菊池日菜子が 5 つのルックで綴る、内なる感情の物語
舞台や映画と活躍の幅を広げる注目の俳優・菊池日菜子。確かな感性と透明な存在感で注目を集める彼女が、5つのブランドを通じて心の奥にある“感情”と向き合った。
“着る”ことは、自分の内側をそっと映し出すこと。そして、感情は時にファッションによって形を持つ。
本記事の前半では、「私の心の中を旅する」をテーマに、内なる感情を描き出した5つのルックをご紹介。後半では、2025年5月30日に公開を控えた映画『か「」く「」し「」ご「」と「』についての話を伺った。
× OUR LEGACY ー 静けさの中の熱
Jacket ¥276,100、Vest ¥57,200、Pants ¥71,500、Skirt ¥51,700、Shoes ¥102,300 (OUR LEGACY | EDSTRÖM OFFICE 03-6427-5901)
アースカラーで素肌に溶け込むようなレイヤードスタイル。
腰巻き風スカートがパンツと重なり合い、わずかな“ずれ”が心の揺れを映し出す。
一見、落ち着きのある装いの中に、内側からにじみ出る衝動を感じさせる。
「作品の撮影中、関係者の皆さんがモニターをじっと見つめている姿に、静かな闘志のようなものを感じます。カットがかかってプレイバックが始まると、みんなが一斉にモニターの前に集まり、その目つきには、燃えるようなプロフェッショナルの気迫がにじんでいます。
ときどき、ベースが遠くて全体のモニターが見えにくいこともあるのですが、そんなとき、カメラについている小さなモニターをそっと覗き込むことがあります。すると、気づいたカメラマンさんが、私にも見えるようにそのモニターを向けてくれることがあるんです。そうやって、自然とみんながひとつの小さな画面に集まって目を凝らしている光景を見ると、なぜかちょっと嬉しくなってしまいます。」
× Alexander Wang ー 言葉にしない強さ
Dress ¥135,300、Shoes ¥129,800 (alexanderwang | アレキサンダーワン 03-6418-5174)
構築的なドレスに縦のラインで連なるボタン。
全身ブラックに潜むのは、語らないことで浮かび上がる意志。
沈黙の中に潜む緊張感と、誰にも譲らない強さ。
「私は優しさが一番の強さであると信じています。誰かを想うとき、自分の優しさを頼りに向けられた悪意を飲み込むとき、人のために自分を犠牲にできる瞬間には何よりも強さを感じます。」
× COACH ー 記憶と今をつなぐもの
Jacket ¥253,000、Skirt ¥71,500、Bag ¥132,000 (COACH | コーチ・カスタマーサービス・ジャパン 0120-556-750)
ノスタルジックなスエードジャケットに、ブラックレザーの恐竜バッグ。
過去の記憶をたどりながら、無邪気さを重ねるようなスタイル。
“かっこよさ”と“素直さ”が共存する姿。
「子どもの頃の私に今の私を見せても、見向きもしないと思います。幼い頃の私は自分の興味のあることにしか振り向かず、その興味の対象はいつも、家の前にある川や近くの山、虫や木々の中にあったからです。」
× MARC JACOBS ー 背中で語るスタイル
Jacket ¥78,100、Skirt ¥47,300 (MARC JACOBS | Marc Jacobs Customer Center 03-4335-1711)
ツイードのホワイトジャケットを、前後逆に着用。
通常は正面を彩るはずのディテールが背中側に移ることで、視線を後ろ姿へと誘導する。
前を向きながらも、“見せない美しさ”をまとう。
背中で何を語るか。そんな問いかけを含んだ、新しい自己表現のあり方。
「私の母には背中に留まらず空間を支配するほどのオーラを感じます。きっと私が母を想う気持ちと母が私を想う気持ちが確固として存在しているからこそ感じられているのだと思っています。私も誰かにとって背中に私らしさを見てもらえるような人間でありたいと思っています。」
× AMI Paris ー 未来に足を踏み出す
Shirt ¥59,400、Pants ¥132,000、Skirt ¥116,600 (AMI | AMI Paris Japan 03-3470-0505)
ブラウンのスラックスと重なるベルトスカート。
クリーンなシャツを合わせることで、静かで芯のある美しさが際立つ。
一歩ずつ、でも確実に進んでいく“決意”を感じさせるスタイル。
「少し踏み込んだ部分に触れてしまうのですが、私は“女性として生きる”ことに固執したくないと思っています。昔から女性らしいとされているものを持ったりまとったりすることに抵抗感を感じていました。今の私はまだ捉え方や考え方が未熟で、この社会の中で女性として生きることの弱点を拭えずにいるので、いつかは必ずジェンダーに関わらず私が私であることに揺るがない誇りを持って生きていけるようになりたいです。」
Interview with Hinako Kikuchi
俳優・菊池日菜子インタビュー
― 俳優活動5年目という節目を機に、改めてこれまでの歩みを振り返らせてください。まず、福岡出身とのことですが、どんな子どもでしたか?
目の前に川がある家に住んでいたのですが、田舎だったのでとにかく外で遊んでいました。自我が芽生えるまではひたすら姉にひっつき回って真似っこをしていて、友だちができてからはその子とずっと忍者ごっこを。
― かなり活発ですね。
すごく肌が黒かったです(笑)。
― 当時から俳優に対する憧れはあったのでしょうか?
昔から映画が好きだったのでよく観ていましたし、キラキラした世界だなという印象はありましたが、それを自分事に感じることは全くなかったです。ずっと助産師さんを目指していました。
でも高校生になって福岡で声をかけてもらったのをきっかけに、演じる側にどんどん興味が出てきて。これは1度挑戦しないと収まらない衝動だと思い、母に直談判して上京を決めました。
― 実際にキラキラした世界でしたか?
俳優業を志したときにはもう覚悟に変わっていました。厳しい世界だということはもちろん分かっていたので、挫折や絶望感もあまり感じず受け入れることができました。この壁を超えてこそだと。
― スポーツ根性みたいものが強いのかも。学生時代は陸上競技で優秀な成績を収めてこられたそうですし。
根強い体育会系の根性が眠っているのだと思います。
― 逆境も自分の糧にできるような。
多少の苦しみがないと頑張れていないかもしれないと思ってしまう性格で。平和すぎると不安というか。
― 負荷をかけないと筋肉も育たないですからね。俳優業で最もやりがいを感じるのはどんなときでしょう?
ここぞというシーンを終えたときでしょうか。正解があるわけではないので完全にうまくいったと感じることは難しいですが、挑んでやりきったという事実を得られたときには「やって良かった」と思えます。
― 演じることはおもしろいですか?
おもしろいですね。正直に言うと90%は辛かったりするのですが、10%のおもしろさが大きすぎるので、その10%があれば今後もやっていける気がします。
― 仕事を続けていくうちに、意識の変化もあるのでは?
スタッフさんやキャストさんとの出会いが、一番自分を変えてくれると思っていて。たとえば最初に出演させていただいた映画『私はいったい、何と闘っているのか』では、大先輩方の現場での佇まいを見て、自分の役柄を考えるだけでなく、人に何かを与えられる立場になることもひとつの目標だなと思いました。出会いを重ねるたびに、目指すべきところがたくさん見えてくるんです。本当に素敵な方々との巡り合わせが多く感謝しています。
― 作品に取り組むうえで、意識していることはなんでしょう?
演出家の根本宗子さんの『今、出来る、精一杯。』という作品があって、私はそのワードをすごく大事にしているんです。やっていることが正解かはわからないし、時間も限られているけど、自分が持っているものと置かれている環境の中で、今できる精一杯で目標に向かうことは常に頭の中にあります。
― 俳優としてどういう存在になっていきたいか、ビジョンがあれば教えてください。
他の方のお芝居を観ていて、実際の人柄が魅力的な方が演じられていると、作品もさらに深みが増す感覚があるんです。私も作品を重ねて多くの方に知っていただき、自分自身にも深みを感じてもらえるようになれば、作品にも相乗効果が生まれるのではないかなと。そこが目標ですね。
― 5月30日(金)には最新の出演映画『か「」く「」し「」ご「」と「』が公開を迎えます。菊池さんが演じた黒田文、通称パラという役をどのように捉えましたか?
原作を読んで一番好きだったのがパラだったんですが、一番掴むのが難しくて。撮影に入っても「これだ」という直感が得られないままでした。でも演じているうちに中川(駿)監督が「僕よりパラを知っていると思う」と言ってくださるようになって、私も日に日に自信を持って「パラだったらこう言うかもしれない」と掴めてきた感覚がありました。
思い返すと、控え室でも無意識的にパラを演じていたような気がします。きっと私自身の中にもパラの要素があって、それが顕在化していったんじゃないかなと。
― 本作は5人の高校生の“かくしごと“が織りなす物語となっていますが、菊池さん自身が人と関わる際に大事にしていることはなんでしょう?
正しさよりも目の前にいる人の心の揺れ動きを優先したいなとは思っています。たとえば妹や弟に対してなど、自分が導く立場になったときには特に正しさを優先しがちなのですが、やさしさや思いやりを持って、目の前にいる相手のことを一番に考えた発言であればきっと本人が正解にしてくれるだろうと。選択肢のひとつを「これだ」って決めつけないようにしています。
― メインキャストの他の4人とは良い関係を築けましたか?
稀に見るくらい仲が良かったと思います。キャストだけでなくスタッフさんも含めてすごく仲良くなって、いまだにご飯に行ったりしています。
キャストの中で早瀬憩ちゃんだけは年齢が少し離れていて、17歳ながらすごく達観していて、むしろ一番落ち着きがあるんです。そして佐野晶哉くんにだけちょっと厳しくて、わざと鋭い言葉も使いながら思いっきり突っ込むところがおもしろくて。
― 佐野さんが突っ込まれるというのは、ちょっと抜けているところがあるんですか?
いえ、わざと突っ込まれるために、いろんな人にちょっかいを出していて。キャストだけじゃなくスタッフさんにもエキストラさんにも、なんの分け隔てもなくグイグイ行けるからすごいです。きっと思いやりがあって、根が素直だからだろうなと思います。
― 出口夏希さんとはいかがでした?
出口さんは「なっちゃん」と呼ばせてもらっているんですが、なっちゃんと初めて会った瞬間、太陽だと思いました。現場に入ってきた瞬間、半径50メートルが一気に明るくなったんです。最初は麗しすぎて近寄れないと思ったんですが、実際に話してみるとすごく朗らかで柔らかくて、親しみやすさもあって。みんな虜になるわけだと実感した毎日でした。
― 日向ぼっこみたいな心地よさですね。最後に、奥平大兼さんは?
奥平大兼って呼んでいるんですけど。
― フルネームで(笑)。
奥平大兼は陰のある役の印象が強かったんですが、実際に会ってみるとものすごく明るくて度肝を抜かれました(笑)。話していると本当に楽しくて。彼は洋服が好きで、私は文章が好きで、お互いが好きなことを語り合うことがすごくおもしろくて、いつも他愛もない話をしていました。
― みなさんフラットに付き合える関係性で素敵ですね。
本当にそうですね。なんの取り繕いもなかったです。
― そして、8月1日(金)からは菊池さんにとって初の主演映画となる『長崎ー閃光の影でー』が公開されます。
台本をいただいて電車で帰る途中に、いても立ってもいられなくて一駅で降りて、カフェで一気に読んだんです。そんな感覚は初めてでした。主演ということもあり奮い立つような気持ちは強く持っていたように思います。
― 内容的にもかなり気負うところがあったのでは?
台本と一緒に参考資料として当時の看護師さんたちの手記をいただいたんですが、読んでいくうちに自分の役割が重すぎることを実感して。私は彼女たちが体験した辛さ、苦しさ、生活の有様を体現しなくてはならないし、観ている方々に伝えないといけない。台本をいただいてからクランクアップまで、そのプレッシャーとの戦いでした。もしかすると今もまだ戦っているのかもしれません。
― 完成した作品はご覧になりましたか?
はい。凝縮されているぶん、撮っていたときよりも辛かったです。そしてそれでも観てほしい、届けたい、というのが一番の想いです。
― 戦後80年の夏、改めて歴史と向き合って考えるきっかけになりそうです。『か「」く「」し「」ご「」と「』と『長崎―閃光の影で―』、かなり毛色の違う2作品ですが、老若男女問わず響く作品だと思うのでぜひ劇場でご覧いただきたいですね。
どちらも誠心誠意向き合って挑みました。よろしくお願いします。
― 最後にファッションについてもお聞かせください。近年はモデルとしても多く活躍されていますよね。
お芝居とも通ずると思うようになってからは、よりやりがいを感じられるようになってきました。スタッフさんが描いているイメージを体現するために、どういうポージングや表情をするのが良いかを考えることはすごく楽しいです。
― お芝居に変換すれば、モデルの役とも捉えられますしね。
確かにその通りですね。
― 今日の撮影はいかがでしたか?
難しかったです。スタッフさんも含めて、模索を重ねた撮影でした。何が最善か見えていない状態でスタートして、だからこそ最終地点へたどり着いたときの達成感は高かったと思います。
― プライベートではファッションとどのように向き合っていますか?
現場も多いので、気づけば機能性重視の服に。でもファッションを思いっきり楽しみたいという衝動もあるので、休みの日にはっちゃけるようにしています。
― はっちゃけるというのは?
ちょっとコスプレ感覚というか、その日行く場所やなりたい人物像から着想を得て、コーディネートを組むことが多いです。
― それもお芝居みたいです。
たしかにそうですね。スタイリストさん気分で、今日は真面目っぽい感じにしようと思って眼鏡をかけたり、プリーツの入ったスカートを穿いてみたり。
― ファッションを楽しんでいますね。
まだまだ初心者ですが(笑)。でも初心者だから楽しいんだと思います。
Profile _ 菊池日菜子(きくち・ひなこ)
2002年2月3日生まれ、福岡県出身。21年に第30回 全日本高等学校女子サッカー選手権大会で初代応援マネージャーに就任。『月の満ち欠け』(22/監督:廣木隆一)で第46回日本アカデミー賞新人賞を受賞。近年の出演作に、『私はいったい、何と闘っているのか』(21/監督:李闘士男)、「RoOT/ルート」(24/TX)など。主演映画『長崎ー閃光の影でー』(25/監督:松本准平)など公開待機作品多数。
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Information
映画『か「」く「」し「」ご「」と「』
2025年5月30日(金)ロードショー
出演:奥平大兼、出口夏希、佐野晶哉(Aぇ! group)、菊池日菜子、早瀬憩、ヒコロヒー
原作:住野よる 『か「」く「」し「」ご「」と「』(新潮文庫刊)
監督・脚本:中川駿
©2025『か「」く「」し「」ご「」と「』製作委員会
- Photograph : Yudai Kusano
- Styling : Takashi
- Hair : Yuko Aoi(LESEN inc.)
- Make up : Suzuki
- Interview text : Yusuke Takayama(QUI)
- Edit & Text : Yukako Musha(QUI)