、自主映画でやるのは厳しすぎました。
― 映画監督に対して愚問かもしれませんが、小説にとどまらず映画にすることにはどういう価値があると思いますか?
やっぱり、僕はどうしても登場人物たちの姿が見たいという思いがあるんですよね。シナリオを書くときの出発点が文字の表現でなく、この人の本当の姿を見たいんだという思いなので。だから映画なり、映像作品じゃないと気が済まないんです。今まで小説も何冊か書いたんですけど、常に映画にしたいと思って小説にしています。
― 映画のタイトルは小説から変更されていますね。
まず相米さんに見せたときは『悪童』というタイトルだったんです。小説になったときに出版社のかたから『弱虫日記』というタイトルを提案されて、映画にするときにはタイトルを変更する了承を得て『雑魚どもよ、大志を抱け!』というタイトルをつけました。
― 子供たちを鼓舞するようなメッセージ性を感じるタイトルです。
メッセージを送りながらも、むしろ彼らを尊敬しているんです。「大志を抱け」なんて偉そうなことを言いながら、そうじゃない大人のほうが多いじゃないですか。
― そのとおりですね。子供たちに、これからの時代をどう生きていってほしいという思いがありますか?お子さんもおられるということですけど。
自力で生きていってほしいということでしょうか。もちろんみんな自力で生きてはいくんですけど。
― たくましくなれと?
とにかく自分で生きていくしかないんだと。もちろん親として協力はするんですけど、自分で見つけるとか、切り開いていくとか、そういうふうに生きていってくれるとうれしいです。
― 自分の力で生き抜くために、何が必要だと思いますか?
自分自身の中に揺るぎない誇りのようなものがあると強いんじゃないかな。それがないと、巷にはびこっているような、いい加減で嘘をついても平気な大人になってしまう。誇りを持って生きたいという気持ちがあるだけで、生き方や生きるうえでの楽しさが違ってくる気がしています。
― 本作も、登場人物たちが誇りを取り戻す物語だと感じました。誇りというものは時代を超えて大切で、僕ら大人にもきっと必要なものなんでしょうね。
声高に言うとちょっと説教くさいような気もしますが、でも結局そういうことなんだと思います。
Profile _ 足立紳(あだち・しん)
1972年鳥取県生まれ。相米慎二監督に師事。脚本を手掛けた『百円の恋』が2014年映画化。他脚本作品として『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』(17)、『こどもしょくどう』(19)、『嘘八百シリーズ』、『アンダードッグ 前編・後編』(20)などで、ドラマ「拾われた男」がBSプレミアムとディズニープラスで現在配信中。2023年10月からのNHK連続テレビ小説「ブギウギ」の脚本も控える。また監督作は『14の夜』(16)、『喜劇 愛妻物語』(20)など。
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Information
映画『雑魚どもよ、大志を抱け!』
2023年3月24日(金)より、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
出演: 池川侑希弥(Boys be/関西ジャニーズJr.) 田代輝 白石葵一 松藤史恩 岩田奏 蒼井旬 坂元愛登
臼田あさ美 浜野謙太 新津ちせ 河井青葉 / 永瀬正敏
原作:足立紳『弱虫日記』(講談社文庫)
監督:足立紳(『喜劇愛妻物語』『14の夜』)
脚本:松本稔/足立紳(『百円の恋』『アンダードッグ』)
音楽:海田庄吾(『百円の恋』『喜劇愛妻物語』)
主題歌:インナージャーニー「少年」(鶴見river records)
配給:東映ビデオ
©2022 「雑魚どもよ、大志を抱け!」製作委員会
- Photography&Text : Yusuke Takayama(QUI)