システム的な強固さと感情的な揺らぎが共存する世界観を|HELIOT EMIL ユリウス・ジュール&ヴィクター・ジュール
<HELIOT EMIL>のビジュアルアイデンティティとコレクションデザインを手がけるクリエイティブディレクター。デザインはスカンジナビアらしいミニマルで無機質な美学と革新的な素材使い、構造的なディテールが特徴。ファッションにとどまらず、インテリアデザインや実験的な空間演出にも積極的に取り組む。
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<HELIOT EMIL>の戦略、経営、流通を担当するビジネスディレクター。デンマークのCBS(コペンハーゲン商科大学)でビジネス、イノベーション、起業学を学び在学中にレストラン向けのパッケージング会社を立ち上げ成功を収める。ビジネスセンスと起業家精神によりHELIOT EMILの国際展開に大きく寄与している。
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ファッションとは別の業界を経験したからこその視野の広さ
— 今回の「NUBIAN」でのインスタレーションはどのような経緯で開催することになったのでしょうか。
ユリウス:「NUBIAN」と<HELIOT EMIL>の付き合いは年数も重ねていますし、ショップとブランドで立場の違いはありますが、大切にしている価値観には共通するものを感じています。「NUBIAN」は、洋服だけでなく、音楽・アート・カルチャーといったさまざまな表現を実際に形にして発信しているところに、私たちと同じエネルギーを感じます。また、「NUBIAN」のお客様もこうした価値観に共感してくださる方が多いと感じていたので、一緒に何かをやるということは自然な流れでした。
ヴィクター:「NUBIAN」にはとても大きなコミュニティがあり、それは<HELIOT EMIL>のコミュニティとも重なる部分があります。実際に日本からの問い合わせも多く、「NUBIAN」でのインスタレーションは、ブランドにとってさらに前進するきっかけになると感じました。
—「NUBIAN」と<HELIOT EMIL>の関係はいつ頃からスタートしているのでしょうか。関係性が生まれたきっかけはなんだったのでしょうか。
ユリウス:「NUBIAN」との関係は2021年、22年ぐらいからです。日本で<HELIOT EMIL>を展開したいと考えていても、まずお客様がいなければビジネスは成り立ちません。お客様とのつながりがなければ、お店とも長く良い関係を築くことはできません。そうした中で、<HELIOT EMIL>を支持してくれるマーケットが日本にあり、それを「NUBIAN」がサポートしてくれたことで、この関係が始まりました。
— 今回のインスタレーションがどのような内容なのか教えてもらえますか。
ユリウス:コンクリートのフロアや白い壁など「NUBIAN」の少し無機質な店内の雰囲気は<HELIOT EMIL>の世界観を落とし込みやすかったです。ブランドとしては服を見せることだけでなくモノづくりの背景なども伝えたかったのですが、そこも「NUBIAN」は理解を示してくれて展示方法などにも協力的でした。<HELIOT EMIL>のブースのすぐ近くに自動販売機を設置させてもらったのですが、それは今回のインスタレーションのための<HELIOT EMIL>のオリジナルです。
— その自動販売機ではなにを販売しているのでしょうか。
ユリウス:インスタレーションの会期中に<HELIOT EMIL>を購入された方にはボトルのノベルティを用意していて、それが自動販売機から出てきます。以前来日したときに街中のどこでも見かける自動販売機がすごく印象に残っていて、<HELIOT EMIL>専用のものを作れたら面白いと思い、そのアイデアを実現しました。
— 来日は初めてではないんですね。日本にどのような印象をお持ちですか。
ユリウス:日本はあらゆる面でとても繊細だと感じます。人々の対応やプロダクトのデザインに加え、カルチャーやクラフトマンシップ、そして常に改善を重ねようとする姿勢など、私たちと価値観が近い部分が多いです。また、創造のアイデアがシステムの中にあるという点にも共感しており、その背景にある豊かな文化的遺産にも強く惹かれます。自分たちも周囲を気遣う、周囲に気を配るということは大切にしているので共感できることがすごく多いです。食べ物も好きですし、文化も好きです。今回の来日では「サムライの美術館」のようなところに足を運んだのですが、そこであらためて日本の歴史を学ぶこともできて、ますます日本に対する興味が深まりました。
ヴィクター:日本の周囲と全てにおいての細かい配慮は素晴らしいと思います。今回のインタビューにしても僕たちのこと、<HELIOT EMIL>のことをきちんと知ってくれていることは質問からも伝わってきます。他の国ではどのブランドにも同じような質問をしているんだろうなって感じるインタビューを経験したこともあります。
— そんなインタビューがあるんですか?
ヴィクター:ありますよ。でも、日本は違ってそんなことはしない。全てにおいて丁寧に対応してくれる心構えが素晴らしいと思います。
— <HELIOT EMIL>のコンセプトは「Industrial Elegance」です。「工業的」と「エレガンス」は相反する印象もありますが、その両極を追求することで何を生み出したかったのでしょうか。
ユリウス:人は強固なシステムやルールに従って生活をしていますが、一方で感情や情緒といった実態があやふやなものにも心を動かされながら生きています。その両極を大切にしているからこそ人と人のコミュニケーションが成り立っていて、そのような考えをファッションで表現したいと思いました。ルールやシステムを守る、それでいて人間らしさも尊重する。それは日本人そのもののようにも感じます。盆栽などはまさに象徴的で、秩序と感性が同居しているからこそ唯一無二の美を生み出しています。<HELIOT EMIL>のクリエーションもそこと重なるところは多いです。
— <HELIOT EMIL>のクリエーションを象徴するようなシグネチャーを挙げるとしたらカラビナになりますか。
ユリウス:<HELIOT EMIL>のクリエーションの考え方はモノクローム、シンプル、ミニマライズであり、それを象徴するメタリックのカナビラはシグネチャーのひとつです。メタルは極めてクールで無機質な素材ではありますが、フォルムは柔らかさを意識していて、それも先ほどお話ししたように相反するような要素を表現に持ち込みたかったからです。
— カナビラに次ぐようなシグネチャーを生み出すために新しい素材や技術などに目を向けたりしていますか。
ユリウス:<HELIOT EMIL>の新たなプロダクトのために韓国のメーカーが開発している素材に注目しています。車のバッテリーに使われているパーツを繊維のように伸ばして、それを織ることで生まれる素材で撥水性や耐久性に優れているので寝袋などに使われていることが多いのですが、僕はそれを洋服の素材として使ってみたいと考えていてメーカーにも相談しています。
— メーカーからはどのような答えが返ってきましたか。
ユリウス:できるかどうかわかんないよって(笑)。でも何事も挑戦することは大好きなので簡単には諦めるつもりはないです。
— そのような革新的な素材をどうやって見つけることが多いですか。
ユリウス:リサーチは怠らないです。視野を広げるためにもファッション業界だけではなくミリタリーやフィッシングなどの分野で開発された素材にも常に注目していますし、新開発の素材をどうやったら服に取り込めるかを考え続けています。ファッションとは無縁のような素材でも僕たちがそれを服に落とし込むことでテクニカルな素材の存在がクローズアップされて、他業種の発展にもつながっていけばいいと思っています。
— 視野の広さというのはユリウスさんもヴィクターさんも前職がファッションとは異なる分野だったというのも関係していますか。
ユリウス:僕は前職はステージの演出や世界観を考えるのが主な仕事でした。ファッションとはあまり関係のない業界でクリエーションを学んだおかげで、服のデザインやディレクションというものを客観視できていると思います。例えば、ショーの構成や音楽など、世界観をつくり上げる多くの場面でその経験が生きています。また、一般的には洋服に適さないとされる素材でも、僕はファッション出身ではない分、固定観念にとらわれません。むしろセオリーから外れるような素材をファッションに持ち込むことで新しい世界観を生み出せるのではないかと思っています。
ヴィクター:ファッション業界というのは次のシーズンにどのブランドが生き残れるのかと席を奪い合うような厳しい世界です。次から次へと出てくる新しいブランドに負けないようにするにはどうしたらいいか、埋没しないようにどうしたらいいかを考え続ける必要があります。僕は大学で起業学について学び、自身の会社を立ち上げたこともあるので、ブランドの戦略などについては前職の経験が大きく活かされているのは間違いないです。
自分たちの挑戦を常に世の中に発信できるのがファッション
— ファッション業界の厳しさをわかっていてもお二人がブランドを立ち上げたのはどのような理由からですか。
ユリウス:僕とヴィクターは小さい頃から仲が良くて、いつも一緒にいるような兄弟でした。いつかは二人で一緒に何かをやりたいというのはずっと考えていたことです。僕がクリエイティブな世界に身を置き、ヴィクターはビジネスの世界で成功を収め、そんな二人の知識と経験を活かせばファッションブランドをやっていけると思いました。
— 二人で事業を起こすにあたりファッションを選んだのは服が好きだったからですか。それとファッションビジネスに興味があったのでしょうか。
ユリウス:ビジネスだけで考えていたらファッションは選んでいません(笑)。それでもファッションブランドを事業としたのは常に新しいことに挑戦できまるからです。インダストリアルの分野では新製品の開発は何年もかけて行うのが普通ですが、ファッションの世界はとてもサイクルが早く、常に自分たちの表現を世の中にプレゼンテーションできます。
ヴィクター:ファッションをビジネスの視点だけで捉えていたら何年も続けることはできなかったでしょうね。成功を掴むのはとても厳しい世界なので。僕たちは服を売ることだけを目的にブランドをやっているわけではありません。<HELIOT EMIL>という僕たちだけが表現することができる世界観を生み出すことに力を注いでいるんです。
— ブランドを続けていくうえで最も重要と考えていることはなんでしょうか。
ユリウス:ビジネスには山も谷もあり、アップダウンの連続です。そんな中で、苦しいときに支え合い、相談できる相手がそばにいることはとても心強い。兄弟という特別な関係だからこそ、言葉にしなくても互いの考えが分かり、自然にコミュニケーションが取れます。辛いときも喜びのときも気持ちを分かち合える。その関係性こそが、僕とユリウスにとってブランドを続けていくうえで欠かせない要素です。
ヴィクター:ユリウスはクリエイティブディレクター、僕はビジネスディレクター、<HELIOT EMIL>ではそこの役割は明確に線引きされています。誰かと一緒にビジネスをしていくうえでポジショニングを明らかにすることはすごく重要だと思います。自分とは考えが違っていたとしてもクリエイティブの面では僕はユリウスの判断を信頼しています。自分の役割以外のところにまで干渉し始めたらブランドとしてダメになっていくだけです。僕たちは兄弟ということもあって信頼し合っていますし、お互いが尊重し会えていると思っています。
— ブランド設立は2017年なので現在8年目です。年月のなかで<HELIOT EMIL>にとっての転機などはありましたか。
ユリウス:ありがたいことに<HELIOT EMIL>はスタートしてからずっと上り調子といえる状態です。初期は僕はニューヨーク、ヴィクターはコペンハーゲンと離れていたのですが、ブランドが軌道に乗っていったことでコペンハーゲンにオフィスを構えたのですが、それはブランドにとってのひとつの転機でした。拠点がしっかりと定まったことで次の目標を見据えることができ、大きなチャレンジとしてパリでショーを開催したのですが大きな成功を収めることができ、ブランドの知名度も一気に高まりました。
ヴィクター:最初の頃は工場への依頼も完成した服を発送することも、モデルのキャスティングも何から何まで自分たちでやっていました。それがブランドが成長していくことでスタッフを雇いチームを作ることができ、ブランドの運営をさらに円滑に行えるようになりました。僕とユリウスだけではなく、<HELIOT EMIL>というチームができたことはすごく大きな転機だったと思います。
— ブランドは順調だとは思いますが、さらに挑戦してみたいことはありますか。
ユリウス:「Industrial Elegance」というクリエイティブの方向性は大きく変えていくつもりはありませんが、テキスタイルなどの開発は積極的に挑戦していきたいです。それによってさらに発展を遂げていきたい。<HELIOT EMIL>の世界観というのを衣食住にまで広げていきたいという思いもあって、服だけに留まらず、あらゆる分野のプロダクトを手がけてみたいです。すでに家具など始めているものもあるんです。
ヴィクター:ビジネスでいえば<HELIOT EMIL>をメゾンのような存在にまで高めていきたいです。ファッション業界の友人から、「今のビジネスが安定しているなら、そのままで十分なはずなのに、君たちと話すと“もっと成長しなければ”と思わされる」と言われたことがあります。それこそが、僕たちの考え方そのものです。<HELIOT EMIL>をハイブランドと肩を並べる存在へと成長させたいという思いは、とても強く持っています。
ユリウス:これは日本の誰かが言っていたことなのですが「木はしっかりとした根を張ることで枝葉が育つ」と。根を力強く張る前から枝葉を闇雲に伸ばしても不安定になるだけです。なので<HELIOT EMIL>も成長していくことは考えますが慌てたり、急いだりはしないようにしたい。自分たちのペースを守っていきたいです。
— 最後に日本のファンに向けてメッセージをいただけますか。
ヴィクター:「NUBIAN」で<HELIOT EMIL>を見てください(笑)。
— 確かにそれ以上のメッセージはないかもしれませんね(笑)。
ユリウス:服を作ることそのものもやりがいがあるのですが、それを多くの方が着てくれることはクリエーションのさらなるモチベーションになります。日本の方が大切にしている価値観は対して僕たちはすごく共感できるので、<HELIOT EMIL>の服を着ることで僕たちが何を想い、何を大切にして服を作っているのかきっと伝わるはずだと思っています。<HELIOT EMIL>のことをたくさんの日本の方に知ってもらいたいので、「NUBIAN」で<HELIOT EMIL>を見てください(笑)。アリガトウゴザイマシタ!
HELIOT EMIL
2017年にJulius Juul(ユリウス・ジュール) と Victor Juul(ヴィクター・ジュール) の兄弟によって設立されたコペンハーゲンを拠点とするファッションブランド。「Industrial Elegance(工業的エレガンス)」をコンセプトに掲げ、オリジナルの生地や装飾を駆使し、ハードウェア的なディテールを形と機能の両面から緻密にデザインしている。これまでに国際的なファッション賞にノミネートされ、2023年にはスカンジナビア最大のファッションアワードでファイナリストに選出された。
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- Photograph : Reina Tokonami
- Text : Akinori Mukaino(BARK in STYLe)
- Edit : Miwa Sato(QUI)











