日本のゴシック・ファッション 〜暗黒と耽美のルーツと多様化〜
ファッションにこのような要素を見ると、私たちは「ゴシック」というキーワードを反射的に思い浮かべるときがあります。
今年6月にエディンバラのドラモンド城で開催された<DIOR>2025年リゾートコレクションは、スコットランドの伝統工芸と女王メアリー・スチュアートにインスパイアされ、パンク要素も組み合わせて「空想上の君主」を表現したランウェイでしたが、日本での反響はどこか独特な盛り上がりを見せました。
コレクションが発表されるや否や、日本では「ゴシックパンク」「バンギャ」『KERA』などを思い出すという声が多く上がり話題になったのです。
日本において「ゴシック」と呼ばれるファッションは、様々なカルチャーの文脈にある要素が複雑に絡み合い、独自のイメージを作り上げてきたのだといえるでしょう。
ではゴシックファッションとは本来どんなもので、ここ日本においてはどのように発展と多様化の道を辿っていったのでしょうか。
DIOR CRUISE 25 GROUPSHOT © Sam Copeland © Drummond Castle
中世ヨーロッパ ー「ゴシック」って何?
日本のゴシックファッションを考えるにあたって、中世ヨーロッパまで遡るのは少しタイムスリップしすぎかもしれません。
というのもこの時代の文化は、現代のファッションやカルチャー面で使われる「ゴシック」、あるいはのちに生まれた略称としての「ゴス」と、ストレートに繋がるものとはいえないからです。
しかし、「ゴシック(Gothic)」という名前の由来を辿るために、まずは少しだけ、12世紀のフランスへ旅立ってみることにしましょう。
キリスト教会が絶大な権力を持っていた12世紀ごろ。鋭い尖塔が特徴の、威圧的な高さをもつ建築様式の教会がフランスを発祥として栄え、ヨーロッパに広がりました。
やがて教会の権威が揺らぐにつれて疎まれるようになったこの建築様式は、「ゴート族風の=野蛮な」という侮蔑的な意味をこめて、「ゴシック様式」と呼ばれるようになったのです。
いつしかこうしたゴシック様式の建築物は廃墟となり、そのような場所を舞台として18世紀頃からは一種の中世懐古趣味として、のちのホラー小説に繋がる「ゴシック文学」が書かれるようになりました。
その出発点といわれているのが、イギリスのホレス・ウォルポールの小説『オトラント城奇譚』。その後メアリー・シェリーによる『フランケンシュタイン』、アメリカのエドガー・アラン・ポーによる『アッシャー家の崩壊』など、多彩な物語が生まれていきます。
「ゴシック文学」のテーマは、悪、死、不幸、恐怖……。
現代でいう「ゴシック」の、遠いルーツとなる世界観はこのあたりから始まるといえるでしょう。
ゴシックの系譜を紐解く『死想の血統 ゴシック・ロリータの系譜学』を著した樋口ヒロユキは、
「ゴシックとは文化的死体縫合であり、『崇高』、すなわち恐怖と悪の美学から出発した文化だ」と述べています。
歴史の中の暗黒時代の文化の断片を集め、死、恐怖、悪の美学がコラージュされたもの──それがゴシックの世界観なのです。
こうした世界観は、ゴシック小説の映像化やキャラクター化の影響もあり、廃教会、怪物や吸血鬼などの不気味で神秘的で耽美なイメージとともに広がっていきました。
ゴシック建築の代表作として知られるフランスのノートルダム大聖堂
1980年代 ー 音楽シーンから生まれたゴシック
では、ファッションとしてのゴシックはどのように生まれ、日本に渡り、独自の進化を遂げたのでしょうか。
ゴシック・ファッションが芽吹く土壌は、1970年代末から80年代にかけての音楽シーンにありました。
イギリスやアメリカ西海岸で、グラム・ロックやポスト・パンクから派生して「ゴシック・ロック」というジャンルが生まれたのです。
ゴシック・ロックは頽廃美やボンデージ要素も含むような黒を基調とした衣装と、ロマン主義や象徴主義、神秘主義などに基づいた詞世界が特徴でした。
1982年にはロンドンで初のゴシック・クラブBAT CAVEが誕生し、多くのミュージシャンや文化人、またそのファンの交流の場となって多様なゴシック・カルチャーを生みました。
BAT CAVE前にて撮影されたBAT CAVERたち ©getty images
やがてこの「ゴシック・ロック」は日本にも流入し、「ポジティヴ・パンク」とも呼ばれるようになりました。
日本のゴシック・カルチャーの基盤を築いた日本初のゴシック・バンドと言われているのが、1980年に結成されたAUTO・MODです。
ジュネが率い布袋寅泰や高橋まことも在籍していたAUTO・MODは演劇的なステージで知られ、「東京ダーク・キャッスル」というイベントも主催していました。
そのパフォーマンスには寺山修司の劇団「天井桟敷」の劇団員も動員されていたというのだから、様々なジャンルの芸術が日本のゴシック・カルチャーに関わっていたということが分かります。
また、1981年に結成されたMadame Edwardaも日本のゴシック・カルチャーを先導したバンドでした。
ヴォーカルのZin-François Angéliqueは、1983年新宿に日本初のポジティヴ・パンク&ゴシック系クラブであるCLUB WALPURGISをオープン。このクラブは国内外のアーティストが集う伝説的な場となり、店舗が閉店した現在もイベントとして開催され続けています。
さらに1980年代前半には、日本のゴシック・ファッションの直接的なルーツとなるような女の子たちが現れるきっかけになる動きが起こりました。
雑誌『FOOL’S MATE』の初代編集長・北村昌士によるインディーズレーベル・TRANS RECORDS(トランスレコード)の設立です。
このレーベル所属のアーティストの追っかけをする女の子たちは、「トランスギャル」と呼ばれました。
トランスギャルは、黒い服に赤いリップが特徴。ブランドとしては、<MILK>や<OZONE COMMUNITY>、<COMME des GARÇONS>、<Y’s>などが好まれました。
華美な装飾や少女的要素は控えめのように思われますが、トランスギャルのファッションはのちの日本ゴシック・ファッションやゴシックロリータのひとつの原形のようなものになっているといえます。
ちなみに同時期にトランスレコードと並ぶ日本の大手インディーズレーベルとしては、ケラ(現・ケラリーノ・サンドロヴィッチ)が主宰するナゴムレコードがありました。
ナゴムレコード所属アーティストの追っかけは「ナゴムギャル」と呼ばれ、こちらはトランスギャルと比較すると少女的で幼く、ポップでデコラティブなファッションだったのが特徴です。
ゴシックファッションの流れの中で、80年代に生まれたブランドとして特筆すべきは、林和子が手掛けた<coup-de-pied>。
現在はバレエウェアに特化したブランドになっていますが、当時はゴシック要素と少女的な要素を併せ持つ服を展開していました。
楠本まきの漫画『KISSxxxx』の主人公で、ゴシックロリータのファッションアイコンのような存在でもある「かめの」が着用していることで知られていることからも、この<coup-de-pied>はのちに本格化するゴシックロリータの系譜の初期に位置付けられるブランドといえるでしょう。
そして80年代の終わり、インディーズの音楽シーンの中から伝説的なバンドが登場します。
それがX (1992年にX JAPANと改名)──ゴシック・ファッションとは切っても切り離せない、ヴィジュアル系ブームの夜明けが訪れたのでした。
X JAPANが画期的な存在だったのは、技巧的なメイクや逆立てたヘアスタイルなど、「ヴィジュアル」という要素も音楽とともに表現の重要な一部としたことです。また、編み上げブーツ、コルセット、レースなどゴシックかつボンデージ要素のあるファッションも取り入れました。
X JAPAN以後、多くのヴィジュアル系バンドが登場し熱狂的なファンに影響を与えることで、それまでアンダーグラウンドのものだったゴシック・ファッションもオーバーグラウンドへと広がっていったのです。
1990年代 ー ヴィジュアル系とゴシックロリータのめざめ
90年代は、日本発祥のゴシック&ロリータという文化が花開いた時代でした。
子どもから大人までノストラダムスの大予言に怯え、世紀末の漠然とした不安が漂っていたこの時期。
オウム真理教関連の事件や、幼児誘拐事件、阪神淡路大震災など、当たり前に思われた日常に恐怖が潜んでいることを意識させられる。
インターネットや携帯電話が普及するなどテクノロジーの進化を体感させられる時代の反動で、科学で説明できない世界への憧憬が募る……
オカルトと犯罪、自然の脅威と近未来のムードが入り混じる90年代日本の混沌は、ゴシックの世界観との親和性が高かったのではないでしょうか。
この当時次々と誕生したゴシック・ファッション系のブランドは、10代20代の少年少女にとってもアクセスしやすくなり、また憧れを集めるものとなっていきました。
90年代前半には、船越保孝がゴシック・ブランド<alice auaa>を設立。コットンやガーゼなど「滅びの美学」を感じさせる様々な素材を独自の技術で組み合わせたアイテムを発表し続けました。
95年には、柴田孝文と市村恵司が<ATELIER BOZ>を設立。ヴィジュアル系ミュージシャンのステージ衣装なども手掛けつつ、ゴシック要素の強いオリジナル商品を展開するようになりました。
大阪では、97年に松田美穂による<MIHO MATSUDA>がオープン。黒を基調としたシンプルでクラシカルなゴシックロリータスタイルが人気となりますが、「アムラー」などギャル系ファッションに先駆けていち早く厚底靴のブームを作り出したブランドでもあります。
同じく97年の大阪では、泉さおりによる<MARBLE>のショップもオープン。クラシカルゴシックな中に甘いディテールと立体的なフォルムが特徴的なアイテムで、ゴシックロリータの流行を盛り上げました。
また、ラフォーレ原宿にオープンしたセレクトショップ「ATELIER-PIERROT」は、自社のオリジナルブランドに加え数多くの気鋭のゴシック系ブランドをいち早く取り扱ったという点で、黎明期のゴシック&ロリータ文化において重要な役割を果たしました。現在も国内外のゴシック&ロリータファッションを集めて紹介し続けているショップです。
音楽シーンでも、1992年、日本のゴシック・ファッションの歴史においてエポックメイキングな存在となるヴィジュアル系ロックバンドが結成されました。それがMALICE MIZERです。
中でもリーダーでギタリストのManaはヨーロッパのクラシカルなビスクドールのようなファッションにゴシックの要素を独自に組み合わせたスタイルを確立し、1999年にはブランド<Moi-même-Moitié>を設立しました。
少女的な「エレガント・ゴシック・ロリータ(E.G.L)」と、貴族的で中性的な「エレガント・ゴシック・アリストクラット(E.G.A)」という二つの柱から成る<Moi-même-Moitié>は、Mana自身が「Mana様」と呼ばれアイコン的存在として立ち続けたこともあって、ヴィジュアル系ファンを含む多くの人々の人気を集め、今に至るまでゴシックロリータを代表するブランドという立ち位置を確固たるものにしています。
Manaが「ロリータ」という言葉をナボコフの小説『ロリータ』や「ロリータ・コンプレックス」のイメージから引き離し、華美で少女的なスタイルを表す概念として広め、また「ゴシック」の歴史と組み合わせて広めた立役者であることは間違いないでしょう。
Manaがモデルを務めた<Moi-même-Moitié>ブランド設立時のイメージヴィジュアル
Image by Moi-même-Moitié
そしてメディアとしては、1998年に雑誌『KERA』、2001年にはムック『ゴシック&ロリータバイブル』が創刊したことも大きな追い風となりました。
特に『ゴシック&ロリータバイブル』は様々なブランドやショップだけでなく関連するアートやカルチャー、国内外のイベントなども幅広く紹介し、ゴシック&ロリータ系という特徴的なファッションを入り口として、読者が自分の好きなものをより極められるような唯一無二のメディアになっていました。
さらに1998年には新宿のマルイワンが改装され、セレクトショップKERA SHOPがオープン。
その頃、『KERA』を発行していた出版社バウハウスの編集広告担当者が発起人となり、ロリータブランド<BABY, THE STARS SHINE BRIGHT>の礒部明徳社長を会長に、「ゴシック&ロリータ協会」が設立されました。関西と関東で異業種交流やイベントなどを繰り返し、ゴシック&ロリータファッションとカルチャーを盛り上げる試みがなされたことは、2000年代にさらにゴシック&ロリータが全国的に人気になる土壌を作ったと考えられます。
ここで確認しておきたいのは、「ロリータ」がすべて「ゴシックロリータ」とイコールではない、ということです。
ロリータファッションにはさまざまなテイストがありますが、中でも暗黒、悪、死、頽廃美といった「ゴシック」要素を表現しているファッションが「ゴシックロリータ」と呼ばれ、「ゴスロリ」と略されます。『ゴシック&ロリータバイブル』が掲げていたのも、あくまでも「ゴシックと、ロリータ」の両方なのです。
しかし2000年代以降、嶽本野ばら原作の映画『下妻物語』のヒットも相まってロリータファッションの知名度が上がる一方で、テレビや週刊誌などのメディアにより「ゴスロリ」というファッションが誤解や偏見とともに広まることも増えていきました。
「下妻物語 スタンダード★エディション」 DVD発売中 4,180円(税抜価格 3,800円)発売元:小学館 販売元:東宝©2004 「下妻物語」製作委員会
2000年代 ー ゴシック&ロリータのポピュラー化
インターネット上で10代20代の女性も自ら発信しコミュニティを築くようになった2000年代は、ゴシック&ロリータのファッションがさらに広がった時代でした。
ゴシック、ロリータ、パンクの境界が流動的になり、音楽やその他の文化的・芸術的文脈から離れたファッションとして享受されることも多くなったともいえるでしょう。
2000年、廣岡直人が<h.NAOTO>を始動。ここから<h.ANARCHY>、<h.NAOTO Blood>、<HANGRY&ANGRY>など様々なカテゴリのブランドも派生しました。
同時期には<BLACK PEACE NOW>が立ち上げられ、デザイナー今井里実が手掛ける黒を基調としたゴシックテイストの商品を中心に展開するようになりました。
また2004年、映画『下妻物語』の大ヒットによってロリータの代表的ブランドという知名度を獲得した<BABY, THE STARS SHINE BRIGHT>から、新ラインとして<ALICE and the PIRATE>が誕生。「少女アリスが海賊の国に紛れ込んでしまったら」というコンセプトによって立ち上げられたこのブランドは、ゴシック系や皇子(王子)系、メンズ向けのアイテムも取り扱い、甘いロリータとはまた一味違う新たな路線を切り開いていきます。
また、<despair>、<OZZ ON>、<gouk>などのブランドが着物のような形や和柄とゴシック要素を融合させた「和ゴス」を提案し、新たなカテゴリとして人気を得始めたのも2000年代半ばでした。
ALICE and the PIRATE新宿店(BABY,THE STARS SHINE BRIGHT ホームページより引用)
この頃、ヴィジュアル系ブームも最高潮に。ゴシック系ファッションはヴィジュアル系バンドのファン=「バンギャル(バンギャ)」がライブに着て行く服としても人気が高くなりました。
また2000年代は新たに漫画やアニメなどの影響もあり、クロスカルチャー的にゴシック・ファッションが普及していった時代でもあります。
『ゴシック&ロリータバイブル』と人形作家・恋月姫の人形からインスピレーションを受けて描かれたというPEACH-PITの『ローゼンメイデン』は、一貫してゴシック&ロリータの世界観を表現しているALI-PROJECTが手がけた主題歌も鮮烈な印象を与える作品でした。
また、90年代から広くゴシック&ロリータの系譜にあるといえるようなファッションを描いていた矢沢あいの人気漫画も、00年代には続々とアニメ化・実写化。
『下弦の月』はHYDEやPIERROTなどのミュージックビデオも手掛け、ゴシックの世界観を表現し続けてきた二階健が監督・脚本を担当しました。
『NANA』の実写版では日本の人気パンク系ブランド<SEXY DYNAMITE LONDON>の衣装が多用され、『KERA』でフィーチャーされていたようなゴシック・パンクファッションがより広く認知されることになりました。
また大場つぐみ原作・小畑健漫画による『DEATH NOTE』では、主要キャラクター・弥海砂がゴシックロリータやロリータパンクを彷彿とさせるファッションに身を包み、2006年公開の実写映画では<BABY, THE STARS SHINE BRIGHT>や<h.NAOTO>、人形作家の安藤早苗も協力していました。
動画サイトの普及の影響もあり、こうした日本の漫画・アニメなどの海外での人気は拡大していきます。
さらに、『ゴシック&ロリータバイブル』の英語版が海外で出版され、ゴシック&ロリータも日本独自のファッションとして海外で知られるようになりました。
そんな日本のカルチャーを世界に広める活動の一環として、2009年には外務省が「ポップカルチャー発信使」のプロジェクトを開始します。
ロリータファッション担当の青木美沙子、原宿ファッション担当の木村優、ブランド制服担当の藤岡静香が任命され、世界各地で日本のポップカルチャーの普及活動が行われ始めました。
2010年代 ー 原宿Kawaiiの時代
このように2010年前後は「外国人がクールととらえる日本の魅力」を世界に発信しようとするクールジャパン戦略が国策として展開されるようになり、ファッションを含むポップカルチャーもその重要な要素になりました。
2013年に海外需要開拓支援機構(クールジャパン機構)が設立されると、さらにその勢いは加速していきます。
稲田朋美クールジャパン担当相が「ゴスロリ姿」と呼ばれるファッションで日本文化をアピールするという一幕もありましたが、それが「ゴシックロリータ」とは程遠いコスプレのようなものだったことが象徴的で、今まで複雑な細分化の歴史を辿ってきた日本のゴシック&ロリータや原宿ファッションが表層的・一面的にとらえられがちになってきた時代ともいえるでしょう。
また、2011年にデビューしたきゃりーぱみゅぱみゅが原宿ファッションを全面に打ち出したパフォーマンスとアートワークにより海外でも高い人気を得たことも、世界的な「原宿Kawaii文化」のイメージを形成する大きな要因になりました。
スウィートなロリータファッションや、カラフルでデコラティブな原宿ファッションが海外に進出し日本独自の「Kawaii」ものとして認知される一方で、ヨーロッパやアメリカをはじめ世界各地の退廃美の世界観を融合したゴシックファッションは、日本オリジナルのファッションとしてのインパクトが薄いのか、あまりフィーチャーされなかった印象があります。
また2010年代後半は、SNSが台頭する一方で雑誌文化の終焉の時代でもありました。
2017年には『KERA』と『ゴシック&ロリータ バイブル』が休刊。ヴィジュアル系の音楽雑誌『Neo genesis』『Zy.』が2011年に、『FOOL’S MATE』も、2012年に休刊・発行停止するなど、00年代に起こったネオ・ヴィジュアル系ブームも一度下火になったといわれています。
そして、<BLACK PEACE NOW>が2013年に全店舗を閉店したのち倒産、<h.NAOTO>が2016年に直営店全店舗を閉店(ブランド自体は存続)、30年以上もの間ゴシック&ロリータファッションを販売し続けてきた<ALGONQUINS>の経営会社が2019年に破産。多くのブランドも、表舞台から姿を消してしまったように思われました。
しかし、そのことはゴシックファッションの消滅を意味するわけでは決してありませんでした。
<BLACK PEACE NOW>のデザイナー今井里実が2013年<sheglit>を設立するなど、それまでのゴシック&ロリータファッションの魂を引き継ぐようなブランドも生まれます。
むしろこの時期の日本のゴシックファッションは、明るく大衆的な文化へのアンチテーゼという本来の世界観を取り戻し、静かに生き続けていたといえるのかもしれません。
2020年代 ー リバイバルされ続けるゴシック・ファッション
元号が令和に変わる頃、日本の10代を中心にひときわ目立つムーヴメントが起こりました。
それが、「地雷系」ファッションのブームです。
黒やピンクを基調とし、レース、フリル、リボンを多用する少女的なファッションはゴシックロリータとの共通点も多いように思われますが、ギャルや雑誌『小悪魔ageHa』の文脈にある地雷系は歌舞伎町をはじめとする夜の歓楽街の文化と密接に関わっていて、ロリータとは着用ブランドも受けてきた文化もまた異なります。
ただ、フェティッシュな要素を含むダークなファッションかつ、明らかに死や病への意識が色濃く出ている点、しかも「地雷」という蔑称だったはずの呼び名を自称しているスタンスをみても、日本の新たなゴシックファッションの一派と呼べる部分もあるかもしれません。
少なくとも、地雷系という社会現象の影響もあって、10代20代の間でもゴシック・ファッションにあらためて注目が集まったことは確かだと思います。
00年代にゴシック&ロリータファッションを享受した層が親世代となった今、Y2Kブームや海外からの日本文化の逆輸入の波もあって、ゴシック、ロリータ、パンクが絡み合い好きなファッションやカルチャーを主張していたあの時代への憧憬が、再び高まっているように感じられます。
ゴシック文学が中世懐古趣味から生まれ、そこから派生した断片から現代のゴシック・ロックやファッションが生まれたように、ゴシックはこれからも様々な誤解やアレンジを含みながらリバイバルやパロディを幾重にも重ねられ、新しい世代によってコラージュされていくことでしょう。
そしてこの動きそのものが、ゴシック・ファッションを定義づけているように思うのです。
コロナ禍という、常識が覆されるような混乱と制限の日々を経て、ニューノーマルな社会が訪れた2020年代。
コスパ・タイパが声高に叫ばれ、AIが発達する世界で、間違いも犯しながら生きて死ぬ人間とは何なのか。
常に監視され評価を下される社会で、善とは何なのか、私たちは常に「善い人」でいなくてはならないのだろうか。
そんな問いに向き合うことを余儀なくされる日々の中で、ゴシック・ファッションはきっと、私たちのひとときの隠れ家となってくれることでしょう。
愛 tokyo(https://www.instagram.com/ai_tokyo.jp/)
〈参考文献〉
・樋口ヒロユキ『死想の血統 ゴシック・ロリータの系譜学』(冬弓舎、2007年)
・ストリートモード研究会『ストリートモードブック』(グラフィック社、2007年)
・横浜美術館監修『GOTH ─ゴス─展』(三元社、2007年)
・『ゴシック&ロリータバイブル』vol.24(インデックス・コミュニケーションズ、2007年)他
・高原英理 編『リテラリー・ゴシック・イン・ジャパン 文学的ゴシック作品選』(ちくま文庫、2014年)
・嶽本野ばら『ロリータ・ファッション』(国書刊行会、2024年)
〈筆者関連記事〉
・ロリータファッションクロニクル
・ロリータパンク・ファッション史
大石蘭
ライター・イラストレーター
1990年 福岡県生まれ。
東京大学教養学部卒・東京大学大学院修士過程修了。
在学中より雑誌『Spoon.』やWebなどでエッセイ・コラムを書きはじめ注目を集める。
主にファッションやガーリーカルチャーをテーマにした執筆、イラストレーションの制作などを多くおこなう。
ライフワークとするロリータ文化研究者としても日々活動中。
著書『妄想娘、東大をめざす』(幻冬舎)
- Text : Ran Oishi
- Edit : Yukako Musha(QUI)