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【対談】Azuma. 東 研伍 × APOCRYPHA. 播本 鈴二 — 自らの哲学と21AWコレクションを語る

Apr 12, 2021 - FASHION
実は同い年という二人のデザイナーは、ともにパタンナーとしての経歴を持つ。
共通点はありながらも、全く違うイメージのブランドを手掛ける。
「感情的」な「Azuma.」と「文学的」な「APOCRYPHA.」—異なる哲学を持っているであろう二人のデザイナーの知られざるプライベートから将来の展望、発表されたばかりの21AWコレクションについて話を聞いた。
Profile
東 研伍
Azuma.デザイナー

文化服装学院メンズデザインコース卒業後、UNDERCOVERでパタンナーとして経験を積む。
その後、独立し「Azuma.」/ ANTICRAFT design を始動。
世界で通用する洋服とは「日本独自の感性で生まれたものだ」と考えプロダクトを打ち出している。
2018年度 Tokyo新人デザイナーファッション大賞プロ部門入賞。

播本 鈴二
APOCRYPHA.デザイナー

服飾専門学校を卒業後、株式会社ヨウジヤマモトへ入社。メンズパタンナーとしてアトリエで経験を積む。
2014年よりレディースウェアブランド『REIJI HARIMOTO』を立ち上げ、メンズテーラーの技術と知識をレディスウェアに落とし込んだコレクションを展開。
同時に、ドラマやアーティストのMV衣装を手がけるなど多くの衣装製作を担当する。
REIJI HARIMOTO活動休止後、アンダーウェアや化粧品ブランドのアートディレクションを務める。
2020年春夏コレクションより『APOCRYPHA.TOKYO』をスタート。

デザイナーたちの素顔

見た目以上に中身が繊細な人間なんだなと。

二人の出会いは?

東:いつかは覚えてないんですけど、プレスをお願いしているSakasPRの立ち上げすぐくらいなので1年前くらいですね。前から噂は聞いていたんですけど。

播本:そうそうそう。

東:やべーヤツ()

播本:いやいやいやいや()

東:神経質なパターン引いているイメージだったから、この体のラインだったらそのラインになるよなと納得しましたね。自分で試着して直すんだったらこうなるよなと。

播本:僕はちょっとイメージと違ったんですよ。先に服を見てたんで、とんでもなく繊細なガラスのハートを持った壊れそうな人間来るのかなと思ったら、やべーヤツ来たんで()

東:壊れそうなハート持ってますよ()

播本:見た目以上に中身が繊細な人間なんだなと。

東:見た目に反して実はピュアなんですよ。人の息使いとかで曲解して「この人怒ってるわー。」と思って落ち込んだりしますもん···。

播本:未だに喋っている時目を合わせてくれないんですよ。大体下向いてるよね。

東:単純に花粉が今。あと多分思考的に下から物を拾うことが多いんですよ。過去やネガティブなものから拾うことが多いし、すごく前向きになんか取り組むこともないので。そういうところからかもしれないですね。精神学的にあるらしいんですよ。多分···。

播本:見た目と真逆な人間なんだなぁと。この見た目は心の繊細さを隠すために武装してんねやな。

東:いやいやノーガードですよ()

播本:武装しまくってますよ()

Azuma. デザイナー 東 研伍 氏

自分がアカンときに見て安心する。

普段の交遊は?

東:会ったときと電話するとき。お互い作業スケジュール的に死んでいる時期が一緒なんです。電話かける時ってそういう自分が辛いときに、愚痴聞いて欲しいなど、お互い聞いて欲しい状況なんで。

播本:こないだも製作中に電話かかってきたんすよね。「ちょっと聞いてよー。」みたいな感じで。愚痴を聞きながら、聞くだけかと思ったら僕も愚痴を言いながら、結局ほぼ丸一日電話してて。

東:作業しながらですけど。感じていることが近いんです。違う境遇の人に1から説明して慰められることはしたくないんですよ。途中まで一緒のこと考えているレイジくんだから話を聞いてくれると休まるみたいなのがあるんです。

播本:自分がアカンときに見て安心する。このしんどいのは僕だけじゃないんやって。

東:それあるよねえ。同じ大変さをわかっているからね。

播本:製作中ってめっちゃ孤独なんですよ。ほんま孤独で。自分がやっていることの何が正解なのかもわかれへんし。これやり切った後誰も見てくれんかったらどうしよ。しんどい中でちらっと見ると同じような思いしてやっているから、僕がやっていることはみんなやってんねやな、正解なんやなと。

東:終わりのないトンネルをね。僕は「見てくれなかったらどうしよ。」まで繊細じゃないので。「(播本さんは)どないしよどないしよ。」ってなってるけど、僕は「見させるでしょ!」っていう熱量と勢いでやってます。それが強行突破でやった前回や今回のショーに繋がるんですけど、周りが見えなくなることも多く、21AWは最後まで会場が全然決まらなくて。決まった時には開催日まで1ヶ月切っていて焦りましたね()

APOCRYPHA. デザイナー 播本 鈴二 氏

パタンナーってカーブに癖が出るんですよ。

互いの線について話すことは?

東:今週結構(談義を)やりましたね。

播本:展示会始まって互いのサンプルを初めて見たときに、テーラードのジャケットにおける袖山のアプローチの仕方が、「なんかやっぱお互いもともといた会社の空気感孕んでいるよね。」、「好きな世代が思い切り出てるよね。」とか。細かいところ気付きますよね。

東:ヨウジさん出身だってのは肩周りでわかるんですけど、あとはドレス合わせを徹底しているなと。うちはそうじゃなくて良くも悪くも少し若い世代向けに作っています。少年が背伸びして着るテーラードのイメージで、中に好きなバンドのTシャツを着る感じ。ドレスになりすぎないように、エロくなりすぎないようにしてるんですよ。

播本:Azuma.のジャケットは羽織ったときに袖山の幅が細かったりするんですよ。すごいスッキリ決まったりするんです。Tシャツの上に着る時にそうじゃないと成立しなかったりするから。ある種僕にはできないことをやっているから羨ましいなと思うんですよね。

東:世界観変わっちゃうんですよね。テーラードで。パタンナーってこれ選べるわけじゃないんですけど「スクエア系」になる人と「ラウンド系」になる人がいて。(播本さんを指差して)「スクエア系」なんですよ。僕は「ラウンド系」なんですよ。体型もあるのかもしれないけど。そこがガチャみたいなものでパタンナーやってみないとわからないから面白いところなんですけど。

播本: (東さんを指差して)CADでしょ?

東:ウチはほぼCAD

播本:僕は手引きでやっているんで。

東:そこの差も癖として出ますよね。

播本:自分 CAD全くできないんで。すげえなと思います。

東: CADはイラレみたいなやつで。機械的になるんです。実際の大きさで見れないから出力してチェックするんですけど、手引きはそこはニュアンスと作成する段階でやれるから人間っぽい線になりますね。

播本:パタンナーってカーブに癖が出るんですよ。手引きでやると如実に出る。僕はそこをなくしたら勝ち目がないんです。いわゆるファッションデザイナー感が無いんですよね、自分には。彼(東さんは)はデザイナーなんですよ。ファッションデザイナーやってるなって。僕はそれができない人間なんで僕の価値観でやっていかなきゃなと。

東:僕の場合はラインより拘りたい仕事がいっぱいあるんです。職人気質なものづくりって今はものずごく伝わりづらいなと思っていて。こだわることは素晴らしいし、「神は細部に宿る」は確かにあると思うんですけど、最近はそれがほんと伝わらないんで。そこに柔軟にバランス感覚をとっていくことが今はデザイナーに求められているんじゃないかって思うんです。今は職人気質じゃないところにも注力したいかなと。テーマ選びも他のブランドに埋もれないように、世間的には少し違和感あるものを選ぶようにしてる。職人気質であるところとそうじゃないところのバランスが難しいですね。職人気質な自分とアバンギャルドな自分。結局両方ともマンパワーで伝えなきゃいけないんで。それでも生地や縫製にも結局手を抜けない性分なんですけどね()

服作りは趣味だから重なっちゃって境目がないんです。

仕事とプライベートの切り分け方は?

東:意識したことないですけど、服のことはプライベートでも考えています。映画や音楽以外だとアニメや漫画が大好きなんですけど、アニメっていっても服作りの糧になっているし、服作りは趣味だから重なっちゃって境目がないんです。仕事している時デザイナーの東になっている時ってあまりないんで、プライベートの時もプライベートの東にはなりませんね。

播本:基本的に似てはいるんですけど、僕友達がいないんですよ。一年を通して仕事以外で人に会うってイベント事に呼ばれたりする時だけなので、年数回なんです。それ以外はずっと自宅に篭ったり、ひとりでちょっと気になる物見にいったりとか。中でも読み物をしていることが多いです。孤独な時間を紛らわせるというのがあって。読み漁ってデザインするときは憤りを感じることに準じた読み物を読んでいます。日々理論武装しようとしているんですよ。人を通して情報を得て、常にボキャブラリーを増やして。それが別に地下アイドルを追いかけてるのも、音楽聴いているのも、ユーチューブ見ているのも全部同じことなんですよね。あらゆる面でそういうのを吸収しようというのが仕事しないとき。常に欲しているんです。それをしないと「僕、死んでるんじゃないかな?」みたいになっているんです。

東:危機感からやってるってこと?

播本:やらざるを得ない。それやらなきゃ生きてる価値ないやろって。食って寝ているだけみたいになるんで。多分いわゆるオタクなんでしょうね。好きな物や興味のある色々感じられるものを追いかけ続けるという日常です。それをひとりで家でやっていますベッドの上で。低反発マットめっちゃ沈んでますもん()。思い立ったら創作の方向に向いていますもんね。他にも日常で人が歩いているのを見て、気になる服の造形を見かけたら家帰って再現してみようってなりますね。

東:僕も頭の中で一回作図しますね。

播本:こうかなと思ってやってみたら全然違っていてそれを何回も繰り返すみたいな。それを仕事やと思っていないんですよね僕。頭の中で作っていく段階は趣味ですね。仕事っていうのは他の細かい部分、事務的な作業は仕事だと思っています。

東:趣味ですね。枠にハマりたくないっていうのが根底にあって、いわゆるファッションブランドとは違った価値観に挑むことが多いんですけど、捻くれ者とかこいつバカだなぁと思われるのが存在証明みたいになってきちゃってるんで() 従来のアパレルのアプローチとは違っているからこそクオリティーが低い状態で見せるのが嫌なんです。かといってクオリティー高くても誰かがやっていることやってもしょうがないんで。その中でどうやって説得力やクオリティーを上げていくかと言ったらやっぱり好きなものを集めるしかないんです。それってほんとに仕事の時間だけやっていると足りないんです。それは自然にやってることなんで仕事というよりは趣味です。

自分の頭の中で自分の思想とかに引っかかった時にコレクションに繋がります。

コレクションにおけるインスピレーション源は?

播本:読み物をしている時に、「これやりたいよね。」となります。「これなら他の人知らないだろうな。」と。自分の服作るのと整合性が生まれる瞬間だと思います。これ表現できたら新しいなと思い始めたら、その瞬間から自然と頭がコレクションの方に向かっていきます。誰かのセリフが一個「これや!」となって、自分の頭の中で自分の思想とかに引っかかった時にコレクションに繋がります。次のコレクションも何をやりたいかもう決まっています。

東:僕はこれだって決めていることはなくて今回の「青い春」だって前回の展示会中に話しているときにこれで行こうってなって。理論的ではなく、好きなものの中からポイって出ちゃうんです(笑) 抽象的なのかもしれないんですけど。飲みにいった時に外の空気感を感じて、これがいいじゃんって。

播本:だからこういうテーマの差になってくるんでしょうね。

できるまで向き合う、答えが出るまで向き合うんです。

煮詰まった時の解消法は?

東:僕はバカになります!バカになって一回忘れます。飲みに行ってもっと放置して次の日の自分に頑張ってもらいます。じゃないと心壊れるんですよ。体も壊れてしまう。そういう先輩いっぱい見てきたので、バカになるしかないんです。

播本:僕は体壊します() 発散の方法を持っていないんで。煮詰まったら煮詰め続けて完全に焦げつくまで煮詰めるんですよ。できるまで向き合う、答えが出るまで向き合うんです。どんだけ体調崩しても僕逃げられないから、向き合うしかない、向き合えないならやめるしかないって。

東:極論いっちゃうんだ()

播本:そう!そんな腹の括り方してやっている仕事なんで。

東:僕の場合、怒りとか悲しみとか負の感情でデザインに取り組むことが多いんですけど、着地点が違っている場合もあって。このデザインなんか違うんだよなと思ってても友達と飲みに行くとクリアしたりするんですよ。この空気感だったらこれかと。楽の感情から生まれたそのデザインは全く同じデザインだとしても、机の上で出たときとは全く納得していなかったものなんです。環境やベースにある感情でデザインの正解が変わってくる。これはAzuma.のブランドコンセプトにもなっています。だから(播本さんは)一貫して自身を追い込んで生み出すものづくりですけど、僕はその場のリアルな感情でつくるふわふわしたものづくりなんです。

自分ができひんことやってて羨ましかったですね。

互いのブランドのイメージは?

東:(播本さんは)言葉の積み木を積み上げるけど、僕は積むんじゃなくて壊したい!爆発させたい!!が最終着地だったりするから。プロセスがそもそも違うんですよね。

播本:見てて羨ましかったりします。前も言いましたもんね。屋上でショーやっている時も見て「開き直ったよね今回。」って。案の定そうやったし、自分ができひんことやってて羨ましかったですね。

東:「うるせえ好きだからやってんだよ!」でいいと思うんですよ。だからこそ「嘘ついちゃいけねえ。」って思うし、熱意以外余計なこと考えちゃいけないと思って開き直っています。

播本:ほんまにそれが一番やりたいことなんですよ。

東:やればいいじゃん!()

播本:できないんすよ僕!さっきもちょっと言ったけど、僕エンターテイメントをやるタイプじゃないなと。

東:こっちは深夜放送よ()

刺激を受けたときに幸せに近いものを感じるんです。

幸せを感じる瞬間は?

播本:デザイナーとして嬉しいときは、サンプルが理想通りの状態で上がってきたときですね。ちゃんと整合性の取れた物が上がってきて完成されたときが一番嬉しいですね。

東:僕は結構漫画とか読んでいて、たぶん同年代くらいなんだろうなぁって漫画家が王道とは違うことをやっていると「頑張んなきゃなぁ。いいなぁ。かっこいいなぁ。」と思います。そういう別のコンテンツから刺激を受けたときに幸せに近いものを感じるんです。ファッション業界からはほとんどありませんけど。もうアニメ化されてしまったのですが、ちょっと前だと「刻刻」という漫画があって。宗教団体の御本尊を自分の家が持っていて、時間を止めてそこで戦うって話なんですけど、あれは確か当時新人なんですよね。あの人がモーニングとかでやっていて、「ああすげえ。こんなんやっているヤツがいるんだぁ。」と。今連載している「ゴールデンゴールド」もすごくよくて。あとは大今良時さん「不滅のあなたへ」とか椎名うみさん「青野くんに触りたいから死にたい」など。たぶん同い年くらいなんですけど、すごい想像力だなと思いますし、いい感じに闇感もありますし、その人のバックボーン気になるなぁと。惹きつけられたときは俺もそれやんなきゃと思って幸せに近い感覚になりますね。

播本:僕読み物している時にとんでもない表現を見つけた時に幸せを感じます。これ余談なんですけど、ライターの山口達也さんが書いたコレクションのレポート読んだ時「時間とはほとんど一方的な」という表現を見た時、鳥肌が立ってしまって。時間って何があっても一方的なものに「ほとんど」という表現をつけたことにすごいなと。その「ほとんど」には余韻などいろんなことが含まれていて、その短い一言でそれを全部表現していたことに感動しましたし、嬉しかったですね。活字で感動できるものを見つけた時嬉しいですね。

アート性を求められるのがすごい苦手で。

カルチャーに影響を受けることは?

播本:本は三島由紀夫の『文化防衛論』、ルース·ベネディクトの『菊と刀』みたいなのが好きなんですよ。あとは鉄板の谷崎潤一郎がすごい好きで。

東:僕はメインカルチャーよりサブカルですね。学がないし左脳はほとんど動いてないので活字もダメで。形に残るものというよりも思想が感じられるものが好きです。アウトサイダー寄りなものが好きなのも、その人達の社会への争いが見えるっていうか。そういったカルチャーや作品に強く惹かれます。あっ、ちゃんとしたものも好きですよ() 印象派とか好きですよ() 現代のほうが好きですけどね!

播本:僕アートが全くわからない人間で、芸術ってなんだろうなタイプなんですよ。

東:大衆的には美術館に置いてあってアートでしょって言われたらアートなんだろうし。

播本:ファッションなんてアートなのか工業製品なのかわからないでしょ。僕はまじでSakasZINEにも書いたんですよ、「I’m a not artist」って。アート性を求められるのがすごい苦手で。

東:わかるわー()すごいわかる。

播本:憤りの感じ方が(東さんと)一緒なんですよね。ディティールは違えど大枠は多分一緒なんですよね。あと思うことは、昔の名だたる芸術家って絵だけが素晴らしい訳じゃないと思うんです。いや、素晴らしいかもしれないですけど、表現する為のプロセスじゃないですか。アウトプットの一種なだけであって、そこにある政治的な背景だったり、メッセージだったり、歴史的な価値がそこにある訳じゃないですか。それらが素晴らしいのは文脈なんですよ。彼らは何もない束縛された世の中で絵画だったりあらゆるものに思いを込めて言葉を殺して絵画で発散していた時代ですよ。今の時代、何してもも殺されないんですよ。だから言葉で言ったらええやんて。

東:言いなさいよ()

播本:言うべきなのはアートであって、僕にアート性は一切ないし、今後付け加えることもないですね。

東:アートは好きだけど自分のやっていることはアートじゃないんで、それを求められるとすごい冷めますね。アートって思想だと思っています。何かを媒体にしてそれを表現した時に、他者からそう呼ばれて初めてアートになるんだと思います。ファッションはどこまでいっても「飾る道具」です。リアリティのある人間が着て初めて完成する作品なので服単体ではアートと呼びたくないんです。僕がいままで見てきた人間のかっこよさは、飾る道具が似合っているとかそういうことじゃなく、そいつの思想、生き方が、つまり人間そのものがかっこいいんです。アートやらファッションやらは全てそれらのオプションでしかないと思っています。ボロボロの服でも着る人によって価値観が変わる。綺麗で新品ならいい服ってわけじゃない。

播本:それは確かにありますね。谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』の中でいぶし銀について語っているところがあるんですけど、いぶし銀って日本にしかない価値観で。だから我々はジャパンブランドなんだと思いますよ。

もっと考えて欲しいメッセージを届けたいんだと思います。

最近考えていることは?また、コロナ禍に思うことは?

東:ブランドとして声を大きくしていかないといけないなと思っています。僕がやっていることって展示会で写真と服だけで伝わらないんですよ。洋服以上のことを伝えたいんだったらうちに限らず全員そうだと思います。だから21SSをショー形式でやってみたんですけど伝えたいこと以上に伝わっちゃった感があって。というのは、理解不能とされたかったんですよ。純粋そうな学生集めて「ひとごろし~」ってブルーハーツ歌わせて、違和感の演出で。映像もファッションショーの撮り方じゃなくて「ポカリスエットみたいな撮り方にしてくれ!」と実験しまくったんですけど。みんな意外にちゃんと受け止めてくれちゃってるからちょっと肩透かしくらって。今までやってきたことの大枠は変わっていないし、反響もすごいあったけど、もっと強く焼き付けるようなものにしないといけないとなと思いました。これを反映したのが21AW『青い春』。これはもう元ネタがあったので、声を大きくした分、作品の世界観を壊さないように責任感を持ってやらなきゃなと思いました。作品への愛情もあって半端なものにできないなと。会場の作り込みからキャスティング、小道具にまでこだわってしっかりやりました。マメさんと一緒にお仕事をできたことはブランドを始めてから一番嬉しい出来事のひとつです。コロナでどうこうって話は作風よりはビジネス面の方がでかいですね。僕は個人事業主なんで金の管理とかやんなきゃなんでそっちの方が苦しいですね。

播本:コロナ禍でも生活は変わらないんですけど、他人がすごく気になるようになりましたね。イレギュラーな事態が起きた時って派閥ができるじゃないですか。ああじゃないこうじゃない、これが正解だあれが正解だ、みたいな思想や個人的な意見を言ってるじゃないですか。それを見ているのがすごいストレスなんですよ。僕が考えていることが正しいという訳じゃないんですけど、マスク反対派だったり、コロナは風邪だっていう人だったり。別にいろんな意見があっていいと思うんですよ。そのアウトプットの仕方が間違っている人が非常に多いなと。それを活字で発信する訳ですよ、ツイッターなどで。そういう人たちにむけてもっと考えて欲しいというメッセージを届けたいんだと思います。今までって何かを伝えなきゃってそんなになかったのですが、ほんまSNS見てて腹立つことが増えたなと思います。僕は変わらないんですけどね。世の中が変わっただけで。コロナだろうがなんだろうが変わらず。強いて言うならアルコール消毒する機会が増えたなというくらいですね。

今やることを全部出してその評価を糧にやっていく。

追求していきたいことは?

東:僕はその時できることを突き詰めます!それを6ヶ月ごとに。僕が好きだったカルチャーで言ったら、バンドがアルバムを何枚か出して、転がって転がって、もうこのメンバーでできることはないって解散して、新しいバンド作って、禿げて、ジジイになって、昔のリバイバルやって、若いヤツに老害扱いされて死んでいく。それでいいと思うんですよ。過去の自分を新しいカルチャーに淘汰され殺される。それもいい人生だと思うんです。とりあえずは負の想像もしたくないし、プラスの想像もしたくない。意味がないので。今やることを全部出してその評価を糧にやっていく。転がりたいんです。この言葉嫌いなんですけど「ロックンロール」ってやつです。

播本:ロッケンローですね()

東:ほんとに安っぽくなるんで言いたくないんですけど() 石が転がっているんですよ。本当に。

播本:僕は目立ちたいわけでもないし、それが正しいわけでもないんですけど。僕のモノづくりには職人の技術が中心にあって。技術だけで食ってきた人間が今の時代って少ないんですよ。間違いない技術があってそれを衰退させるのがホントに嫌だなって思うんですよ。正直単体は安くはないですし、そういう人たちの技術を重視したモノづくりを提案していって、他のブランドとの区別してもらう。それがどれほど美しい造形なのかということを感覚で理解してもらえたら、きっとそういうものが伸びていくんじゃないかなと。まぁ無理なんですけどね多分()。正直な話、先はないんですよ。どんだけ僕が頑張ったってそれって何にもならへんのわかってるし。でも今の時代最後にそれができるんだったら少しでも技術を遺産として残していきたいなと。ほんとファッションブランドとしてどうありたいかっていうのももちろん大事なんでしょうけど、日本の生産背景で生きてきた人たちが何を学んで何を思って作って、今までファッション業界を支えてきたかが伝えたいことなんやなと思います。

ファッションとは「書き物」なんですよ。

二人にとってファッションとは?

東:趣味で自己表現で挑戦かな。全部が楽しいですね。天職のガチャ引きましたって感じです。

播本:ファッションとは「ツール」ですよね。自己表現なんでしょうね。学もなく賢くもない僕が思ったことを人に伝えたり、問題提起するときに唯一使えるツールですよね。

東:この仕事に就いてないと俺らってボンクラだと思うんですよね。友達とかに「いつまでそんなことやってんだよ。」っていわれる仕事に就いて、その仕事の中でも一番になれず、なんのために生まれてきたんだろうと思いながらひとりで死んでいくようなヤツなんですよ。

播本:ほんまそうなんですよ。まじでこれしかないんですよ。じゃないと頑張れない。社会人になれないですよこれやめたら。

東:かっこつけにならない補足をしたいんだけど

播本:じゃあネガティブに言いましょ!()

東:自己表現である以上、嘘であってはいけないし、自分にしかできないことでなければいけないんですよ。うちは洋服を通して「こいつバカだなぁ」、「面白いなぁ」、「東が見える」と言われることもあって。「お前の性格のイカれたところと趣味の偏りが見える」とも言われるんですけど、それは嬉しい言葉であって、それを突き詰めていくのが楽しいし、だからこそやめられない。言語化するのは苦手な人間なんですけどね。今はとりあえず受け手は薄くストレートに受け取るけど僕はその世代の人間じゃないと思っているので、洋服や今作るものを濃くシュールに出していきたいです。僕とってファッションとはと言われたら「今のシーンを逆手にとったものづくり」ですよね。ANTICRAFT DESIGNです()

播本:僕もう一つあります!ファッションとは「書き物」なんですよ。

東:出た!

播本:言うたら活字なんですよ。なんだかんだ僕は自己表現してるつもりは全然なくて、自分らしさは求めてないんですけど。作っている中で「鈴二っぽいよね。」と言われることがあって。詳しく聞くとその殆どはえらく政治的で文学的だと。ほんと僕にとってファッションとは読み物なんで、僕のコレクションを一度「読んで」みて欲しいですよね。

東:なるほど。これは僕もよく今回使った言葉で「脳」で着てほしいです。道具としての洋服は嫌だし、一個の布としての一つのアイテムっていうのを超えてくる瞬間って、もちろん質もありますけど、ただ布でできた縫い物っていうオブジェクトである以上、その付加価値ってどこでつけるんだとなったら僕はやっぱり脳みそで感じてほしいものをいっぱい投げているから、それを間違った方向でもいいから受け取ってもらえれば、絶対伝わるものがただの服以上にあると思います。ショーという手段でやっているんで。受け取る人がタガを一つ外してほしいですかね。最近は既視感のあるものばかりなのでしょうがないと思うんですけど。受け皿のタガを外してもらいないとわかんないかなと思いますね。ファッションの枠を外そうとしているバカなヤツが作っているからバカにならないと。バカになれ!!文学なんだとしたらそれは頭のいい人に。

播本:頭の悪いヤツがやる文学なんですよ。頭がよかったら文字書きますから。それができひんから抽象表現になるんでしょうね。ファッションってなるんでしょうね。僕はデザインすることをよく冗談で「執筆する」って言うんですけど、ほんとその感覚ですよ。

東:(播本さんは)正確に伝えたいと思うけど、僕は出した正確なまま伝えたい!ってのがないんですよ。

播本:僕は変な回りくどいことしたくないんです。そもそも自分と言うフィルターを通して一個曲解してんのに、もう一個回りくどくしたら伝わんないし。伝えたいのになんで回りくどくするの?って。伝えたいんじゃないの?って思います。

東:『青い春』(21AWコレクションのテーマ)を伝えたいんじゃないんですよ。こいつら劣等生の集まりだけど、いろんなヤツがいてそれぞれの結末を迎える。その様がかっこよくて「バカでも良いんだからなんかやってみろよ。」っていうメッセージを伝えたいです。だから着地点が違うんだと思います。間違っててもいいから何かを感じて、何かが変わってほしいんです。

播本:僕もできればこっち(東さんのように)やりたいですけどね。

東:多分他人の言うことを鵜呑みにするヤツって僕がかっこいいって思うヤツにはなってくれないと思うんですよ。「いやいや、それダサいっしょ。俺こうなんだよ!」と言えるようなヤツに着てほしいんです。

21AW コレクションについて

Azuma. 21AWコレクション / IF YOU ARE HAPPY, CLAP YOUR HANDS


テーマは豊田利晃監督が2002年に手掛けた『青い春』。
原作へのリスペクトと愛情を込め、東氏なりの解釈でキャラクターを掘り下げ、コレクションに落とし込んだ。
作中には制服しか出てこない以上、自由度は高かったもののバランスと広げ方に頭を抱えたと言うが、東氏の作品に対するリスペクトと「誰に何と言われようが自分のやりたいことをやっていく」Azuma.の強い意志を感じるコレクションとなった。 

主人公の九條にフォーカスしたアイテム。
サッカーが上手いことからフットボールマフラーのディテールを使用。
作中で番長を決めるゲーム「ベランダゲーム」に置き換えたときのデザインを勝手に空想して作ったと言う。
和訳すると「幸せなら手を叩こう。俺たちはベランダゲームで競うぜ!」というメッセージが入っている。

名シーンをオリジナルのグラフィックで表現した総柄シャツ。
ヤクザになる木村、同級生を刺し殺して逮捕される雪男、無気力のまま番長になってしまった九條の劣等生三人がマメ山田さん演じる花田先生とチューリップを植え、タバコを挿して、水やりして、ひとりいなくなるごとに花は枯れていく。
実際には最後赤い花が咲いたが、木村と雪男の「黒い花咲くかもよ。」「シブいね、それ。」というやり取りから黒い花を咲かせるに至った。
「学生時代にあった『黒が渋い』とか、うちもその感覚でやってきているブランドなんで親近感があります。 実はグラフィック内Azuma.のAが隠されています。 

主人公の親友・青木をイメージしたブルゾン。
「これはゴリゴリに青木がグレちゃった時の感じ。青木は親友の九條が番長になってしまい、でも自分よりうまくこなせてしまう、なのに学校をシメることに無関心。そんな九條に憤りを感じて九條と対立しちゃうんです。
その時にゴリゴリにグレるんですよ。 眉毛なくしちゃって、ツーブロックで、ニューバランスからマーチンに履き替えるというグレ方をするんですよ。」
その時の青木の装いをイメージして、制服を改造したようなディティールが各所に伺える。
スプレーで生徒や校内を塗り潰すシーンから着想を得たという袖に施されたスプレーホルダーやスプレーで塗りつぶしたような色を袖に乗せるなど青木にオマージュを捧げる一品。 

一番力を入れたアイテムであり、青木が死ぬ前のシーンを全て織りで表現している。
「 青木が死ぬ前のシーンを表現しています。 これは僕が感じたことで、豊田監督が伝えたいこととは違うかもしれないんですけど、九條と対立して青木は悪の道を極めていきます。 校内で暴力はやりたい放題。 校舎の一番高いところに出ているっていうのはそれをやり尽くしたという暗示で。 全部の悪さをやった、自分の思う番長は全てやった、でもやり切ってどこにもいけなくなって行き詰まって、『九條、俺も連れてってくれよ。』って言うんですよ。 登りきったけどそこには何もなくて、仲直りしたいという気持ちだと思ってて、本当は九條と一緒にやりたかったのかなぁと。この後、13回手をたたいて転落死しちゃうんですけど、その意地が青木の生きた証だと思うんです。」

APOCRYPHA. 21AWコレクション / THE REJECT

”REJECT”とは本来和訳すると「拒絶」と表現されることが多いが、本コレクションのテーマでは「黙殺」という意味で使われている。
第二次世界大戦で鈴木貫太郎首相が無条件降伏するのか、それともポツダム宣言を拒絶して攻撃を受けるのかという最中で「黙殺」という言葉で濁していた。
鈴木氏の「黙殺」という言葉を海外のメディアは”REJECT”と翻訳して公表し、この言葉を理由にその後日本に原爆が落とされ、大勢の尊い命が失われた。
言葉の行き違いを現代に重ねて、問題提起として提案したコレクションとなっている。
歴史的な背景や文脈を服を通して伝えていくAPOCRYPHA.だからこそのテーマと言えよう。
当時の時代背景として、戦時中の物資が足りず、服も資材がなく苦しい世の中で作られていた。
また、当時は現代のようなファッションブランドが存在せず、街のテーラーで裁断士と縫製士によって、服が作られている時代。
軍服を納品する被服廠も国の提示したルールに基づき作っていたが、線に個性が出ていたという。
本コレクションでは当時の時代感を線で表現するため、手引きパターンのカーブから垣間見える個性を意識し制作している。 

いつもはバキバキに芯地を入れて作るというシャツも、疲弊した国力を表現する為に敢えて芯地を入れずに作ったという。 

ただ現代的なだけではなく、昭和初期の製図方法を引用し、更にポケットフラップのカーブ、ラペルの巾、刻みの位置を低くすることで現代服と昭和初期の狭間のようなテーラードジャケットに仕上がっている。
パンツは当時流行っていたドカンの様なシルエットを採用。
後ろから見ると、股上が非常に深く、サルエルの様になっていることがわかる。
これは当時の軍人は、それぞれに合うサイズを着ることもできないような苦しい中でのものづくりを、チグハグなサイズ感として表現している。


言語の違いで歴史が変わったと言う事実を40年代後半をイメージしたデニム生地のファーストタイプのデニムジャケットやパンツ等、異国感のあるアイテムを入れることで完成させている。

工業製品感の強いカットソーには手作業感のあるディテールを足すことにより、当時の工業的ではなく、人が作っている暖かみを表現している。 

沖縄戦で学徒隊と呼ばれた若い少年兵が着ていた服をモチーフにしたジャケットとパンツ。
簡素なディテールながら袖のアプローチの仕方から無理に品のある物を作ろうとしているかのように仕立てにしている。 


特徴的な襟のアビエイタージャケットは、後ろはホースレザー一枚どりで、贅沢な作りをしてい 
ファスナーで表現した帯刀するためのスリットからもブランドとしてのこだわりの強さが伺える。 

本シーズンのアイテムで最も力を込めて作ったものは、祖父の想いを乗せたという航空隊が着ていたジャケット。
ディテールは変えたもののそもそもは変えておらず、ウエストベルトも特徴的な通し方をしている。腰紐などは当時のディテールをそのまま使い、パンツもサルエルを採用している。
首周りには鮮やかな色が際立つエコファーがあしらわれている。
この鮮やかな色には沖縄戦で飛行第百五戦隊に所属していた播本氏の実祖父の逸話があるそう。
「沖縄に向かって特攻していた時に祖父の機体だけ不時着したのです。目の前が真っ白になったらしく”お天道さんに包まれた”と言っていました。包まれてしまったためエンジン不良で不時着しなければいけなくなったそうです。その時に見た夕日の色とそのとき乗っていた機体色をモチーフとして使っています。」

前シーズンに引き続き実現した「HARUTA(ハルタ)」とコラボレーション。
特に66年前に発売した「スポックシューズ」は、働く人に向けて作られ、簡単に脱ぎ履きできる革靴として長年愛されている一足。
今回のコラボレーションでは厚底の「スポックシューズ」を制作。
さらに日本軍の巻脚絆をモチーフにした、レザーゲートルとドッキングさせた「コンバットスポック」もラインナップ。
100年の歴史を持ち、戦前から戦後復興の足元を支えたHARUTAの熱量と歴史が欲しかったと播本氏は語る。 

 

この日はここ最近では珍しく雨が降っていた。
対談が終わると二人のデザイナーは重い撮影機材を「持ちますよ」と運んでくれた。
あまりに親切な計らいに感謝の言葉を伝えた際に返ってきた「俺たち下積み長いんで」という言葉がこれを執筆している今でも脳裏に焼き付いている。
彼らが創り出す服から受け取られるメッセージも去ることながら、溢れ出す人間味もブランドの魅力を増強させる一つの要素であることを再認識した。 

Azuma. 2021AW COLLECTION
APOCRYPHA. 2021AW COLLECTION

 

  • Photograph : Kei Matsuura(STUDIO UNI)
  • Text : Yukako Musha