KIKO KOSTADINOV 2026年春夏コレクション、架空の島に流れる時間の移ろい
「月のない夏の夜。星もなく、漆黒の闇。小さな町が静かに呼吸しているのが聞こえる。
耳を澄ますと、夜明けが近いことがわかる。」
今回のコレクションでは、朝の目覚めから仕事をし、帰宅してから夜に繰り出す、そうした架空の島での日常が描かれている。会場演出も「時間の流れ」を体現し、時系列で進んでいく。移ろう時間に寄り添うように、照明は一瞬をやわらかく包み込み、次の景色へと静かに橋をかける。その流れは、コレクションノートに描かれたプロットによって、物語として輪郭を持ちはじめる。
ファーストルックは、ブルガリア軍のパジャマから着想を得たリラックス感あるパンツに、荒々しい潮の流れにたゆたいながらも、しなやかに躍動する海藻のような有機的な動き、あるいは、異国の部族に伝わる神秘的なリズムを感じさせる抽象化されたペイズリーツイルが、私たちを現実世界から遠ざける。


続くルックでは、労働に根ざした服の原型を起点に実用的な佇まいを再解釈、制電性や撥水性などの機能性を持ち合わせたテクニカルストレッチツイルのパンツやショーツ、ジャケットが登場。また、ストーンウォッシュ加工が施された日本製のデニムセットアップ、読谷焼の釉薬からインスパイアされたオーバーダイ加工のジャージー、防染加工されたニットなど長く着込まれたかのような風合い、日常使いによる自然な生地の経年変化が表現された特別なアイテムは、情熱的なロマンを内包する。
闇夜に繰り出す時の高揚感をクラシカルに表現したのは、空想の物語だからだろうか。すっきりとしたシルエットを実現するのは、ギャザー入りクロップドブレザーや深いプリーツのトラウザー、Kダーツ構造のロングコート。厳格なエレガンスに合わせるソックス×ビーチサンダルの足元は、ブランドのスタイルを標榜する。今季も継続する<ASICS(アシックス)>とのコラボレーションによるタビランナーにも目が離せない。ブランド初の試みである新開発された日本製のスーツ生地や新開発のスチールビーズを使用したウェア、アクセサリー、シューズ、ジュエリーは混淆と、現実と空想の境界を揺らすように緊張と弛緩を繰り返す。こうした素材へのアプローチは、他のアイテムでも散見される。ルーズウィーブのストライプコットン、モザイク柄やグリッドパターンのウール、軽やかで起毛感のあるフランネル、フリンジ付きジャカード、シアサッカー風の波打つウール。これらの多くは、イタリア・プラートの老舗高級生地メーカー「ラニフィーチョ・ルイジ・リッチェーリ(Lanificio Luigi Ricceri)」との特別開発によるものであり、一流の質感と多面的な表情を追求している。
風になびく草原のように、しなやかに生き生きとした生命力を宿した今季のコレクション。現実から目を逸らして空想の町に思いを馳せる行為は、まるで逃避行。自然に身を委ね、静かに感覚を研ぎ澄ませる。そのプロセスは、私たちに装いがもたらす刺激とエネルギーがどれほどのものかを教えてくれる。
- Edit : Miwa Sato(QUI)


















