セレクトショップの次なる視線|CEMENT 田島秀一
トレンドをとらえたブランド、趣味や嗜好性が表れた服、目利きがキャッチした 新世代のデザイナーなど、コンセプトが明確なショップであるほど、 ファッションに対する美意識は店内の品揃えからも一目瞭然だ。そんなショップを訪れるファッションフリークが気にしているのは、 常に新しい刺激を提案してくれるオーナーやバイヤーの次なる動向や関心。
今回は自らを天邪鬼と語るように個性派ブランドをセレクトしたラインナップで人気を集める「CEMENT(セメント)」の田島秀一さんにお話を伺った。
1977年北海道生まれ。様々なアパレルメーカーにて勤務後、2002年に原宿のセレクトショップ「CANNABIS」に企画提案したサルエルパンツが人気となり自身のレーベルをスタートさせる。3年程続けた後デザイナー活動を休止、2007年にショールーム「CEMENT」として新たにショップを立ち上げる。主に東欧から西欧のデザイナー、国内の若手を中心としたセールスを行う。
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ブランドを見過ぎたゆえにデザイナーからオーナーへ転身
— 田島さんはセレクトショップのオーナーの前はファッションデザイナーをされていたんですよね。
田島:3年ほどですが自分のブランドをやっていました。
— やはりファッションが好きだったのでしょうか。
田島:とにかく服が好きだったのでファッションに関わる仕事をしたいとずっと思っていました。それで最初はショップ販売員として働き始めたんです。その頃から自分で服をリメイクしたりするのが好きで、プライベートで自作の服を着てストリートスナップを撮ったりしていました。
— 服をリメイクしたりする技術などはどこかで学んだのですか?
田島:ファッションの学校に通ったわけでもないので完全にオリジナルです。それである時にリメイクしたスニーカーが「CANNABIS(カンナビス)」のバイヤーの目に留まって、自分が作った服やスニーカーをショップに置いてくれるようになったんです。それがすごく好評だったことで「CANNABIS」から別注も受けるようになり、それまではショップ販売員の副業としてモノづくりをしていたんですがデザイナー一本でやっていこうと自分のブランドを立ち上げました。
— セレクトショップから別注を受けるほどだったのに、わずか3年でデザイナーを辞めたのはどうしてですか。
田島:ファッションへの興味からたくさんの服を見すぎていたこともあって、自分がデザインした服も「どこかで見たことある」という既視感が拭えなくなってきたんです。もちろんオリジナルのデザインではあるのですが、どこかのブランドのニュアンスを感じてしまうジレンマがあって、そうなるとデザイナーを続けることが難しかったです。そんなふうに悩んでいた時期にこちらの連載でも紹介されていた「N id(ニド)」の高橋くんがキャットストリートでショールーム兼ショップを始めたことで自分もモノを作るのではなく、見つけてきたモノを紹介する仕事の方がきっと向いてると「CEMENT」をスタートさせました。
— 「N id」の高橋さんとはお知り合いだったんですか。
田島:同じ会社で働いていた同僚だったんです。
—「CEMENT」のブランドラインナップは個性派などと言われることもありますが、それは田島さんの嗜好が反映されているのでしょうか。
田島:それは大いにありますね。根っからの天邪鬼ですから(笑)。ストリートスナップを撮影していた若い頃から「新しい服を誰よりも早く着たい」という考えでしたから、その感覚がセレクトするブランドにも影響していると思います。高橋くんもインタビューで答えていましたが「N id」は東欧を開拓していたので、「CEMENT」は新しいブランドやデザイナーを発掘するのに最初は北欧を攻めました。それでも他のショップが取り扱っていないブランドだけで構成するのは難しいですから、同じブランドやアイテムであっても新鮮なスタイリングを提案することを意識しています。
新しい才能との出会いのために学生の作品に目を光らせる
— 田島さんは新進と呼ばれるようなブランドを長年見続けていると思いますが、次世代のデザイナーのアプローチは時代によって変化を感じたりしますか。
田島:あくまで個人的な解釈ではありますが「CEMENT」のオープンは18年前で、その当時に新進気鋭と言われていたブランドはアバンギャルドでコスチュームのような少し奇抜な服が多かったです。それが最近はアイテムやデザインはベーシックだけれど素材使いが新鮮だったり、ディテールに盛り込んだアイデアが斬新だったり、他にはない視点でオリジナリティを生み出しているデザイナーが増えているような気がします。
— 田島さんが惹かれるブランドも過去と現在では変わっていますか。
田島:年齢を重ねたことも多少は影響があるとは思いますがブランドの好みも変わりましたね。20年前ぐらいはパーティで誰よりも目立つような服をデザインしているインディペンデントのブランドが好きでしたが、それが現在は気負わずに着られるけれど袖を通した瞬間に着心地のよさに感動が押し寄せてくるような服を手がけているブランドに惹かれます。
— 服としての本質的な部分に惹かれるということですね。
田島:ただファッションで気分を上げるには派手さや華美さというのもエッセンスとしては必要だとは思うので、「CEMENT」ではアバンギャルドなブランドもセレクトはしています。
— 実は細部にはすごくこだわっているけど見た目はベーシックとなると、それをどう着こなして周囲と差をつけるかこちらもセンスを問われそうです。
田島:今日着ているスウェットは背中に「花道」とプリントされているんです(笑)。「CEMENT」の雰囲気とは合わないように思われるかもしれないですけど、そういうちょっといたずらを楽しむような気持ちも斜め上をいくスタイリングには必要だと思っています。「CEMENT」のお客さんのスタイリング対する発想も本当に自由で、素材も着心地もクオリティが高くて主役になるような服でも、そのままでは着たくないという方が多いです。
— そんな目が肥えたお客さんを満たすための新しいブランドはどうやって探すことが多いですか。
田島:海外のファッション学校の卒業制作は頻繁にチェックするようにしています。「LVMHプライズ2024」のファイナリストに残ったPauline Dujancourt(ポーリーヌ・デュジャンクール)も卒業コレクションをひと目で気に入って買い付けたデザイナーの一人です。学生さんが自身のクリエイティブを発揮するための卒業制作のコレクションにはいつも夢を感じます。
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店頭でバイヤーが推す熱量をリアルに感じてほしい
—「CEMENT」の周辺はファッションのお店が立ち並ぶエリアではないですが、目白という場所を選んだのは理由はあるのでしょうか。
田島:自分自身も目白という場所にピンと来てなかったのが正直なところですが、だからこそファッションをやるのもおもしろいのではと思いました。目白のマダムはスーパーの帰りに覗いてくれて毛皮のコートを買ってくれます(笑)。SNSで知って「わざわざ訪ねたくなるお店」と言ってくださるお客さんが増えてきたのも目白という場所だからかもしれません。ただ、ずっとひっそりとした場所でショップをやってきたので、最近はもう少し地上に顔を出そうかなという気分にもなっています(笑)。幡ヶ谷に新たにオープンした「LÖUKA(ロウカ)」は「CEMENT」とは真逆で「ふらっと立ち寄れるお店」にしたくて商店街のど真ん中という立地を選びました。
—「LÖUKA」はフレグランスやキャンドル、植物を専門に取り扱うセレクトショップですが、そのふたつを選んだのは理由はありますか。
田島:もともと「香り」というものが好きでした。それでフレグランスをやることはすぐに決まったのですが、それだけだと広がりもない気がして香りとの親和性で植物を思いつきました。森林など緑の香りに癒されることもありますし、フレグランスも植物由来の成分は多いからリンクするなと。目白にアトリエがあり「CEMENT」でポップアップをしたこともある植物専門店の「RESSOURCES(ルスルス)」に声をかけたら「ぜひ一緒にやりましょう」と快く引き受けてくれました。
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— どんなフレグランスに惹かれますか。ファッションとはポイントは異なりますか。
田島:クリエイターの熱量をプロダクトからどれだけ感じるかという意味では調香師もデザイナーも同じです。<fog(フォグ)>という福岡を拠点にしているブランドは「LÖUKA」のオリジナルフレグランスを手がけてくれているのですが、香水に落とし込む前段階で背景やストーリーなどの設定をものすごく細かく決めています。それを言葉としてお客さんにお伝えすることはないのですが制作過程においては並々ならぬ熱量が潜んでいて、そんな調香師さんには惹かれます。
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— フレグランスは感性の産物のようなイメージがありますが、調香師さん考え方はすごくロジカルですよね。香水のレシピというよりも設計図という表現が似合うぐらい。
田島:素晴らしいフレグランスを生み出している調香師さんは表現力も優れていて、紡ぐ言葉というのもすごく独特です。なので話をしていても引き込まれる方が多いですね。
— ファッション、香り、植物に続く、さらなるセレクトショップの構想はありますか。
田島:ないです(笑)。自分のやりたいことはやり切っているので。ただ香りにしてもさらに定義を広げてアイテムのラインナップが増える可能性はあります。ファッションもメンズは一点豪華を楽しんでもらいたい、レディースはもう少しファンタジーを追ってみたいとテーマは年々変化しています。
— セレクトされるアイテムは田島さんの気分が大きく反映されるということですね。
田島:キャリアを積み重ねると、セレクトの基準もよりパーソナルに寄っている気がします。「CEMENT」はオンラインもやっていますが、やはり素材や質感にこだわっているので、ぜひ店頭で服に触れてもらって、試着してもらいたいです。そこでバイヤーとしての自分の熱量を感じ取ってもらえたら。目の前でお客さんが喜んでくれることがセレクトショップを続けていく最大のモチベーションになります。心も身体も疲れ切っていても、それで一気に回復です(笑)。
田島秀一がレコメンドする3ブランド
<SARAHLEVY(サラレヴィ)>
「ベルギーの女性デザイナーによるレザーアクセサリーのブランドです。フリーランスとしてさまざまなブランドも手がけているのですが、モノづくりの発想はとてもユニークです。これはレザーキャップとストールが一体化したもので、レザーはセレブ御用達ブランドのデットストックで、ストールはカシミヤ100%。BBOYの雰囲気をリュクスに楽しめるとひと目で気に入ったアイテムです。」
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@_sarah_levy
<phebus(フィーバス)>
「2024年春夏シーズンからスタートした日本のブランドです。デザイナーは男性と女性の二人組でヴィンテージやワークのテイストを駆使したコレクションが特徴で、縫製へのこだわりがマニアックすぎて、そこに強く惹かれました。「CEMENT」では秋冬から買い付けていて、都内での取り扱いはまだまだ少ないとは思いますが一推しです。「CEMENT」でも入荷するとすぐに完売することも多いです。」
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@phebus_official
<JULIA HEUER(ユリアホイヤー)>
「デザイナーはドイツ人でラグジュアリーブランドのプリントを手がけるスイスの会社の出身らしくプリントアプローチが際どくて、コンセプトもなかなか難解です。それが独自の魅力を生み出していて、個人的に凝ったテキスタイルに惹かれることが多いので自分の嗜好とフィットしてセレクトしました。買い付けてからもう8シーズン目になるのですが、それだけ常に新鮮さを感じます。」
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@julia__heuer
2009年12月より神宮前2丁目にて「CEMENT」をオープン。2016年より現在の目白に移転。主に東欧から西欧のデザイナー、国内の若手を中心としたセールスを行う。
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- Photograph : Kaito Chiba
- Text : Akinori Mukaino
- Edit : Miwa Sato(QUI)