身体の“イメージ”は、時代を越えて読み替えられる — シャネル・ネクサス・ホール「LINDER: GODDESS OF THE MIND」展レポート
1970年代後半の英国パンクシーンから登場したリンダーは、雑誌や広告、ポルノグラフィに掲載された写真を用いたフォトモンタージュを通して、女性の身体、欲望、メディアに流通する“イメージ”のあり方を問い直してきたアーティストだ。
本展では、1976年の初期作品から、東京展のために制作された2026年の新作まで、約半世紀にわたる作品を紹介する。開幕に先がけて行われた内覧会で印象的だったのは、彼女が、自身の作品に対する鑑賞者の反応を楽しみにしていると語っていたことだ。
作品は、制作された時代や作家の意図を抱えながら、見る人の時代や背景によって受け取られ方を変えていく。彼女の言葉からは、約半世紀にわたる作品を振り返りながらも、それらがこれからどう見られていくのかに関心を向ける姿勢が伝わってきた。(PHOTO:©CHANEL)
メディアに流通する身体を切り貼りする
リンダーが扱う“イメージ”には、雑誌や広告、ポルノグラフィ、医学資料などに掲載され、社会の中で流通してきた身体の表象が含まれている。

©CHANEL

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会場冒頭の初期作品について、彼女は、そこに写る女性の身体が、今見ても現代的に映ると話していた。雑誌やメディアの中で、女性の身体はなめらかで、完璧に整えられ、消費されるためのイメージとして繰り返し表象されてきた。オイルで光沢を与えられた肌、柔らかな曲線、整えられた身体。それらは、時代ごとの理想や欲望を映し出すものでもあった。
彼女は、そうしたイメージを切り抜き、貼り合わせ、別の文脈へと移し替えていく。誰が身体を見ているのか。何のために、その身体は整えられているのか。雑誌のページから取り出されたイメージは、彼女の手によって、見る側の視線そのものを問い直すものになる。
過去のメディアに流通していた身体の“イメージ”は、当時の社会だけでなく、いまの私たちの視線も映し出す。
自分自身の身体と声へ向かう「She/She」
1981年の「She/She」では、その視線はリンダー自身の身体にも向けられる。

リンダー自身を被写体に制作されたシリーズ「She/She」(1981年)© CHANEL
1976年からフォトモンタージュの制作を始めた彼女は、雑誌に掲載された女性の身体を切り抜く作業を続けるなかで、自分自身もカメラの前に立つべきではないかと感じたという。
撮影前夜、彼女は実家のキッチンからアルミホイルやラップ、バンドエイドを持ち出し、母親のジュエリーも使って撮影に臨んだ。彼女が友人の写真家に求めたのは、ポートレートではなく、物撮りのように自分の身体を扱って撮影することだった。当時はフィルム撮影のため、その場で写真を確認することはできなかった。どのようにカメラの前に立てばいいのかもわからないまま、彼女は勘を頼りにカメラの前に立った。
ラップで口元や顔を覆う姿には、声をあげることの難しさや、当時の女性たちが抱えていた息苦しさが重なって見える。同時期にはマイクを手に取り、声を使った表現も始めていた。カメラの前に立つことと、自分の声を増幅させること。そこには、見られる存在であるだけでなく、自ら声を持つ存在へと踏み出していく動きがある。
「Pretty Girls」、かつての息苦しさが新たな力に変わる
本展の中でもとりわけ印象的なのが、「Pretty Girls」をめぐるリンダーの言葉だった。

成人向けグラビア誌の写真に、家事を象徴する電化製品を重ね合わせ「Pretty Girls」シリーズ(1977-2007年)Courtesy Tamares Real Estate Holdings Inc. in collaboration with Zabludowicz Collection © CHANEL
「Pretty Girls」は、1970年代の成人向け雑誌を素材に制作されたシリーズ。元になった雑誌では、女性たちは家庭の中で撮影されている。家事を担う存在としての女性と、性的なイメージとして消費される女性。リンダーは、その二つの役割が重なるイメージにフォトモンタージュを施していった。
制作当時、彼女が見つめていたのは、女性が家庭や社会の中で背負わされていた役割や息苦しさだった。家電や家具、家庭的な空間は、女性を家の中に留め置くものとしても読める。けれど、近年ロンドンでこの作品を見た10代の鑑賞者たちは、そこにまったく別のイメージを見出したという。
彼女たちは、「Pretty Girls」に登場する女性たちを、家電を身につけたサイボーグのように受け取った。家庭に結びつけられてきた道具が、彼女たちの目には、外へ出ていくための装備のように見えていた。
かつて女性を家庭に縛っていたものが、50年後の若い鑑賞者には、外へ向かうための力として映っていた。彼女の作品には、1970年代の女性たちが感じていた息苦しさが刻まれている。けれど後の世代は、そこに抑圧だけでなく、別の力を読み取っていく。
彼女は、その反応を驚きと喜びを交えて語っていた。自分が制作した時の感覚と、50年後の若い世代の受け取り方は同じではない。けれど彼女は、その違いを誤読として退けるのではなく、作品が別の時代の視線に触れた結果として受け止めていた。
変わったのは作品の意味そのものというより、作品を見つめる時代の視線なのかもしれない。
東京展の新作に見る、身体というテーマの現在地
東京展のために制作された新作にも、身体がどのように見られ、扱われるのかというリンダーの関心が表れている。

本展のために制作された6 点の新作「は、ベルエポック期の演劇文化を伝えるフランスの雑誌『Le Théâtre』と、1903年に初版が刊行された医学資料集『Portfolio of Dermochromes』を素材としている。© CHANEL
彼女は今回、ココ・シャネルが「ココ・シャネル」になる以前、歌手として活動し、自分の役割や生き方を模索していた時代に関心を寄せたという。その視点は、本展のために制作された6点の新作にも反映されている。作品には、ベルエポック期の演劇文化を伝えるフランスの雑誌『Le Théâtre』と、1903年に初版が刊行された医学資料集『Portfolio of Dermochromes』が素材として用いられた。
“theatre”は劇場を意味する一方、英語では「operating theatre」が手術室を指す言葉でもある。リンダーはその二重性に注目し、舞台で人前に立つ身体と、医療の場で記録される身体を重ね合わせている。華やかな演劇文化のイメージと、皮膚疾患の症例を記録した医学資料。異なる文脈に置かれた身体のイメージを組み合わせることで、彼女は、見る/見られる関係そのものを問い直している。
ここには、彼女が長く向き合ってきたテーマが続いている。雑誌や広告、ポルノグラフィの中で消費される女性像から、自らの身体、家庭に置かれた存在、そして舞台や医療の場で見られる対象へ。素材や文脈を変えながら、リンダーの作品は、身体が社会の中でどのように見られ、意味づけられてきたのかを映し出している。
見えない「のり」がつなぐもの
フォトモンタージュという手法そのものにも、リンダーの考え方が表れている。

Oedipus, 2021 Photomontage Courtesy of the artist and Modern Art © Linder
彼女の作品は一見するとプリントのようにも見えるが、実際には紙を切り抜き、貼り合わせたものだ。近づいて見ることで、精密なカットや貼り合わせの痕跡が見えてくる。イメージの強さだけでなく、手仕事としての質感も本展の見どころだ。
最後に彼女が語ったのは、「のり」の存在だった。のりは、完成した作品の表面には見えない。それでも、紙と紙をつなぎ、作品を成立させている。彼女はその見えない存在を、自分自身を保つもの、人と人をつなぐものの比喩として語っていた。
その言葉は、本展全体にも重なって聞こえた。雑誌や資料から切り取られた身体の“イメージ”は、時代をまたいで会場に並ぶ。そこにいまを生きる鑑賞者の視線が重なることで、作品は制作当時とは違う受け取られ方をしていく。作家が作品に込めた当時の感覚と、別の時代を生きる鑑賞者の受け取り方。そのあいだにも、見えない「のり」のようなものがあるのかもしれない。
リンダーの作品は、過去のメディアに流通した身体の“イメージ”を扱いながら、いまの私たちの視線にも触れてくる。かつての息苦しさが、別の世代の目には力として映る。身体の“イメージ”を見つめることは、いまの私たちが何をどう見ているのかを確かめることでもある。
PHOTO:Courtesy of the artist and Modern Art © Linder
プロフィール

Photo by GabbyLaurent
リンダー スターリング(Linder Sterling)
1954年リバプール生まれ。現在はロンドンを拠点に活動している。2025年2月にはロンドンのヘイワード ギャラリーで大規模回顧展「Linder: Danger Came Smiling」を開催。その後、インヴァリース ハウス、グリン ヴィヴィアン アート ギャラリーを巡回し、2026年7月から10月までグランディ アート ギャラリーで展示予定。2020年にはケトルズ ヤードで展覧会「Linderism」が開催され、ハットン ギャラリーへ巡回した。2013年にはパリ市立近代美術館で個展「Linder: Femme/Objet」が開催され、その後ケストナー ゲゼルシャフトへ巡回した。作品は、パリ市立近代美術館、ヴィクトリア&アルバート博物館、アーツ カウンシル コレクション、DESTE現代美術財団、アイルランド現代美術館、MoMA、テート モダンなどに収蔵されている。
Instagram:@lindersterling
開催情報
LINDER: GODDESS OF THE MIND
会期:2026年6月25日(木)〜8月16日(日)
会場:シャネル・ネクサス・ホール
住所:東京都中央区銀座3-5-3 シャネル銀座ビルディング 4F
開館時間:11:00〜19:00(最終入場18:30)
入場料:無料
ウェブサイト:https://nexushall.chanel.com/program/2026/linder/
- Text&Edit : Y.O(QUI)