Rick Owens 2026年春夏コレクション、パリのエレガンスとは異なる“そうじゃない”美学
<COMME des GARÇONS>や<Yohji Yamamoto>といったブランドと同様に、常に“自分の言葉”でファッションを語り続ける存在であり、そこに<Rick Owens>が放つ力がある。
私も<Rick Owens>に魅了され続けて長いが、それはパリという舞台で“正統派なエレガンス”とは異なる美を一貫して肯定し続ける姿勢と信念の強さに惹かれているからだろう。
本レポートでは、今年の6月に行われたメンズ、10月に行われたウィメンズ、それぞれの2026年春夏コレクションを振り返りながら、改めて<Rick Owens>の美学を紐解いていきたい。




TEMPLEという名の儀式
2026年春夏コレクションは、メンズ・ウィメンズ共に、お馴染みとなったパレ・ド・トーキョーで開催。タイトルの「TEMPLE(神殿)」は、同時期にパリ市立ガリエラ宮美術館での自身の回顧展「Temple of Love」とも呼応した。
「回顧展という言葉には“頂点”や“終焉”、“衰退”といった概念がつきまとう」と語るリック。今回のショー演出には、それらを受け入れるような“通過儀礼”としての演出が印象的だった。神殿の中央に設けられたプールへとモデルたちが歩いていく光景は、“浄化”と“再生”の儀式そのものだった。



グラマーとスリーズのアップデート
回顧展では<Rick Owens>がこれまで追い求めてきた「グラマーとスリーズ(=華やかさと退廃的でフェティッシュな魅力)」の軌跡を辿る構成となった。そしてその美学の流れは、今季のコレクションにも確かに通底している。
「身体の拡張性」、「露出」、「セクシュアリティ」といったリックが長年一貫して打ち出してきたキーワードは健在であり、改めてその魅力と唯一性を際立たせてみせた。
このスタイルに通底する思想として、リック自身が語る次の言葉がある。「ヨーロッパ的な美的洗練の濃密さを、アメリカ的な率直さのフィルター越しに見つめること」。
その視点は今回のコレクションにも色濃く反映されている。
たとえば、イタリア・コモで織られたナイロンやトスカーナでなめされたベジタブルタンニンレザーといった高品質素材を使いながら、それらを意図的に“崩す”ことで、既存の美の構造を問い直す。ヨーロッパの文化的洗練に敬意を払いつつ、アメリカ的な大胆さや猥雑さを重ね合わせ、「上品な服」とは異なる表現を生み出していく。
そのプロセスは、素材だけでなく構造や動きにも及んでいる。
独自のカッティングや加工によって、衣服の動きや肌の見え方に官能性が立ち上がり、服はただの“覆い”ではなく、身体の存在そのものを語る、もう一つの皮膚のように機能していた。
メンズ:防御と演出の間に立つ服



メンズのルックでは、ベジタブルタンニンでなめされた厚手のレザーが、大胆なスリットやジップで解体され、構築的かつ実験的なディテールが施されていた。
それは防具のようでありながら、身体の内と外を同時に浮かび上がらせるような存在へと変換されていた。


そり立つ襟や誇張されたハーネス、スパイク、フリンジといった要素は、戦闘的でありながら、どこか官能的でもある。 装飾でありながら、自己演出の余白を残す“余韻ある造形”として成立していた。

レザーは歩行に合わせて揺れ、きしみ、硬さと柔らかさが共存することで、まるで肉体の一部のように振る舞う。 そこには、防御するための服でありながら、身体を拡張し、演出し、晒すという、<Rick Owens>らしい両義性の美学が確かに存在していた。


ウィメンズ:構造が語る官能



ウィメンズでは、メンズの構築性を引き継ぎつつ、より繊細で内省的なアプローチが見られた。

ナイロンチュールに施されたスパンコール刺繍は、パリのラバーフェティッシュ職人のマチス・ディ・マッジオによるもの。 ラテックスに浸されたパネルに、一つひとつスパンコールを手作業で配置し、乾燥後に磨きとブラッシングを幾度となく繰り返すことで、独特の“ひび割れたような質感”が完成する。 この素材は、装飾というよりも、まるで“もう一枚の皮膚”のように身体に貼りつき、その存在を覆いながら、むしろ強調していた。

身体に沿う縫製やシームは、露出せずとも骨格や肉体のラインを際立たせるカッティングとして機能し、 肌の面積ではなく、身体の密度や気配そのものを浮かび上がらせるようなエロスを宿していた。 ここにもまた、官能性と建築性、フェティッシュと構造美がせめぎ合う、<Rick Owens>らしい世界が静かに息づいていた。


“そうじゃない美学”を求めて
こうした構築的かつ信念に満ちた服作りによって、“信者”は生まれるのだろう。
全身を<Rick Owens>で固めた観客たちが集いはまさに圧巻。屋外からもショーが見られるため、一目でも見ようとバス停によじ登る人すら現れる。その行動の是非はさておき、改めてファッションが持つ“パワー”を可視化する場となっていた。
それはきっと、<Rick Owens>がパリという「正しさ」と「洗練」の集積地において、“そうではない美学”を肯定し続けているからに他ならない。
「そういう美もあっていい」
<Rick Owens>が、そう問い続けてくれる限り、私たちはこの“神殿”に集い続けるのだろう。


All Photo Credit:OWENSCORP
Rick Owens 2026SS MENS COLLECTION RUNWAY はこちら
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- Text & Edit : Yusuke Soejima(QUI)