GARAGE D.EDITバイヤーの目に映るこれからのファッションに求められるもの
阪急メンズ東京GARAGE D.EDITバイヤー。2016年㈱阪急阪神百貨店入社。関西の本店・支店のメンズ/レディースファッション部門で販売を経験し、2020年に阪急メンズ東京へ異動。2022年より現担当の自主編集売り場GARAGE D.EDITのバイヤーに就任。現在はバイイングとマネジメントを兼務しながら、イベント企画等の活動も行っている。
違和感を狙ったラインナップはジャンルレスな提案のため
—「GARAGE D.EDIT」は阪急メンズ東京でどのような役割を担ったショップなのでしょうか。
日比野:取り扱っているのは国内外のデザイナーズやクリエーターズブランドです。ストリートもモードも混在するような違和感のあるラインナップをあえて意識しているのですが、それはブランドミックスやテイストの異なるアイテムの新しい組み合わせを提案していきたいからです。そんなショップコンセプトに共感してくれているお客さんはスタイリングの発想もすごく自由で「こんな組み合わせは確かに新しい!」と自分たちも勉強になることも多いです。
—百貨店らしくない混沌としたショップということは、客層というのもジャンルレスですか。
日比野:ファッションのスタイルでも年齢でも、どこがメインの客層とは言いづらいところはありますね。現在は約20ブランドを取り扱っているので、目的のブランドを見に来たのに自分が知らなかった隣のブランドに興味を持ったり、お客さんの服の選び方も決まっているわけではないです。
—現在は<NEAT(ニート)>と<SHINYAKOZUKA(シンヤコヅカ)>がブース化されていますが、それは日比野さんの今の推しという解釈でよろしいですか。
日比野:<NEAT>は2024年の9月にオープンしたのですが百貨店では阪急メンズ東京が初の展開になります。それだけに反響は大きくて、地方から足を運んでくださるお客さんもいます。これまで既製品を取り扱う直営店というのは日本にはなかったのですが「<NEAT>がほしい」という声がずっとあったので、ブランドの素晴らしさをもっと広めたいと出店をオファーしました。<NEAT>は出店前にまずイベントを開催したのですが、お求めになるお客さんは年齢も様々で、<NEAT>を取り入れた着こなしもベースにしているのはモードもあれば、クラシックもあり、さらに古着派やヴィンテージ派もいるなどスタイルに共通項はなく、そういうブランドは少ないと思います。「GARAGE D.EDIT」はカテゴリーやスタイルを自由に提案するコンセプトストアだからこそ、他のブランドとも相乗的にお客様をつないでくれていると感じています。

NEAT
—<SHINYAKOZUKA(シンヤコヅカ)>はどうでしょうか。
日比野:縁があって22AWから23AWまで展開したのですが、魅力であるファンタジーの宿ったコレクションをもっと空間ごと伝えたいと思いブース化しました。青山の直営店は立地的にも<SHINYAKOZUKA>のファンが目がけていくショップだと思いますが、阪急メンズはインショップなのでまた違った楽しみ方が提案できると思っていて、他のブランドとの境界線のない空間づくりもそのひとつです。ブランドを全く知らなかった方が興味を持つきっかけになるような場所になればと思っています。

SHINYAKOZUKA
—「GARAGE D.EDIT」を象徴するようなブランドという意味での推しなんですね。
日比野:そうですね。ショップとして自信と確信を持って提案したいブランドと思っていただければ。
ファッションの関心はより本質的な部分に向かっている
—「GARAGE D.EDIT」のお客さんは自分の気持ちに素直にファッションを楽しんでいるようですが、そういう価値観は増えてきていると感じますか。
日比野:時代としてディティールや品質に焦点が当てられるようになり、プロダクトとしてのクオリティは求められていると感じます。トレンドを追うというより自分の琴線に触れてくるブランドやアイテムであれば素直に選ぶ。素材や加工、どんな風に作られたのかなど、そのような背景についてお客さんと会話をすることが増えました。レザーなどはその象徴的なマテリアルでしたが、今季はウールやカシミヤといった上質な素材、技術としてクラフトマンシップを感じるものに反響がありました。

AURALEE
—確かにクラフトマンシップを大切にして服づくりをしているデザイナーは増えていますよね。
日比野: SNSを通じてファッションが画面越しになったことで、デザインとしての印象に気を配るようなモチベーションもあったのですが、作り手のデザイナーも目に見えないようなところにこそ情熱を注ぐ、受け手のお客さんもデザイナーの秘めた思いにこそ共感するという時代になっています。
—それだけファッションと真剣に向き合うお客さんというのは手強さもありそうです。
日比野:もちろん手強いです(笑)。だからこそ僕はバイイングの際にデザイナーから託された思いなどを店頭スタッフと共有しています。「GARAGE D.EDIT」に足を運んでくださったお客さんに、そのブランドの思いや魅力を言語化して伝えるのはリアル店舗の重要な役割だと思っています。
—日比野さん自身もファッションの選び方に変化などはありますか。
日比野:プロダクトとして本質的な部分に魅力を感じるようになっています。今季は久しぶりに<AURALEE(オーラリー)>のウールギャバジンのジャケットを買いました。
<AURALEE>としては定番でリリースし続けているスタンダードなアイテムなので今更と思われるかもしれませんが、どうしてこんなに繊細な素材なのにハリとコシがあって、シワにならないのかとあらためて感じたんです。決して当たり前ではなく、画一的ではなく手法を変えながら何十回もの工程を経て理想をカタチにしているということを想像したら、今までよりも価値を感じる基準が広く深くなったと思います。
—バイヤーとしてはどうですか。ブランドの選定について意識の変化などはありますか。
日比野:バイヤーになったころは瞬間的なトレンドに流されしまうこともあったと思います。ですが現在は「自分たちのお客さんは誰なのか」をまず想像し、次に「何を求めているか」を理解する。またそこにフィットさせていくことだけではなく、売り場として伝えたいもののバランス感覚みたいなものは培われてきたと感じます。これが成功、失敗という感覚はなく、去年の成功が今年は失敗みたいなことは往々にしてあって、そこがファッションの難しいところであり面白いところですね。
デザイン以上の付加価値が宿るブランドが増えてきている
—日比野さんは「GARAGE D.EDIT」のバイヤーに就任した際に、こんなショップにしていきたいという思いなどはありましたか。
日比野:自分たちがセレクトしたブランドと一緒になってショップを作り上げていきたいという想いを強く持っていました。ラインナップがジャンルレスなので、ブランド側から「どうしてオファーされたのかわからない」と言われることもあります。なので「GARAGE D.EDIT」のコンセプトを理解してもらうために、まずは地道にポップアップからスタートしたりブランドとのコミュニケーションもすごく大切にしています。
—バイヤーという職業柄、アンテナ磨きで心がけていることはありますか。
日比野:百貨店のやり方としてバイイングをしながらショップのマネジメントもするのは珍しいケースだとは思いますが、僕はなるべく店頭で接客するようにしています。バイヤーの仕事は出張や商談なども多いので店頭から離れがちではあるのですが、お客さんの微妙なマインドの変化は現場でしか察することはできないと思っています。同時にファッション業界の動向などについてはSNSで欠かさずリサーチするようにしています。
—SNSだけでは小さな変化は把握できないでしょうし、現場だけでは大きな流れを掴むことは難しいでしょうから、その両方を実践しているんですね。
日比野:一方的な情報だけで全てを知った気になるのはすごく危険だと思っています。自分のバイイングがヒットすることもあれば、思ったよりもうまくいかないこともあるので、毎シーズン振り返って微調整の繰り返しです。
—2024年から<KHOKI(コッキ)>と<BLUEMARBLE(ブルーマーブル)>をセレクトされていますが、それは日比野さんのアンテナにどのように引っかかったのでしょうか。
日比野:<KHOKI>は「TOKYO FASHION AWARD 2023」を受賞しましたが、その時に審査員を務めたのが先輩バイヤーだったんです。そこで「GARAGE D.EDITにぴったりのブランドがあるよ」と薦めてくれたのが<KHOKI>でした。独創的なデザインに目を奪われがちですが、カッティングやパターンのレベルが高くて、プロダクトとしての説得力が抜群だと思い取り扱いを始めました。

KHOKI 25SS

BLUEMARBLE 25SS
—<BLUEMARBLE>は国内でも取り扱いのある店舗はかなり少ないですよね。
日比野:<BLUEMARBLE>はファッション誌などで目にしてずっと気になっていたブランドでした。ストリートとエレガンスが融合したかのようなムードが独特で最初は雰囲気に魅了されていたのですが、こちらも手作業を駆使するなど技術力の素晴らしさに心を打たれました。<KHOKI>も<BLUEMARBLE>もデザインを凌ぐような付加価値が宿っていることを知ってもらいたいとセレクトしました。お客さんの反応もすごくいいです。
—それだけパッと見だけではわからないような本質的な価値を感じ取るお客さんがいらっしゃるということですよね。
日比野:そうですね。ハンドだからいいというわけではなくて、ファッションとしての表現を最も高める手段のひとつとして手作業を選択しているデザイナーの姿勢に惹かれるんだと思います。このアイテムで伝えたいことはマシンの方がふさわしいと判断すればそちらを選ぶ。クオリティを高めるために機械と手作業をうまく使い分けるブランドが増えているように感じます。

KHOKI

BLUEMARBLE
ファッションを取り巻く環境がすごくハッピーな時代に
—2025年春夏コレクションをセレクトする際に重要視したポイントなどはありますか。
日比野:これまではブランドのシグネチャーをセレクトすることが多かったのですが、2025年春夏コレクションは「ブランドが今シーズンに最も伝えたいこと」を象徴するようなアイテムを増やしました。ファッションに求められているのがデザインだけでなく素材、縫製、技法まで含めたクオリティにあるということで逸品と呼ばれるようなアイテムも選んでいます。
—今季から新たにラインナップに加わったブランドはありますか。
日比野:24FWもそうでしたが、新しいブランドはあえてセレクトしていません。その理由はショップとして現行のブランドとの関係性をもっと深めていく段階だと考えていたからです。ブランドの魅力をもっと引き出せるはず、伝えていくことができるはずという想いをスタッフ全員で共有しています。取り扱っているブランドは全部大好きなので、一緒に成長していきたい気持ちが強いです。
—これからのファッションはどうなっていくのか、日比野さんはどう感じとっていますか。
日比野:理由や理屈がなくてもワクワクするというのがファッションの楽しさなので派手でも前衛的でもいいとは思います。それでもファッション好きたちを心から満足させるクオリティというのは伴うべきです。実際にブランドの真摯なものづくりに向き合っていこうとする若い世代はすごく増えてきているので、デザイナーの志の高さとファッション好きの熱量の高さがうまくハマる時代になっていくのではないでしょうか。
—作り手と受け手の関係性がすごく良好な時代かもしれないですね。
日比野:ブランドやデザイナーが表現を突き詰めることに対して、想いに共感したいとする姿勢がお客さんにあることは素敵なことです。作り手と受け手がすれ違わずに済んでいるのも、「自分にとってのファッション」というものをしっかり選べる方が多いからだと思います。今はファッションを発信する側も受け取る側もすごく楽しくてハッピーな時代のような気がします。
日比野智之が推す2025年春夏コレクション
<M A S U(エムエーエスユー)>
アイビー、プレッピーを象徴する紺ブレやアーガイル柄など、伝統的で規則性のあるスタイルを再解釈した提案が<M A S U>らしいと感じました。いつもスタンダードを耕すことで新しい感覚をみせてくれるところも魅力ですし、若いファンの多いブランドなので、コレクションをきっかけに、彼らに対して通ることのなかったカルチャーやファッションの歴史に触れてほしいという後藤さんの言葉が印象に残っています。
- Photograph : Kaito Chiba
- Text : Akinori Mukaino(BARK in STYLE)
- Edit : Yusuke Soejima(QUI)