yushokobayashi 2027年春夏コレクション──水面の光に憧れて、人魚は涙を流す
ヒカリエAホールに足を踏み入れると、会場の中央に吊るされた一枚の大きな幕が目に入った。白いチュールともサテンともつかないその布は、天井からカーテンのように幾重にも垂れ下がり、照明を受けるたびにきらきらと光が反射していた。水面に差し込む光のようでもあり、海の中で揺らめく光のようでもある。さらにその周囲には、手作りで作られたような海藻を思わせるプロップが配置され、ブランドの強みでもある「手仕事」を連想させるディテールが、これから始まる幻想的な世界への期待を静かに高めた。しばらくすると、中央の幕の周りを、一人のモデルがゆっくりと歩き始め、ひらひらと揺れる布のそばを、時間をかけるように進んでいく。身体の動きに合わせて衣服もわずかに揺れ、柔らかな布が光を受けて表情を変えていく。その姿は、深い海の底を漂う生き物のようで、どこか現実とは違う時間の中にいるように見えた。後方に設置されていたスタンドマイクやギター、大きなスピーカーから、生バンドの演奏が始まり、会場の空気が少しずつ変わっていく。ステージに立ったのは、鮮やかなピンク髪の少女「ん・フェニ」。おとぎ話の中から抜け出してきた彼女の歌声が会場に響きわたると、真っ白なドレスをまとったモデルが、幕の向こうからゆっくりと現れた。

人魚姫の涙を起点に、二人体制で描く「Mermaids Tears」
今回のコレクションの出発点となったのは、TOKYO FASHION AWARD 2026の受賞時にかけられた、ある言葉だった。「祐翔くんはずっと地下にいると思っていた」それまで自分たちがどこにいるのか考えたことはなかったけれど、その一言で、そこは誰かから見れば「地上ではない場所」だったのだと知った。受賞後、その言葉をきっかけに改めて今いる場所について考えたとき、浮かんできたのが人魚姫の物語だったという。海の中にいる人魚にとって、地上はそれまで知らなかった場所。そこへの憧れを抱き、地上へ出ることを選んだ人魚姫は、そこで初めて、人間として生きることの喜びだけではなく、喪失や悲しみも知ることになる。今回のコレクションでは、地上へ出ることへの憧れと、その先で初めて知る喜びや喪失、痛みや悲哀までを含めて、人魚姫の物語を捉え直し、地上へ出たからこそ流すことになった涙を、「Mermaids Tears」というタイトルに据えた。
今回のテーマの一つとして考えたのは、「人間が変わる」ということ。これまでのコレクションでは「死」というテーマを重点的に扱ってきたが、前回である程度やり切ったと感じ、今回は一度そこから離れてテーマを見直したと話す。それでも、人魚が人間になるという物語を考えていくと、これまで扱ってきた「死」とは切り離せない部分が見えてくる。人魚が人間になることは、ある意味では生まれ変わることでもあり、自分の命と引き換えに人間になるという物語には、「死」の気配も残っている。そうした「変化」や「生まれ変わり」を、今回は人魚姫という物語を通して表現した。そして今シーズンから、デザイナー2人体制となり、小林氏が主に柄や生地を担当し、上原氏がニットなどを担当。一人ですべてを完結させるのではなく、それぞれの得意分野を持ち寄りながら、一緒にコレクションを制作したシーズンであった。
立体的なカッティングと、光をまとった色彩
「シルエットやカッティングをかなり大胆にしています」服づくりで今回特に意識したのが、カッティングを立体的にすることだった。その言葉の通り、身体のラインに沿うだけではなく、輪郭から外側へと膨らむようなフォルムや、布や素材そのものが立体的に浮かび上がるようなアイテムが揃う。今回の春夏コレクションではニットだけに表現を限定せず、コットンなどの素材でどう立体感をつくるかということにも取り組んだという。素材そのものの特性を活かしながら、柔らかさや膨らみを服のフォルムへと落とし込んでいた。なかでも印象的だったのが、上原氏が手がけた立体的なアイテムの数々。クッションのように膨らませた貝殻や錨のモチーフをベルトに仕立てたり、亀やヒトデなどのクッションを連ねてビスチェにしたりと、海の生き物のモチーフを、身体に身につけるものへと変えた。ワンピースにはフェルトを使った落書きのような立体的なリボンや花をあしらい、平面的な装飾ではなく、身体から浮き上がるような表情も加えられた。

古着をベースにしたリメイクアイテムでは、レースやパールなど女性らしさを感じさせる素材やパーツを組み合わせ、それぞれ異なる表情を持つドレスへと仕立て直した。オーガンジーでつくられたバラの装飾や、ローゲージのニットビスチェなど、一点でスタイリングの印象を変えるアイテムも登場。主役として着るものだけでなく、いつもの装いにひとつ加えることで雰囲気を変えられるようなアイテムまで、幅広く展開されている。
色彩では、今シーズンはパステルカラーを中心とした淡い色が多く見られた。制作の初めから淡い色をベースにしていたものの、服を実際に仕立てていくなかで、より明るく、眩しく見えるように色を調整していったという。今回イメージしたのは「光」。水上から差し込む光や、星の光への憧れ。そして、光が水の中で屈折し、水面に反射して揺らめくような光景を思い浮かべながら、色彩を組み立てていった。淡いピンクやブルー、イエローなどのパステルカラーは、単に柔らかな印象をつくるためではなく、水の中で光を受けたときのような明るさを意識して選ばれている。前回のコレクションと共通する色もありながら、今回はそこに「もう少し眩しいと感じる色」を加えていった。最終的には黒も取り入れ、淡い色の中にコントラストをつくりながら、春夏らしい軽さとのバランスを整えていったと話した。
もう一つ印象的だったのが、「塗り絵」から着想を得たテキスタイル。リサーチの中で出会った塗り絵に、自分で色をつけていく行為そのものの面白さを感じたという。何色を選び、どこに色を置くのかによって、同じ形でもまったく違うものになる。そこに、自分の憧れや頭の中にあるイメージを重ねていくあの感覚を、大きなお花のモチーフやテキスタイルへと展開した。塗り絵のようなテキスタイルをベースに、口紅のようないくつものレイヤーを重ねていく要素も加えながら、色を塗ることで、自分の中にあるイメージを少しずつ形にしていく。そのプロセス自体が、今回のコレクションにある「憧れ」や「変化」とも重なっていた。

涙を知った人魚は、自分の足で歩き出す。<yushokobayashi>の新たな始まり
ショーの演出では、中央に登場した2人のモデルを人魚と人間に見立て、その周囲から人魚姫の姉妹たちをイメージしたモデルたちが現れる。モデルたちは音楽に合わせてゆっくりと歩き、この動きは前回のコレクションから続いているものだという。演出家の岡本氏と相談しながら、物語を伝えることだけに偏らず、会場に足を運んだ人たちがファッションそのものの美しさを感じられるよう、モデルの動きや空間の使い方を考えた。衣装だけで物語を説明するのではなく、モデルの動きや空間、音楽を重ねながら服を見せていく。人間になった後に知る喪失や悲哀は、モデルの顔に施された涙のメイクにも表現された。人魚から人間へと変わったことで得たものと、その一方で抱えることになった悲しみ。その感情を、服だけでなく身体そのものにも重ねていた。
今回の2027年春夏コレクションでは、「人魚の涙」という物語から、ひとりの女の子の気質や感情を想像してメイクを施しました。後先を考えない無鉄砲さや、反抗期のような危うさを持った女の子。服やモデル、音楽、ヘアとの言葉ではない交流の中から、架空の女の子が立ち上がってきたような感覚です。ん・フェニさんの音楽からも大きな影響を受けました。まつ毛や涙を手作りし、そのキャラクターを表現しています。強いコントラストを取り入れながら、顔全体の調和を意識しました。涙の表現もモデルそれぞれのキャラクターに合わせて、繊細に流したり、ギャン泣きしているようにしたり。同じメイクを施すのではなく、それぞれの個性と混ざり合うことで、その子だけの表情が生まれればと思いました。最初に印象に残ったのは、シルバーのスパンコールドレス。その「塗り絵」の可愛らしさに惹かれました。<yushokobayashi>は、服だけでなく、その奥にある物語や演出まで含めて世界を見せてくれるところが魅力。儚い子供心や少女性が漂う、まるで大人には入れない特別な空間を、隙間から覗かせてもらっているような、憧れにも似た感覚があります。
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最後、中央の幕の中をゆらゆらと泳ぐように彷徨っていた一人のモデルは、靴を脱いでランウェイを後にした。この演出の着想源となったのは、人魚が人間になり、初めて自分の足で歩くという原作の場面。靴を脱ぐことは、単に足を自由にするということではない。自分の足で歩けるようになった、その瞬間にある「生まれた」という感覚。人魚から人間へと変わった彼女が、最後に自分の足で歩き出す。その姿を、ショーの最後に重ねた。人魚から人間へ。憧れから喪失へ。そして、自分の足で歩き出す。
「Mermaids Tears」が描いたのは、何かに憧れ、変わることを選び、その先で初めて知る感情だったのかもしれない。何かを得るとき、同時に何かを失ってしまったように感じることがある。大切にしたいと思っていたものも、新しい何かに追われるうちに、いつの間にか小さくなり、見えなくなって、砂のようにすり抜けていって。けれど、失ったものがあるからこそ、初めて気づけることもあるのかもしれない。自分が今どこに立っているのかを知ることで、見えなくなっていたものや、失ったものに気づくことがある。そして、失ったからこそ出会える感情や感覚も。喪失は痛みを伴うけれど、そこから生まれるものまで、悲しいことばかりではないのだと知った。海を離れた人魚の中に、まだ海の一部が残っているように、変わった後も、それまで過ごしてきた時間や場所が完全になくなるわけではない。むしろ、そこから離れたからこそ、その存在に気づくこともある。涙を知り、痛みを知った<yushokobayashi>は、ブランドにとって新たな変化の始まりなのかもしれない。これまでとは違う場所に立ったからこそ見えるものを携えながら、これからまた、知らなかった景色や感情に出会っていくのではないだろうか。
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ウェブサイト:https://yushokobayashi.com/
インスタグラム:@yushokobayashi
- Edit & Text : Miwa Sato(QUI)







