QUI編集部が未知なる才能を追い求めて|ABELIA EDOWARD GOUCHA デザイナー 松井誠剛
今回取り上げるのは<ABELIA EDOWARD GOUCHA(アベリア エドワード ゴーチャ)>。クリエイションについて、デザイナー自身について、バックボーンについて。知られざる魅力を深掘りし、強く発信してみたい。
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@abeliaedowardgoucha
ABELIA EDOWARD GOUCHA 2024SS COLLECTION
自己表現の手法として選んだ服作り
QUI:私は松井さんと同世代なのですが、周囲のファッションフリークたちが今気になっているブランドとして名前を挙げるのが<ABELIA EDOWARD GOUCHA(アベリア エドワード ゴーチャ)>です。
松井:ありがとうございます。
QUI:作られている服にはスポーツのテイストも見られますよね。
松井:スポーツに限らずですけど、自分に少しでも関わりがあることじゃないとうまく表現に落とし込めないんです。ずっとサッカーをやっていたので、スポーツも自分にとっては身近なものでした。
QUI:<ABELIA EDOWARD GOUCHA>といえばベースボールスラックスはシグネチャーアイテムのようになっているので、松井さんはスポーツ好きなのかと思ってました。
松井:自分が見てきたもの、触れてきたものが発想の起点にはなっているのですが、それを色濃く反映させたいかといえばそうでもないんです。ベースボールスラックスもサッカー部の自分が野球部のパンツをかっこいいと思ったことがあって、表現としてもそれぐらいの距離感がちょうどいいんです。
当初、松井さんご自身で作っていたという baseball slacks
QUI:自分そのものではなく、松井さんの横を通り過ぎたぐらいの距離感ってことですかね。そもそも松井さんがファッションデザイナーになろうと思ったきっかけはなんだったのでしょうか?
松井:自分が働いている姿が全く想像ができなくて、そもそも自分は働くこと自体が無理なんじゃないかと思っていたのでローソンのバイトを一生やっていこうと本気で考えていました。ストライプの制服がかっこいいから、あれを着ることができればなんとかやれるかもって(笑)。
QUI:それでも現在はファッションデザイナーです。
松井:自分としては服を作ることもあまり仕事として捉えていなくて、どちらかといえば自己表現をずっと続けている感じです。表現の手法として選んだのが服だったんです。もしも自分が絵で表現ができればアートの世界に進んでいたかもしれないです。
QUI:経歴としてはファッションの学校を卒業されていますよね。最初から服を作りたいという目標があって進学したのではないのですか?
松井:最初に選択したのはスタイリスト科だったのですが自分としてはあまり楽しめなくて、それで2カ月ぐらいで転科制度を利用してクリエイター科に移ったんです。そこで初めて服を作ることになりました。
QUI:クリエイター科は松井さんとしてはフィットしたのでしょうか。
松井:フィットしましたね。「あっこれだ!」とすぐに思えましたから。
QUI:0から1を生み出すようなことが向いていた?
松井:自分はそこまで職人気質ではないので0から1ということに固執していたわけではなく、自己表現にふさわしいツールと思えたのが服でしたね。
QUI:「自己表現」という言葉が繰り返されると、松井さんは「ブランドとして成功する」というのは度外視なのかなと思ってしまいます。
松井:好き勝手に服を作ることが楽しいから続けていただけで、「売れたい」や「成功したい」というのが優先ではなかったです。それがブランドとして知られるようになり、服を欲しがってくれる人も増え、それから服作りに対して責任感みたいなものが生まれました。今はブランドとしてもう少し大きくなりたいという気持ちも生まれてきています。
生き方に大きく影響を受けた兄の言葉
QUI:<ABELIA EDOWARD GOUCHA>というのは花の名前ですが、それも松井さんにとって何かエピソードがあるのでしょうか。名前の響きから最初に知った時は日本のブランドだとは思いませんでした。
松井:ブランド名はなんでも良かったんですが、これまでの自分と関わりのあるものの名前から選びたという思いはあって、アベリア エドワード ゴーチャは通学路の花壇に咲いていた花でした。花の名前が表札に記されているのを見た時に、めちゃくちゃかっこいいと思ったんです。
QUI:花に惹かれたわけではなく、名前に惹かれたんですか?
松井:花そのものはどこにでも咲いているようなもので雑草のように地味です。特別な存在ではないし、誰もが見たことがある、でもその魅力にはなかなか気づきにくい。「みんな素通りしてるけど、よく見たら素敵」って、まさに自分が表現したかったことに近い気がしたんです。だから自分でブランドを立ち上げるならこの名前でいこうと決めていました。
QUI:ブランドをスタートさせた時にコンセプトのようなものも決めたのでしょうか。
松井:僕は自分で勝手に始めたので何も決めていないです。でも自分が作った服について説明しないといけないこともあって、言葉は何かしら必要じゃないですか。だから調べたり、探したりすればコレクションテーマについて話した僕の言葉は残っているはずです。今見たら「このシーズンの僕の気分はこうだったのか」って自分でも思いそうですが(笑)。
デザイン画とタグのサンプル。タグは1000着ずつ色を変えているのだとか。
QUI:シーズンテーマなどはその時の気分なんですか?
松井:テーマといっても僕的にはずっと前シーズンの続きを創っているつもりで、その中で生じる小さな変化をとても楽しんでいます。だから好きなアイテムはずっと作り続けたいし、過去のシーズンのアイテムでも時間を経て気づくことや感じること、異なる角度で見えてくる新たな視点があります。
QUI:「あのアイテムをまた作ってほしい」などもあるとは思いますが、そういうリクエストに対してはどうしているんですか。
松井:申し訳ないですけど自分が作りたい気分になるまで待ってもらいます。
QUI:松井さんがその時の感覚に瞬間的に従っていることはよくわかったのですが、それでも服作りのルーツになっているようなカルチャーはあったりしますか。
松井:それが本当に全く無いんですよね。家族の影響でこんな音楽を、こんな映画を好きになったとかよく聞いたりしますが、そもそも僕は親の趣味もそうですけど、仕事すらよく知らないです。唯一影響を受けたといえるのは兄ですかね。
QUI:どんなお兄さんだったんですか。
松井:とても出来のいい兄でした。僕は「人間はどう生きるべきか」みたいなことを考えるのが好きなのですが、それも兄の影響なんです。
QUI:哲学的ですね。「好き勝手に服を作っている」と言っていた松井さんの印象がまた変わります。
松井:服でも道具でも兄からのお下がりが多くて、例えば友達は新品の粘土を使っているのに、自分だけカチカチの濁った粘土とか。それがすごくコンプレックスだったのですが兄は「何も恥ずかしがることない」って。僕が着たくないって言ったお下がりの服も「かっこいい人が着れば、どんな服でもかっこいいんだよ」と言って着るような兄でした。デザイナーを続けられているのも、お手本になるような生き方を示してくれた兄のおかげです。
QUI:お兄さんからの影響は<ABELIA EDOWARD GOUCHA>のどんなところに現れているのでしょうか。
松井:2024春夏は毛玉が生じた生地で作ったジャケットがあるのですが、毛玉ってどちらかといえばマイナスのイメージですよね。それでも僕にはその生地が魅力的に見えたし、「毛玉の何がいけないの?」と思ったんです。兄が言った「何も恥ずかしがることない」と同じです。2024春夏は売れ残った生地で作ったアイテムが多いのですが、それもサステナブルなどではなくて見落とされていた魅力を発掘していくような作業が好きなんです。
生地の表面に毛玉加工が施されている2024春夏のMorning jacket
自分で自分のことをもっと知りたい
QUI:ブランドのファンはどんな方が多いですか?
松井:僕の印象では繊細で穏やかな方が多いような気がします。<ABELIA EDOWARD GOUCHA>のナチュラルな雰囲気の服と同調するような方です。
QUI:<ABELIA EDOWARD GOUCHA>は関西を拠点にしているようですが、お客さんやショップとの距離も近いように感じます。それは関西特有だなと思うのですがどうでしょうか。
松井:比較的近いかもしれないですね。わかりやすいぐらい尖るのではなくて、自然体だけどかっこよくありたいというのが僕たちの世代の価値観で、それと同じような感覚を持っている20代前半の人たちで自然とコミュニティができあがっているような気はしています。
QUI:<ABELIA EDOWARD GOUCHA>のルック画像は大人っぽいモデルさんが多いですが、リアルのお客さんは20代前半なんですね。30代、40代が着てもおかしくないデザインなので意外でした。
松井:それは30代、40代にまだまだ知られていないからだと思います。ルックの撮影もその時は最善のつもりですけど時間が経つと「もっとこうできた」、「こうすれば良かった」って必ず思ってしまうので、ビジュアルに関してはもっとプロフェッショナルにやっていきたいです。
QUI:時間が経つと考えや方向性が変わってしまうというのは、<ABELIA EDOWARD GOUCHA>がまさにこれからのブランドだからでしょうね。
松井:ブランドとして3年目なのですが、そういう時期なんだろうなって思います。自分でもブランドとしての役割や立ち位置がよくわからなくなることがあります。10年後に自分が何をやっているか全く想像もつかないですけど、なんとかなって、なんとか生きているだろうって自信だけはあります(笑)。
QUI:どんなクリエイティブだとしても、「自己表現」であることはきっと変わらないんでしょうね。
松井:僕は自分で自分のことをもっと知りたいんです。服作りを続けていれば、自分でも気づけていない自分と出逢えるんじゃないかなと思っています。テーマありきではなくて、生地から服作りがスタートすることがあるのですが、組み立ている最中にどうして自分がこの生地に惹かれたのかが見えてくるんです。最初は「なんとなくいいと思った」ぐらいだったものが「こういう理由だから自分はこの生地を選択した」と確信できます。
QUI:世の中の価値や対外的な評価よりもきっと「自分がどう思うか」を大切にされている松井さんですが、お客さんから言われて嬉しかった言葉はありますか。
松井:ブランドについても、僕が作る服についても、言ってることがみんなバラバラなんで周囲の評価を気にしてたら何が正解なのかわからなくなっちゃいそうです。お客さんから言われてうれしかったのは<ABELIA EDOWARD GOUCHA>のことを「人間みたいですね」と表現された方がいました。
QUI:人間らしい?
松井:ブランドやプロダクトという形式的なものにはなりたくないので、人間のような生々しさを<ABELIA EDOWARD GOUCHA>から感じ取ってくれたとしたら僕にとって「人間みたい」というのはすごい褒め言葉です。ブランドだから、プロダクトだからとあまり枠やルールを決めすぎず自由にやっていきたいです。
QUI:「作りたい時に作りたいモノを」というスタンスだとしたら、春夏や秋冬などのシーズンも取っ払いたいですか?
松井:そこまで自分に課すものが無くなると僕は何も作らなくなる可能性もあるので、最低限の枠としてそこは残しておきたいです(笑)。
QUI:今日のインタビューは現時点での松井さんの想いや考え方だと思うので、何年後かにもう一度お会いしたくなりました。今日お話しいただいたことから何が変わって、何が変わらないままなのか答え合わせをしてみたいです。
松井:それはおもしろそうですね。ぜひ、お願いします。
- Photograph : Kaito Chiba
- Text : Akinori Mukaino
- Edit : Miwa Sato(QUI)