パリ・ファッションウィーク 2026年春夏コレクションガイド — “私”の視点への回帰 vol.3
Magda Butrym/マグダ ブトリム
<Magda Butrym>の2026年春夏コレクション「The Studio」は、ワルシャワのアトリエと画家ポリーナ・オウォフスカの絵画『The Studio』を起点に、未完成の美と本能的な魅力をそのまま映し出すワードローブとして構成された。
ミニ丈のシルエットやランジェリー由来のスリップ、スモッキングやレースを施した軽やかなドレスが並び、作りかけのニュアンスや直感的な動きが、服そのものの強さとして可視化されている。
バラのつぼみのように顔に寄り添う大ぶりのクラウドハット、立体的なミニドレス、ペプラムブラウスやストラップレストップ、歪んだアワーグラスを描くテーラリング、さらに日常にもイブニングにも映える手編みのクロシェピースや、クロシェを重ねたスリングバックパンプスが登場。
完璧さよりも手触り・衝動・揺らぎに価値を置き、フェミニンをより自由で解き放たれた表現へと更新するコレクションだった。
MAGDA BUTRYM 2026SS COLLECTION RUNWAY
VALENTINO /ヴァレンティノ
<VALENTINO>の2026年春夏コレクション「Fireflies」は、イタリアの映画監督/脚本家であるピエル・パオロ・パゾリーニが語ったホタルの比喩を起点に、暗い時代に微かに灯る希望や欲望の光を描き出した。
戦時下の手紙から現代のコンフォーミズム批判までを横断し、見えにくくなった小さな光を、装飾や色彩、ブランドが培ってきた表現語彙を通じて掬い上げる構成だった。
スパンコールやクリスタルを散りばめたドレス、精緻な刺繍を生かしたアウター、柔らかな光を帯びるテキスタイルのブラウスやスカート、繊細なアクセサリーなどが登場。
きらめきは単なる装飾ではなく、“何を見るか”というまなざしへの問いかけであり、暗闇の中に残る希望の痕跡をそっと浮かび上がらせる、ホタルの森のようなコレクションだった。
McQueen/マックイーン
<McQueen>の2026年春夏コレクションは、抑圧された本能と解放への衝動を軸に、映画『ウィッカーマン』の緊張感を現代テーラリングへと重ね合わせた。
制服的ジャケットやユニフォーム生地はスラッシュや鋭いドレープによって解体され、理性と本能のあいだで揺れ動く身体そのものを映し出す。
カットアウトのビスチェドレス、ロースラングのパンツ、再解釈されたバムスター、抽象化された昆虫プリントのパラシュートシルクガウン、炎のグラデーションや装飾、チェーンメイルとジャカードの対比、そしてアーカイブ由来のホーンヒールが登場する。
自然素材で組まれたメイポール風セットと、A.G.クックによる音楽が都市と大地、抑制と解放の境界を揺らし、マクギアーが提示する新たなブランド像を鮮烈に刻むコレクションだった。
McQueen 2026SS COLLECTION RUNWAY
Thom Browne/トム ブラウン
<Thom Browne>の2026年春夏ウィメンズコレクションは、クラシックなスーツを幻想的な宇宙の物語に重ね、ブランド特有のテーラリングを新たな物語空間へと運ぶ構成で発表された。
ゼロ・グラビティを思わせる舞台の中で、ジャケットやプリーツスカートは極端なプロポーションへと拡張され、現実とファンタジーを往還するシルエットが際立つ。
立体的ショルダーのスーツ、パネル仕立てのドレス、宇宙服を思わせるキルティング、ヌードスーツ、アストロノート風のヘッドピース、厚底のプラットフォーム、Teviot、Hector、Mr. Boltonなどのバッグも登場。
緻密なテーラリングが舞台装置と共鳴し、制服的な衣服をドラマの一部として読み替えるコレクションだった。
THOM BROWNE 2026SS COLLETION RUNWAY
Agnès b./アニエス ベー
<agnès b.>の2026年春夏コレクション「toute une histoire(quite a story)」は、ブランド50周年の軌跡をたどる物語として構成された。
小さな石や海の深淵、ディドロの百科全書、『ヨハネによる福音書』、グラフィティ、アンディ・ウォーホルといった、アニエスが愛してきた断片的なモチーフが織り込まれ、日常着にアートや文学の気配がほのかに重ねられている。
テーラードスーツ、ワークウェア由来のパンツ、フローラルプリントのボタンシャツ、シアーなブラウス、ミディスカート、ロングコートなどが、今季のカラーパレットとともにアーカイブと新作を横断して登場。
過度な演出に頼らず生活に寄り添う服を静かに重ねることで、生き方のスタイルとしての<agnès b.>をあらためて提示したコレクションだった。
agnès b. 2026SS COLLECTION RUNWAY
KIKO KOSTADINOV/キコ コスタディノフ
<KIKO KOSTADINOV>の2026年春夏ウィメンズコレクションは、内省する女性像を軸にどう作るかという姿勢を深め、素材と構造の探求をテーマとした。
素材・構造・プロポーションを緻密に検証し、コルセット風トップやドレープスカート、流動的ニットを組み合わせ、身体と服の関係性を立体的に描く。
パステルニット、スカーフヘム、繭状トップス、ブランケットテキスタイル、ワーク由来ジャケット、バブルスカート、レースのような漂白デニムスーツなどが登場。
映画やアートの女性像を想起させるムードの中、フェミニニティをしなやかな強さとして解釈し、変化の時代におけるささやかな自由を構造に落とし込んだコレクションだった。
KIKO KOSTADINOV 2026SS WOMENS COLLECTION RUNWAY
CFCL/シーエフシーエル
<CFCL>のVOL.11 COLLECTION「Knit-ware: Concreteness」は、具体芸術の思想に呼応し、都市生活の道具としてのニットを丁寧に掘り下げた。
強いインスピレーションではなく、日常に潜むささやかな豊かさを基点に、透明糸や丸みのフォルムによって、静かで澄んだ佇まいのニットウェアを描き出す。
透明糸で柔らかい色を包むOVERWRAPPED POTTERY、複雑な凹凸と奥行きを生むPOTTERY SWELL、染色プロセス自体を模様とするDYEINGシリーズ、構成主義的ストライプのTERRACED、タッセルを刺し込むように構成したFLUFFY、そしてB Corp同士の協業となる<VEJA(ヴェジャ)>とのスニーカーが登場。
伸縮性とプログラミング的設計を重ね、柔らかなフォルムと具体的な機能性というブランドの理念を、さらに成熟した方向へと広げたコレクションだった。
UJOH/ウジョー
<UJOH>の2026年春夏コレクションは、過酷さを増す日本の夏に向けた“都市のユニフォーム”を掲げ、涼しさ・知性・エレガンスを同時にかなえる装いとして提示された。
セーラーカラーの構築的な再解釈や、帆のように広がるパンツ裾、影と呼吸のように軽やかなレイヤリングが、極端な暑さの中でも動きと軽さを保つシルエットを生み出す。
ギャバジンやポプリン、リネン×ビスコース、メッシュ、テクニカル素材に加え、漁網を繊細なレースへと昇華したドレスやトロピカルリーフの刺繍、そして<Reebok(リーボック)>とのコラボレーションが並ぶ。
黒・白・ベージュの静かな基調に、グレイッシュなライラックと深いネイビーの間に佇む青を差し込み、酷暑のなかでも凛とした佇まいを保つ新しい夏のドレスコードを描いたコレクションだった。







