私たちは何を見ているのか、「第三の眼」で問いかける – 現代美術家・ダニエル・ビュレン
本展では《Prismes et mirroirs : Haut-relief(プリズムと鏡 :高浮き彫り)》シリーズの新作6点が発表される。展覧会の様子をレポートするとともに、ダニエル・ビュレンへのインタビューを通して、その思考に触れてみたい。
角度や時間、空間によって姿を変える作品
SCAI THE BATHHOUSEの展示空間に足を踏み入れると、白い壁面に沿って巨大な円形の作品が6点並ぶ。それぞれのベースは鏡面となっており、その上に鮮やかな色彩とビュレンの代名詞ともいえるストライプで構成された三角柱が取り付けられている。
ダニエル・ビュレンは、1938年フランス生まれのアーティスト。1960年代より一貫して、美術制度や作品のあり方に対して批評的な実践を続けてきた。幅8.7センチメートルのストライプを用い、場所ごとに異なる関係性を生み出す「サイト・スペシフィック」な作品で知られるほか、日本でも豊田市美術館の常設作品や、大手町やお台場などにある多くのパブリックアートを手がけている。
今回、SCAI THE BATHHOUSEでは初となるダニエル・ビュレンの個展で展開されるのは、彼が10年ほど前から手がけている《Prismes et mirroirs : Haut-relief(プリズムと鏡 :高浮き彫り)》シリーズの最新作だ。ギャラリーの図面や写真をもとに、本展のために制作されたという。
正面から見ると作品は平面のようにも見える。だが少し横に移動すると、壁からせり出した三角柱のレリーフであることがはっきりと分かる。さらにその形は鏡に反射することでキューブのように見え、空中に浮かんでいるかのような錯覚さえ生む。
見る位置によって色の重なりや光の入り方も大きく変化する。日中、窓から差し込む自然光のもとで見る作品。夕方の照明の下で見る作品。夜、ギャラリーの窓に本作が反射するように見える状態など、環境とともに絶えず姿を変えていく。
さらに、この展示で強く意識させられるのが「映り込み」だ。鏡には作品内のパーツだけでなく、他の作品やSCAI THE BATHHOUSEの独特な展示空間、さらには鑑賞者の姿までもが映し出される。作品を見ているはずなのに、自分自身も作品の中に取り込まれていくのだ。
こうした作品を通じて、ダニエル・ビュレンは鑑賞者に何を問いかけているのだろうか。本展について話をうかがった。
鏡が生む「第三の眼」と空間の拡張
QUI編集部(以下、QUI):今回の展覧会で展開されている《Prismes et mirroirs : Haut-relief(プリズムと鏡 :高浮き彫り)》シリーズのコンセプトについて教えていただけますか。
ダニエル・ビュレン(以下、ビュレン):この作品では、鑑賞者の前にいくつかの要素が一体となって現れます。まず一つ目は「三次元」の要素です。壁面には、プリズム状の高浮き彫り(レリーフ)が設置されています。二つ目は、作品ごとに用いられている複数の「色彩」。そして三つ目が、作品全体を支える、全面が反射するアルミニウムの表面です。
この鏡面は、先ほど挙げたすべての要素を映し込むだけではありません。とりわけ重要なのは、鑑賞者の立つ位置によって、作品が置かれている建築空間の一部、あるいはその全体までもが映し出される点です。さらに、作品の前に立つ人の身体や、鑑賞者の背後にあるものまで映り込みます。つまり鑑賞者は、この作品を見るとき、「第三の眼」を得ることになるのです。
この作品は、十分な大きさの壁さえあればさまざまな場所で展示することができます。しかし置かれる環境によって、その見え方は大きく変化します。環境そのものが作品の一部となるからです。どこにでも展示できる作品でありながらも、ある意味「in situ(その場所で成立する)」な作品なのです。
QUI:今回、特に鏡面の「反射」が重要な要素になっているのですね。こうした反射の要素に注目するようになったきっかけや背景はあるのでしょうか。
ビュレン:私の作品に鏡を素材として取り入れること自体は、実は新しいことではありません。1960年代後半にはすでに、そうした要素を作品に取り入れてきました。
その後、1975年頃から、私は鏡をより大きな役割を担う要素として取り入れるようになり、時には大量の鏡を用いることもありました。たとえばフランス・ボルドーのCAPCでの作品や、過去に水戸芸術館の展覧会で発表した屋外作品、豊田市美術館の屋外に常設展示されている《色の浮遊│3つの破裂した小屋》などがその例です。
鏡面の素材は、アルミニウム、ステンレス、磨かれた大理石、水、ガラスなどさまざまです。その反射面は、空間を拡張して見せるために用いることもあれば、鏡がなければまったく気づかれることのない、その空間の特性を見せるために用いることもあります。
QUI:そうした鏡の役割について、最初の質問の中では「Third Eye (第三の眼 )」という比喩を用いられていましたが、それはまさに今回の個展のタイトルにも取り入れられている言葉ですね。
ビュレン:この作品では、作品の配置によっては鑑賞者はほぼ360度にわたって自分の周囲の環境を一度に見ることが可能になります。鏡は車のバックミラーのように「第三の眼」の役割を果たすのです。
私が常に強く意識しているのは、展示された場所そのものが、視覚的に作品の一部として取り込まれていくことです。いま目の前にあるものは、それ自体の視覚情報だけで成立しているわけではありません。周囲の環境からも多くの視覚的情報を受け取っている――そのことに鑑賞者が気づくための、最も直接的な方法だと考えています。
私の作品は、決して作品だけで独立して存在することはありません。常にもっと大きな世界の一部であり、決してそれ自体が「世界そのもの」へと還元されることはありません。もしかすると、作品は世界を見る手助けをすることができるかもしれません。しかしそれ自体が世界そのものになることは決してないのです。

「視覚の道具」としてのストライプ、「思考の方法」としてのアート
QUI:作品を象徴する「ストライプ」は、日常的な布地(ベッドカバーの柄)から見出されたものだそうですね。こうした表現手法は、どのような考えがあるのでしょうか。
ビュレン:私にとってストライプは、まさに「視覚の道具」です。たとえば今回の個展で展示されている作品には、その役割がとてもはっきりと表れています。
これらの作品は一見、平面の絵画のようにも見えますが、実際には立体作品です。真正面から見ると、ストライプが施された三角形のレリーフの側面はほとんど見えず、立体性はほとんど知覚されません。しかし少し横へ移動すると、その形ははじめて本来の立体として現れます。ストライプは作品の垂直方向を強調しながら、この立体構造を示しています。
さらに、この三角柱状のプリズムは鏡に反射することで、まるで四角い底面を持つ立体のように見え、空中に浮かぶ菱形のような像として現れます。
QUI:あなたにとってアートとは「表現」なのでしょうか、それとも「思考の手段」に近いものなのでしょうか?
私にとってアートが「表現」か「思考の手段」かと聞かれたら、もちろん「思考の方法」です。間違いなく、少なくとも私はそうであることを願っています!
QUI:展覧会の序文には「私たちは何を見ているのか」という問いが掲げられています。作品と「見る」という行為の関係をどのように考えていますか。
ビュレン:まず私は、視覚芸術とは何よりもまず、何かを見るという事実から始まるものだと考えています。つまり、脳で理解する前に、私たちはまず視覚を通して何かを発見するのです。あなたが最後に使った言葉を借りるなら、私の作品は常に「私たちは何を見ているのか」という問いを投げかけているのだと思います。
そしてその問いは、何かを見せるという目的と切り離すことはできません。その見せる対象は、ごくわずかなものにまで縮減することもできます。たとえば、私の仕事のごく初期にさかのぼれば、「ストライプはストライプであり、それはただストライプである――」というように。
こうした試みは、最終的には「見るという行為そのもの」の究極的な側面へと私たちを導くのです。

ダニエル・ビュレン「Third Eye, situated works - 知覚の拡張—そこにある眼差し」展示風景、SCAI THE BATHHOUSE、東京、2026 写真:表恒匡 協力:SCAI THE BATHHOUSE
ダニエル・ビュレン
1938年フランス、ブローニュ=ビランクール生まれ(同地在住)。1960年代初頭より活動を開始し、「ゼロ度の絵画」と呼ばれるコンセプチュアルな実践を展開。1960年代半ば以降、幅8.7cmのストライプを一貫して用い、作品と場所の関係性を問い続けてきた。1986年にはヴェネチア・ビエンナーレのフランス館代表作家として金獅子賞を受賞。2007年には高松宮殿下記念世界文化賞(絵画部門)を受賞するなど、国際的に高い評価を受ける。グッゲンハイム美術館(ニューヨーク)、センター・ポンピドゥー(パリ)ほか、世界各地で個展を開催 。
開催情報
Third Eye, situated works 知覚の拡張ーそこにある眼差し
会期:2026年3月17日(火)– 5月16日(土)
開館時間:12:00 – 18:00
休廊日:日曜・月曜・祝日
会場: SCAI THE BATHHOUSE
住所:〒110-0001 東京都台東区谷中6-1-23
TEL:03-3821-1144
公式サイト
Instagram:@scaithebathhouse
今後の開催情報
Situated Works 1966-2013
会期:2026年5月14 (木) - 9月19日(土)
開館時間:12:00 – 18:00
休廊日:日・月・・火・水・祝日休廊
会場: SCAI PIRAMIDE
住所:〒106-0032 東京都港区六本木6-6-9ピラミデビル3F
TEL:03-6447-4817
- Text / Photograph : ぷらいまり。
- Edit : Seiko Inomata(QUI)





