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“平成初期”の息吹を映す、日本発アートのリアリティ – 国立新美術館「時代のプリズム:日本で生まれた美術表現 1989-2010」レポート

Sep 26, 2025
1989年から2010年にかけて、日本で生まれた美術表現は、社会の変化を鮮やかに映し出してきた。
国立新美術館で開催中の「時代のプリズム:日本で生まれた美術表現 1989-2010」では、平成初期の空気を、50組以上のアーティストの作品を通してたどり、今を生きる私たちに新たな問いを投げかける。

“平成初期”の息吹を映す、日本発アートのリアリティ – 国立新美術館「時代のプリズム:日本で生まれた美術表現 1989-2010」レポート

Sep 26, 2025 - ART/DESIGN
1989年から2010年にかけて、日本で生まれた美術表現は、社会の変化を鮮やかに映し出してきた。
国立新美術館で開催中の「時代のプリズム:日本で生まれた美術表現 1989-2010」では、平成初期の空気を、50組以上のアーティストの作品を通してたどり、今を生きる私たちに新たな問いを投げかける。

なぜ今、1989–2010を振り返るのか?

本展は、時代が昭和から平成へと移行した1989年から、東日本大震災直前の2010年までの約20年間に、「日本という場で生まれた表現」にフォーカスした展覧会である。香港の現代美術館M+との協働キュレーションにより、国境を越えた視点も加えられている。

国内ではバブル崩壊によって経済が停滞する一方、サブカルチャーをはじめとする文化の多様化が進み、国際的には冷戦の終結を背景に、グローバル化と情報化が一気に加速した時代でもあった。この時期、日本には多くの海外アーティストが訪れ、日本発の作品も国際展などを通じて世界へと発信されていった。

時代のプリズム:日本で生まれた美術表現 1989-2010 国立新美術館 2025年 展示風景(中央)《19番目の彼女の足》曽根裕  1993年 水戸芸術館蔵

本展覧会は、プロローグ、イントロダクションに続き、この時代を象徴する3つのテーマから構成される。

プロローグ

展覧会はまず、1989年以前に日本で進められていた国際交流の記録から始まる。
1984年にはヨーゼフ・ボイスやナムジュン・パイクが来日。通路状の空間には、安齋重男による写真を中心とした当時の記録が並ぶ。ドクメンタやヴェネツィア・ビエンナーレで活躍した川俣正や草間彌生といった日本人作家の姿も紹介され、国際化へと開かれていく日本の美術シーンの熱気が伝わってくる。

「プロローグ」展示風景

イントロダクション:新たな批評性

続く広大な展示室には、1989年頃の時代を象徴する作品が集められている。
1点1点の作品はサイズも大きく、視覚的にも強いインパクトを持つ。ここでは、欧米美術の潮流から離れ、日本独自の批評性が芽生えていく様子を体感できる。

たとえば、椿昇《エステティック・ポリューション》は、黄色一色の巨大な彫刻作品だ。サンゴや海中生物を思わせる表面の凹凸は、実は人工的なウレタン素材で構成されている。バブル経済の影や環境破壊をほのめかしながら、同時に美術評論への不信感も込められている。

手前 《エステティック・ポリューション》椿昇 1990年 金沢21世紀美術館蔵, 奥 《ザ ワールド フラッグ アント ファーム 1991ーアジア》柳幸典 1991年 広島市現代美術館蔵

中原浩大の《レゴ》は、既製品であるレゴブロックを使って有機的な形を作り出した作品。彫刻の概念の中に既製品の色と形を持ち込んだもので、レゴ独自のビビッドな色合いや、直方体を組み合わせた形状は、ピクセル化されたデジタルイメージも連想させる。

《レゴ》中原浩大 1990-1991年 国立国際美術館蔵

村上隆の《ランドセルプロジェクト》は、絶滅危惧種の皮革を素材にランドセルを制作されている。近年の村上隆の作品に描かれるお花のモチーフの絵画などとは大きく印象が異なって見えるかもしれない。ランドセルという日本独自のモチーフを用いて、軍国主義や環境問題といったグローバルなテーマを扱った作品だが、一方で、こうしたテーマを過剰に詰め混むことで、社会的・政治的な要素の有無が作品の価値を決めてしまうという傾向に対しての疑問を投げかけているようだ。

《ランドセルプロジェクト》村上隆 1991年 豊田市美術館蔵

他にも、この展示室に並ぶ森村泰昌、柳幸典、大竹伸朗らの作品群は、この時代の日本のアートのエネルギーを体現している。

レンズ1:過去という亡霊

「レンズ1:過去という亡霊」では、いわゆる「戦後」を直接経験していない世代のアーティストたちが、戦争やポストコロニアリズム、移民、多様性といった課題に向き合った作品が取り上げられている。

上段左《Agent Orange》奈良美智 2006年 個人蔵, 上段右《Agent Orange in Disguise》奈良美智 2006年 個人蔵, 《Dead Flower》奈良美智 1994年 個人蔵(豊田市美術館寄託)

奈良美智の《Agent Orange》は、ベトナム戦争で使用された枯葉剤の名を冠し、反体制と平和への志向が込められた作品である。また、ヤノベケンジの作品では、原発事故によりゴーストタウンと化したチョルノービリを、自作の防護服を着て訪れた「アトムスーツ・プロジェクト」の写真と、実際に着用した《コンタミネイティッド・アトムスーツ》が展示されている。阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件を経て、フィクションとして語られていた「サバイバル」が、現実として突きつけられるようになった90年代の感覚を鋭く示している。

左 《アトムスーツ・プロジェクト:保育園1・チェルノブイリ》ヤノベケンジ 1997年, 中 《コンタミネイティッド・アトムスーツ》ヤノベケンジ 1997年, 右《アトムスーツ・プロジェクト:タンク・チェルノブイリ》ヤノベケンジ 1997年/すべて広島市現代美術館蔵

小泉明郎の《若き侍の肖像》は、特攻隊員が両親に別れを告げる場面を再現した映像作品である。感傷的かつ国家主義的なメッセージが込められた日本映画に着想を得たという本作では、特攻隊員を演じる俳優が、「より侍魂をもった演技を」と繰り返し扇動される中で、次第にその表情は鬼気迫るものへと変化していく。演技と現実との境界が揺らいでいく過程に、リアルとは何かを問いかけられるようだ。

《若き侍の肖像》小泉明郎 2009年 作家蔵

風間サチコや米田知子、山城知佳子らも、歴史を読み直すまなざしを作品化している。「過去」と「現在」が交錯する章だ。

レンズ2:自己と他者と

続くテーマは「自己と他者と」。アイデンティティ、ジェンダー、ナショナリティなどを扱っている。

展示室に足を踏み入れると、長島有里枝による写真作品が並ぶ。1990年代には、長島をはじめ複数の女性作家が木村伊兵衛賞を受賞した。しかし当時、それらの写真は「女の子写真」と括られ、男性写真家の作品とは異なる文脈で語られていた。それから20年を経た今、あらためてその作品群に目を向ける。

「レンズ2:自己と他者と」展示風景(プレス内覧会にて撮影)

束芋の映像インスタレーション《公衆便女》は、奥行きのある三面スクリーンを用いた没入感あふれる作品だ。プライベートとパブリックが隣接する公衆便所を舞台に、女性を取り巻くさまざまな課題を扱いながらも、ユーモラスな表現を交えてアニメーションが展開される。半ば公の空間で他者と無関心にすれ違う様子は、現代のインターネット社会をも想起させる。

束芋《公衆便女》(スチルイメージ)2006 年 ヴィデオ・インスタレーション 6分5 秒 作家蔵 © Tabaimo. Courtesy of Gallery Koyanagi.

海外アーティストの視点にも注目したい。
韓国出身のイ・ブルによる《受難への遺憾 — 私はピクニックをしている子犬だと思う?》は、触手や手足のついた着ぐるみのようなコスチュームをまとい、韓国から成田空港を経て都内を歩くパフォーマンスの記録映像である。動きが制約され、苦労しながら前進する様子は、社会の中の制約と格闘する姿にも重なる。
また、公の場でのパフォーマンスを見つめる人々の視線は、無関心な者から嫌悪を示す者、好意的に関わる者まで多様であり、比喩的な意味を持つ。

《受難への遺憾ー私はピクニックをしている子犬だと思う?》イ・ブル 1990年 作家蔵

ピエール・ユイグとフィリップ・パレーノによる〈No Ghost Just a Shell〉は、日本のアニメキャラクターを買い取り、複数のアーティストが新たな物語を与えるプロジェクトだ。そのタイトルは、日本のアニメ作品『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』にインスパイアされたもの。「魂(Ghost)のない殻(Shell)」のキャラクターを用い、18名のアーティストによる約30作品が生み出された。

《100万の王国》ピエール・ユイグ 2001年 ファン・アッベ 市立美術館(ファン・アッベ市立美術館振興財団寄贈)

本展では、ドミニク・ゴンザレス=フォルステル、ピエール・ユイグ、リクリット・ティラヴァニャ、フランソワ・キュルレ、フィリップ・パレーノの5名の作品が展示され、無個性なキャラクターにそれぞれの文脈が注がれた映像となっている。日本のサブカルチャーが国際的な文脈で再解釈される過程を目の当たりにできる。

レンズ3:コミュニティの持つ未来

最後のテーマ「コミュニティの持つ未来」では、美術館の枠組みを越え、DIY精神で公共空間に介入するアートが紹介されている。

「中村と村上」は、1992年に中村政人と村上隆によって企画され、ソウル、東京、大阪を巡回した展覧会である。日本で一般的な姓である「ナカムラ」「ムラカミ」が、韓国では否定的に捉えられることに着想を得たタイトルだ。本展に展示される《トコヤマーク トキとコブキ》は、「理髪店のサインポール」が日本と韓国で異なる意味を持つことを利用し、情報の受け取り方の差異を表現している。

《トコヤマーク トキとコブキ》中村政人 1992年 作家蔵

そして、これは「ザ・ギンブラート」(1993)や「新宿少年アート」(1994)といったアーティストたちによる都市に介入するアートプロジェクトへとつながっていく。

「新宿少年アート」には、本展で作品が紹介される、小沢剛、会田誠、大岩オスカール、福田美蘭らも参加。会場では当時の資料が展示されるとともに、安齋重男による記録写真、八谷和彦による記録映像も紹介される。

当時展示された作品のひとつ、小沢剛の〈なすび画廊〉は、日本独自の「貸画廊」システムへの応答として誕生した移動式の画廊。ホワイトキューブになぞらえた中を白く塗った牛乳箱のなかに、さまざまなアーティストの作品が展開される。

〈なすび画廊〉シリーズ 小沢剛 1993-1995年 高橋龍太郎コレクション(左から2番目のみワタリウム美術館蔵)

《博多ドライブ・イン》は、タイ出身のナウィン・ラワンチャイクンによって1998年から展開されたプロジェクトだ。福岡での生活を作品化し、地元タクシー運転手との交流をもとに漫画や公開イベントを展開した。日本と海外をつなぐ視点がコミカルに描かれ、地域とアートを結びつけている。

《博多ドライヴ・イン》ナウィン・ラワンチャイクン 1998-2003年 作家蔵

本展は、1989年から2010年にかけて日本で生まれた多様な美術表現を、国際的な視点から再検証する試みである。国際交流から独自の批評性、戦後の記憶の読み直し、自己と他者の関係、コミュニティとの協働に至るまで、この時代を象徴するテーマが凝縮されている。

平成を生きた世代には当時の空気感が鮮やかに蘇り、次の世代には新鮮な歴史の断片として映ることだろう。音や映像が交錯する展示空間からは、時代のリアリティがひしひしと伝わってくる。当時のアート作品を通じて、私たち自身が、過去と現在、そして未来を見つめ直すきっかけになるかもしれない。

時代のプリズム:日本で生まれた美術表現 1989-2010
会期:2025年9月3日(水)~12月8日(月)
会場:国立新美術館 企画展示室1E(東京都港区六本木7-22-2
休館日:毎週火曜日(※9月23日[火・祝]は開館、9月24日[水]は休館)
開館時間:10:00~18:00(毎週金・土は20:00まで)※入場は閉館の30分前まで
観覧料(税込):一般 2,000円、大学生 1,000円、高校生 500円、中学生以下 無料
※障害者手帳提示で本人および付添者1名まで無料
公式サイト:https://www.nact.jp/exhibition_special/2025/JCAW/
お客様お問い合わせ
050-5541-8600(ハローダイヤル)

  • Text / Photograph : ぷらいまり。
  • Edit : Seiko Inomata(QUI)

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