“罪の果実”を育て直す——映画『アン・リー/はじまりの物語』が映す、シェーカーの祈りと生活美
実際に身体を預けてみると、思っていたよりも木の線が細かった。簡素で、穏やかで、手仕事の温もりを感じさせる家具。けれど、その繊細さのなかには、少しだけ緊張感もあった。
シェーカー家具は、共同生活の中から生まれたものだ。それでいて、現代の空間にも自然に馴染む。装飾性を削ぎ落としたかたちに、工業製品のような冷たさはない。だからこそ私は、シェーカー家具をどこか穏やかな生活美の象徴のように見ていた。
そんな印象を抱いたまま、映画『アン・リー/はじまりの物語』を観た。シェーカー教団の指導者を描く作品であり、試写会の場にも、シェーカー家具へとつながる文脈が用意されていたからだ。
ところが実際にスクリーンに現れたのは、家具そのものではなく、アン・リーという女性の生と信仰、そして彼女を中心に生まれていく共同体の物語だった。装飾性のない手仕事の家具から思い描いていた穏やかなイメージは、映画の中で大きく揺さぶられることになる。
シェーカー家具のイメージを揺さぶる、祈りの熱
『アン・リー/はじまりの物語』は、18世紀に生きたシェーカー教団の指導者アン・リーを描く作品だ。
イギリス・マンチェスターで生まれたアンは、男女の不平等や貧富の差、宗教的抑圧が色濃く残る時代のなかで信仰を深め、のちに“マザー・アン”と呼ばれる存在となる。彼女はわずかな信徒とともに新大陸へ渡り、平等を基盤とした理想の暮らしを求めていく。

本作の見どころのひとつが、信徒たちによる群舞のシーンだ。シェーカーという名は、体を震わせ、歌とともに神へ祈りを捧げる姿に由来する。劇中でも、信徒たちの身体は大きく揺れ、声が重なり、祈りが集団の熱へと変わっていく。
家具から想像していたシェーカーの印象とは、ずいぶん違っていた。
余分なものを削ぎ落とした家具、整えられた暮らし、手仕事の温もり。そうしたイメージから入った私にとって、スクリーンに映るシェーカーの姿は想像以上に身体的だった。揺れ、叫び、歌い、祈る。そこには、穏やかな生活美という言葉だけでは捉えきれない、切実さや熱があった。
アン・リーの生と、信仰のかたち
アン・リーの信仰は、単なる宗教的熱狂として片づけられるものではない。
映画の前半では、18世紀の女性として生きることの過酷さが、アンの身体と生活を通して描かれる。望んだとは限らない結婚、出産、子どもの喪失、そして女性に課された役割。アンは、信仰へ向かう以前から、時代や制度、家族の中で強い負荷を受けている。

アンの個人的な苦しみは、のちのシェーカーの原則とも深く結びついていく。独身主義、罪の告白、共同生活、財産の共有。そうした原則は、彼女自身の生の痛みと切り離せないものとして見えてくる。肉欲を断つことも、単なる戒律というより、自分の身体をめぐる恐れや痛みから生まれた、切実な選択のように映った。
もちろん、18世紀を生きた彼女の苦しみを、現代の感覚だけで説明することはできない。それでも本作を観ていると、アンが求めていたものは、ただ神へ近づくことだけではなく、自分の身体や性に与えられた意味を、祈りや労働、信徒たちとの暮らしの中で組み替えていくことでもあったように思える。
りんごは、罪の象徴であり、生活の糧であり、信仰の比喩でもある

なかでも印象に残ったのは、りんごの扱われ方だ。
肉欲を断つというアンの信仰には、蛇や楽園追放をめぐる聖書的なイメージが影のように重なる。禁じられた果実そのものが明示されるわけではない。やがて現れるりんごのモチーフは、その連想を静かに引き受けている。
アダムとイブの物語において、果実は神の禁を破ること、身体への意識、そして楽園からの追放を呼び起こす。聖書本文に「りんご」と明記されているわけではないが、西洋美術ではその果実がりんごとして表されることも多い。
一方で、シェーカーの暮らしにおいて、りんごは自給自足を支える作物でもあった。育て、食べ、保存し、共同体の暮らしをつなぐもの。禁忌のイメージを帯びる以前に、それは共同体の営みに根ざした果実だった。
そしてアンは、りんごの実を信仰の道になぞらえる。木には多くの実がなる。すぐに落ちるものもあれば、長く枝に残るものもある。けれど、最後に食べられる状態まで残るものは限られている。その比喩は、神へ至る道を歩み続けることの難しさを語っている。
りんごはここで、罪の記憶を帯びながら、生活を支え、信仰を語るための果実にもなっている。
りんごを育てることは、罪の象徴を消し去ることではない。土に植え、手をかけ、時間をかけて、別の意味へと変えていくことだ。少なくとも私には、そこに、身体や性への恐れを、祈りと生活の中で抱え直そうとするアンの姿が重なって見えた。
果実から木へ、そして家具へ
劇中でたびたび印象的に映る、一本の木と葉の図像にも目が留まる。
アンの死を想起させる場面にも現れるその木は、りんごの木そのものと断定するより、シェーカーの霊的な図像として知られる「生命の木」を思わせるものだった。
枝に残る実と落ちていく実。その比喩が、信仰の道に残る者と離れていく者の姿を語っているのだとすれば、生命の木を思わせるその図像は、アンの死後も根を張り、枝葉を広げていく共同体の姿と、どこか重なって見えた。

ひとりの信仰から、共同体へ。果実から、木へ。映画はアン・リーというひとりの女性の切実な信仰を描きながら、その信仰がやがて暮らしのあり方となり、共同体の秩序として残っていく過程を映し出している。
そこで信仰は、祈りや言葉の中だけにあるのではなく、土を耕し、果実を育て、木を扱い、道具をつくるという日々の手仕事の中へ移されていく。
りんごを育てること。家具をつくること。生活の道具を整えること。シェーカーの暮らしにおいて、それらは別々の営みというより、信仰を日々の生活へ移し替えるための方法でもあったのだろう。
『アン・リー/はじまりの物語』は、シェーカー家具を説明する映画ではない。むしろ、家具そのものは物語の中心にはない。
この映画を観たあと、シェーカー家具が欲しくなるかといえば、必ずしもそうではない。その整った佇まいの背後にある痛みや信仰の強度を知ることで、気軽に「美しい」とだけは言い切れなくなる。
その戸惑いこそが、本作を家具や生活美の文脈で観る意味なのだと思う。無駄のない端正な家具。手仕事の温もりを残しながら、現代の空間にも違和感なく置かれるその姿の奥には、整えられた暮らしという言葉だけでは語れない、揺れ、痛み、祈りの熱がある。
家具から入ったはずの映画は、最後には、その家具の背景にある信仰や痛み、生活のはじまりへと視線を向けさせる作品だった。
キャンペーン

2026年6月30日(火)まで、『アン・リー/はじまりの物語』の映画鑑賞半券、またはQRコード等の提示で、ザ・コンランショップ全店にて展開中の「Ann Shaker」家具を5%オフで購入できる。
アン・リーが築いたシェーカーの哲学は、時代を超えて多くのデザイナーに影響を与えてきた。ザ・コンランショップでは、その精神に共鳴した、シンプルで実用的な美しさを備えたアイテムを展開。
詳細はザ・コンランショップ各店スタッフまで。
※他キャンペーン等との併用不可。
Information
『アン・リー/はじまりの物語』
原題:The Testament of Ann Lee
公開日:2026年6月5日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
監督/脚本/製作:モナ・ファストヴォールド
脚本/製作:ブラディ・コーベット
音楽:ダニエル・ブルームバーグ
出演:アマンダ・セイフライド、ルイス・プルマン、トーマシン・マッケンジー ほか
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
公式サイト:https://www.searchlightpictures.jp/annlee
Instagram:@searchlightjpn
X:@SearchlightJPN
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- Text & Edit : Y.O(QUI)