“静かに添える”ことで際立つ美のアプローチ、SHISEIDO HMA パリ・ファッションウィーク 2026 S/S のメイクアップ
本記事では、パリ・ファッションウィーク 2026 S/Sの期間中、SHISEIDO HMAがメイクアップを手がけた3つのブランドにフォーカス。それぞれのコレクションのテーマに“静かに添える”かたちで寄り添いながら、美を引き立てたメイクアップチーフたちのアプローチをひも解いていく。
NICCOLO PASQUALETTI ー 淡いグレーと白銀のきらめきで、静かな未来感を演出
2025年10月5日、<NICCOLO PASQUALETTI(ニコロ・パスカレッティ)>が、パレ・ド・トーキョーで2026年春夏コレクションを発表。彫刻的な有機フォルムやシルエットの強さを、洗練された語り口で静かに示している。
緻密な仕立てと柔らかさのあいだを往還するように、テーラリングの厳密さと身体のしなやかな動きが共存するルックが並んだ。白で幕を開け、黒で締めくくるショー構成の中に、マットとグロッシー、透けるオーガンザと重厚なレザーといった質感の対比が織り込まれ、衣服の表層と内側の緊張感が静かに浮かび上がる。
質感のコントラスト、造形的なライン、静寂に宿る存在感が見受けられる。例えば、淡めのグレーやニュートラル、メタリック白銀のアクセント、そして繊細なフリンジやレーザーカットによる花の装飾が今シーズンの世界観を形作っていた。肩や鎖骨を露出するドレスやトップスが、身体の動きに寄り添う曲線的なラインを描き出し、ブランドが得意とする“有機的なフォルム”を際立たせている。一方で、別のアイテムではアシンメトリーなカッティングや、スナップやジッパーによって形を変えるモジュラー構造が用いられ、可変的なデザインが服そのものの構造美を更新していた。
強靭さをセンセーショナルに語るのではなく、「静けさの中に確かにある強さ」を描き出すことを目指したようなコレクションに仕上がっていた。
メイクアップチーフ 中村 潤
「デザイナーのニコロ氏から『美しい肌に、ほんの少しフューチャリスティックな要素を加えたい』というリクエストがありました。とはいえ、“フューチャリスティック”というテーマはやり方によっては過剰な表現になりやすく、控えめで繊細な強さを大切にする彼の世界観とはかけ離れてしまいます。そこで、未来感をさりげなく香らせながらも、全体としてはピュアで柔らかい印象を保つバランスを意識しました。」
「ベースメイクは、素肌のような質感を生かすことを大前提に、ツヤ感のある下地で肌のうるおいを引き出しつつ、肌のムラは最小限に整えるだけ。カバーしすぎず、あくまで自然な美しさを引き立てています。
アイメイクは、淡いグレーを大胆に広げつつも、シャープになりすぎないように柔らかくぼかしています。目頭には白銀のメタリックアイライナーをさりげなく効かせ、そこに反射の強いラメを重ねることで、遠目にはチラチラと光が揺れるような印象に仕上げました。マスカラや濃いアイラインは使わず、あくまで“静かな未来感”を演出することにこだわっています。
全体として、服の持つ有機的で彫刻的なシルエットを引き立てながら、肌のナチュラルな美しさと繊細な輝きを合わせることで、
<NICCOLO PASQUALETTI>らしい、静かで芯のある佇まいをメイクでサポートしています。」
Runway Makeup Highlights
アイシャドウは眉尻を越えるほど大胆に広げているが、あえて淡いトーンを使い、輪郭をほんのりぼかすことで、柔らかくナチュラルな印象に仕上げている。
目頭に入れた白銀の上から、強く反射するラメを重ねることで、動くたびにさりげなく白い光がきらめくような仕上がりにしている。
Christian Wijnants ー 骨格をなぞる陰影と素肌感で、ストイックな美しさを表現
2025年10月2日、<Christian Wijnants(クリスチャン・ワイナンツ)>が、パリ18区にあるフォンダツィオーネ・ソッツァーニで2026年春夏コレクションを発表。
今シーズンのコレクションは、マリ出身の写真家セユ・ケイタによる肖像写真集『The Gentlemen of Bamako』に着想を得て制作された。ケイタの写真が捉える静かな誇りや装いの美しさを、ワイナンツは手仕事とテキスタイルの感性を通して現代的に映し出している。
クラシックなチュニックや精緻な仕立てのジャケットなど、端正なアイテムの中に、ゆったりとしたシルエットや空気をはらんだ素材が加わり、全体には穏やかな解放感が漂う。サンドベージュやモカ、アイスブルーといったアーストーンの上に、メタリックの淡い光を重ねることで、日差しのような柔らかい輝きを感じさせるパレットとなっている。
オーガンザやコットンボイルの透け感、手編みのタッセルや繊細な刺繍など、クラフト的な要素が軽やかに差し込まれ、服に人の気配を宿す。テーラリングの端正さと日常的な動きやすさ、その両面を行き来するように、服は着る人の動きとともに表情を変えていく。
「節度」と「自由」、そして「伝統」と「今」を調和させることで、内面の静かな意志を映し出すようなコレクションに仕上がっていた。
メイクアップチーフ 中川 まどか
「今シーズンのコレクションには、“格式とリラックス”という二面性がありました。そのムードをヘアメイクでも表現するために、ボーイッシュな要素にほんの少しフェミニンな柔らかさを重ねています。」

「メイクではまず、血色やツヤを抑え、骨格を際立たせる陰影づくりをベースに。そうすることで理知的でストイックな印象を引き出しながらも、リップにわずかに温かみを残すことで、冷たくなりすぎない柔らかさを添えました。
肌はあくまで軽やかに。素肌の透明感を生かしながら、スキントーンに近いベージュやブラウンで陰影を加えることで、構築的でありながらも軽さのある立体感を表現しています。アイラインやマスカラは使わず、視線が自然に骨格へ導かれるような仕上がりにしています。
眉はややエッジをきかせ、ボーイッシュな印象を意識しました。眉頭にだけ濃さを出し、毛並みをスクリューブラシで整えて自然な立体感を出しています。リップは明るめのコーラルを選び、輪郭をふんわりぼかして塗ることで、ストイックな中にも温度を感じる表情を作りました。
全体として、“静かな強さ”を宿すメイクに仕上げています。強調しすぎず、削ぎ落としながらも、服が持つ端正な美しさと、そこに流れる穏やかな空気を支えるようなメイクを意識しました。」
Runway Makeup Highlights
眉頭には自然な濃さを持たせつつ、スクリューブラシで毛流れを整え、やりすぎないバランスで仕上げた。
JennyFax ー 肌になじむパステルカラーで、曖昧な可愛さに個の輝きをプラス
2025年10月3日、<JennyFax(ジェニーファックス)>が、2026年春夏コレクションを発表。
モデルたちはパイプ椅子に座り、PCに向かったり、空想にふけったりといった“日常の一瞬”を切り取るような演出のなかで、現実と空想、規律と自由が交差する空気を描き出した。デザイナーのシュエ・ジェンファンが見つめたのは、繰り返される日々の中にふと訪れる逃避の瞬間。その曖昧な感覚を、ファブリックとシルエットのずれを通して可視化している。
ジャケットやシャツなど、日常を象徴するベーシックなアイテムをベースにしながら、形の歪みや素材の組み合わせで意図的に秩序を崩す。整っているようでどこか不安定なラインが、平凡な日常に潜む不確かさやユーモアを静かに映し出す。淡いパステルと濃色のコントラスト、軽やかな透け感が交錯し、空気のような軽さと現実の重みが同居するような質感を生み出していた。
また、<D’heygere(ディヘラ)>とのコラボレーションによるヘアピンやコーム、アクセサリーがルック全体に散りばめられ、日常の延長線上にある“装う楽しさ”を軽やかに表現。完璧さよりも揺らぎを肯定するブランドの世界観が、今シーズンはより静かなトーンの中で鮮やかに浮かび上がった。曖昧さの中に宿る自由と可笑しみのバランスが、コレクション全体をやわらかく包み込んでいた。
メイクアップチーフ 贄田 愛
「<JennyFax>のコレクションは毎シーズン、どこか奇妙でユーモラスで、でも芯にあるのは“少女”や“日常”といったとても人間らしい感情だと感じています。今シーズンは、“普通”と“ファンタジー”が交差するような世界観が印象的でした。メイクアップでは、一人ひとりの個性が浮かび上がるよう意識しています。」
「メイクでは共通のルールを設けつつも、あえて全員に異なる色を使い分けています。アイシャドウとリップにはパステルトーンを選びながらも、ピンク、ピーチ、サーモン、オレンジ、ライラックなど、その人の肌や髪、服とのバランスを見ながら丁寧に色を決めていきました。肌から浮きすぎず、でも顔色がふわっと明るくなるような色を目指して、実際に肌にのせながら調整しています。
ベースメイクは素肌感を生かすことを重視し、赤みやクマは軽くカバーしつつ、ツヤを抑えた下地とルースパウダーでマットに仕上げています。どこか60年代を思わせるような、ノスタルジックな質感をイメージしました。
眉は描き足さず、毛流れをそのまま生かすことで、完璧すぎない自然な雰囲気に。少しだけ抜けたような、アンニュイな空気感を大切にしています。
可愛らしさやポップさの中に、どこか切なさや曖昧さが漂う<JennyFax>らしい世界観。その中で、異なる色のメイクを一人ひとりにあてることで、モデルたちそれぞれの“自分らしさ”をにじませながら、どこか夢の中のような幻想的な物語が浮かび上がるような、そんなメイクを目指しました。」
Runway Makeup Highlights
モデル一人ひとりの肌の色に合わせて、パステルトーンのアイシャドウとリップをすべて異なる色で仕上げた。
Editor's Note
今シーズンSHISEIDO HMAが手がけた3つのコレクション。それは“語る”メイクではなく、“添える”ことで世界観に静かに寄り添うようなアプローチだった。
どのメイクも共通していたのは、「強く見せる」でも「飾り立てる」でもなく、装いの持つ力に対して敬意を払い、静かに引き立てるという姿勢。
その柔らかな手つきがあったからこそ、服が語る物語やモデルたちの佇まいは、より鮮やかに浮かび上がっていた。
目立たせるのではなく、そっと引き立てる。
その静かな手つきが、これからの美しさをかたちづくっていくのかもしれない。
SHISEIDO HAIR&MAKEUP ARTIST
https://www.instagram.com/shiseido_hma/
メイクアップアーティスト 中村 潤
https://www.instagram.com/jun.nakamura24/
メイクアップアーティスト 中川 まどか
https://www.instagram.com/madoka_nakagawa/
メイクアップアーティスト 贄田 愛
https://www.instagram.com/ai_n_____/
- Photography(behind the stage) : Yas
- Edit : Yukako Musha(QUI)















