服だけでなく「人」をつくる、doublet 2027年春夏コレクションから読み解くキャラクター
空気、炭素、バナナが服になる日。doubletが描く、未来の“当たり前”
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2027年春夏シーズンも<doublet>は、服をつくる素材そのものから考えた。廃棄された衣服を燃やして取り出した炭素から生まれた素材や空気中の二酸化炭素からつくられた繊維、さらにはバナナを原料とした素材まで。身近なものから、これまで服の素材として考えられてこなかったものまでを取り込んだ。いまはまだ少し奇妙に見える組み合わせも、いつかは「綿」「ポリエステル」「ナイロン」と同じように、衣服の品質表示に並ぶのかもしれない。〈綿 80%、ポリエステル 20%〉の隣に、〈空気、炭素、バナナ〉と書かれている。<doublet>が今回描いたのは、そんな未来だ。いま私たちが着ている服のタグを少しだけ書き換えることで見えてくる、架空の世界をランウェイに持ち込み、まだ珍しい素材を、これからの「普通」として見せた。
バックステージ写真から読み解く、ブランドが提示する人間像
口元を隠すように掲げられた、焼き上がったパンのような質感のバッグに目を奪われる。重く切り揃えられた前髪に長い黒髪、生成りのニットベスト、白いレースのトップス、青いプリーツスカート、ルーズソックスにローファーのスタイルは、どこか平成のギャル高校生を思わせる。懐かしさと可愛らしさのある装いに、カメラをまっすぐ見つめる無表情が手を伸ばしても届かない存在であることを思い知らせる。
白いロングスリーブTシャツにピンクのショートパンツ。胸元の「WATCH」と裾から覗く札束は、時間と金という現代社会の価値をユーモラスに戯画化する。足元を覆うスタッズの厚底スニーカーには、軽快な色彩とは対照的な現実の重さが宿る。スポーツでもストリートでもないこの人物像が纏うのは、消費への欲望と、それを少し引いた場所から眺める冷静さ。欲望することも、消費することも否定せず、その矛盾さえもスタイルへと変えてしまう。境界線がますます曖昧になるいま、デザイナーが描くのは、その隙間を軽やかにすり抜けていく新しい人物像だ。
「I♡PUMA」のグラフィックをあしらったクロップドTシャツには、まるでピューマに引っ掻かれたかのような大胆なダメージ。荒々しさとキャッチーさが同居し、思わず笑みを誘う。その立ち姿からは、自分がどう見えるかを気にしない強さが溢れている。年齢にふさわしい服という暗黙のルールから離れ、「着たい」という欲望だけを基準に装うその佇まいは、ファッションを楽しむひとりの人間そのもの。
スーツの隙間から覗く紙幣は、まるで身体の内側から湧き出し、端正な輪郭を内側から侵食しているかのよう。「働く、稼ぐ、消費する」という日常を少しだけ誇張した、現代のサラリーマンの姿が浮かび上がってくる。社会の制服ともいえるスーツと札束という分かりやすい記号を組み合わせることで、現実とフィクションの間に立つ<doublet>らしい人物へと変えている。
淡いピンクのニットドレスに漆黒のレザージャケットを羽織る彼女は、甘さと攻撃性を同時に纏う現代のイット・ガール。ブリジット・バルドーを思わせるボリューミーなブロンドヘアをなびかせ、他者からの安易な分類を軽やかに拒絶してみせる。素材や技術がどれほど進化しようと、「魅力的でありたい」「自分を自由に表現したい」という欲望は変わらない。彼女が纏うのは未来の服以上に、ファッションを謳歌する原初的な愛そのものだ。
憧れは、遠くにいる誰かから隣にいる誰かへ。<doublet>が描く新しい人間像
完璧な美しさから少しずれたものに、ファッションが価値を見出すようになった。皺の寄った服や崩れたメイク、どこか不格好なシルエット。そうした揺らぎはその人らしさや生活の気配を感じさせるものとして、いまのファッションに取り込まれている。今回の<doublet>に登場する人物たちにも、そんな感覚が滲んでいる。
ギャルっぽい高校生も、札束を持ったサラリーマンも、特別な誰かではない。街を歩けばすれ違うかもしれない人たちだ。それでもランウェイに立った瞬間、彼らはひとつのキャラクターになる。服だけではなく、髪型、持ち物、姿勢、歩き方までが、その人の生活を想像させる手がかりとなり、ひとつの人物像をつくり上げていく。
昔からファッションには「あの人みたいになりたい」という憧れがつきまとってきた。ランウェイを歩くモデルや、アイドル、俳優が着ている服を見て、その人に少しでも近づくために同じ服を選ぶ。そうした憧れに加えて、いまはもっと身近な誰かの生き方や佇まいにも目が向けられている。InstagramやTikTokを開けば、スターではない誰かの服装や部屋、休日の過ごし方までが目に入ってくる。名前も知らない人の生活を覗き、その一場面に惹かれるうちに、「この人みたいな服を着たい」、「この人みたいに暮らしてみたい」という欲望へと変わっていく。
今回の<doublet>のランウェイに登場した人物たちにも、そんな時代の感覚が滲んでいる。ランウェイという舞台に立つと、見慣れた姿がひとつの像として重なり、ただの「誰か」だった存在が、少しずつ輪郭を持ったキャラクターへと変わっていく。どこか自分たちの日常と地続きでありながら、ほんの少しだけ現実からはみ出でた存在。そこに私たちが惹かれるのは、自分もこういう風になれるかもしれないという期待と安心感があるからだ。自分の欲求に従って行動し続けた先で、誰かに認められることは、かつてよりもずっと身近になった。誰かに選ばれ、価値を与えられた結果として表舞台に立つのではなく、自分から動き続けることで、その場所へたどり着く。そこに「自分にもできるかもしれない」という期待が生まれる。<doublet>がつくる人物たちは、手の届かない憧れでありながら、そこへ向かう可能性だけは私たちにも開かれている。そんな、日常と憧れのあいだに立つ存在なのだ。
- Photograph : Yujiro Saito
- Edit : Miwa Sato (QUI)








