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Bianca Saunders 2025年秋冬コレクション、抑制されることで生まれる美のかたち

May 29, 2025
ここ数年、アフリカを出自とするデザイナーの台頭が著しい。<Wales Bonner(ウェールズ・ボナー)>、<Ib Kamara(イブ・カマラ)>、<Thebe Magugu(セベ・マググ)>、<Ahluwalia(アルワリア)>、<Tokyo James(トウキョウ・ジェームス)>など、その存在感はファッション界において確固たるものとなっている。
中でも注目しているブランドが、<Bianca Saunders(ビアンカ・サンダース)>。
これらのデザイナーに共通するのは、自らの文化的ルーツを他者から見た記号としてではなく、身体感覚や感情に根ざした個人的な経験から美学を導き出していることだ。

Bianca Saunders 2025年秋冬コレクション、抑制されることで生まれる美のかたち

May 29, 2025 - FASHION
ここ数年、アフリカを出自とするデザイナーの台頭が著しい。<Wales Bonner(ウェールズ・ボナー)>、<Ib Kamara(イブ・カマラ)>、<Thebe Magugu(セベ・マググ)>、<Ahluwalia(アルワリア)>、<Tokyo James(トウキョウ・ジェームス)>など、その存在感はファッション界において確固たるものとなっている。
中でも注目しているブランドが、<Bianca Saunders(ビアンカ・サンダース)>。
これらのデザイナーに共通するのは、自らの文化的ルーツを他者から見た記号としてではなく、身体感覚や感情に根ざした個人的な経験から美学を導き出していることだ。

Bianca Saunders(ビアンカ・サンダース)とは?

ジャマイカ系ブリティッシュの背景を持つ女性デザイナー、ビアンカ・サンダース。彼女は自身のルーツを、「身体の動き」という切り口から読み解いてきた。
「黒人男性のマスキュリニティは、しばしば過度に誇張されて描かれる」彼女はそう語る。黒人男性の身体的・精神的な強さには、時にはネガティブなイメージが伴うという。
そのイメージに対する抵抗として、サンダースはフェミニンな要素や柔らかさをメンズウェアに取り入れ、黒人男性の身体の所作や動きからインスピレーションを得て服作りを行っている。
女性デザイナーによるメンズウェアという点でも、身体的・精神的の両面から男性像を捉え直す視点に繋がっている。

<Bianca Saunders>が表現するのは、レゲエやダンスホールといったわかりやすいジャマイカンカルチャーではない。歩き方、座り方、身体をくねらせる所作など、日常にしみついた無意識の動きや癖といった“身体の記憶”に目を向け、そこに美を見出し、服の構造へと昇華させている。

 

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「ねじれ」と「非対称性」の美学

2025年秋冬コレクションのテーマは「Dichotomy(二分法/対立)」。「抑制と自由(Constraint and Movement)」という対照的な概念が、衣服の構造とプレゼンテーションによって視覚化された。

今回はランウェイではなく、プレゼンテーション形式を採用。これはテーマのメッセージをより強く伝える手段だったといえる。
舞踏家Shanti Bell(シャンティ・ベル)とのコラボレーションが発表され、ジャマイカの男性ダンサーのアーカイブ映像のリサーチを基に構成されたという。
モデルたちは従来のように「スムーズに歩く」のではなく、それぞれが衣服に結びつけられた重たい物体を引きずりながら歩く。
自由な動きが抑制され、布が引っ張られ、ねじれ、歪む、その“動きにくさ”が身体の重さや感情の抑制として観る者に伝わる。

ルックでは、Y字型カットのシャツ、ツイストされたパンツ、ノットディテールのバッグ、スクエアに断ち切られたシャツなどが登場し、「ズレ」や「歪み」といった意識的な非対称性が、“規範からの逸脱”を美として成立させていた。

例えばツイストされたパンツは、ジャマイカの文化的な身体性を表現したもの。レゲエやダンスホールに合わせて身体を揺らすとき、動きは左右対称ではなく、重心は絶えず移動し、ねじれや反復が生まれる。そうした身体の軌道の揺れを構造として写し取る。

バッグのノットも同様に、機能性だけでなく、ジャマイカやカリブ地域に残る“布を結んで持つ”という生活の知恵や慣習に由来する。市場で布をくくって荷物を運ぶ仕草、簡易に縛って持ち運ぶ工夫、そんな身近な動きが抽象化されたかたちで落とし込まれる。

<Bianca Saunders>の服は、西洋服飾史が前提としてきた「まっすぐな身体に最適化された服」に対する問いかけでもある。西洋のパターンは、直線的・対称的な身体を理想とし、服が身体を矯正するように作られてきた。<Bianca Saunders>の服はむしろ、ねじれ、非対称、を肯定する。

Bianca Saundersに魅了された理由とは?


2023春夏コレクションで購入を検討したJKT

<Bianca Saunders>に惹かれるのは、ジャマイカ文化に詳しいからではない。むしろ、ボブ・マリーに代表される表層的なレゲエ文化の印象しか持ち合わせていない。
しかし、彼女のコレクションの根幹である「身体・感情の抑制」からの自由という提案に共感している自分がいる。個人的な話になるが、過去にボタンを止めるとテーラードジャケットに姿を変えるプルオーバーの購入を検討したことがあるが、それも無意識のうちに“型にはまらない自由さ”に惹かれていたのかもしれない。感情を抑えること、空気を読むこと。それらを日々行う私たちもまた、知らず知らずのうちに“自分の動き方や感情”を制限している。

<Bianca Saunders>の服は、「こうあるべき」からはみ出すことを美しさとして肯定してくれ、自分自身の中にある揺らぎや葛藤を包み込んでくれるように感じる。
振り返れば、惹かれてきたのはいつも「ウィメンズがつくるメンズ服」だった。私が最初に好きになったのは“男らしさ”という枠に縛られない、自由で詩的な視点と構造があった<Ann Demeulemeester(アン・ドゥムルメステール)>だった。

強さや主張の前に、静かな日常に寄り添うような感覚。服に宿るそのバランスが、私にとっての「美しさ」なのかもしれない。

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  • Text & Edit : Yusuke Soejima(QUI)

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