画家・門田光雅 – 鮮やかな色彩と緊張感のある筆致を通して表現する「多様性」
抽象的な表現を通じて彼が今の時代に表現したいものとは何か?展覧会の見どころから作品に込められた思い、今後の展望をうかがった。
鮮やかな色彩の作品と新たな挑戦
壁面には鮮やかな色彩とダイナミックな筆致が印象的な平面作品、そして空間の中央には抽象的なペインティングが施されたマレンコのソファが展示され、門田の特徴的な表現に多数触れられる空間になっている。
「カラーズ ― 色の秘密にせまる 印象派から現代アートへ」展 会場風景 Photo:Ken Kato
門田:こちらの《Logos》という平面作品は2023年に描いたもので、今回展示している平面作品の中では一番新しい作品です。2016年頃からこうしたスタイルが固まってきたんですが、今回は《surf 1》のような、その頃の作品も展示しているので、ここ7~8年の作品の流れを感じていただけると思います。ソファに描いた作品は今回の新作で立体的な表現に挑戦したものです。
《Logos》
《surf 1》
QUI:門田さんの作品の中でも代表的な鮮やかな色彩とダイナミックな筆致の平面作品を一度に観ることができる空間ですね。ソファの作品は平面作品とは少し違ったタッチですね?
門田:これは僕が『漉き返し』と呼んでいるスタイルで描いています。『漉き返し』というのは日本古来の技法で、書家が書に失敗した際に紙を溶かして新しい紙として生まれ変わらせるものです。
そのコンセプトを取り入れて作品を描いて、絵の上にさらに絵の具を重ねて蘇らせるようなイメージで制作しています。何層も何層も色を重ねていくのでとても時間のかかる描き方なんですが、絵の具の魅力を最大限に引き出したいという意識で描いていますね。こちらも2016年頃から展開を始めたシリーズで、今回の平面作品のスタイルとの対比のようになっています。
QUI:現在の門田さんのスタイルの初期から最新までの作品に、そのスタイルから派生した作品とまさに門田さんが近年制作されてきた作品世界の全体を見られる空間なんですね。立体の作品を制作されたのは今回が初めてですか?
門田:ここまで立体的なものは初めてで、大きな挑戦でした。作家として乗り越えないといけない壁が出てきてとても大変でしたが、その部分が作品の完成度や緊張感に反映されていると思います。
抽象画を通して世の中の固定観念を裏切っていく
QUI:抽象画で表現をしていこうと思ったきっかけは何ですか?
門田:「表現」っていうのは、自分の中で言葉にできないものや葛藤を形にしていくことだと思うんですね。すべての作家は自身のアイデンティティは何なのかとか、自分の置かれている状態であるとか、そんな “正解がどこにもない感覚”をテーマとして作品化しているんだと思います。
抽象的なものっていうのは明確に答えを示さない代わりに、さまざまな答えを引き受けてくれるというか、自分自身が気づいていなかった答えに気づかせてもらえるような感覚があるんです。
例えば紙に線を1本引いた時、その線は画面の上に乗っている糸のようなものかもしれないし、実は奥行きがある空間の隙間のようなものかもしれない。絵画は厚みのない世界であるからこそ、観た人は多様な見方や捉え方をすることができてそれが面白いなって思ったんです。
QUI:複数の見方ができることが抽象画の魅力のひとつなんですね。そうした多様な見方があるということに気づいたきっかけはありますか?
門田:僕が小さい時に住んでいた家の庭に大きな楠の木が倒れていたんですが、幼い頃その楠の木の根が切り立った崖のように見えたのがひとつのきっかけです。
QUI:楠の木が木じゃなくて別のものに見えたんですね。
門田:そう。しかもその楠の木は、倒れているのにしぶとく生き残っているんですよ。根っこもほとんどむき出しになっているのに葉っぱは青々と茂っていたりして。
本来は根っこが地面に入ってきちんと立っている状態の方が、一般的には“正しい”状態なのかもしれない。でも、存在が横倒しになったような姿であっても、毅然と生きていたその楠の木の佇まいは小さい時の記憶だけど、今の自分にも影響を及ぼしています。
今、多様性であったり、それに対する不寛容に対しての問題意識が高まっていますよね。その楠の木のように、いろいろな状態のいろいろな人がいて、でもそれが普通なんだっていうことにもっと気づいていけると良いというか。何が正しくて何が正しくないっていうよりも“いろいろな状態がある”ということを、僕たち人間がもっと共有していく必要があるし、そういったことが大切なんじゃないかと思うんです。
QUI:多様な見方を認めるというのは、それぞれの人があたりまえだと思っている認識を疑うことにも繋がるんですね。
門田:そんな風に常識が根底から覆されるのが物事の始まりだと思うんです。
美術の世界でも、マルセル・デュシャンが男性用の小便器を倒して《泉》っていうタイトルをつけたことが、現代美術のターニングポイントになりました。やっぱり、美術はそういった役割を持っていると思っていて、僕たちが固定観念を良い意味で裏切っていく必要があるんじゃないかなと思っています。
ズレを受け入れ言葉を超えて繋がる抽象画の魅力
QUI:抽象画ではそういった多様な見方ができる一方、作者の意図とはまったく違った見方をしてしまうかもしれません。そのため「抽象画は難しい」と言われることもありますが、門田さんの意図と鑑賞者の見方にズレがあっても問題ないのでしょうか?
門田:僕はむしろそうしたズレを積極的に引き受けたいと思っています。美術作品って作家と鑑賞者の間でキャッチボールが必ずしも繋がる必要がないんですよね。見た人が作者とは全然違う捉え方をしたり、自分なりの答えを発見してくれたりするのは、むしろアーティストとしては嬉しいことというか、美術ってそういうものだと思うんですよ。
人の数だけ答えがあるように、鑑賞する人の数だけ感じ方が違って良いんだと思います。
QUI:実際作品を見た方からそうしたフィードバックを受けることはありますか?
門田:例えばこの《untitled》という作品を購入してくださったのは、ニューヨークのビッグコレクターで、サイ・トゥオンブリー (アメリカ抽象表現主義の代表的な作家のひとり) の甥の方なんですね。彼が僕の作品を観て「君の作品は多色だけど、ひとつの色彩のコンセプトとしてまとまっているね」と言ってくれたんです。
一見、色が散らばって支離滅裂のように見えるかもしれないんですけど、作家は苦しみながらも、その色の響き合いやコンビネーションを組み立てようとしているんですよね。だから、そういう感想を言ってくださったとき、僕の今までやってきたことは間違いじゃなかったと感じたというか… 海を越えて、言語を越えて、そういうものが伝わったのが作家名利に尽きると感じました。
また実は、この《untitled》と先ほども紹介した《surf 1》は、今回の色彩をコンセプトとした展示のために、ニューヨークのコレクター達がアメリカから日本までのシッピングを手配してくださったもので、僕の作品を彼らが作者以上に熱意を持って大切にしてくれているということは、とても感慨深いです。
作品が国境や立ち位置を越えて人の心を揺さぶってくことが美術というものの不思議で、そのたくさんの縁と繋がりがあって今の僕があることを実感しています。
QUI:言語ではなく絵画の中で表現したものが、そのまま感覚として共有されたんですね。
試行錯誤の先に生まれる色彩の衝突と共鳴
QUI:今回の展覧会は「カラーズ―色の秘密にせまる」という「色彩」に着目した展覧会です。「色彩」は門田さんの作品の重要な要素のひとつだと思いますが、作品に使う色はどう選んでいるのでしょうか?
門田:絵の具って、本当は絞りたてが一番きれいというか、一番いい発色なんですよね。僕は国内メーカーのホルベイン画材のアクリル絵の具を使用しています。アトリエには、その全色の約100色の絵の具を常に用意していて、はじめは三原色の赤青黄を基調に組み立てていくことが多いです。
QUI:「搾りたての絵の具が一番きれい」というのは?
門田:絵の具って他の色と混ぜれば混ぜるほど濁っていってしまうんですよね。だから搾ったそのままの色が本当は一番美しいんです。でもアーティストがそこに自身の色のチョイスや、あえて手癖をつけていくことが、作品を生み出すことにつながっていくと思うんです。色彩の発色だけでいえばそのままの色が美しいけれど、絵の具をそのまま置いただけでは表現にならないですからね。
QUI:そこで門田さんの作品のもうひとつ重要な要素の「筆致」が大切になってくるんでしょうか?
門田:そう。絵の具をチューブや容器から絞り出した時の色彩を画面の中で融合させながら、色彩の響き合いだったりとか、逆に衝突であったりとか… 本当にこれは感覚的で言いにく表しにくいんですけれど、自分の中で“いいな”とか“面白いな”っていう状態を求めて、何度も試行錯誤しています。
せっかくこの世に生み出すものなので、その意味や価値やある種の緊張感といったものは大切にしていますね。作品に命が宿るというか、色彩ひとつひとつのより良い状態を留めたいと思いながら挑戦しています。
QUI:先ほど「多様性」についてのお話がありましたが、作品の中では門田さんの試行錯誤によって本当に多様な色彩が共存しながらも、ひとつの作品へと昇華されているんですね。
日本から世界へ門田光雅が描く未来
QUI:今後、挑戦したいことはありますか?
門田:そうですね。やっぱり海外のアートシーンに挑戦したいというのはずっと考えていて準備を進めています。
今の「現代美術」は西洋のものですが、今は地球全体がつながっているような時代なので、逆に日本人である僕がこの場所から世界に向けて発信できることもあるんじゃないかって思っています。今はそういったことができる時代だと思うので挑戦していきたいです。
また今回の展覧会への参加が、新たな自分自身を切り開くターニングポイントになるような気がしています。
QUI:言語を超えて伝わる作品がもっと世界に発信されていくのを楽しみにしています。
今、門田さんの作品はポーラ美術館以外でも観られますか?
門田:ポーラ美術館の「カラーズ―色の秘密にせまる」展と同じ会期で「神はサイコロを振らない」という展覧会をポーラ美術館から車で7分くらいの場所にある、ライムリゾート箱根というホテルで開催しています。この展示タイトルはアインシュタインの言葉からつけたものです。歴史上の偉人たちも運命に翻弄されるなかで、様々な挑戦をしてきたように、僕の2005年の初期の作品から今日の作品までの色々な試行錯誤した作風の展開を一堂に見せている個展です。箱根にいらっしゃる機会があれば、ぜひご一緒に見ていただければと思います。
門田光雅
1980年静岡県生まれ。 絵画の地と図への関心や、伝統的なメディウムの限界への挑戦、 色彩と筆致の相対的な関係性への模索の中で、美術の文脈の先にある絵画表現の新たな地平を探求している。そのスタイルが評価され、2019年にMoMAのYoung Patron Programと組み合わせてNYのリンカーンセンターで個展を開催。近年では、「絵画のミカタ 5人のアーティストとみる群馬県立近代美術館のコレクション」(群馬県立近代美術館 2020)、「The ENGINE 遊動される脳ミソ 小野耕石×門田光雅」(セゾン現代美術館 2019)などに出品。セゾン現代美術館に作品が収蔵されている。
Instagram:@kadota_art
カラーズ ― 色の秘密にせまる 印象派から現代アートへ
会期:2024 年12月14日(土)― 2025 年5月18日(日)
会場:ポーラ美術館 展示室1、2、3、アトリウム ギャラリー
住所:〒250-0631 神奈川県足柄下郡箱根町仙石原 小塚山1285
展覧会特設ページ
個展 「神はサイコロを振らない」
会期:2024 年12月14日(土)― 2025 年5月18日(日)
(※開場日時はLIME RESORT HAKONE公式インスタグラムでご案内しています)
会場:LIME RESORT HAKONE
住所:〒250-0631 神奈川県足柄下郡箱根町仙石原1246-845
Instagram:@imeresorthakone
- Text : ぷらいまり。
- Photograph : Junto Tamai
- Edit : Seiko Inomata(QUI)