QUI

FEATURE

僕や君や彼らの終わらない物語。映画『君が世界のはじまり』

Jul 21, 2020
退屈な街で、一方通行の思いを抱え込む高校生たち。『THE BLUE HEARTS(ザ・ブルーハーツ)』の歌声で、やっと息ができた。気が狂いそうなギリギリの日々に、不器用でも人にやさしくなりたかった、僕や君や彼らのための終わらない物語(うた)を描く。

僕や君や彼らの終わらない物語。映画『君が世界のはじまり』

Jul 21, 2020 - FEATURE
退屈な街で、一方通行の思いを抱え込む高校生たち。『THE BLUE HEARTS(ザ・ブルーハーツ)』の歌声で、やっと息ができた。気が狂いそうなギリギリの日々に、不器用でも人にやさしくなりたかった、僕や君や彼らのための終わらない物語(うた)を描く。

普遍的な題材と何世代か前の音楽で、なぜか圧倒的に新しい

大阪の端っこのとある街の高校に通う、えん(松本穂香)と琴子(中田青渚)は幼馴染みの友達同士。自転車2人乗りで一緒に登校しては一緒に授業をサボり、学校帰りにはたこ焼きを頬張る仲だ。琴子に思いを寄せる岡田(甲斐翔真)をよそに、ある日いつも通り授業をサボっている2人は、泣いている業平(小室ぺい)に出会う。いっぽう、同じ高校に通う純(片山友希)は母の家出以来父親とギクシャクした日々を過ごしているが、ブルーハーツをきっかけに東京からの転校生・伊尾(金子大地)との関係を深めていく。

倦怠感が漂う地方の中途半端な街で、それぞれが思いを抱えながらもどうにか平気なふりをして毎日を過ごしていたある夜、高校生による父親の殺人事件が起きる。

ふくだももこ監督による『えん』と『ブルーハーツを聴いた夜、君とキスしてさようなら』という2つの小説をもとに新たな群像劇として再構築された本作。『21世紀の女の子』(2018年、オムニバス作品)にも参加したふくだ監督は次世代を担う才能として期待されてきた1人だが、映像化にあたり自身が監督を務めたこの『君が世界のはじまり』では、その才能と実力の開花の一端を垣間見ることができる。

脚本を担当したのはこれまで『リンダリンダリンダ』(2005年、山下敦弘監督)や『色即ぜねれいしょん』(2009年、田口トモロヲ監督)など数多くの作品で脚本を担当してきた実力派の向井康介。本作でも作品の世界観になじむ自然体で軽妙な言葉選びのなかに、ハッとする台詞がテンポを損なうことなく巧みに散りばめられている。

それぞれの思いを抱え込む高校生という普遍的な題材に、これまでにも映画やドラマやCMなど多くの映像作品で聴き親しんできたブルーハーツの音楽を引用しているのに、圧倒的に期待を裏切られる(当然いい意味で)まったく新しい感性が光る次世代の青春映画に仕上がっている。

新しさを感じる要因はもちろん原案となる小説を書いたふくだももこ自身の感性が半分ほどを占めていると思われるが、残りの半分は役者たちの魅力にあるかもしれない。ふくだ監督とは『おいしい家族』(2019年)以来のタッグとなる大注目の若手女優・松本穂香に加え、以前QUIで取り上げた『街の上で』の公開が待ち遠しい中田青渚が本作でも圧倒的な存在感を放ち、序盤から疾走感全開の演技で作品を支える。ほかにも片山友希、金子大地、甲斐翔真、バンドNITRODAYのボーカル小室ぺいなど注目の逸材がそれぞれに個性的な役柄を見事に演じている。

 

アンビバレントな描写により一層際立つ“痛み”と“救い”

映画『君が世界のはじまり』では、登場人物の画一的でない描写が効果的に機能している。一人ひとりの人物を単一イメージのキャラクター像に閉じ込めることなく、現に私たちがそうであるようにアンビバレンスを孕んだ人間として描き、高校生の彼らの不安定な心情とリンクした緊張と緩和が繰り返される演出によって、ひとつの側面が別の側面を一層強調して映し出している。爽快感溢れるシーンにうっかり気を許して安堵したところに、突然突きつけられるリアルな痛みが、容赦なく心を抉る。爆発3秒前の希望と絶望を押し殺して平気な顔して笑う彼らの痛みが臨界点に達して弾けた瞬間、言いようのない悲しさと美しさが観るものを襲う。

刹那的な爽快感だけでは作品が軽薄になりがちだし、閉塞的な緊張感だけでは物語の中の彼らがあまりにも救われない。世界のはじまりのような最高潮の幸福感に包まれるラストシーンまで、心のずっと奥のほうで魂の震えが止まらない。

画一的でない描写は、物語では脇役に当たる大人たちの描き方にも共通する。純や伊尾が親に対して屈折した感情を抱いているように、問題を孕む大人たちが登場する一方で、どこで落としてきたのか羞恥心を持たない平和で呑気で優しい親、妙に目敏くそこが却ってイラつかせるけどそれでもやっぱり優しい親、決して悪意は無いのだが相談相手にはなりそうにないどこか間抜けな学校の先生など、愛すべき大人たちも多く登場する。一元的な大人の描写によって安易な「大人と子供」の構図を取ることなく、それぞれの個性がしっかりと描かれており、そしてとにかく愛おしさに溢れている。そんな優しい大人たちの姿には、ふくだももこ監督自身の優しさが滲み出ているように感じられる。

気が狂いそうなクソったれの世界で、あのとき一線を超えてしまったのは自分だったかも知れないあなたにも、あと3秒に耐えきれず絶望に飲み込まれてしまったことのあるあなたにも、あなたが助けてあげられなかった誰かにも、ブルーハーツの、そしてこの映画の、「がんばれ」っていうでっかい声が聞こえてほしい。

 

 

『君が世界のはじまり』

2020年7月31日(金)テアトル新宿ほか全国ロードショー

寂れゆく町で燻る高校生たちの”危うく脆い物語”が始まる…。

主演:松本穂香
監督・原作:ふくだももこ(原作「えん」「ブルーハーツを聴いた夜、君とキスしてさようなら」)
脚本:向井康介

©2020『君が世界のはじまり』製作委員会
配給: バンダイナムコアーツ

『君が世界のはじまり』公式サイト

 

これまでの映画レビューの一覧はこちら

FEATURE
A Dose of Rock ‘n’ Roll — starring Honoka Matsumoto + Yuki Katayama
Jul 30, 2020
  • Text : Masayoshi Yamada

NEW ARRIVALS

Recommend