消費のスピードに抗い、時間をかけて完成していく服|Edward Cuming エドワード・カミング
メンズテーラリングの柔軟な再解釈から始まった彼のクリエーションは、今ではウィメンズウェア、デニムライン「CUM Jeans」、アクセサリーやイタリアの職人、アダム・シグネチャー(Adam Signature)と手がけるシューズまでを展開。繊細な素材と、彼独特の粗さやひずみが交差するデザインは、性別やトレンドの枠を超えた普遍的な魅力を放つ。
色落ちや擦れ、糸のほつれすら意図されたディテールが特徴で、洗濯機で洗い込むことを前提にした設計は、「服は完成されたものではなく、着ることで育っていく」という信念に基づくものだ。そのラフで実験的な魅力は、ドーバー・ストリート・マーケットやパリのブロークン・アームなど、世界中の有力セレクトショップに認められてきた。すべてが“使い込まれてこそ完成する”という思想のもと、その手触りのある美しさは、ファッションの消費スピードに抗うように存在する。エドワード・カミングは、表面的な華やかさよりも、ゆっくりと誠実に物づくりと向き合うことの価値を教えてくれる。

──まずは2025年秋冬コレクション「GROW UP」について伺います。個人としての成長やブランドの歩みとも関係しているように思いますが、この言葉を選んだ背景、そしてそのテーマがデザインプロセスにどう影響したかを教えてください。
エドワード・カミング(以下、エドワード):「Grow up」は、いろんな意味にとれるところが好きです。たとえば、誰かが子どもっぽい態度をとっていたら「Grow up(大人になれ)」と言いますよね。ちょっと皮肉っぽくて、時に攻撃的にも聞こえる言葉。今回、僕はこれを、自分自身に向けて、ずっと言い聞かせていました。このコレクションでは、服そのものも、もっと「しっかり」したものにしたかった。アイテムはエッセンシャルで、色も抑制的。そうした抑えた美しさが、「大人になる」という感覚と結びついていたんです。僕はときどき気まぐれで、プロセスの中で注意が散ることもあるので、今回は特に意識して、秩序だった視点で物事を見ようとしました。

──2026年春夏のコレクションもまた、ポップでチャーミングな色使いがありつつ、抑制が効き洗練された印象を受けました。
エドワード:そう言ってもらえるのは嬉しいです。創作って、常にプロセスであり、進化の連続ですよね。僕は自分のウェブサイトでコレクションに番号を振っていて、春夏・秋冬というシーズン性を超えて「一連の作品」として見せたいと思っています。今、僕たちが探っているのは、ブランドのシグネチャーであるさまざまな技法――ウォッシュ、フリンジ処理、意外なカラーコンビネーション――そういったエネルギーをどう制御するか、ということ。どれだけ加えても、詰め込みすぎないことを意識しています。僕は極端さのコントラストにすごく興味があるんです。だから今回は、撮影方法からショールームのプレゼンテーションに至るまで、すべてに「余白」を感じさせたかった。プリントは強くても、それが乗るアイテムのパターンはしっかり考えられていて、ちゃんと着られるものであることが大切でした。また、技法もより意図的に、ガーメントの内部に組み込むようにしました。たとえばサークル状のモチーフを配置するときも、しっかり意図を持って構成して、撮影も背景もまっ白ではない、少しキャラクターのあるスタジオ空間で行いました。そうすることで、僕がいつも探しているビジュアルの衝突を、ちょっと違った文脈で提示できると思ったんです。

──今回は、イギリスのアーティストのダン・ミッチェルとのコラボレーションもありましたね。こうした形での協業は初めてですか?
エドワード:あのレベルのアーティストと、衣服そのものを通じてコラボするのは今回が初めてです。これまでもブランド初期にアーティストとの協働はありましたが、それは主にウィンドウディスプレイなど服以外の部分でした。今回は、僕のために新たに創作してくれたという意味でも、とても特別な体験でした。彼は本当に素晴らしいアーティストで、スタイルにもセンスにも自信があるし、ファッション業界にはまったく興味がない。でもそれが逆にいい刺激になるんです。彼のユーモアには茶目っ気があって、皮肉っぽいけど、どこかエレガント。ナンセンスや不条理さもあって、作品がまさに「彼そのもの」なんですよね。コラボも本当にスムーズで、彼はとにかく「いいね、やろう!」と、次々にアイディアを出してくれて。Tシャツへの展開もすごく気に入ってくれました。ファッションって、素材や色、シルエットなど、あらゆる要素を一度に扱わなきゃいけないですが、今回はグラフィックという平面の表現だけでエネルギーや感情を伝えるという新鮮さがありました。
──素材や技術面での挑戦についても教えてください。2025年秋冬ではジャカードやローデニム、2026年春夏ではハンド刺繍やオリジナルプリントが登場しました。こうした新しい取り組みのなかで、最もチャレンジングだったことは何ですか?
エドワード:とにかく新しいことをたくさん試しました。ハンド刺繍はもちろん、素材を開発する専門工場と組んで特定のガーメントに落とし込むのも、それ自体が僕たちにとって新しいプロセスでした。それには計画性と見通しが必要なんです。でも僕は、どちらかというと直感で動くタイプで(笑)、早く結果を見たいから、その場その場で進めがち。だからこそ、自分たちのアトリエを常に稼働させて、手を動かして、試しながら作る時間を持つようにしています。だから今回、外部の専門工場に頼るときは、決断して、信じて進む必要があって、それがひとつの大きなチャレンジでした。また、今季からはオリジナルプリントの開発も始めて、テキスタイルや色展開も次のレベルに進んだと感じています。
──過去のインタビューで、「未完成」や「不完全さ」が、あなたのデザインにおける核となる考え方のひとつだとおっしゃっていました。服は着られて古くなり、時間とともに記憶を吸収していくわけですね。でも、なぜそこまで未完成というアイデアに惹かれるのでしょうか? そして、あなた自身にとっての完璧とは?
エドワード:僕が惹かれるのは、「未完成だけど、ちゃんと考えられている」という状態です。つまり、それが意図されたもので、熟慮された結果であるということ。今は、世の中にモノが多すぎる。昔からそうだったけど、今はもう比較にならないくらい。SNSを開けば一瞬で、いくつもの新しいブランドが目に入ってきて、どれも似たようなものを作っていたりする。だから僕にとって、未完成であること、くたびれていくこと、崩れていくことを肯定するのは、大量生産に対するある種のプロテストでもある。もっと服について考えてみよう、っていう呼びかけなんです。完璧って、そもそもなんだろう?って。
それは、僕にとってはすごく感情的なものでもあって。言葉でうまく説明するのは難しいけど、未完成という考え方は、自分の中ではとても自然で、ブランドにも馴染んでいます。たとえば、ひとつのシャツでも、自分の視点や感覚、世界観をきちんと吹き込める。そうやって、ブランドとしてのアイデンティティが宿っていく。で、完璧とは何かと考えたとき……それは、誰かがその服に共感してくれて、「これ素敵だな」「これを着てる自分、好きだな」と感じてくれることだと思います。Tシャツに小さな穴が空いただけで捨てようとする人もいるけど、僕はむしろ、そうした変化を受け入れてほしい。それがスタイルであり、個性だと思うから。最近は「プレエイジング(加工であらかじめ古びたように見せること)」にもあまり魅力を感じなくなっていて。それより自分で育てていくほうがいいと思う。もちろん、ある程度の見た目のためにエイジングは施すけど、基本的には丁寧につくり込んだ状態で仕上げます。そして、そこから着ることでどんどん美しく、繊細になっていく。それが、僕にとっての理想です。
──いつも「着られること=ウェアラビリティ」の重要性も強調されていますよね。それはなぜでしょう? そして、服づくりの中でどのようにウェアラビリティを意識していますか?
エドワード:僕自身が何を着たいか、友達が何を着てるかを想像しながら、何が格好いいのかを考えています。僕の服づくりは、シルエットに対して新しい概念を押し付けるような方向性ではありません。「これからはパンツを頭にかぶるべきだ!」みたいなことを言いたいわけじゃない。僕はまず、服そのものに興味がある。ちゃんとしたジーンズ、いいTシャツ、フィットの良いシャツ、仕立ての美しいジャケット——そういうものに惹かれてきたし、ウェアラビリティは、本質的に必要なものなんです。僕の服は、完璧にアートディレクションされた画像の中だけで存在していてほしくない。そういう真空状態の中にとどまるものではなくて、現実の街の中で、実際に着てくれている人の姿を見たい。日々着られて、使い込まれて、その人らしさが染み込んでいき、喜びを感じてほしい。服は、誰かの生活の中に入り込んでこそ、意味を持つものだと思うから。

──日本でも、<Edward Cuming>の存在は徐々に馴染んできているように感じます。
エドワード:<COMME des GARÇONS(コム・デ・ギャルソン)>の運営するトレーディング・ミュージアムがブランドの最初期に買い付けてくれてから、日本はずっと特別な場所です。頻繁に訪れているわけではないけれど、SNSなどを通じてよく見ています。日本の人は、本当に多様な着方をしてくれていますね。たとえば、すごくクリーンなスタイルが好きな人が、他のブランドと組み合わせて洗練された着こなしをしてくれると、僕の服がまったく違う印象になる。逆に、すごくカラフルで、テクスチャーにこだわるタイプの人が、僕のスペシャルなピースを情熱的に着こなしてくれることもあって、すごくエキサイティングです。結局、みんなにリアルで正直に感じてもらえることが、何よりうれしい。日本のお客さんはSNSでタグ付けしてくれる率が高くて、実際に着ている写真を送ってくれる人も多い。デザイナーとして、本当にありがたいし、励みになります。

──あなたのブランドは急成長よりも“ゆっくり育てていく”という姿勢があるように感じます。今後の計画やビジョンについて聞かせてください。
エドワード:今の世の中は、すべてがとにかく速すぎる。「もっと、もっと、もっと早く」っていう空気に満ちている。でも、何かを“本当に意味のあるもの”として築いていくには、時間がかかります。長く続けていくもの、しっかりした土台をもったブランドをつくるには、急いではいけない。クリエイティブな面でも、ビジネスの面でも、ブランドの構造としても、きちんと柱を立てていかなきゃいけない。僕は、プロダクトやビジョンに信念を持っているからこそ、自分たちにとって自然なペースで進みたいです。だって、人生はとても大事なものですから。プライベートの時間、楽しむこと、家族、友人……そういうものが、加速するだけの成長によって脅かされるようになったら、それこそすべてが意味を失ってしまう。だから僕は、無理なく進む道を選びたいと思っています。
Edward Cuming
Web:https://www.edwardcuming.com/
Instagram:https://www.instagram.com/edward.cuming
- Interview & Text : Ko Ueoka
- Edit : Yukako Musha(QUI)






























