セレクトショップの次なる視線|Vase 平井 名王企
トレンドをとらえたブランド、趣味や嗜好性が表れた服、目利きがキャッチした 新世代のデザイナーなど、コンセプトが明確なショップであるほど、 ファッションに対する美意識は店内の品揃えからも一目瞭然だ。そんなショップを訪れるファッションフリークが気にしているのは、 常に新しい刺激を提案してくれるオーナーやバイヤーの次なる動向や関心。
今回は買い物が楽しいと心底思わせてくれる、中目黒歴17年のセレクトショップ「Vase(ベイス)」の平井 名王企さんにお話を伺った。
熊本県出身。大学在学中から洋服屋でアルバイト三昧の日々を過ごす。2000年に上京しアパレル会社を経て、2007年に中目黒の古民家にセレクトショップ「Vase」をオープン。2021年に隣に移転し、元の場所をイベントスペース兼アトリエ「BLANC」に。現在は「Vase」で取り扱う<Ceramichi(セラミチ)>のディストリビューターも兼任している。
Instagramをチェック!
@vase_tokyo
地元熊本の伝説店に触発されてセレクトショップを
― 中目黒に「Vase」をオープンした経緯を教えてください。現在店舗になっている古民家との運命的な出会いがあったとのことですが…。
上京した頃から中目黒界隈が好きで、よくこのあたりで遊んでいました。当時(2000年頃)は目黒川沿いにもお店がポツポツとしかなくて、この一帯にはボロボロの古民家が数件ありました。「中目黒のど真ん中にもこんな物件があるんだ。やっぱり中目って最高だな」と思って、念を残しておいたんです。
― 店を探していたときに紹介されたのがその物件だった?
そうなんです。その古民家でこれは運命だなと思って即決しました。友人に物件の相談をしたときから不動産屋との出会いも含めて、いろいろなことが驚くくらいスピーディに話が進んで。今の「Vase」の物件は、コロナ禍までは人が住んでいて、その方が出られたタイミングで借り受けました。
― 以前はアパレルの会社も設立されていたそうですが、セレクトショップをやろうと思ったのはどうしてなのでしょう。
僕の地元には「パーマネントモダン」という名店があります。1970年代の熊本で、ビームスに匹敵するようなセレクトショップ「アウトドアスポーツ」を手がけていた有田正博さんがオーナーで、僕の師匠でもありますが、ものすごく影響を受けました。上京して思ったのは、東京にはそういう個人経営の個性のあるセレクトショップが少ないということ。誰もやっていないなら、やってみようと。ダメだったらやめてもいいやぐらいの、軽い気持ちで始めました。
バイイング=買い物。出会って興奮する瞬間が醍醐味
― 「Vase」を始めるにあたって、どんなお店にしようと思いましたか?
この店は内装を見ていただくとわかると思いますが、元の古民家の窓や階段など、残せるものをそのまま生かして改装しています。築約80年の歴史を感じる、釘を一本も使っていない窓枠や磨りガラスなどには当時の職人さんの技術が集約されていて、今つくろうと思っても絶対に再現できない。僕は古いものに敬意を払いつつ、新しい要素を取り入れて、提案していくという視点を大切にしています。
― 確かに。古民家をリノベーションした空間に、クラシックに見えて前衛的なものが並んでいますよね。中にはピカソのバッグや傘のような、アートミュージアムのスーベニアも散見します。
僕の中ではファッション(fashion)とアーキテクチャー(architecture)とアート(art)はつながっています。だから洋服に限らず食器なども含めて、モノを選ぶときにはファッションであり建築的であり、アートであることを基準にしている。なおかつクラシックでありアバンギャルドであることが「Vase」のテーマです。
― 商品のセレクトはオープン当初から同じですか?
オープン当初から扱っているブランドもありますし、シーズンによってもセレクトは変化します。最初は国内仕入れが多く、海外のブランドもほとんど日本の代理店経由で仕入れていました。ただ、オープン前からフランスに買い付けには行っていました。<m’s braque(エムズブラック)>のデザイナーの松下貴宏さんがパリに住んでいるので彼のアトリエを訪ねたり。それから知り合いに紹介してもらった<marie jose morato(マリージョゼ モラート)>のオーダーリングもやりたくて。ここ数年は<Pierre Cardin(ピエール カルダン)>をパリの本店から買い付けています。
― 一昨日、フランスの買い付けから戻ったばかりとのことですが、オープン後も定期的に海外に行かれているんですよね。
1年に2回、パリのファッションウィークに合わせて行くようにしています。今回はアンティーブ・ピカソ美術館やアイリーングレー、ル・コルビジェの建築物が見たくて南仏にも足を延ばしました。毎回パリだけでなく、ヨーロッパのほかのエリアも回るようにしています。
― 買い付けるブランドの情報はどのように集めていますか?SNSなどネットで情報をリサーチしているんでしょうか。
僕はあまり前情報を入れないようにしています。犬も歩けば棒に当たる的に、行き当たりばったりです。実はそれが一番面白いんですよ。「ヤバ!」と思うものに出会って「ワーッ」と興奮する瞬間が醍醐味。買い物と同じです。「これめっちゃいいけど、今月はお金がない…どうやったら買えるかな?」って。
― わかります。借金してでも買おうかな…と悩む、みたいな。
バイイングはそれと同じですね。僕の場合は完全に買い物です(笑)。今回のパリでも日本未上陸のナイジェリア発ブランドとの新しい出会いには興奮しました。ヨルバ族にルーツも持つ彼のコレクションは11月末にはローンチします。
<Ceramichi>の器を使って飲食ができる店に挑戦したい
― 今回のフランスでの収穫はなんですか?ファッションウィークに合わせているとのことでランウェイショーを見たり、展示会なども回られている?
以前は複数のブランドがたくさん参加する合同展も面白かったですが、最近は縮小傾向で、行っても面白いものは見つかりません。それよりも気になるショールームや好きなブランドに直接行って、関係を深めるほうがずっと良い商品を買い付けることができます。<Pierre Cardin>はここ数年通っているので、僕のテイストを理解してくれて、「Vase」に合う商品を用意してくれるようになりました。
― 平井さんが注目されているブランドはほかにどんなものがありますか?
トータルで見るとフランスのブランドはそこまで多くはなくて、オープン当初から扱っているベルリンの<VLADIMIR KARALEEV(ブラディミア・カラリーヴ)>、今日僕が履いているパンツはこのブランドのものです。それから堀切道之さんが手掛ける<CLASS(クラス)>は「Vase」らしいアートで建築的なファッションブランドだと思います。
― 今「Vase」の2階はフランスで活躍されていたセラミックアーティスト、セキミチコさんの<Ceramichi>をメインで展開していますね。
彼女はフランスで長年、ミシュランの星付きレストランの食器をつくっていたアーティストです。帰国後に「Vase」で展示会を開催したのがきっかけで取り扱うようになりました。2021年に移転したタイミングで2階を<Ceramichi>のスペースにして、今は僕がディストリビューターもやっています。最近では国内の「The Conran Shop」や「MoMA Design Store」でも取り扱いがスタートして、ビジネスとして広がってきています。
― セキさんは今は「BLANC」をアトリエにされているんですよね?
そうなんです。「BLANC」に窯も設けて、MADE IN NAKAMEGURO、中目黒焼きになりました。アートピースのような食器ですが、ぜひとも普段の食事に使ってほしくて、リアルな和食、例えば焼き魚などをのせているような小冊子をつくって提案もしています。今後はリアルに使っているところを体験できるような、<Ceramichi>の器を使った飲食ができる店もやってみたいですね。
― それは楽しみですね!平井さんが「Vase」をやっていてよかった、あるいは仕事でしあわせを感じるのは、どんな瞬間でしょうか?
オープン当初から「Vase」に通ってくれた、今は俳優として活躍している谷 恭輔君が「結婚します」とうれしい報告を兼ねて、久しぶりに来店してくれたんですね。そのときに学生だった当時から憧れていた<marie jose morato>のリングを17年越しで、結婚指輪としてオーダーしてくれました。店を長くやっていると、こんな風に自分が「Vase」の歴史を感じる瞬間があって…。お客さんが年月を経ても「Vase」を忘れずに、覚えていてくださることが、何よりしあわせです。
平井 名王企がリコメンドする3ブランド
<Pierre Cardin(ピエール・カルダン)>
「<Pierre Cardin>は洋服もアクセサリーも全部おすすめなんですが、中でも70年台に作られた腕時計は素晴らしいデザインです。直線や曲線が用いられたラディカルなデザインはもちろん、スイスの高級時計メーカー、ジャガー・ルクルトのムーブメントを搭載している点も特筆です。『Vase』ではデッドストックのきちんとオーバーホール済のものだけをピックアップしています。また修理などアフターケアも行っております。」
Instagramをチェック!
@pierrecardin
<CLASS(クラス)>
「今ではおしゃれ好きに熱烈なファンの多い<CLASS>は、オープンから取り扱っているブランドです。デザイナーの堀切道之さんは自身をファッションデザイナーでないと言っているんですが、洋服のルールや常識にとらわれない斬新なものづくりが彼の持ち味。盛り上がった肩のフォルムが建築物を彷彿とさせる、クラシカルなグレンチェックのジャケットはボタンがついていません。フランスの高級生地ブランド<DORMEUIL(ドーメル)>のウール生地を使用していて、着心地は最高です。」
Instagramをチェック!
@class_poolbyclass
<munoz vrandecic (ムニョス ブランデシッチ)>
「スペイン在住のチリ人アーティスト、ミゲル・ムニョス・ウィルソンによるオール・ハンド・メイドのレザーブランド。中世のヨーロッパの雰囲気を今の時代に再現したデザインが特徴で、もともとは彫刻家だったこともあって、ブーツは木型から自分で彫っています。レザーも自分でなめして縫製までするので、年間生産量は限られています。靴はソールの裏に2箇所、ボルトが打ち込まれているのがアイコンです。」
Instagramをチェック!
@munozvrandecic
2007年に中目黒の古民家を改装してオープン。「BLANC(Vaseの隣)」の場所でスタートしたが、2021年に現在の場所に移転。建築的な、あるいはアートを感じるファッションブランドから、クラシックでアバンギャルドなピースを独自の感性でセレクトする。移転後は2階にセキミチコによる セラミックアート、<Ceramichi>のコーナーを常設。「Vase」のもうひとつの目玉になっている。
〒153-0051
東京都目黒区上目黒1-7-7
12:00-20:00 不定休
TEL 03-5458-0337
Instagramはこちらから!
@vase_tokyo
- Photograph : Junto Tamai
- Text : Hisami Kotakemori
- Edit : Miwa Sato(QUI)