「現代におけるファッションの意義とは何か?」ユーモアな演出から垣間見る実直な答え | mister it 2025年春夏コレクション
そんな中、<mister it(ミスターイット)>の2025年春夏コレクションにおけるプレゼンテーション発表や展示会には心動かされた。砂川氏のクリエィションは、「何のために」「誰のために」というファッションの存在意義におけるひとつの答えを提示しているのではないだろうか。
あえてプレゼンテーション形式の発表を選んだ2025年春夏コレクション
<mister it(ミスターイット)>は、前回の2024年秋冬コレクションではブランド初となるショー形式で発表を行ったが、今回の2025年春夏コレクションの発表はあえてプレゼンテーション形式で行った。
ショーをブランドのイメージを伝えるものと捉えるなら、前回のショーは“表”(=外面)であり、今回の2025年春夏コレクションのプレゼンテーションでの発表は“裏”(=内面)ともいえる。
会場にはバイヤー、エディター、お客様と限られた人数のみが招待された。
ファッションウィークとは違い、来場者にはスケジュールに追われる殺伐とした空気はなく、ゆったりとした時間が流れていた。受付を済ますと、デザイナーが書いたであろう私の名前が記された冊子が手渡される。そこにはまるでコース料理のメニューのように、アイテム1つずつにデザイナー砂川氏の想いがルックに添えて書かれている。
また冊子にはハートマークを添えた付箋が貼られており、招待された人ぞれぞれで違っている。“あなたはこのアイテムが似合いそう?”と語られているような気がして、砂川氏の粋な計らいに心を掴まれる。
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実際に今回のプレゼンテーションの前、砂川氏は
「日本でブランドをやる前に、パリでお世話になった身近な10人に向けた服を作り、プレゼンテーションを行いました。これからも特定の人を想像し制作する気持ちを持ちながらブランドを継続していくつもりです。」
と観客の前で語った。
<mister it>らしいシュールとユーモアが同居する世界
2025年春夏コレクションのテーマ“open fitting”の名の通り、ランウェイにモデルを送り出す前に最終チェックをする工程を見せる演出や、自身の名前が書かれたプラカードを持って闊歩するモデルの姿は“可笑しさ”を含んでいるが、クリエイションの根源である“誰のために”が明確であるが故の実直な姿勢の表れだと感じた。
途中モデルの流れを止め、ドレスの靡きを手直ししたり、ハンガーバックにかかったジャケットを次のモデルに着せるなど、ショー前のリハーサルのようで、未完成であるが故のシュールな空気感は、本来隠すべき所作を真剣に行うことがユーモアな演出であると脳内で変換され、“<mister it>らしい”シュールとユーモアが同居する世界へ我々を導いていく。
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時にプロのコメディアンが認める面白い人とは「誰よりも真面目な人である」という法則を耳にするが、砂川氏の服への向き合い方や表現はこの法則に類似しており、シュールの奥にあるユーモアとして受け手に届くのであろう。
ブランドの顔といえるスカーフと、プレゼンテーションの後カットされたTシャツドレス
2025年春夏コレクションで特に私が関心を持ったのは、スカーフへのこだわりである。曾祖父の代からスカーフを作り続けてきた家系で育った砂川氏は、幼少期からスカーフに触れていた。
そして、何シーズンも継続している泥染めは、祖父の実家である奄美大島の伝統職人を紹介されたところから始まっている。
繊細なシルクスカーフに泥染めすると艶やかな柄が失われるが、「派手な柄に抵抗を感じる人でも着やすい」ようにと、人と服の距離感を図っている。泥染め後もうっすらと柄の面影が残り、愛着し続けるとデニムのようにあたりや変色が起こり経年劣化を楽しむこともできる。
そして、もう一つ私が心奪われたのはTシャツドレス。ウェディングドレスのように長く引きずる裾はカットソー生地なので、歩くと軽やかになびき、優美な空気感をまとう。私たちの身近な素材でありながら、ドレスアップさせ“モダン”に仕上げる技量はデザイナーの資質といえるだろう。
ショーやプレゼンテーション形式でコレクションを発表する際、多くのブランドはシーズンのコンセプトやテーマを伝えるための「ショーピース」と呼ばれる逸品を発表する。実際には販売しない場合が多いが、お客様に見せるため展示会、また販売店に作品が並ぶ場合もある。
Tシャツドレスは今シーズンの中で「ショーピース」的位置付けの作品であったが、長い裾を普段着でも支障が出ない丈間まで大幅にカットした形で展示会に並んでいた。砂川氏によるとそもそもプレゼンテーションが終わったら切ることを決めていたそう。
たとえ心を奪われるほど優美に仕上がったとしても、作り手の美意識に固着せず、現代人が日常で着れるものであることに価値を見出し潔く変更する、ブランドの哲学が反映しているエピソードだと感じた。
「モダンな美しさ」が漂う<mister it>
<mister it>のコレクションはパリメゾンで培った西洋的な仕立てがブランドの根幹となっているが、奄美大島の伝統技法をはじめ、日本の身近な職人技術を採用していたり、曽祖父から伝わるスカーフにこだわりを持っていたりと、日本のルーツにも重きを置いていることがわかる。
プレゼンテーションの場でしか見れないTシャツドレスは、四季折々の刹那的な情景、咲いては散る儚い美徳と重なる。また、繊細なシルクのヴィンテージスカーフを泥染めする加工には、移りゆく時の流れを愛おしく想う日本人の「侘び寂び」精神がもの作りに宿っているように感じた。
同質のものを大量生産することが良しとされる現代のファッション構造とは距離を置いているアプローチであるが、そこには、作り手や職人へのリスペクトや、ブランドを愛する人へメッセージが良いバランス感でアイテムに落とし込まれている。
クチュールの歴史を重んじながらも、現代人にとっての心地よさと服との呼応を大切にしているからこそ生まれる「モダンな美しさ」が<mister it>には漂う。
後日、展示会場に向かうと一人の若者が私に声をかけてくれた。ブランドのアシスタントである彼は身体的マイノリティな弟を溺愛しており「弟が輝ける服を作りたくて上京しました」と語ってくれた。<mister it>には「誰のために」というファッションの本質が明確な人が集まっている。
-mister it.
デザイナー:砂川卓也
大阪府出身。Ecole International de Mode ESMOD Parisを首席で卒業。
2012年から、Maison Martin Margielaでメインコレクションとオートクチュールライン「Artisanal」のデザイナーチームの一員となる。パリにて「Collection Zero」を発表。その後、帰国し、2018年に<mister it.>を立ち上げる。
公式サイト:https://misterit.jp/
Instagram:@misterit75003
- Text : Keita Tokunaga
- Edit : Yusuke Soejma