Yohji Yamamoto 2026年秋冬コレクション──パリに響く下駄の音、身体を包む黒い布
ブランドにとって馴染み深いパリ市庁舎にファーストルックが現れた瞬間、このショーがいつもとは異なる空気をまとっていることを、会場にいた誰もが直感したはずだ。
幕開けを告げたのは、バイオリンとクラシックギターの音色とともに静かに流れる、ちあきなおみの「冬隣」。ささやくような歌声が広い空間に漂うなか、モデルたちは幾重にも重なる黒い布を揺らしながら、ゆっくりと歩みを進めていく。
<Yohji Yamamoto>のコレクションにはこれまでも日本文化の気配が流れてきたが、ここまで直接的にジャポニスムが前景化されたシーズンは珍しい。パリの歴史的建築の内部に立ち現れたその光景は、長年ブランドを見てきた観客にとっても新鮮な驚きだったはずだ。そして同時に、それは山本耀司が改めて自身の原点へと視線を向けていることを示しているようにも見えた。
ファッションの中心地であるパリで、日本の衣服文化をこれほど明確に表現すること、西洋中心のファッションの歴史の中に、もう一つの衣服の視点を持ち込む行為でもあるだろう。
ヘアメイクもまた、ショーの空気を形づくっていた。逆立てたヘアは無造作な質感に仕上げられ、どこか荒々しさや不完全さを感じさせるスタイルに。<Yohji Yamamoto by RIEFE(ヨウジヤマモト バイ リーフェ)>によるヘッドドレスは日本的なムードの解像度を上げる存在に。口元や目元に黒い線が引かれたモデルもおり、角度を変えて見るたびに表情がわずかに変化するように感じられた。
どこかさすらい人のような雰囲気をまとったモデルたちは、感情を表に出すことなく静かに歩き続ける。その佇まいは、旅の途中にある人物のようでもあり、都市の喧騒から離れた存在のようでもあった。
今シーズンのコレクションでは、まずボリュームのあるシルエットが目を引く。重なり合う布、結びやタイのディテール、そして身体を包み込むドレープ。ショーに登場したコートやドレスは、輪郭を曖昧にしながら流れるようなラインを描いていく。
胸元で重なり合うコート、肩に集められた布がそのまま長いドレープへと落ちるドレス、ショールカラーが幾層にも折り重なるアウター。布は身体の形を強調するのではなく、周囲で静かに揺れ動くように配置されていた。

衣服の構造を支えていたのは、布を寄せ、結び、身体を包み込むように構成する手法だ。着物の合わせを思わせるように前身頃を重ねて閉じるコート、肩や腰で結ばれる紐、布を寄せて作られる不規則なドレープ。結びやノットはこれまでも幾度となく登場してきたディテールだが、今回は機能性以上に、リボンや花のような装飾としても働いていた。薄い生地が幾層にも重なることでボリュームは保たれながらも重さを感じさせず、モデルが歩くたびに布が揺れ、形がわずかに変化していく。身体を立体的に造形する西洋服とは異なる、布を重ね身体を包むことで成立する衣服の構造が、改めて浮かび上がっていた。
多様な素材使いも印象的だった。インディゴのコットンやフランネル、ベルベットやジャカードなど、質感の異なる生地が重なり合うことで、黒を基調としたコレクションに深い奥行きが生まれている。
粗く解体されたチェック柄やレース、ストライプが重なり、コレクションの静かなトーンにわずかな粗さを加える。縫い目や結び、布の折り重なりがあえて見えるように構成された衣服は、完成されたスタイリングというよりも、「作られている過程」をそのまま見せているようだった。衣服は布が結ばれ、重なり、構築されていくプロセスそのものとして提示されていたのだ。

ケープ状の外套を思わせるルックは、特に印象的だった。西洋のクラシックなコートの構造を感じさせながら、どこか日本的な空気も漂わせている。その姿は、明治期に西洋から伝わり、日本の着物文化の中で独自に受け入れられていったインバネスコート、いわゆる「とんびコート」を思い起こさせる。西洋の衣服が日本の生活様式と交わりながら変化してきた歴史を、さりげなく想起させるルックだった。

ショーの後半には、葛飾北斎やその娘である葛飾応為の作品を引用したプリントも登場し、ブラックドレスの上に日本美術のイメージが重ねられた。紅鶴のモチーフや大胆なストライプ、格子柄の生地などが組み合わされ、静かな色調の中に視覚的なリズムが生まれていた。
観客の席には「スマートフォンではなく自分の目で見てほしい」というカードが置かれ、空間には終始独特の緊張感が漂っていた。
その空気の中で、モデルたちはゆっくりとした歩みでランウェイを進み、終盤のルックでは木製の下駄が登場した。石床に足が接地した瞬間、空間に反響し、コツコツと乾いた音を立てる。下駄は最後のルックまでの数体にわたって続き、日本の衣服文化への参照を足元からも明確に示していた。
今季のコレクションが示した衣服のあり方は、現在のファッションの価値観に対する静かなアンチテーゼのようにも映る。今日のファッションは、身体を美しく見せるための服として設計されることが多い。構築的なテーラリングやタイトなシルエットによって身体のラインを整え、視覚的なインパクトを強調する。さらにSNSの時代において、ファッションはしばしば画像として消費される。服はまずスクリーンの中で見られ、写真の中で成立する。
しかし、<Yohji Yamamoto>が今回発表した衣服は、その価値観とは異なる場所にある。身体のラインを強調するのではなく、むしろ包み込む。形を固定するのではなく、布の重なりによって衣服を成立させる。そこには西洋服のテーラリングとは異なる衣服の原理がある。平面の布を重ね、結び、身体を包む構造。それは着物に通じる衣服の考え方でもある。

この視点は、山本耀司がパリで活動を始めた1980年代とも重なっている。1981年、パリコレクションに登場し、黒を基調とした衣服と解体的なシルエットで当時のファッション界に衝撃を与えた。身体を美しく見せるための服という西洋ファッションの前提に対し、明らかに異なる衣服観を提示していた。身体を造形する服ではなく、身体を包む服。装飾ではなく、存在としての衣服。その思想は、今回のコレクションにも間違いなく通じている。
現在のファッションが高速で更新され続ける中で、山本耀司は改めて衣服の原点を見つめているのかもしれない。パリのランウェイに響いた下駄の音と、身体を包む黒い布。それは、衣服とは何かという問いを静かに思い出させる合図のようでもあった。
Yohji Yamamoto 2026AW COLLECTION RUNWAY
Yohji Yamamoto
WEB:https://www.yohjiyamamoto.co.jp/
- Photography : Monica Feudi
- Text : Yukako Musha(QUI)















