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LIFE/STYLE

穏やかな気持ちで自己探訪ができる—俳優・美村里江が釣りから学んだこと

Dec 30, 2025
釣具メーカーDAIWAを運営するグローブライド社は「スポーツが人生を豊かにする」という考えに基づいた“ライフタイムスポーツ”のひとつとして、釣りを提案している。釣りとの向き合い方は人それぞれだが、日常を忘れて没頭するその時間や体験が、人生をより鮮やかで豊かにする、という考え方だ。俳優やエッセイストして活躍している美村里江さんも、釣りからの学びを表現に活かしているという。渓流釣り歴は約14年で、愛用する竿は名品として知られるDAIWAの「連山」という美村さんが、釣りを始めたことで得たものとは。

穏やかな気持ちで自己探訪ができる—俳優・美村里江が釣りから学んだこと

Dec 30, 2025 - LIFE/STYLE
釣具メーカーDAIWAを運営するグローブライド社は「スポーツが人生を豊かにする」という考えに基づいた“ライフタイムスポーツ”のひとつとして、釣りを提案している。釣りとの向き合い方は人それぞれだが、日常を忘れて没頭するその時間や体験が、人生をより鮮やかで豊かにする、という考え方だ。俳優やエッセイストして活躍している美村里江さんも、釣りからの学びを表現に活かしているという。渓流釣り歴は約14年で、愛用する竿は名品として知られるDAIWAの「連山」という美村さんが、釣りを始めたことで得たものとは。
Profile
美村 里江
俳優

2003年にドラマ「ビギナー」で主演デビュー。ドラマ・映画・舞台・CMなど幅広く活躍。読書家としても知られ、新聞や雑誌などでエッセイや書評の執筆活動も行い、複数のコラムを連載中。近著には初の歌集「たん・たんか・たん」(青土社)がある。2018年3月、「ミムラ」から改名。

心と頭が静かになって自分自身が空っぽになれる

—あいにくの天候で釣り日和とは言えませんでしたが、悪天候でも釣りをされたりしますか。

美村:クリスマスイヴ※にこんな大雨の中で釣りは初めてです(笑)。実はそれ以外にも色々ありまして、ちょっとお話ししてよろしいでしょうか。今日のコンディションは天候以前に、川幅や枝の方が脅威でした。ご依頼いただいた時から「6mの愛竿持っていきます」とお伝えしていたのですが、撮影場所に着いたら完全に短いロッド向きの川で、内心「ど、どうしよう⋯」と冷や汗状態だったんですよ(笑)。でもこの寒い雨のなか、しかもイヴに集まって頑張ってくださっているスタッフさんたちに、絶対に美しい魚を捧げるぞと気合をいれまして⋯⋯。短時間でも9匹釣れてくれてホッとしました!魚たちと川の神様に感謝です。梅雨時の増水と共に海から川へ遡上してくる、サツキマス狙いの釣りをやってきた経験も活きたかもしれません。渓流釣りは禁漁期間があるので、12月の釣りはとても楽しい体験でした。
※撮影、インタビューは2025年12月24日に管理釣場谷太郎川ます釣場にて実施。

—見事にヤマメとニジマスを釣り上げましたが、天候も含め釣りはうまくいかないことが多い日もありますよね。

美村:ありますね。釣れないことはもちろん、狙っていたポイントに先に人が入っていたり、水量の増減で魚のいるエリアにうまく流せなかったり、渇水で川底に何度も引っかかったり。でも今日は「私も一人前の渓流釣り師になれているのかな」と思えたことがあって、自分と魚の世界に入り込んでいて雨が強くなっていることに気が付かなかったんです。それだけ集中していました。

—ビギナーの頃とはメンタル面も強化されているんでしょうか。

美村:初心者の頃は周囲もよく見えてないし、バタバタしてましたね(笑)。私の釣りの師匠である夫は、いつでも安定していて乱れないんです。切り替えも早くて釣れないときはポイントを変えたり、仕掛けを調整したり、細かいことも面倒と思わずに判断に迷いがない。魚と川の状況に合わせることが優先で自分をニュートラルにしておくことが釣りの基本ですが、最初の頃の私は臨機応変にできないところも多くありました。

—ニュートラルというのは自分も自然の一部になるような感覚でしょうか。

美村:まずは魚や川の様子をじっくり観察するだけ、ぐらいの余裕を持っていれば自分も落ち着けて、自然と目の前の川に向かって意識が揃っていきます。そうして投げ入れた糸は不自然なところがなく、良いところに流れていく。この自然体に至るまでが、初心者の頃は難しかったですね。渓流釣り師にとってサツキマスは難敵と言われているのですが、針にかかってもバレたり、糸を切られたりを繰り返し、私がようやく釣り上げることができたのは始めてから8年目でした。その時はまさに、自分も自然の一部になれたような感覚がありましたね。

—サツキマスを釣ったときの喜びは別格でしたか。

美村:それはもう!原始から人間に備わっているであろう狩猟本能が刺激されて、膝から震えました(笑)。スマホゲームなども射倖心を煽られてアドレナリンが出るように作られていると聞きますが、釣りの中毒性はもっと根源的です。

—美村さんとしてはその中毒性を多くの人に知ってほしい?

美村:レジャーとして楽しいから釣りをおすすめしたい、というより現代人に必要な心と頭のデトックス効果を知ってもらいたいのが大きいかもしれません。私は能天気なタイプで悩んだりすることは少ないのですが、それでも釣りに行くと仕事でのちょっとした後悔などが駆け巡って、頭の中を埋め尽くすんです。それだけ無意識のうちに自分の中にノイズが溜まっていたということで、釣りをしているうちにそれらが全て心と頭から出ていってくれる。自分自身が空っぽになるので、雑念を振り払いたいという方に釣りをおすすめしたい。そして心と頭が静かになったときほど大物が釣れる。この不思議を味わってみて欲しいです。

—釣りは戦略のスポーツという側面もあるとは思いますが、何も考えないということも大切なんですね。

美村:戦略も必要ですが、これまでの経験値が釣果と直結している面も多くあると思います。キャリアが長い方ほど勘が鋭くて、その日の可能性を高めるための行動にすぐに移せる。なんでもそうですが、現場で強いのは座学の理屈ではなくて、経験の積み重ねによる判断かなと。そういう人に同行させてもらえたら、釣りの上達は早くなると思います。

—経験でしか得られないものというのはすごく共感できます。「どうしてそういう選択、判断なのか」というのは理屈で説明できないこともありますよね。

美村:そうですね。これも経験しないと伝わらない例なんですが…。私が愛用しているDAIWAの「連山」は大変な名品。とても繊細な竿なので手にするだけで、釣り糸や竿そのものを通じて川底の起伏、水流の強弱や渦などが自分の目で見ているように伝わってくるんです。この話を聞いて「この人何を言ってるんだ」って思いますよね(笑)。

—はい(笑)。

美村:私も夫から説明された時、同じ反応でした(笑)。初心者の頃は「連山」の高い性能を味わえる腕前もなかったですし、経験から習得した体感は説明が難しい。でも今、他の竿で全く釣れない時でも「連山」に変えたらほぼ釣れますし、今日のように寒い中の雨で活性の低いはずのコンディションでも釣ることができました。川の状況を常に克明に伝えてくれる「連山」も、私の師匠なんです。

相手や状況に合わせて演じることを釣りに学んだ

—竿を手にする美村さんの表情は真剣そのもので、テレビなどで目にする美村里江さんとは別人のようでした。

美村:インドアに見られがちなんですけど、小さい頃から外で遊ぶのは大好きでした。本を読むのも好きでしたが部屋にこもってというわけではなく、木に登ったり、芝生に寝転がったりして読書をしていました。釣りも祖父と一緒にやっていました。

—何がきっかけで本格的に釣りを始めたのでしょうか。

美村:埼玉の田舎で育ったので、東京で暮らすようになったときに土や緑が恋しくなったんです。都会に住みながらも自然とも触れ合わないと自分の中のバランスがおかしくなるような気がしていて、そう感じ始めた頃に夫と知り合って、釣りに連れて行ってもらった。で、初回からハマりました(笑)。

—最初からハマったのはどうしてなのか、ご自身でも理由はわかりますか。

美村:まず渓流魚の美しさに惹かれましたし、自然の中にいること自体がうれしかったんです。あと私は石が好きで、子供の頃は拾い集めた石でいつもポケットが膨らんでいました。なので岩や石だらけの渓流は私にとってはたまらないロケーション、今でも素敵な石を見つけたら1つだけ持ち帰っています。夫が周囲を見張ってくれているからできることですけれど、釣りの途中に岩や石の上でお昼寝することも好きです。

—魚を釣るということ以外にも渓流釣りからはいろいろ得ているんですね。

美村:釣りに対する心構えって役者業とは真逆なような気もするんです。演じるときはスポットが当たって特別扱いされ、現場は役者を中心に動いてくれることさえあります。ですが渓流では私は無力な人間で、魚たちもどうぞ釣ってください、なんて寄ってこない(笑)。忖度も何もない。その振り幅の大きさは自分にとって糧になっていることは間違いないです。釣りの経験が演技や執筆に活きることは多く、その逆もあります。

—釣りを始めたことで仕事観のようなものも変わりましたか。

美村:演技について今よりさらに未熟な若い頃は、自分の役を演じることに前のめりになりすぎていました。ですが映像作品の撮影も脚本、監督、プロデューサー、視聴者層によって私に求められていることは異なるわけで、そこを冷静に見極めることができるようになりました。状況に合わせて自分の最大のパフォーマンスを発揮することができるようになったのも釣りのおかげかなと思います。

—俳優としてのキャリア形成に釣りの影響は大きかったんですね。

美村:釣りを始めたのが30歳手前で、その年齢もちょうど良かったんでしょうね。「脳の成人は30歳」とも言われていて、理性を司る部分は20代前半では成長しきれていないらしいです。もちろん俳優としてキャリアを積んでいくことでの学びもありましたが、脳がコントロールルームとして完成していく時期に釣りと出会ったことで、教訓をより多く吸収できたと感じています。相手や状況に自分を合わせていくことができる、というのは役者に限らずあらゆる職種で大切なことですし、それを普通にできるようになったメリットは大きいです。

—自分の周囲にいる我が強すぎる人を釣りに連れて行きたくなりました(笑)。

美村:我の強さだけではなかなか釣れませんからね。「自分は〇〇な性格です」って自称する方は多いですが、それが本当かどうかは竿を持たせたらわかると思います。釣りは本性を暴きますから、実は真逆かもしれない(笑)。

—マイナスだけでなく、釣りをすることで良い面も現れるかもしれないですよね。

美村:きっとたくさん現れると思いますよ。私は悩み相談の連載も担当しているのですが、情報があふれすぎているせいか、本来の自分を見失っている人が多いと感じるんです。3歳の頃から石を拾って、いまだに同じことで楽しんでいる私からすると、自分の根本に戻れたら楽ですよっておすすめしたい。ただ、戻り方がわからないという声もあるはずで、自分の根っこを再発掘するためにも釣りはいいと思いますね。

—本格的な釣りの経験はないですが「釣りによって本当の自分を知ることができる」というのはすごく響きます。

美村:人生は往々にしてトレードオフだと思うんですけど、釣りはそのあたりが如実です。東の川か、西の川か。上流か、下流か。朝まずめか、夕まずめか。どの竿でいくか…。そうした自分の選択と行動で得た釣果との向き合い方に、それぞれの人格そのものが現れるような気がします。

—釣りをしたことがない友人や知人を渓流に誘ったことはありますか。

美村:今は夫の運転に頼ってしまっていますが、自分がもう少し山道の運転に慣れたら友人がお疲れの時に誘ってみたいと思っています。転職や恋愛をMBTI診断で決めたりする人もいらっしゃるそうですが、自分の心のコンディションを知るために私は釣り診断、釣りセラピーを推奨したいです(笑)。

—美村さん自身はどういうときに釣りに行きたくなりますか。やはり気持ちがザワついているようなときでしょうか。

美村:役者業も執筆業も楽しくやれているので気持ちがザワつくことは少ないのですが、前述の通り自覚がなくても頭にノイズは溜まっているし、心にも澱が沈んでいます。だから川に着くとすぐに「来てよかったなぁ」と喜びが広がりますし、行って後悔したことは一度もないです。今日も思いがけず冬の釣りを堪能できて幸せでしたが、毎年9月の釣り納めからずっと春の解禁を待ち焦がれています。

効率が求められる時代にあえて「有意義な無駄」を

—釣り好きのクリエイターなどに話を聞いた際に、釣りの表現として「有意義な無駄」という言葉に深く頷く方が多かったのですが美村さんはどうですか。

美村:誰もが効率を求める現代の視点からすれば、釣りは無駄なことだらけです。早起きして、釣り場まで何時間も運転して、釣果はゼロで、休日がそれで終わることもある。休息だけなら家で寝転んでいればいいですし、「無駄」という言葉で遮断してしまうのは簡単。だけど、釣りを通してその中に隠された価値の再発見を体験すると、「無駄としか感じられない自分」を変えてしまった方が人生お得かも?と気づいて、例え連日ボーズでも別のものを持ち帰れるようになっていくと思います。

—狙った獲物や釣れた数のことだけが釣果ではないということですね。

美村:釣れなかったら釣れないで、釣れる線はどこにあったのか、自分に足りなかったのはなんだったのかって考察する時間も釣果のひとつだと思います。役者の仕事でいえば涙を流すシーンのタイミングで、そういう感情に持っていきにくいシチュエーションに遭遇することもあります。だけど役者は「できません」とは言えない、どうにか涙を流せる線を探っていく。釣れなかったときに芽生えた思考も意外と仕事に活かせたりしているんですよね。

—執筆もされている美村さんに聞いてみたいのですが、『釣魚大全』という釣り師のバイブルのような本に「穏やかになることを学べ」という言葉があります。それについてどう思いますか。

美村:最近、断捨離の概念を広めたやましたひでこ先生の「断捨離とは“自分探訪”であり、自分の軸を思い出す作業である」という言葉にハッとさせられたんです。釣りも自分探訪なんです。等身大の自分とあらためて出会うことができますし、川が過去や他者、蓄積した雑念を流して、今・ここ・自分、に戻してくれるから、すごく穏やかな気持ちになれるのではないでしょうか。

—断捨離も釣りもいろんな意味で素っ裸になれるってことですね。

美村:そうですね。だからこそ今の自分の立っている場所はどこなのか、軸足を置くべきところはどこなのかが見えてきて、物の整理と気持ちの整理で身軽にはなっているのですが、自分自身の重みはしっかりと感じられるという。

—ちなみに「穏やかになることを学べ」を美村さん流に言い換えるとしたら。

美村:「学ぼうとしなくても学べる」ですかね。釣りをしていると見つけようとしなくても発見はありますし、練習したつもりはなくても楽しんでいるうちにできることが増えたり、知識も技術も自然と習得していることは多いです。そしてなにより、ピカピカの魚を手にした時のあの気持ち……。いろんなことが自分の中に勝手に入り込んでくるので、もし「釣りから何も学びたくはない!」と抗っても無理だと思いますよ(笑)。

—仕事観から人生観まで、美村さんが釣りから多くのことを学んだというのが本当によくわかりました。お話の全てが楽しかったです。

美村:こちらこそ、楽しいお時間をありがとうございます。若い頃、役者は「出力」が大事だと思っていたのですが、それも演技は「受け取る」ことこそが重要だと考えも変わっていきました。芝居が素敵だなって思う俳優さんは、もれなく「受け取る」「受け入れる」ことが上手です。その場で起きていることを見逃さずに拾っていくことが状況を好転させることを、釣りからも学んだと思っています。

 


【撮影協力】
谷太郎川ます釣場
〒243-0112
神奈川県愛甲郡清川村煤ケ谷5012

  • Producer : Yusuke Soejima(QUI)
  • Video & Director : Takashi Okuno(QUI)
  • Camera : Yuki Shiratori
  • Text : Akinori Mukaino(BARK in STYLE)
  • Edit : Ryota Tsushima(QUI)

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