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スペイン発TÍSCAR ESPADAS、なぜ日本が最大の市場になったのか|TÍSCAR ESPADAS ティスカー・エスパダス

Jan 20, 2026
マドリードの小さなアトリエから生まれたブランド<TÍSCAR ESPADAS(ティスカー・エスパダス)>。シーズンではなく「章=CAPÍTULOS」として服をつくり、時間の中でワードローブを育てていく。その思想は、なぜ世界の中でも日本で最も多く受け取られ、市場として広がっていったのか。デザイナー、ティスカー・エスパダスの言葉から、その理由を丁寧に紐解く。

スペイン発TÍSCAR ESPADAS、なぜ日本が最大の市場になったのか|TÍSCAR ESPADAS ティスカー・エスパダス

Jan 20, 2026 - FASHION
マドリードの小さなアトリエから生まれたブランド<TÍSCAR ESPADAS(ティスカー・エスパダス)>。シーズンではなく「章=CAPÍTULOS」として服をつくり、時間の中でワードローブを育てていく。その思想は、なぜ世界の中でも日本で最も多く受け取られ、市場として広がっていったのか。デザイナー、ティスカー・エスパダスの言葉から、その理由を丁寧に紐解く。

<TÍSCAR ESPADAS>は、ロンドンを拠点に活動するスペイン出身のデザイナー/アーティスト、ティスカー・エスパダスが2019年に立ち上げたスタジオ。<BURBERRY(バーバリー)>の奨学金を受けてロイヤル・カレッジ・オブ・アートのメンズウェア科を卒業後、「CAPÍTULO I」を発表し注目を集め、Rakuten Fashion Week TOKYO 2021 S/Sへの参加を機に日本でも存在感を強めていった。服づくりの核にあるのは、素材への繊細な眼差しと構造的な探究、手仕事の痕跡を残すことだ。

CAPÍTULO Ⅳ

唯一性は、自分自身へ向かう自由の中に

ー 本記事で<TÍSCAR ESPADAS>を初めて知るQUIの読者に向けて、ブランドの世界観をひと言で表していただけますか。

ティスカー:「唯一性が、自分自身のいちばん良い姿であること、あるいはそこへ向かっていくことと結びついている世界」だと思います。その中心にあるのは「自由」です。想像する自由、なりたい自分でいる自由、つくる自由、どこまでも夢を見る自由。そこから生まれた服のオーラが境界をほどき、誰かの現実の一部になっていくものだと思っています。

ー 「自由」という言葉が、抽象的ではなく、生活や身体感覚に根ざしているように感じました。その感覚は、どんな環境や体験の中で育まれてきたのでしょうか。

ティスカー:原点と言い切れる何かひとつの瞬間があるわけではなく、体験の積み重ねです。つくり手に囲まれた環境で育ててもらったのは本当に恵まれていました。その中で身についたのは技術だけではなく、感性や世界の捉え方そのものだった気がします。
私の周りには、たくさんの物語があって、個性的で少し風変わりな人たちがいました。日常から一歩はみ出すような「違い」が否定されるのではなく、むしろ大切にされ、歓迎される空気がありました。絵を描くこと、彫刻、絵画、針仕事……あらゆるクリエーションが、子どもの頃の私の中では自然につながっていたんです。ファッションに行き着いたのも、それまでのクリエーションの延長線上にあった、別のルートだったという感覚に近いですね。

ー 針仕事も、かなり身近なところにあったのですね。

ティスカー:二人の祖母がそれぞれドレスメーカーだったので、一緒に布を触りながら作業する時間がとても印象に残っています。布でボリュームをつくり、服に動きを与え、そこに物語を乗せていく。服を通して「私たちは誰なのか」を語れるような気がしていました。

服を「章」として重ねていくという選択

CAPÍTULO I

ー 服を章として重ねていくという考え方が、これまでのお話ともつながっているように感じます。

ティスカー:章という考え方は、最初の章と同時に生まれました。トレンドやファッションシステムに消費されるのではなく、前の章が次の章を呼び込み、少しずつ育っていくような物語をつくりたかったんです。各章では、素材研究や造形の考察、古い技法と新しい技法の両方を横断しながら、広く、一筋縄にはいかないリサーチを重ねます。そうした探究が時間の中で層のように重なり、作品群として進化し続けていくことを目指しています。

ー 異なる章のピースを組み合わせることで生まれる魅力は、どんなところにありますか。

ティスカー:ひとつのワードローブが育っていくところです。一瞬のための服ではなく、時間をともに生きていく意味を持つ服。季節や発表の枠を超えて存在できる服をつくりたいと思っています。

ー そうした章の連なりを続ける中で、いまのブランドを時間軸の中で捉えると、どんな場所に立っている感覚でしょうか。

ティスカー:物語はずっと続いていて、身に付ける人それぞれの中で展開していくものです。正直、遠い未来まで細かく計画するだけの時間や余裕もありません。だからこそ私たちは、いつも「始まり」にいて、同時に「途中」にいて、あるサイクルの「終わり」にも立っているような感覚を持てる章をつくっています。世界が動くにつれて、見え方も自然に変わっていきます。

ー そうした時間の捉え方や作り方を支えている、制作に対する基本的な考え方を教えてください。

ティスカー:私たちはトレンドよりも、方法論の持続性や一貫性を信じています。物語そのものをつくりたいというより、価値をつくりたいんです。あとはそれがどう広がっていくのかを見ていきたいと思っています。夢を見ているとき、私たちはまた別の場所にいますが、それも含めて私たちの哲学であり、世界観だと思っています。

CAPÍTULO I

ー これまでの章の中で、振り返ったときに特別な意味を持つものがあるとしたら、どれでしょうか。

ティスカー:最初の章です。すべての出発点で、いまにつながる種になっています。それ以外で「これが唯一の転換点だ」と言える章はありません。どの章にも良さがあり、同時に未熟さもあります。それが次の探究へと私たちを連れていってくれます。だからどの新しいCAPÍTULOも転換点になり得る。その可能性こそが、私たちを動かしているんだと思います。

風景と人物像が、服の構造になるまで

CAPÍTULO Ⅱ

ー 各章には、人物像の気配のようなものを感じますが、それは制作の最初から設定しているものなのでしょうか。それとも、プロセスの中で自然に立ち上がってくるものですか。

ティスカー:制作のプロセスの中で、いろいろなキャラクターが立ち上がってきます。現実から参照することもあれば、夢や想像のような別の現実から生まれてくることもあります。ただ、私にとっては「特定のキャラクター」そのものよりも、最終的に立ち上がる像のほうが大切です。

ー その像が立ち上がっていくプロセスの中で、キャラクターはどんな距離感で存在しているのでしょうか。

ティスカー:複数の章にわたって一緒にいるキャラクターもいますが、それは意図的というより、時間の中でそのキャラクターがどう変化するのかを見てみたかったという好奇心に近いんです。私たちのキャラクターは、どこか別の場所に行きたい、ほんの少し別の誰かになりたいといった一瞬の感情や、ノスタルジーと結びついていることが多いですね。

左:ケヴィン・コーラー 右:デザイナーのティスカー・エスパダス

ー 新しい章は、いつもどんなきっかけから動き始めるのでしょうか。

ティスカー:章の火種は、いつも体験や感情に根ざした参照点から生まれます。ある瞬間だったり、人物だったり、風景だったり。常に共通するのは、私たちの知覚や想像力を揺らすものです。仕事と人生のパートナーであるケヴィン・コーラーと密に協力しながら、その刺激を空間や素材のシナリオへと翻訳し、章のデザイン言語をつくっていきます。最初の火種は、全体を導くための「概念のアンカー」になるんです。

ー 新しい章、CAPÍTULO VIIIでは、どんな風景や体験が起点になりましたか。

ティスカー:CAPÍTULO VIIIでは、ケヴィンの故郷であるスイスの地形や集落、そこに暮らす人々から着想を得ました。私たちはそこで過ごしながら、自然と文化のパターンを観察し、分析しています。そうした風景は私たちの実体験に深く根ざしていて、カラーパレットやボリューム、シルエットに反映されていきます。

ー そうした風景や感覚が、どのようにして服の構造へと落とし込まれていくのでしょうか。

ティスカー:基点が定まったら、素材、構造技法、機能の関係性を体系的に掘り下げ、反復しながら新しいアイデアを育てていきます。最終的には、スタイリングや服の組み立ての段階で、形、素材の振る舞い、着る人との相互作用がひとつにまとまっていきます。つまり創作の入口はひとつではなく、複数の入口がそれぞれ別の層として、今回の章の骨格と一貫性に関わっていくという感覚です。

ー そのプロセスの中で、偶然が重要な役割を果たすこともありますか。

ティスカー:多くの場合、予期しないディテールやデザインは、反復的につくる過程や、課題を乗り越えるための試行錯誤の中から生まれます。2Dのパターンと3Dのプロトタイプを行き来しながら、形やボリューム、構造の関係性を探っていきます。また、以前の章で使ったパターンや参照点を別の素材に当てはめてみると、形が彫刻のように変形し、条件に適応しながら進化していくんです。

ー CAPÍTULO VIIIは、これまでの章との関係性の中で、どんな特徴を持った章だと感じていますか。

ティスカー:作品群全体を規定する、ひとつの章はありません。すべてが絡み合っています。CAPÍTULO VIIIは、必要な場所にきちんと位置していて、過去の章のパターンや素材への参照も含みながら、新しいアイデアにも踏み出しています。プロセスそのものは変わりません。先ほどの話とも重なりますが、私たちは持続性と一貫性を大切にしています。その上で、物語は自然に広がっていくんです。

着る人との関係が、服を完成させる

CAPÍTULO Ⅲ

ー ここまでのお話を聞いていると、最終的に視線が必ず「着る人」に戻っていく印象を受けます。あなたにとって、服はどこで完成するものですか。

ティスカー:創作は、つくり手と着る人の対話だと思っています。私たちの服は、着る人が自由に着て、組み合わせて、変化させていくことで初めて完成する「開かれた提案」です。多くのピースは、着方次第でボリュームも表情も変わります。最後のピースをはめるのは、着る人の創造性なんです。

CAPÍTULO Ⅴ

ー これから<TÍSCAR ESPADAS>を手に取る人に、どんな感覚を持ってほしいと考えていますか。

ティスカー:私たちの服を着ることで、着る人自身がキャラクターをつくり、その人自身の物語が始まるのだと考えています。私たちが強いスタイリングやイメージを提示できたとしても、そこで終わりではありません。着る人が自分のワードローブに組み込み、日常の中で着たときに、ようやく成立します。私たちの服はジェンダーレスで、いろいろな体型に対応できるようにつくっています。だから同じ服でも、着る人によって驚くほど違って見えることがある。こちらが想像もしなかった表情を見せることも多いんです。そのつながりは、<TÍSCAR ESPADAS>にとってとても大事なものです。初めての人にも、自由さと同時に、どこか親密な共同制作をしているような感覚を味わってほしいと思っています。

一通のDMから切り拓かれた日本の市場

Vaseでの展開の様子

ー 現在<TÍSCAR ESPADAS>は世界中で日本に最も取扱店があります。そもそもどのようなきっかけだったのでしょう。

ティスカー:InstagramのDMに、ZENIYA INC.から届いた一通のメッセージがきっかけでした。その後、ZENIYA INC.のタカシさん、ユウコさんとロンドンのICAカフェで会って話をしました。会った瞬間に、良い関係性になれそうだと感じたんです。彼らは私の仕事を本当に早い段階から信じてくれていました。当時の私はロイヤル・カレッジ・オブ・アートの修士課程を終えたばかりで、卒業制作として最初の章を発表した直後でした。そんなタイミングで「東京のショールームで紹介したい」と言われたのは、正直驚きました。

ー 日本進出の決め手になったものは何だったのでしょうか。

ティスカー:彼らのビジョンがとても明確だったこと、そして私の作品を日本のお客さまに届けることへの信頼が、はっきりと伝わってきたことです。そのおかげで、私たちは日本の市場にとてもスムーズに入ることができました。

ー 若手のデザイナーにとって、金銭的な問題は避けて通れません。関係性を維持する難しさもあります。

ティスカー:そうですね。この業界でステップを踏みながら、一緒に積み上げていける関係をつくるのは簡単ではありません。過度な金銭的プレッシャーをかけず、同じ方向を見て進める相手に出会えること自体が稀だと思います。私たちはチームとして成長しながら働けていることを、いつも幸運だと感じています。ZENIYA INC.の信頼がなければ、今の私たちはありません。ここで改めて、ZENIYA INC.のタカシさん、ユウコさん、そして日本に進出したばかりの頃から支えてくださっているバイヤーやお客さまの皆さんに、心から感謝を伝えたいです。

PALETTE art aliveでの展開の様子

ー 日本のお客さまと接する中で、日本人の美意識や価値観の中に、ブランドと共鳴していると感じる点はどんなところでしょうか。

日本では、本当に誠実で、こちらに対しても敬意をもって接してくれるお客さまに出会ってきました。日本で受け入れてもらえている理由のひとつは、美しさに対する感度の高さだと思います。たとえば、ディテールの繊細さだったり、はっきりと言い切らないことで生まれる余韻だったり。モノが持つ詩的な質を大切にしていて、服もそのひとつとして捉えられているように感じます。もうひとつは、素材の質や、その服の背景にある物語を大切にする姿勢です。唯一性を「排他性」としてではなく、装いの中での個性や、個人の表現として理解してくれる。その感覚があるからこそ、私たちは日本と、とても自然につながれているのだと思います。

ー 実際に取り扱う現場を見ていて、バイヤーや店の姿勢に違いを感じることはありますか。

ティスカー:日本のバイヤーは、お客さまにとってより良い体験をつくるためなら、リスクを取ることも厭わないと感じます。私たちの作品群に対しても、同じ探究心を持って向き合ってくれることが多いですね。ヨーロッパのファッションリテールは、もっと保守的で予測可能に感じます。日本で感じるような好奇心や開かれた空気は、必ずしも当たり前ではありません。その違いは大きいです。

伊勢丹新宿店 本館3階 リ・スタイルでの展開の様子

ー ものづくりの文化という視点では、日本とスペインの間にどんな共通点や違いを感じますか。

ティスカー:スペインにも、かつては強いクラフト文化がありました。でもヨーロッパの多くの場所と同じように、その伝統は少しずつ失われつつあります。以前は盛んだった布や糸の産業も、いまではほとんど残っていません。私たちはヨーロッパの中で天然の糸や生地を探し続け、少量でもきちんとしたクオリティでつくってくれる生産パートナーと関係を築くことに、多くの時間を使っています。「手の痕跡」を残すのは、その道をきちんと身につけ、極めた人にしかできないことだと思います。私はあまり型どおりになりすぎず、即興で作り出す余白が必要なタイプですが、それは精密さと矛盾するものではありません。文化としての違いはあっても、突き詰めれば、人は誰もが美を求めています。その道筋が違うだけなんじゃないでしょうか。

いま、服をつくるという行為の意味

ー 最後に、いまの社会やファッションの状況を踏まえて、服をつくることをどんな行為だと捉えていますか。

ティスカー:私たちの目的は、そもそも服を増やすことではありません。世界にはすでに、途方もない量の服があります。
ファッションが使い捨てのものとして扱われ、すぐ次に置き換えられていく仕組みは、圧倒的な供給を生み出してきました。それは一部の人に巨大な利益をもたらした一方で、自然にも社会にも、そしてファッションそのものの信頼にも、大きなダメージを与えてきたと思います。
大量化と嗜好やトレンドの均質化に対して、私たちは「個性」を選びます。素材の希少性や品質だけではなく、私たちを形づくり、定義し、他と区別する唯一性によって。私たちが必要だと感じているのは、ファッションが「量より質」を価値にする新しい枠組みです。より自由で、より創造的な行為として、服を取り戻したいんです。そして服が、物語を語るものとして、手の仕事の痕跡として、社会や文化のアイデンティティの表現として、もう一度機能するようにしたいと思っています。

ー そのために、これから先も守りたいことは何でしょう。

ティスカー:自然な流れで成長していますが、私たちはこれからも小さくありたいです。ファッションブランドを運営するには、経済的にも個人的にも大きな投資が必要ですが、それが意味を持つのは、プロジェクトが自分の足で立てるときだけです。経験を重ねるにつれて、目標は「大きくなること」ではなく「強くなること」だとよりはっきりしてきました。意味のあるプロダクトと物語をつくる強さ、最高品質の服をつくる強さ、生産の全工程をコントロールし続ける強さ、そしてデザインの中にある興奮を失わない強さ。私たちにとって本当の報酬は、誰かが私たちの服を選んで買ってくれることです。その人が服を通して、メッセージやイメージを世界へ運んでくれる。そこから初めて、私たちはクリエーションの自由と余白を得られると思っています。

<TÍSCAR ESPADAS>の服は、完成された答えではなく、着る人に委ねられた提案として存在している。だからこそ必要なのは、つくり手と着る人のあいだにある「信頼」だ。章を重ねるように育ってきたワードローブも、日本で築かれてきた関係性も、その信頼なくしては成り立たなかっただろう。インタビューの最後、ティスカーが日本に向けて語ったのは、その信頼に対する率直な感謝だった。

TÍSCAR ESPADAS
https://tiscarespadas.com
Instagram: @tiscarespadas

  • Interview & Text : Yukako Musha(QUI)

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