セレクトショップの次なる視線|N id 高橋達也
今回はブランドを広めるためにギャラリーのようなアプローチも取り入れる「N id(ニド)」の高橋達也さんにお話を伺った。
ウィメンズウェアからインテリアまで幅広い分野で販売を経験後、メンズセレクトショップで販売、バイヤー、プレス、企画を担当。その後、2005年には全国のセレクトショップにブランドを繋げることを目的としたDUNEを設立。発掘してきた才能を開花させる場所として2006年に「N id」をオープン。2017年、ベルリンに会社を創設し、現在は日本を初めアジア、北米、ヨーロッパを中心とした約30カ国ほどにデザイナーを支える活動を続けている。
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「自分の好き」で服が選ばれる時代が来ると信じていた
—「N id」はオープン時のキャットストリートから現在はファイヤー通りに移転されていますがずっと渋谷に位置していますよね。
高橋:2006年からなので約20年です。
— 渋谷はカルチャーにおいても新陳代謝が活発なイメージがあります。約20年の間で街や人が求めるファッションにも変化は感じますか。
高橋:流行が生まれて、場合によっては瞬く間に消えていくのを目の当たりにしてきたので、ショップとしてどのような形態が今の渋谷にベストなのか、才能のあるブランドをどうやったらきちんと残していけるのか、それを常に考え続けてきた20年でした。
— セレクトショップとしては瞬間的な流行で売り出していくことも役割だと思いますが、ショップを立ち上げてからブランドを残していくことも考えていたのでしょうか?
高橋:僕は「N id」をオープンさせる前からショールーム事業にも携わっていて、その目的がブランドを広めて、知ってもらう、そして残していくことでした。「N id」は服を販売するセレクトショップではありますが、ポップアップでブランドを取り上げるギャラリー寄りの考えもあります。オープンしてから1年間ぐらいはとにかく多くのブランドを見てもらいたい、知ってもらいたいと約2カ月のサイクルで店内のラインナップを入れ替えていました。
— 約20年前にポップアップのような形態は新しかったと思うのですが、お客さんの反応はどうだったのでしょうか。
高橋:ショップというよりもギャラリーに寄せるという方向性は明確だったのですが、誰からも受け入れられていたわけではなかったです。自分でもかなり困難な道を選んでしまったなと(笑)。それでもまだ知られていないようなブランドや誰も着ていないような服を求める方が来店してくれるようになって、そこから「N id」のことが知られていくようになりました。
— 今は知名度などは関係なく「自分の好き」で服が選ばれる時代ですよね。
高橋:僕はそういう時代が来るとずっと思ってました。ただ、それは先見性というわけではなくて「そういう時代が来てほしい」という願望が大きかったです。自分たちが「N id」でやりたかったことを変わらず続けてきたので、その考えに共感してくださるお客さんは増えてきていると思います。
— どんなお客さんが多いですか?
高橋:服を選ぶにしても「流行」というのはほとんど気にされていなくて、やはり自分がいいと思うかどうかを大切にされていますね。世の中の流行というよりは「今の推しはこのブランドです」という「N id」の中でだけの流行を楽しんでくれているのかなとは思います。
—「ギャラリー」というコンセプトと、渋谷というエリアはなにか関係はありますか。
高橋:クリエイションとして光るものはあるのに埋もれてしまっているブランドを知ってもらいたいと考えた時に場所はものすごく重要でした。渋谷はファッション好きが自然と集まってくる街です。人が集まるということはそれだけ目に触れる機会も増えるはずなのでこのエリアを選びました。あとはいろんな人がリセットされるような場所を渋谷に作りたかったんです。
— リセットされるような場所とはどういう意味でしょうか。
高橋:「N id」はフランス語で鳥の巣や人が集まる場所という意味があります。都会の喧騒によって心も疲れることもありますよね。そんな時に訪れたくようなショップを作りたかった。お客さんやデザイナーが心地よく落ち着ける場所がエネルギッシュな渋谷にあってもいいなと思ったんです。
服ではなく世に送り出してあげたい人をセレクトしている
— セレクトショップはバイヤーの趣味や嗜好が個性として現れやすいと思うのですが、「N id」のバイイングは5人でやられていると聞きました。
高橋:僕一人の考えや感覚では時代に適合したセレクトというのも難しいと思っています。なので海外のマーケットに精通しているスタッフ、国内でも地方のマーケットに詳しいスタッフ、店頭でお客さんと接しているマネージャーなどと意見交換をして全員が納得したうえでセレクトするブランドを決めています。
— まだ知られていないような新しいブランドとはどのように出会うことが多いですか。
高橋:オープン当初は現地を訪れていました。主に東欧圏でしたが、それこそバックパッカーのように各地を巡っていました。隣国同士でも文化背景が異なることでファッションのデザインも全く別物で、それを体感するのはおもしろかったです。セレクトするブランドを5人で話し合っていると言いましたが、それもSNSやインターネットによって本当に未知なブランドを発掘することが難しくなったからです。だからこそどんなに細かくてもいいので全員が知っている情報を持ち寄っている感じです。
— 現在はSNSでブランドを探したりしますか?
高橋:もちろんリサーチは欠かさないです。それでもデザイナーやブランドとのコミュケーションは大切にしたいですし、ブランドとしての信念のようなものをリアルに感じたい。さらに「N id」の考えもきちんと伝えたいのでなるべくデザイナーに会うようにしています。服というプロダクトではなく、世に送り出してあげたい人をセレクトしていると思っているので。
— 取り扱いブランドにも変遷はあると思いますがお客さんはどうでしょうか。時代によって変化はありますか。
高橋:基本的にはリピーターの方が多いので、客層に大きな変化はないように感じます。オープンの初期はブランドの入れ替えが頻繁だったのですが、それも期間限定のギャラリーという意識が強すぎたと今では思っています。「N id」らしいブランドの常設も始めたことでリピーターの方も増えたので、現在はギャラリーのようなショップのようなバランスもちょうどいい感じです。
— ブランドラインナップのサイクルを見直したということは長年取り扱っているブランドもあるのでしょうか?
高橋:オープン当時から取り扱っているブランドもあります。やはり認知される、ファンが付く、そんな風にブランドを育てていくのはとても時間がかかることです。セレクトしているブランドはどれもが「N id」として広めたいと思っているものばかりですが、必ずしも全てに反応があるわけではありません。それでもなるべく、少しでも長くショップに置くようにしています。
発想やアイデアが突出しているブランドを発掘していきたい
— 常設でもポップアップでもブランドの魅力を広めるうえで意識されていることはありますか。
高橋:名前は十分に知られているけれど、魅力がまだまだ伝わり切れていないと感じるブランドもあります。なので「N id」では、そこを再解釈してしっかりと届くような展示を意識しています。ブランドが発しているメッセージをあらためて紹介することもありますし、プロダクトの品質への徹底したこだわりだったり、環境への配慮だったりを文字やビジュアルで伝えるようにしています。
<LAUREN MANOOGIAN>の展示会を開催していた「N id」
— そのような手法も最初から継続して行なっているのでしょうか?
高橋:ずっと変えていないですね。
— SDGsなどが浸透してきて環境への配慮などはメッセージとして当たり前のようになっていますが、20年前からそこを発信していたのは早いような気がします。
高橋:デザインの良し悪しだけではなくて、デザイナーのピュアな思いや活動までも広めていきたいと思ったら自然とそのようなアプローチになりました。メッセージに共感してブランドを好きになった方はずっと購入し続けてくれます。「N id」にリピーターが多いのもそういう理由からだと思います。
— ブランドとコラボレーションをして「N id」の別注などを企画することもありますか?
高橋:別注となると「N id」の意見やカラーも入ったりして、ブランドらしさが損なわれてしまう場合もあるので基本的にはやっていないです。なるべくデザイナーが考えて作った服をそのままお店に並べたいと思っています。
—「N id」が惹かれるのはどんなブランドですか。
高橋:ブランドとして個性が確立されている、デザイナーのオリジナリティを感じる、それに尽きると思います。今はSNSなどで情報を世界中で共有しあっている状態なので、表現が均一化されて、その国特有の文化的背景を背負ったブランドというのが少なくなってきている気がします。例えばインドの伝統的な染めや柄でも、それをファッションに巧みに落とし込んでいるのが日本人だったり。「N id」としてはなるべく発想でもアイデアでも突出しているようなブランドを発掘していきたいという思いが強くなっています。
— ブランドをより多くの人に知ってもらうために、「N id」としてこれから挑戦してみたいことはありますか。
高橋:ポップアップでブランドを取り上げると「存在を知ってもらえた」、「メッセージが伝わった」と手応えのようのものは毎回感じています。なのでそのようなイベントを東京だけではなく他の都市でも開催したいです。できれば海外でもやってみたいです。
— 名前も知らないようなブランドでも「N id」のキュレーションなので信頼できるというお客さんもいるはずです。
高橋:「初めて知ったブランドだけど「N id」のセレクトだから」と選んでくれるお客さんも多いので、フィルターのような役割としてそんな声にも応えていきたいですね。
高橋達也がリコメンドする3ブランド
<JAN-JAN VAN ESSCHE(ヤン ヤン ヴァン エシュ)>
デザイナーとはブランドを立ち上げる前から私が個人的に彼のことを知っていたという経緯がありました。おしゃれでしたし、審美眼も高く、センスにも長けていたので彼がモノづくりをするのなら「N id」に置きたいと声をかけて2010年にブランドを立ち上げてまもない頃から取り扱っています。来日したらお店に足も運んでくれますし、付き合いは長いですね。
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@janjanvanessche
<KAMARO’AN(カマロアン)>
台湾の原住民の文化継承と雇用を支えるためのプロジェクトとして誕生したブランドで、バッグや照明、陶器などプロダクトは幅広いです。パーツなどには伝統的な編みの手法が用いられています。最初はプロダクトとして魅力を感じたのですが、そのようなブランドの背景にも「N id」としては強く惹かれました。
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<HENRIK VIBSKOV(ヘンリック ヴィブスコフ)>
とにかくリピーターが多いデンマークのブランドのひとつです。取り扱いは2006年からなのでショップのオープンと同時ぐらいです。アーティストとしての活動もしており、世界中のギャラリーで展覧会が続いています。2017年には金沢21世紀美術館での展示がありました。 彼は音楽レーベルに属していますが、昨年はアルバムをリリースするなどマルチアーティストで、ショーの演出も毎回楽しみにして見ています。クセを感じるデザインもあったりするのですが、それをブレずにやり続けているのが「N id」としても共感できるところです。毎シーズン、コレクションを楽しみにしているお客さんもいます。
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@henrikvibskov
2006年のオープン時からショップとギャラリーの中間をイメージして設立された。企画展を積極的に行うなどしてまだ知られていないブランドの活動を世の中に知ってもらう機会を創出している。また、一過性のブームで終わることのないようにショップでは顧客とのコミュニケーションを重要視し、継続的にブランドの活動を見守っていくショップづくりを目指している。
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- Photograph : Junto Tamai
- Text : Akinori Mukaino
- Edit : Miwa Sato(QUI)