過去のコレクションから、デザイナーズファッションの“創造性”を探求する|⓪⑩アーティザナル作品「ドイツ軍レザーフライトジャケット」
1980年代〜2000年代初頭のデザイナーズアーカイブを収集して、独自の解釈でキュレーションしている、ファッションの美術館型店舗を運営。SNSでは独自のファッション史考察コラムを投稿。メディアへの寄稿や、トークショーへの登壇など、活躍の場を広げている。
⓪⑩から紐解くMaison Martin Margiela(メゾンマルタンマルジェラ)>の本質
今回題材として扱う作品は、<Maison Martin Margiela>⓪⑩アーティザナル作品『ドイツ軍レザーフライトジャケット』。1点1点すべてヴィンテージのドイツ連邦空軍のフライトジャケットのパーツを使用しており、一見同じように見えるのだが、サイズ感やディテール、風合いが異なるため、手仕事ラインのアーティザナルの中でも特にコレクター心をくすぐるアーカイブと言える。
このようなヴィンテージ古着など既製品をリメイク(解体再構築)することで、新たな作品として付加価値を生み出すマルジェラのクリエーションの本質、そして背景について改めて考察していく。
まず、<Maison Martin Margiela>の基本的な説明として、ブランドタグの数字、⓪と⓪⑩に印がついているアイテムは、手仕事によるフォルムをつくり直した女性のための服(⓪番)、手仕事によるフォルムをつくり直した男性のための服(⓪⑩番)であり、これこそが<Maison Martin Margiela>のオートクチュールに相当するライン「アーティザナル」だ。
マルジェラのアーカイブ収集を熱心にされてる方は、まずアーティザナルを集め出す傾向にある。古着リメイクによるデザインセンスや、生産数が極めて少ないことによる希少性もあるが、最も惹かれる点としては、「1点物としての価値」なのではないだろうか。「1点物」という点を踏まえると、<Maison Martin Margiela>の中でもアーティザナル作品は、創造的観点において、最もアート作品として認識しやすいのかもしれない。故に、コレクターとしての収集欲、所有欲が駆り立てられる理由も納得できてしまう。
2004年秋冬は⓪や⓪⑩のアーティザナルラインだけでなく、①(女性のためのコレクション)や⑩(男性のためのコレクション)も、ヴィンテージモードスタイルをマルジェラなりに再解釈し、再編集したワードローブを提案している。メゾンマルタンマルジェラの特徴でもあるが、当時のルックブックのスタイリングを見ると、⓪や⓪⑩アーティザナルも、①や⑩コレクションも、ジェンダーこそ明確にセパレートされているものの、どのラインもミックスしてスタイリングが組まれている。
つまり、2004年当時アーティザナルラインとコレクションラインの違いは、①や⑩コレクションが素材として古着(既製品)を使用していない点だけで、創造におけるコンセプトは、⓪⑩アーティザナルと同様だと言える。このように客観的に、かつ冷静にアーティザナル以外のラインもフラットに見る視点も重要だ。
マルタンマルジェラ、アンチモードたる所以
では、ここからもう一歩踏みこんで考察してみよう。
考察する前に、まず前提としてアーカイブと向き合うことは、作品の背景に潜む様々な「点(知識)」と「点(知識)」を繋いで、浮かび上がった「線(ストーリー)」を再解釈し、現代に蘇らせることだというのが、私なりの持論。
そこで、2004年当時に戻って整理してみると、マルタンマルジェラ(以下:マルタン)にとって、この時期は大きな転換点となっていた。それは、2004年春夏コレクションを最後にエルメスのデザイナーを退き、自身のブランドに専念したタイミングだったのだ。クリエーションに集中できる環境になったことが理由なのかどうかは、あくまでも推察の域を超えないが、ルックブックを見ると、2004年秋冬はアーティザナル作品の種類が増えたように感じる。もちろん2004年当時のトレンド自体がヴィンテージブームであったこともあり、多くのコレクションブランドがヴィンテージを再解釈し、モダンにアップデートした作品が多かった。そんなヴィンテージトレンドの中で、マルタンはアンチモードたる所以を発揮していた。
何故アンチモードなのか。それは2004年秋冬コレクションの発表方法が、他のブランドとはアプローチが全く異なっていたからだ。通常のランウェイショーでの発表ではなく、パリ市内の19箇所の老舗カフェ(認識としてはコレクション会場)にて、ショートフィルムのビデオ上映を行ったのだ。当時のインビテーションには、パリ市内の地図が描かれていて、上映会場となるカフェのポイントを、赤くマーキングして、カフェの場所を記している斬新な案内状だった。
フォトグラファーのナイジェル・ベネットが監督を務めたショートフィルムの内容も斬新だった。<Maison Martin Margiela>の新作を身に纏った女性たちの写真を撮り、写真を連続して動画のように編集し、ひとつのショートフォルムとして完成させたのだ。
音楽もナイジェル・ベネット本人が担当し、独特の世界観を作り上げていた。このような映像による表現方法は、現在の<Maison Margiela(メゾンマルジェラ)>にも継承されているように思える。特にアーティザナルは近年映像作品が多く、印象的なのはシネマインフェルノだろう。このような他のどのブランドもやらない表現のスタンス、アティテュードこそが、マルタンが脱構築的思考だと言える要因なのだ。
再構築を主張しない、マルタン流トロンプルイユ
ここで、再び題材のドイツ軍のフライトジャケットに話を戻す。私なりに分析した結果、ドイツ軍のフライトジャケットの本質は、古着をリメイクして再構築している点ではなく、以前にも紹介した『トロンプルイユ』にあると捉えている。
本来、アーティザナルラインというのは、一つの側面として、ヴィンテージ(主にユーズド)の既製品(服やアクセサリーなど)のフォルムや機能を“本来のものから変化”させている点にあるが、リメイクする際、基本的には別の素材などを組み合わせて、分かりやすく再構築をデザインとして表現する。
しかし、ドイツ軍のフライトジャケットは、一見すると“リメイクしているようには思えない”、つまり、“リメイクを主張していない”ある種の騙し、「トロンプルイユ」的なクリエーションなのだと解釈できる。同じカラー、同じ素材(正確にはヴィンテージのため1点1点違うもの)を再構築することで、しっかりと作品と向き合わないと、クリエーションの本質にはたどり着けない難解な作りになっている。
ドイツ軍のフライトジャケットだけではなく、2004年秋冬のショートフィルムを見ると、着用している全ての作品(服)が、まるで解体再構築をしていないような、ある種自然な作品(服)に見える。インサイドアウトしていたり、コラージュしていたり、転写をしていたりと様々な技法を使いながら、ヴィンテージのリアルさを自然に表現している点が、マルタン流の『トロンプルイユ』だと言える。
それに加えて、ただヴィンテージを再現しているのではなく、アーティザナルなど“過去のモノに時間を与える”アート作品をスタイルに組み込むことで、古き良きヴィンテージモードスタイルをモダンにアップデートすることに成功している。マルタンの成功事例を基に改めて考えてみると、未来という“幻想”は、きっと過去を再解釈し、変化を加えて、新しい形へのアップデートによって生み出される“現象”なのかもしれない。過去は古い、未来は新しいではなく、過去にこそ「新しい」のヒントが隠れているのだ。
作品の背景から見る、アーカイブの価値
アーカイブなどヴィンテージ作品を「作品の個体」として楽しむことももちろん重要だが、デザイナーやブランドがその当時どのような背景で作品を作ったのかを想像し、様々な事象を繋ぎ合わせて自分なりにストーリーを構築していくことこそ、アーカイブの醍醐味だと捉えている。結局のところ、モノには必ず生み出したヒトの想いが込められている。その想いをストーリーとして言語化して、後世に語り継いでいくことで、モノとしてもストーリーとしてもアーカイブされ、価値を生んでいくのだ。
Archive Store
1980年代〜2000年代にかけてのデザイナーズファッションに着目し、トレンドの変遷を体系化して独自の観点でキュレーションしている美術館型店舗。
創造性溢れるアート作品から社会背景を感じられるリアルクローズ作品まで、様々なデザイナーズアーカイブを提案している。
“アーカイブ”とは作品に込められた意味や時代の印(しるし)であり、そこから読み取れるストーリーが人から人へと伝わっていくことで、後世に記録や記憶として残っていく。
Archive Storeでは、アーカイブ作品を見て、触れて、着て、言語化してもらうことで、ファッションを学問として楽しんでもらえることを目指している。
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