【内覧会レポ】実物に触れて初めて分かる、服の真価。東京都現代美術館「(UN)KNOWN HIROKO KOSHINO」から紐解く、衣服の未来
本展は、コシノが常に抱き続けてきた「誰もやったことのないことをやりたい」という強い信念のもと、表現の場をより広い世界へと拡張し続けてきた軌跡を、「チャプター0」から「チャプター5」までの全6章を通して多角的に紐解く構成となっている。物語の幕開けとなるチャプター0では、1999年秋冬コレクション「REBIRTH OF CUBISM」や2003年秋冬コレクション「JAPO'P」、2005年秋冬コレクション「LABOHEME - ラ・ボエーム - 」のセンセーショナルなビジュアルフォトや、2008年秋冬コレクション「ECCENTRIC LOTUS」で発表された、蓮の花が艶やかにあしらわれた伝説的なシルバーのドレスが来場者を迎える。続くチャプター1では、ファッションと絵画の領域をシームレスに横断する芸術家としての眼差しに迫り、チャプター2では舞台衣装やユニフォームデザインといったジャンルを越境した仕事に焦点を当て、衣服が持つ機能性と身体表現の可能性を深く探求していく。
さらに、自身のクリエイションの核であるテキスタイルや素材開発の裏側に肉薄するチャプター3では、時代ごとに変化する美意識と革新性を鮮やかに浮かび上がらせ、チャプター4では国内外のアーティストや異業種とのダイナミックな協業によって拡張されてきた多面的な表現活動を紹介。そして最後のチャプター5では、今なおアップデートを続ける現在進行形の創作と、彼女が描く未来へのビジョンが提示されていた。
チャプター0:精神性を可視化する「アート」という起点
1999年秋冬コレクション 「REBIRTH OF CUBISM」

2008年秋冬コレクション「ECCENTRIC LOTUS」
来場者を最初に出迎えるチャプター0では、ブランドの歴史を司る過去のヴィジュアルとともに、2013〜2014年に制作された大判のアクリル絵画が圧倒的な存在感を放ちながら私たちを迎えてくれる。 メディア向けの内覧会で、コシノ本人が「アートは自分の考え方や精神性を可視化するもの。そこから素材を広げてファッションへ落とし込む」と語っていた通り、ダイナミックに描かれたアートの躍動からは、彼女のファッションへの狂おしいほどの情熱と、飽くなき探究心がストレートに伝わってくる。
チャプター1:絵画とルックが響き合う、静謐な美学
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左:2011年春夏コレクション「光と風のcolore」、右:2009年秋冬コレクション「超えて還る、ジャポニズムへ〜不失花〜」
続くチャプター1では、堂々たる佇まいの膨大なルック群が並ぶ。ファッションと絵画の領域を自在に往来するこのセクションでは、輝かしい過去のルックとコシノ自身のアートワークが並列して展示されている。 中でもQUI編集部の心を捉えたのは、2011年春夏コレクション「光と風のcolore」で発表された、何層ものガーゼが繊細に重ねられたドレス。そして、2009年秋冬コレクション「超えて還る、ジャポニズムへ〜不失花〜」のドレスだ。そこには、日本固有の美学を内包しながらも、西洋的なモダニズムのシルエットや圧倒的な軽やかさが共存しており、深く記憶に刻まれるものとなった。
チャプター2:日常を侵食する、ジャンルレスな越境
チャプター2で明かされるのは、世界的なクリエイターや異業種とのコラボレーションの軌跡だ。展示はハイファッションの領域に留まらず、キッチンクロスやバスタオル、ドレスエプロンにまで及び、彼女のクリエイションが人々の日常のテクスチャーにまで融解している様を映し出す。また、1972年に開催された冬季オリンピック札幌大会のシルクスクリーンのポスターなど、ここでしかお目にかかれない貴重な歴史的資料も必見だ。
チャプター3:アーティストの眼差しと重なり合うテキスタイル
チャプター3では、フランス・パリを拠点に活動する現代アーティスト、マティルド・ドゥニーズとのダイナミックなコラボレーションへと結実する。 展示されたインスタレーション《Where Stories Linger》は、ドゥニーズが追求してきた彫刻的な縫製アプローチに基づいている。コシノの過去のコレクションで用いられた衣服やテキスタイルを素材として大胆に取り入れ、デザイナーのアーカイブとアーティストの現在進行形の表現を幾重にも重ね合わせた、マテリアルの可能性を拡張するセンセーショナルなセクションであった。
チャプター4:五感で触れる、真っ赤なアーカイブの迷宮
一転して、フローリングから側面の壁にいたるまでが鮮烈な赤一色で染め上げられたチャプター4。その情熱的な空間には、これまでのカラフルなアーカイブ群が咲き誇り、私たちをめくるめくファッションの世界へと強く誘う。 このセクションの最大の魅力は、過去の貴重な意匠に「実際に触れながら」その質感を体感できる点にある。首から下げられたカードには、ルックが発表された年代や素材、デザインにおける特徴が事細かに記されており、見る者の知的好奇心を刺激する。QUI編集部では、2013年春夏コレクション「海の色、光の影」で発表された、光を孕む海の揺らぎを写したかのような美しいドレスに、思わず強く目を奪われた。
チャプター5:現在地、そして終わらない未来のビジョンへ
いよいよ、最後のセクションとなるチャプター5。ここではコシノヒロコの現在進行形の創作、そして彼女が眼差しを向ける未来へのビジョンが鮮やかに提示される。その象徴的な試みとして展開されているのが、未来の表現者を育てる「ネクスト・クリエイション・プログラム こどもファッションプロジェクト」だ。会場には、子どもたちが自らの感性で手がけたうさぎの人形や、「つくってみたい服」をテーマに、自由な発想で制作された作品の一部が誇らしげに展示された。
大人たちの既成概念を軽々と飛び越えるような、純粋でエネルギーに満ちたクリエイションの数々。コシノの「誰もやったことのないことをやりたい」という飽くなき精神が、しっかりと次の世代へ、そして未来へと受け継がれていく。単なる回顧展ではなく、彼女の創造性が今なお未来へ向かって脈動し、衣服の可能性を拡張し続けていることを証明する、感動的な締めくくりとなっていた。
Talk Session 歴史を紡ぐ巨匠と、時代を穿つ新世代
〜コシノヒロコ × 吉田圭佑が交わしたファッションの真理〜
メディア向け内覧会のハイライトとして行われた、コシノヒロコ氏と次世代を担う若手デザイナーたちによるQ&Aトークセッション。会場には2020年以降に産声を上げた気鋭ブランドのクリエイターたちが集結し、世界へ羽ばたくためのエッセンスを求めて熱い言葉が交わされた。若手デザイナーを代表して登壇したのは、先日神宮前に初の旗艦店をオープンしたばかりの<KEISUKEYOSHIDA(ケイスケヨシダ)>のデザイナー・吉田圭佑氏。いまも最前線を走り続けるコシノ氏と、現代のストリートにおけるリアルクローズを牽引する吉田氏。二人の対話から浮かび上がった、衣服の未来をめぐる濃密なエディトリアルをお届けする。
「一流」に触れ、逆境を捕まえにいく。巨匠のトレーニング論
「海外へ出る前に、日本の本当の美しさや豊かさを徹底的に学び、自分の表現の土台にするべき」。冒頭、コシノ氏が若手へ向けたのは、自身の足元を見つめることの重要性だった。彼女にとって「アート」とは自身の考え方や精神性を可視化する行為であり、そこから素材を広げてファッションへ落とし込んでいく。その感覚を研ぎ澄ます近道は「一流と付き合い、一流のものを見る」ことに他ならない。本展のように、実物に“触れられる”体験こそが大切であり、衣服も食べ物と同じように、実物に触れて初めてその真価が分かるのだと説く。
19歳から創作を始め、来年90歳を迎える現在まで歩みを止めないコシノ氏だが、ファッションという春夏秋冬サイクルを強制される世界は「止まれば全国の店頭が止まってしまう、逃げ道のない場所」だと語る。それでも彼女にスランプが少ないのは、常に自分をトレーニングし、新しい表現方法を探し続けてきたから。 「逆境は避けるのではなく、自分から捕まえにいくくらいでなければ、人間らしい立派な仕事には繋がらない」。妹・コシノジュンコ氏という偉大なライバルの存在も、自分を厳しく保つための最高のスパイスだったと振り返る。
変え続けることへの渇望と、宿り続ける“未完成”の面白さ
コシノ氏のクリエイションは、常に実験的だ。「意識して変えるというより、すぐに飽きてしまう性格だから、常に新しい実験をして発見したい」と笑う。作り上げた過去の作品に執着しすぎず、時に見返して新鮮に感じた過去作には、今の空気を吸わせて加筆し、新しい命を与えることもあるという。「抽象も、同じものに頼り続けるとダメになる。完成はあり得ない。むしろ、未完成のほうが面白いんです」。どこで筆を置くか、どこでやめるかという「終わらせ方の難しさ」こそが、画家であり作り手であることの業(ごう)であり、醍醐味なのだ。
アートをいかに商業へ翻訳するか。人に寄り添うための「全体バランス」
純粋なアートの衝動を、いかにブランド経営という「商業」のベースへ落とし込むか。コシノ氏の答えは極めて明快だった。 「商品化においては『アイデアがあること』と『人に寄り添うこと』が基本」。多くの人が着ることを前提とするならば、体型や肩幅を冷徹に想定しつつ、ディテールではなく全体のバランスで調律していく必要がある。それはコスト設計も同様で、高価な素材に頼るだけでなく、安価な素材のなかから“めちゃくちゃかっこいいもの”を発見して使いこなす審美眼が試される。触って軽く、着やすいという着用時の機能美(=人に寄り添う服)を追求し、立体裁断によって身体の錯覚を誘発させ、どんな体型でも美しく見せるアプローチ。そして、それらを大量生産するためにプロフェッショナルたちと協働し、軸をぶらさずに研究し続けること。さらにコシノ氏は、顧客に対しても「自分をよく知り、魅力的な買い物をするよう努力を促す」という、ブランドと顧客の幸福な関係性を築く“お客様教育”の視点の大切さを語った。
吉田圭佑の現在地、変容する時代の速度とショーという「継続」の意義
コシノ氏の圧倒的なエネルギーを受け、<KEISUKEYOSHIDA>の吉田氏は、自身の現在地とこれからの表現の変化について静かに、しかし熱く語った。中学時代にコレクション雑誌の1ページに衝撃を受け、モードにおける「ショー表現」への強い執着からキャリアをスタートさせた吉田氏。インディペンデントでショーを継続する最大の難所は「資金」だが、協力者の力を借り、シェアできるコストを徹底的に工夫しながら、半年に一度のサイクルを繰り返す「継続」にこそ意味があると信じて活動を続けてきた。メイクや街の空気感といった、繊細な時代の変化を捉えてクリエイションに残すことこそが、彼にとってのファッションの面白さだからだ。しかし、コロナ禍を経て、AIの台頭やショート動画の普及により人々の“見る速度”が加速した現代において、ショーの意味合いも変化しつつあると吉田氏は指摘する。以前のような少人数のモデルで回すクラシックな形式では体感的な面白さが損なわれがちになり、見せ方のアップデートを要請されている実感があるという。 そのため直近のコレクションでは、一度ランウェイショーという形式を止め、インスタレーション形式を採用。あえて「静止した状態で、ゆっくり見せる時間」を創出した。
「神宮前にショップをオープンしたことで、365日服を着るリアルな人々や、多様な顧客に向けた視点が増えた。ここは単なる売場ではなく、お客様とのディープな交流の場としての可能性が広がっている」と語る吉田氏。
日本のファッションの黎明期を築き、アートと商業を両立させながら今なお最前線を走るコシノヒロコ。そして、時代の超高速化と対峙しながら、リアルなショップという拠点を得て新たな表現の地平を見つめる吉田圭佑。二人のクリエイターが交わした言葉は、激変する現代のストリートにおいて、衣服が持つ「不変の価値」をいま一度強く証明しているようだった。
開催情報
会期:2026年5月26日(火)〜7月26日(日)
会場:東京都現代美術館 企画展示室 B2F
住所:〒135-0002 東京都江東区三好4-1-1(木場公園内)
開館時間:10:00〜18:00
※展示室入場は閉館の30分前まで
休館日:月曜日(7月20日は開館)、7月21日(火)
観覧料:一般 2,200円、大学生・専門学校生・65歳以上 1,500円、中高校生 800円、ツインチケット(一般2枚)4,000円、小学生以下無料
公式オンラインチケット発売日時:2026年5月22日(金)10:00〜
問い合わせ:03-5245-4111
主催:コシノヒロコ展実行委員会
共催:東京都、アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)
企画協力:東京都現代美術館(公益財団法人東京都歴史文化財団)
ウェブサイト:https://hirokokoshino.com/unknown/
Instagram:@koshinohiroko_official @mot_museum_art_tokyo
X: @MOT_art_museum













