YUHAN WANG 2026年春夏コレクション、幻想と現実の狭間で咲く強さ
9月20日正午、ロンドン・ブルームズベリーのハンデル・ストリートに佇む「ヨーマンリー ハウス(Yeomanry House)」内のホールの扉が開くと、そこにはクラシックな赤い車が停まっていた。フロントガラスには銃弾痕のような跡が刻まれ、その存在が単なる飾りでないことを物語っていた。やがて車の周囲からスモークが立ち込め、白い靄が空間を覆うと、会場全体が非現実へと切り替わる。

その靄の中から現れたのは、頭を押さえ、ふらつきながらも歩み出す一人のモデル。まるで事故の残骸から生還した人物のような姿が、観客を強烈に物語へと引き込む。それはデヴィッド・リンチ監督の映画『マルホランド・ドライブ』(2001)を想起させる演出だった。その印象をかたちづくっていたのが、レースとジャージー素材を継ぎ合わせたボディコンシャスなセットアップである。繊細さと柔らかさ、日常性と力強さが同居するその衣服は、現実と幻想の裂け目を体現していた。
『マルホランド・ドライブ』は、ロサンゼルスを舞台に夢と現実が入り混じる物語で、ある自動車事故から記憶を失った女性と、女優を目指す若い女性の出会いを軸に展開する。冒頭の事故シーンは、物語の現実を断ち切り、観客を幻想の中へ誘い込む象徴的な場面だ。記憶を失い、よろめきながら現れる女性像は、夢と現実の狭間で揺れる不安定さを象徴している。ワンはそのイメージから着想を得て、現実と幻想の裂け目から新たな物語を始動させたのである。


続いて登場したのは、黒にクリスタルを散りばめたミニドレス。光を受けて星座のように瞬くそのきらめきは、ロサンゼルスのスカイラインを思わせ、観客をハリウッドの夜へと連れ出す。そこに映し出されるのは、長らく男性中心的に描かれてきた「夢の都」の幻想。しかしユハン・ワンの解釈では、それは女性が自らの視点で語り直す物語へと変わる。クリスタルの輝きには、夢を外から与えられるのではなく、自らの手でつかみ取るという意志が宿っていた。
さらに、ブルーのサイコロや薔薇のヴィンテージプリント、磁器人形を想起させるかたちといったモチーフが次々と現れ、偶然性や時間の多面性、壊れやすさと抵抗といった主題を映し出していた。

今回の会場である1913年に建てられた「ヨーマンリー ハウス」は、かつて英国の準軍組織の拠点として、第一次世界大戦期には歩兵や砲兵がここから動員された歴史を持つ。防衛と力の歴史を背負う空間で『鎧』というテーマを掲げたことは、ブランドらしい象徴的な仕掛けだった。彼女は男性的な権力のメタファーであった鎧を、女性が自らの物語を紡ぐための「美の鎧」へと変換してみせたのである。

また、ブランドが一貫して取り組んできたサステナビリティも重要な柱として示された。デッドストック生地をパッチワークに仕立て直し、レースの残糸を解き直してニットへ編み直し、端切れを再構築する。捨てられるはずだった断片は、新たな命を吹き込まれた衣服として生まれ変わる。その再生の姿勢こそが、コレクション全体を支えていた。
「Roses of Armour」は、脆さを弱さとせず、むしろそこに宿る強さを示したコレクションだった。薔薇は装飾ではなく鎧そのものとなり、女性のフェミニニティを光り輝く肖像へと昇華させた。かつて戦いのために築かれた場所で、今度は「美と抵抗のための鎧」が鳴り響いていた。

YUHAN WANG
2018年にロンドンを拠点に設立されたウィメンズウェアブランド。デザイナーのユハン・ワンはセントラル・セント・マーチンズで学士・修士課程を修了後、<MARNI(マルニ)>で経験を積み、<FASHION EAST(ファッションイースト)>を経て頭角を現した。2020年にはLVMHプライズのファイナリストに選出されている。
ブランドの美学は、反骨的でありながら詩的なロマンティシズムに根ざし、女性の強さと繊細さを同時に表現することにあります。シグネチャーとなっているのは、シルキーな花柄素材や巧みなドレープ、独自のレイヤリング。中国的な伝統的フェミニニティと西洋文化を融合し、「隠す」と「露わにする」の境界を探るスタイルが特徴。
現在、コレクションはDover Street Marketの世界各地の有力セレクトショップで取り扱われ、国際的に注目を集めている。
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- Edit & Text : Yukako Musha(QUI)


