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Yohji Yamamoto POUR HOMME 2026年春夏コレクション、“今”への詩的抵抗

Jul 4, 2025
<Yohji Yamamoto POUR HOMME(ヨウジヤマモト プールオム)>2026年春夏コレクションの会場となったのはパリのショールーム。ハーモニカの音が鳴り響いた瞬間から、そこは“ファッションショー”というよりも“精神的黙想”の場と化していた。
宗教、戦争、環境破壊、愛と喪失といった現代社会が抱える痛みが、山本耀司の手によって衣服というかたちを取り観客の前に差し出された。

Yohji Yamamoto POUR HOMME 2026年春夏コレクション、“今”への詩的抵抗

Jul 4, 2025 - FASHION
<Yohji Yamamoto POUR HOMME(ヨウジヤマモト プールオム)>2026年春夏コレクションの会場となったのはパリのショールーム。ハーモニカの音が鳴り響いた瞬間から、そこは“ファッションショー”というよりも“精神的黙想”の場と化していた。
宗教、戦争、環境破壊、愛と喪失といった現代社会が抱える痛みが、山本耀司の手によって衣服というかたちを取り観客の前に差し出された。

ショーは、白地に墨を流したような黒のラインが走るシャツに、ゆったりとした黒の半袖ジャケットを合わせたルックで始まった。動くたびに揺れるパンツが、衣服の儚さとしなやかな存在感を象徴している。

モノトーンを基調にしつつ、左右で異なる色の襟やチンストラップを配したシャツは、光と影のあいだで揺れる緊張感をまとっていた。その曖昧さの中にこそ、真実が潜んでいるという山本耀司らしい美学がにじむ。

足元には重厚なレザーのレースアップシューズ。素肌とのコントラストが際立ち、差し色のレッドが静かな中に力強さを加える。今シーズンも<Yohji Yamamoto by RIEFE(ヨウジヤマモト バイ リーフェ)>のジュエリーが、スタイリングに奥行きをもたらしていた。

ショーの中盤、詩人ステファヌ・マラルメの詩「Le vierge, le vivace et le bel aujourd’hui(手つかずのままで、生き生きとした、美しい今日が)」の引用が現れる。氷に閉ざされながらも空を見上げる白鳥の姿は、混沌の時代においてもなお希望を手放さぬ精神を象徴する。山本耀司もまた、感情や思想を衣服という“かたちあるもの”に託し、声を荒げるのではなく、静かに見る者の心に語りかけていた。

ステンドグラスのような模様のジャケットやシャツには、「たぶんあなたを愛している」「天国はあなたを待つことができる」といった言葉が、英語やフランス語で記されていた。滑らかな素材、緩やかなシルエットとともに浮かび上がるその言葉は、どこか祈りのようでもあり、詩の一節のようでもある。
一見、救いや優しさを語る言葉のようでありながら、そこには理想や愛を“与える側”からのまなざしも感じられる。「誰かに愛されること」「天国で報われること」といった価値観は、癒しであると同時に、無意識のうちに人を従わせたり、あるべき姿を押しつけたりする力にもなり得る。山本耀司は美や愛が“救い”になる一方で、“束縛”にもなり得るという両義的な側面をあえて衣服に織り込み、「それでもなお、美を信じられるか」と静かに観る者に問いかけているように思えた。

「OCEAN DISAPPEARS MAKES HUMANS FINISHED(海が消えれば人類は終わる)」「MICROPLASTICS」「NUCLEAR POWER DISASTERS」といった言葉が、衣服の上に浮かび上がる。透け感のある素材やドローコードが用いられたルックには、壊れやすい世界への感受性が繊細に表現されていた。濃淡のブルーで構成されたレイヤードは、深海の静けさや水面の揺らぎを思わせる演出となっていた。

「What a Wonderful World」が流れる中、白を基調としたルックが静かに現れる。軽やかな素材に包まれたその衣服に、「No More Wars」という文字が浮かび上がる。
言葉そのものは明確な反戦の意思を示していたが、山本耀司が選んだのは、怒りではなく、深い悲しみと静かな祈りのトーンだった。音楽、衣服、空間が溶け合いながら、そのメッセージは一方的な主張ではなく、「この世界とどう向き合うか」という沈思を促す形で、観客の心にそっと届けられていた。

透けるブラックのカーディガンに空けられた大きな穴。その奥からは「ECOSYSTEM BALANCE」「NANO PLASTICS」といった文字が覗く。衣服が単なる装いではなく、現代社会への感受と応答そのものであることが、そこから確かに伝わってくる。

終盤、Oasisの「Don’t Look Back In Anger」が流れるなか登場したのは、羽織や袴を彷彿とさせる着流しのようなシルエット。ノスタルジーとしての“日本らしさ”ではなく、混迷する世界に対して独自の視点で向き合うための、日本的感性が持つ知性と繊細さが、衣服の佇まいとして立ち上がっていた。繊細な印象をもたらす生地、チェーンのように垂れるストール、足首に巻かれたアンクレットが静かに揺れ、きらめきながら、日本文化の奥行きを語っていた。「私たちは今、どこに立っているのか。何を受け継ぎ、何を残すのか」。そんな問いかけが、衣服の陰影から浮かび上がる。

ラストに響いたのは「Endless Love」。意外ともいえるこの選曲は、どこか現実離れしたほどの純粋さを持ち、その中を歩いたブラックのテーラードルックは、むしろその静けさゆえに強く問いかけてくるようだった。その沈黙が、ショー全体の余韻として観客の心に深く残った。

<Yohji Yamamoto POUR HOMME>の 2026年春夏コレクションは、ただ衣服を見せる場ではなかった。山本耀司が問いかけたのは、混迷するこの世界で、私たちは何をまとい、どう生きるのかという根源的な命題だった。黒と白のあいだに立ち上がる詩的な抵抗が“今”を照らし出していた。

Yohji Yamamoto POUR HOMME 2026SS COLLECTION RUNWAY

  • Text : Yukako Musha(QUI)

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